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日本でただひとつ、市民のカンパで飛ぶ沖縄本島北部の救急ヘリ・MESH。カメラはその姿を4年間、追い続けた。生き残りをかけたフライトドクター達の闘いの日々。
救急ヘリは、明日も沖縄の空を飛び続けることができるのだろうか…。
沖縄本島北部には、救急車での搬送に2時間以上を費やす医療過疎地が点在している。
その医療過疎地の住民の命を救いたいと2007年6月、小さな救急病院(北部地区医師会病院)が独自で救急ヘリ事業を開始。全国から集まった4人のフライトドクターと5人のフライトナースは、「患者は絶対見捨てない」と献身的な努力を続けた。しかし、病院は資金難から、2008年7月、救急ヘリは運航休止に追い込まれた。
これで諦めるわけにはいかない-。
ドクター達は、自力で救急ヘリを飛ばそうと前代未聞の挑戦を始めた。NPO法人MESHサポートを設立し、市民に支援を呼びかけた結果、運動開始から1年後、寄せられた支援金は1億円に達し、サポート会員は1万人を突破。2009年6月、救急ヘリ・MESHは再開した。それは、同時に人々のカンパで飛ぶ「日本初の民間救急ヘリ」の誕生でもあった。
再開直後から次々と飛び込んでくる緊急要請にカメラは密着。救急ヘリチームが起こした奇跡のような救命活動を記録した。救われた人々がカメラの前で語るのはヘリの継続を願う声。その声に応えるように、支援の輪は広がっていた。
自らの力の限り人の命を救いたい。そのために全てをかけて仕事に打ち込むドクター達。
しかし、その情熱に、努力と献身に、沖縄の医療行政は応えてはくれなかった。「公的なドクターヘリの指定には、国の条件である救命救急センターの資格が必要」として要請を退けてきたのだ。高度な医療を提供できる救命救急センターの資格、MESHが所属する病院ではその条件を満たすことができず、ドクター達も苦しんでいた。
今も続けられているドクター達の救命活動、そして、それを支援する人々の熱い想いとは裏腹に、ついに救急ヘリは万策尽きようとしている・・・。
















