#39 2022.12.24 /
#40 2022.12.31
今見るべきアートをお届けする特別企画
「アートフルセレクション2022」
今回のテーマは
【2022年このアートが熱かった!】
セレクトしてくださったのは、確かな審美眼を持った5名のアーティスト・アート関係者・アートファンなど。
今回MCを務めるのは自身もアーティストとして活動する光宗薫さん。また、雑誌Casa Brutusのアートコーナーを担当するライターの青野尚子さん。さらに、現代アーティストの加賀美健さんのコメントをいただきながらお送りする。
■規格外の超厚塗り
水戸部七絵さん
何重にも塗りが施された超厚塗りの絵画。大量の油絵具を用いた作品は人力で移動できないものもあるという。2022年に水戸部さんが開催した個展のタイトルは『I am not an Object』。現在進行系の社会問題への眼差しを表現した。
「I am not an Object」▶ セクシャルハラスメントやLGBTQへの偏見に抗議する言葉
青野さん 何十センチぐらいの厚さになってたりするものもあって、最大で1トンぐらいの重さに。
加賀美さん 乾いてないんじゃないですか。
青野さん 一生乾かないって言ってました(笑)。
★選者 児島やよいさん(インディペンデント・キュレーター/ライター)
超厚塗りの手法もそうだが、ロックスターや世界で起きている問題などを主題に取り上げる姿勢、考え方、全てが今までの常識破り。ウィーンへの留学を経ての変化が楽しみだ。
■テクノロジーとの恋愛!?
山内祥太さん
大型ディスプレイに映された巨大なゴリラと繋がるモーションキャプチャースーツを纏ったパフォーマー。テクノロジーで結ばれた2者を恋愛に例えた作品「舞姫」で注目を集めたアーティスト。2022年は彫刻と映像による新作を展示。「愛そのもの」を形づくったという。
★選者 田原新司郎さん(Tokyo Art Beat, Brand Director)
これまでもクロマキーを応用した映像や、VRなどの作品で注目していたものの、昨年末(2021年末)の《舞姫》(2021)で一気に開眼したといってもいい。作品の参照や、メディアとしての表現の幅について今後期待したい。
■アートか?ただのモノか?
高見澤ゆう さん
プラスチックバッグに入れられたIKEAの商品の複製。アートとされるオブジェとただのモノの違いとは?を問うアーティスト。
光宗さん アートなのかモノなのか?確かに…。
青野さん 家電量販店の倉庫ですか?みたいな感じなんですけど(笑)。
加賀美さん (『Socks(Wine)』という作品は)靴下(の足の裏の部分)に絵の具がついてるんです。それをペインティングだと(笑)。
★選者 加賀美健(現代アーティスト)
彼の作品はシンプルで少しシニカルで、あまり日本人の作品に見えないところがとても好きです。シンプルはとても難しいと思うのですが、彼はそこの匙加減が絶妙です。作品に説明があまり無いのも好きです。
■世界と出会う驚きを体験
鴻池朋子さん
旅をして、その場所の地形や風土、出会った人や季節とともに作品を作るアーティスト。
青野さん この方ちょっと民俗学者っぽいというか、全国こうやって旅をしてそこからインスピレーションを得ながら、あと地元の方と一緒に作ったりとか、すごくスケールの大きい作家さん。
★選者 青野尚子(ライター)
高松・静岡・青森と巡回していく個展「みる誕生展」がよかったです。元ハンセン病患者のための施設がある大島での作品などは未見ですが、興味がわきます。
■見ること・見られること
Ryan Ganderさん
2022年、東京で初の大規模個展を行い、国際的に注目を集める現代アーティスト。テーマとして取り組むのは、時間やお金、教育など、よく見ないと見えないもの。壁にも、小さな作品が作られるなど、普段見過ごしてしまっていることに注意を促し、新しい発見を与える作品を制作。
青野さん イギリスの方なので、ややシニカルな見方をする人で、それがすごく面白かったです。
★選者 かしゆかさん(Perfume)
着目点や、発想が面白く、見ててワクワクして、温かくて笑顔になる、夢や愛を感じます。自分の子供たちをとても愛していて、その想いが作品に表れています。発想の自由さや、固定概念に捉われないものの見方が好きです。
青野さん Ryan Ganderさんは、石ころが置いてあったり、床にコインがくっついてたり、アートは額縁や彫刻の台座で世界から切り離されて守られてると思ってるけど、そうじゃなくて僕はその世界の中にアートがポンッて、そのままあるのがいいんだと言っていて…。
光宗さん それ、先ほどの靴下を展示されたり(「Socks(Wine)」)もそうですけど、日常を作品として取り入れているっていうところが新しい。
