【アートフルワールド特別編】
このアート、なにがすごいの?
美術館の素朴なギモン

#38 2022.11.26

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「このアート、なにがすごいの?」の後半は、普段何気なく訪れている美術館に関する素朴なギモンを解決していく。知っているようで知らない美術館の疑問に迫るのは、引き続き、女優の若月佑美さん。

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そして、解説していただくのは、全国の美術館の常設展をレビューしているサイト「これぽーと」を主宰し、独自の批評活動も行っている南島興さん。

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南島さんが主宰しているサイト「これぽーと」は誰でも書ける、全国の美術館の常設展に絞ったレビューを掲載している。「常設展」にこだわる理由とは。

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■南島興さん(横浜美術館 学芸員 全国美術館常設展批評サイト「これぽーと」主宰)
美術館というと、まず展覧会をやってる場所ってイメージがあると思うんです。そのときの展覧会って何かというと、おそらく「企画展」か「特別展」だと思うんです。そこに多くの人が集まりますし、メディアでもいろんなレビューとか記事が載ったりすると思うんです。

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でも、美術館や博物館も含めた本番の仕事というのは、コレクションを収集して保存管理して調査して、その結果例えば展覧会で展示して教育普及をしたりするということで、それは要するに「コレクション展」とか「常設展」なんだけれども、実際に人が多く見たりするのが「企画展」なので、もったいないなと思って、そこにフォーカスしたサイトを立ち上げてみようと思いました。もちろん「企画展」も重要ではあるんですけど、それと合わせて、どうにか「常設展」とか「コレクション展」に足を運んでいただける方が増えるといいなと思って、草の根的にやってます。

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南島さんによれば、美術館は国が運営する国立美術館、県や市が運営する公立美術館、そして、企業や個人が運営する私立美術館の3種類に大別されるという。ここからは、それぞれの美術館についてお話を伺う。

「このアート、なにがすごいの?」
【東京国立近代美術館】

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■横山由季子さん(東京国立近代美術館 研究員)
東京国立近代美術館は今から70年前の1952年に開館しました。実は近代美術という同時代の美術を扱う美術館を設立してほしいという声は、明治時代からあったんですけれども、それが実現するのが約半世紀後ということになります。

日本では戦前から存在した唯一の国立のミュージアムが東京国立博物館なんですけれども、トーハクはどちらかというと、もう既に過去の時代の名品というのを収集している博物館だったんですね。なのでやはり当時の芸術家たちは、自分たちの同時代の作品を展示する美術館をぜひ作ってほしいという要望をずっと持っていて、それがようやく実現するのが戦後に入ってからということになります。

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日本初の国立美術館である国立近代美術館、現在の東京国立近代美術館は京橋に作られ、1969年、新館として現在の北の丸公園に移設された。

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美術館の基本的な役割は大きく分けて3つ。
優れた美術品を収集すること、美術品を大切に保存管理すること、美術品を広く一般に公開すること。

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東京国立近代美術館の場合、どんなプロセスで美術品を購入するのか、東京国立近代美術館 研究員の横山由季子さんにうかがった。

■横山由季子さん(東京国立近代美術館 研究員)
年度ごとに決めています。毎年2回収集委員会というのが開かれていて、最初に作品を調査して、候補作をあげるのは私たち学芸員なんですけれども、そこから館内のいくつかの会議を経て、最終的には収集委員会という、美術館の外部の専門家の方々で構成される