加賀美さん あの靴下の作品、彼(高見澤ゆう氏)がマイアミの「NADA」というアートフェアで展示したときにInstagramに「こんなのアートじゃない」という書き込みがあって、それを見た時に「やってよかった」と思ったと言ってました。成功だ、って。これがアートなのか、アートじゃないのか、考えさせたもん勝ちというか。
New Art Dealers Alliance(NADA)▶ 現代アートの育成、支援、発展を目的とした非営利のアートアソシエーション。アートフェアやセミナー、パネルディスカッションなどを開催。
光宗さん ちょっと前にそういう話、実際にそういうことありませんでしたっけ?ギャラリーに作家さんの私物か何かが置かれてて、それをみんなが写真を撮ってた、みたいな。
加賀美さん あと昔、美術館で掃除しちゃった人いましたよね(2015年イタリアにて空き瓶などを用いた作品を清掃員がゴミと間違えて処分。80年代の消費社会を表現した作品だったが無事復元された)。そういうのも含めて面白いですよね。
■日本で!13年ぶりの個展
池田亮司さん
2022年、日本では13年ぶりとなる個展を開催。科学領域のデータを取り入れ、電子音楽とビジュアルを作り出すアーティスト。
青野さん 池田さんはNASAなどが公開しているものとか、人類のDNAの公開されているデータ…そういったものをビジュアルに変換してインスタレーションされている。クールでカッコいい。
光宗さん ちょっと近未来的というか…。
★選者 青野尚子さん(ライター)
13年前に東京都現代美術館で個展を開いていますが、さらに密度があがったように思います。
■羊毛で織る絵画?
䑓原蓉子さん
活動開始は2019年。今、大きな注目を集めるアーティスト。Tuftingという織りの技術を使って描く、珍しい手法で生み出された作品の数々が話題となった。
★選者 田原新司郎さん(Tokyo Art Beat, Brand Director)
これほど短いキャリアで、美術館の個展にまでこぎつけられたアーティストはそういないはず。独特な手法と、テクスチャのオリジナリティには、否応でも気になってしまう。
■イラストレーター
沖真秀さん
イラストレーターをベースに多様な表現にトライするアーティスト。今回の展示では、イラスト以外は他者が手がけることで完成したシルクスクリーンプリントを制作。作品を自分から遠ざけることでどうやっても出る自分らしさを発見するという試み。
★選者 加賀美健さん(現代アーティスト)
イラストレーターを名乗っていますが、立体作品も作るし、映像作品も作ったりしていて枠に収まらないスタイルがとても面白いです。作品にいつもどこか彼が好きであろうカルチャーが反映されていたり、どうしてこの絵になったのかわからないような内容だったりするのですが、全ての作品に必ず漂っている彼のセンスの良さがとても好きです。アートにはやっぱりセンスは必要だなと毎回思わせてくれます。
光宗さん ちなみに沖真秀さんのロングTシャツを買ったことあるんですよ。
青野さん 沖さんと知ってて?
光宗さん 知らなくて。単純にデザインが面白いと思って。でもあんな絵画描かれてたの初めて知りました。
加賀美さん 沖さんは表現方法がどれがどれだかわかんないところがよくて。ひょっとこのお面かぶってセックス・ピストルズの曲流しながら踊ってる映像があるんです。超カッコいいんです。アーティストと名乗らないでイラストレーターっていうところもいいな、と。
■恒久の仮設
川俣正さん
公共空間に材木を張り巡らせるなど、大規模な作品を多く制作してきたアーティスト。世界を股にかけ作品を制作し、2022年は6つの土地で展示。日本でも3箇所で新作を発表した。
★選者 青野尚子さん(ライター)
「大地の芸術祭」での作品は恒久設置作品ですが、本人曰く、「ずっと仮設なんです。僕はパーマネント(恒久設置)と仮設とを区別していない」とのこと。「Reborn-Art-Festival」の作品も継続したいという思いがあるようです。
■iPhone以降の表現
布施琳太郎さん
情報技術や文学、洞窟壁画など、先史美術についてのリサーチに基づき制作。そのテーマはiPhone登場以降の「新しい孤独」。活動は多岐にわたり、ひとりずつしかアクセスできないオンライン展覧会や製本印刷工場跡地ビルを使ったグループ展のキュレーションなど、形式にとらわれず活動する新世代のトップランナーの一人。
★選者 児島やよいさん(インディペンデント・キュレーター/ライター)
挑戦的なコンセプトによる個展など、アーティストとしても精力的な活動が見られたが、キュレーションを手掛けた展覧会「惑星ザムザ」が製本工場跡という場のチョイス。作家との協働のプロセスなど、新しい世代の可能性を感じさせる。次の活動が気になるアーティスト。
この布施林太郎さんがスタジオに登場。生み出す作品のもととなる原体験のお話から。
光宗さん 布施さんが行った個展が「新しい死体」。どんなコンセプトの展示だったんでしょうか?
布施さん 僕の育った家がちょっと特殊で、父が「美術解剖学」という解剖学の専門家でして、リビングに死体の解剖図とか貼ってあって。逆にそういうものを見てもビックリしなくなっちゃうわけですけど。美術館でも、死体が並べられている死体の歴史みたいなイメージが僕の中にあって。「死体」に「新しい」って言葉をつけて、これまで自分が考えてきたいろんなことを生まれ育った環境の中にあった死体というのと、スマートフォンとか今の社会の環境の中で考えて形にしようと思ってやった展示でした。
布施琳太郎 個展「新しい死体」▶ 2022年8月、渋谷・PARCO MUSIUM TOKYOで開催
美術解剖学 ▶ 絵画や彫刻のために導入された人体の骨格や内部構造を学ぶ解剖学教育
個展「新しい死体」の会場内のメインカラーは青。布施さん自身「入り口でまずバーンと青色にしたいなというのがあった」と話す。
加賀美さん 青って毎回メインテーマなんですか?
布施さん そうですね、やっぱりただの色なのに、今の時代を感じてもらえる色だと思っていて。ディスプレイが青く光ってるときの輝きって、絵の具とか石とか、そういう今までのアートの素材じゃ感じられない綺麗さがあるなって思っていて。
光宗さん 馴染みがあるような印象を感じますよね。
布施さん フェイスブックとかツイッターとか、昔のInstagramもそうですけど、SNSの会社のアプリのアイコンてみんな青くて。インターネットって画像検索すると、めっちゃ青い画像が出てくるんですよね。青という色にそういうインターネット中の夢みたいなものを企業レベルでも、託しちゃってるのかな、と。
布施さんの作品群の中でもとりわけ目を引く作品「あなたと同じ形をしていたかった海を抱きしめて」。巨大なバルーンによるこの作品をスタジオにお持ちいただいた。
光宗さん これかなり大きいんですけど大きさは何mぐらいになるんですか?
布施さん 3mになるようにというふうにお願いしたんです。会場が、日本軍が戦時中に作った人間魚雷を隠すための場所だったんです。
※Reborn-Art-Festival 2021-22で制作。会場は第二次世界大戦中に宮城県・荻浜に作られた秘匿壕(人口の洞窟)。
布施さん でも、結局使われなかったらしいんです。誰も亡くなってないらしくて。日本軍の人も海外の人も失われるはずだったけど失われてない。「何のためにこの穴あったんだろう」とか思いながら、そういう不安定さを、入り口から注ぐ光で影を投影して、それをなぞって…。影もバルーンもスプレーも、ちょっと条件が変わったら、なくなっちゃうじゃないすか。でもそういうなくなっちゃうものの組み合わせが1個の形になって、こうやって残るっていうのは自分なりのアートと思えたらいいなと思って。
素材や手法を作品ごとに変えながら表現を続ける布施さん。2022年はキュレーションを務めたグループ展「惑星ザムザ」も大きな話題を呼んだ。
「惑星ザムザ」▶ 元製本工場のビル一棟を丸々使い17名のグループ展をキュレーション
布施さん 写真映えする展示でもあったので7日ぐらいで5000人くらい来てくださって。特に最終日の方とか、デートで来る人がすごく多くて。
青野さん SNSでいっぱい見ました。
布施さん 物を作るのが単に好きで、人に見せるのもしたいなと思っていて、その時に別に美術館とかそういう場所に呼ばれるのを待つ必要はないよなと思ってしまって。逆に自分たちだけでやったら美術館とか、そういうものが持ってる集客力とか、社会へのインパクトに本当に勝てないんだろうかみたいな。呼ばれるの待ってるよりやっちゃったほうがいろんなことを知れるし、好奇心も満たされるので。僕は参考にしたのってエヴァンゲリオンなんです。エヴァンゲリオンって仲間たちと一緒に集まって同人活動してたが規模がデカくなっちゃって、社会にインパクトを与えすぎちゃって法人になるわけですけど。やっぱり何かせっかく物を作っていくんだったら、そういうふうなことを目指したいなと思って、もう全部みんなでやってみようかみたいな感じでやってみたら楽しくて、やめられなくなってるって感じですね。
【ネクストブレークアーティスト】
ここからは、スタジオには光宗薫さん、ライターの青野尚子さんに加え、Tokyo Art Beat, Brand Directorの田原新司郎さんが参加。青野さん、田原さんとインディペンデント・キュレーターの児島やよいさんという日々多くのアートを見ている美術関係者3名が選出した2023年さらなる飛躍が期待される9名のアーティストを見ていく。
■看板と生み出す物語
中﨑透さん
あるときは民家、あるときは廃屋で場違いに光るライトボックス。そんな作品を作っているのは中﨑透さん。展示地域でヒアリングを重ね、浮かんだストーリーを表出。看板の持つ実態とイメージの「ズレ」がテーマ。
青野さん いろんな人にインタビューをして、それをもとにインスタレーションを作ったりするんですけど、昔のことを聞くとみんな記憶が曖昧なので、違ったことを言ったりするんです。そういうのを含めてぼやっとした総体としての歴史を提示したい、と。
■コミュニケーションと向き合う
百瀬文さん
たった1人暗闇の中で車椅子に座り、聞こえてくる声の指示に従うという体験型パフォーマンス「クローラー」。疑似体験するのは「障害者女性の性」。社会的に<不可視>とされた領域を見つめ直す表現。パフォーマンスや映像、インスタレーションなど、形式を変えながら、セクシュアリティ、ジェンダーへの問題を追及し続けている。
■ガラスは保存容器
佐々木類さん
川のせせらぎが響く石川県那谷寺で展示されたのは暗闇に光る蓄光ガラス。降り積もった雪の中で吹いたガラスに閉じ込めたのは「水の記憶」。そんなガラスを使った表現を突き詰める。
青野さん ガラスの間に植物を挟んで焼くんですね。そうすると植物が吸収したミネラルとかそういうものが最後ガラスの中に泡になって残る。ガラスはタイムカプセルみたいなものだというふうに作家はおっしゃって。
光宗さん 周辺の泡は植物から出たもの。面白い。
■ドキュメンタリーアクティング
筒|tsu-tsu
半透明の幕の中で役者が動く「全体の奉仕者」という作品。その彼が演技で再現しているのは、2018年、公文書改ざん事件で自死した赤木俊夫さんの姿。実在する人物を取材して演じる手法「ドキュメンタリーアクティング」を実践する。
赤木俊夫さんの妻・雅子さんへ取材し、事件によってうつ病になる前の、ある朝の1時間(2016年4月4日6:35~7:35)を会期中繰り返し演じ続けた。
光宗さん 他にはこちらにどんな作品があるんですかね。
田原さん ミャンマーで捕まっていて解放された久保田さんってジャーナリストの方がいて、その方と筒|tsu-tsuさん親しくされていて、その方がまだ捕まっているときに、その方の日常を再現するっていう作品もありました。
久保田徹(ドキュメンタリー作家)▶ 2022年7月30日、国軍が政権を握るミャンマーで国軍へのデモを撮影していた際に拘束。11月17日に解放されて無事帰国。
■最も期待される若手作家
川内理香子さん
油絵具にネオン管、針金、粘土、鉄など様々な素材で印象的に描かれる線。新進気鋭の作家が出品するVOCA展て2022年グランプリを受賞するなど、大きな注目を集めている。テーマは食と身体への違和感。躍動感のある筆致と線に身体性を感じられるアーティスト。
田原さん 川内さんは線が美しいですね
光宗さん 美しいです。
青野さん 線はすごい大事ってご本人もおっしゃっていました。
■ストリートからの眼差し
SIDE CORE
「宮城県石巻・Reborn-Art-Festival2021-22」で展示されたとりわけ巨大な作品「Towering Vacancy」。広場に設置されたのは工事用の足場。足場の中にあるのは、様々な形をしたスピーカー。スピーカーからは飛行機の音、車の音、波の音など東京から石巻までの各地で録音された環境が流れている。そんなプロジェクトを仕掛けたのはアートコレクティブSIDE CORE(BIEN+EVERYDAY HOLIDAY SQUAD+Taiki Niimi)。
実は会場となった場所は、震災前までは造船所が立ち並ぶ東北の流通の要だった地域。かつてこの場所が持っていた「ほかの場所との繋がり」などを発見することが目的。
■人工物に作り出す自然循環
保良雄さん
石巻の津波によって荒れた土地を耕し、同じく宮城県牡鹿半島に生息する微生物や腐葉土を用いて、およそ40種類の野菜などを育てていったインスタレーション作品「This Ground is still alive」。人工的に整備された土地との対比を表した。
青野さん (他にも)岩塩に糸を伝わって海水が落ちたりするようなインスタレーションや、生物とか無生物とか人間とテクノロジーとか、そういうものを上下のヒエラルキーなく、公平にフラットに扱って、全体が生きてるような何かの大きい動物の体内に入っちゃったみたいな感じのインスタレーションを作るんです。臓器が動いてたり、いろんなものが消化されて別のものになっていったりするような。
■すべての孤独な者
渡辺篤さん
「瀬戸内国際芸術祭2022」で展示された幻想的なインスタレーション《ここに居ない人の灯り》。ランダムに明滅する球体ライトの数々。実は会場ではなく、どこか遠く離れた場所からの参加者が操作している。プロジェクトの名は「同じ月を見た日」。参加者、鑑賞者、それぞれの孤独に思いを馳せ、想像することから、連帯を生み出すこのプロジェクト。渡辺さんは、自身の引きこもり経験をもとに制作する。
青野さん ちょっとロマンチックなところもありますね。月を見ませんか?みたいな。コロナ禍で孤独を感じている人、人と会えなくて寂しいなとか苦しいなと思っている人たちに呼びかけて月の写真を撮ってもらって、それをインスタレーションにする。
光宗さん この近年孤独っていう感覚がかなり身近なものになりましたよね。
■男性ヌードの開拓者
木村了子さん
鰐にまたがりニヤリと笑う裸の男性(鰐虎図屏風「鰐乗って行こう!」)。女体盛りならぬ男体盛り(「Beauty of My Dish-桜下男体盛り図」)。アートとして男性ヌードを描き続けてきたアーティスト、木村了子さん。そのオリジナリティから有名歌手のアートワークも手掛ける。2022年は男性などをテーマにしたグループ展のキュレーションなど、ジェンダーへの理解、価値観が急速に変化していく世界の中で力強い活動を続けている。
光宗さん 男性のヌードの日本画って、初めて拝見しました。
青野さん 古代ローマの彫刻とかはあるんですけど、近代以降だとあまりないんじゃないかな。
ここからは木村了子さんをお招きして、お話をうかがう。スタジオには、「月下美人図」と「Beauty of My Dish-桜下男体盛り図」が。
光宗さん 近くで見ると細かいところめちゃくちゃ美しいですね。
木村さん ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいですね。
青野さん 見るほうもちょっと恥ずかしいですよね、なぜか。
光宗さん こちら(「Beauty of My Dish-桜下男体盛り図」)、女体盛りならぬ男体盛り、になるんですかね?
木村さん そうですね。実はこの作品は私が初めてその男性をヌードとして作品にしたものなんですけれども、そのときにモデルさんをお願いしたいなと思いまして、彼をどう描こうかというときにそのモデルさんが「僕をどう料理してくださいますか?」って私に。それで「料理ね…」っていうことで「私の皿になっていただけますか」というふうに。
そして、「月下美人図」は男性の風呂上がりの姿が描かれている。
木村さん 「月下美人図」ということで美人画というジャンルの中で湯上がりの女性は昔から描かれてきていたんですけれども、美人画っていうと美人であってジェンダーは本来ならば関係ないと思うんですね。
光宗さん そうか。そうですよね。
木村さん 男性でもいいじゃないということで、制作したので、湯上がりというか、サウナ上がりかな、という。
田原さん 牛乳瓶持ってる。
木村さん ビールにしようかすごく迷ったんですけれども、やっぱりプロテインかなと(笑)。
光宗さん お尻の部分がすごく美しいなと思います。お尻の筋肉が好き。
木村さん わかります。
光宗さん 本当に男性の造形美がお好きで描かれてるんだなって、絵から感じることができた気がします。
木村さん ありがとうございます。最初は細身の男性を描いてたんですけども、描けば描くほど筋肉に興味が出てきました。私の時代ってそこまでマッチョが女性から人気があるわけではなかったと思うんですけれども、最近は筋肉美に女性も興味を持って女性も自分を鍛えるっていう方も増えてきているので、価値観というのは年とともに変わるものだなと思いながら…。
時代で変わりゆく価値観。現在美術館での展示や寺院とのコラボレーションなど、幅広い場所で作品を発表している木村さん。しかし、男性ヌードを描き始めた2005年頃は、今とは全く違った見られ方をしていたという。
木村さん 最初は「賛否」で言えば「否」のほうが多かったので、正直ちょっとそれに慣れてしまっていて、最近逆に「好きです」って言われるとちょっとドキドキして「いいのかな」って思っちゃうところがあるんですけれども(笑)。当時、「あなたは女性なのに、なぜ男性の裸を描くの?」という質問が多かったんですね。当時はやはり男性の体を描いてアートとして見せるのはゲイのアーティストの方が多かったんです。なので私もゲイアーティストだと思われていたっていうのはよく言われました。人からどう見られてもそれは構わないんですね。見る方のご自由なので。ただ、発信する私は女性であって、女性の目線からこう見えてますよというのを発信したかったっていうのはあります。
光宗さん その質問ってちょっと不思議ですね。今とはジェンダーの感覚がまた少し違ってたんですね。
木村さん かなり違いましたね。今美術館で展示していただいたり、こうしてメディアに出させていただいてますけど、こういうこと自体、考えられないような時代でした。
青野さん BLはありましたけど、こういうふうにストレートに「このお兄さん素敵」っていうふうに、表現するアートって少なくとも近代ではなかったんじゃないかなっていう気がします。
木村さん そうですね。2021年の『美男におわす』という展覧会をやったんですが、2000年代になってからようやく女性アーティストが男性を描いて発表し始めたというふうに学芸員さんはおっしゃっていました。
「美男におわす」埼玉県立近代美術館/島根県立石見美術館 ▶ 江戸時代より女性像をメインに描かれてきた「美人画」において男性を美しいものとして表現することにフォーカスした企画展
木村さん 私も最初は女性像を描いていたんですね。それが当たり前だと思ってたので。ヌードモデルさんや絵のモデルさんはほぼ女性で、私もそれに関して信じて疑ってなかったんですけれども、でも私自身はヘテロセクシュアルの女性で、性愛の対象は男性なんですね。私は美人画の女性像でも、男性像でもそうなんですけれども、人物から匂い立つような色気ですとか、エロティックな雰囲気というのが非常に好きでしたので、女性から恋愛の対象として男性を描いたほうがより色気が匂い立つんじゃないかなと思って。男性にシフトしたら、ハマってしまいました。
青野さん 田原さんは男性としてどうこの絵を見てどう思われます?
田原さん 木村さんとお会いしたときに、私、撮影されたんですよね。
木村さん そうですね。髪型を撮らせてくださいってお願いして。
田原さん そういうことって男として生きていてあまりない体験なので、やっぱり恥ずかしさというか、普段女性が浴びている視線ってこういうことか、という逆の体験をして、でもこれからやっぱりどんどん男性もこういう体験はあるんだろう、むしろ同等にしてこなければならなかったことだろうなっていうのは常々思ってますね。
ジェンダーへの理解の深まりとともに、ようやくスタート地点に立ったとも言える「美男画」。2022年、木村さんは男性ヌードに特化した『NUDE礼賛-おとこのからだ』展をキュレーション、こちらも大きな話題を呼んだ。
木村さん 今「美人」っていうとルッキズムの観点からもいろいろこう言われたりもするんですけれども、やはり「美」というものはアートに欠かせないと私は思っているので、これからも私なりの美人を追求していきたいなとは思っています。
それぞれのアーティストがそれぞれの思いを持って前進させるアートシーン。2023年もアートの冒険は続く――。
出演者
光宗薫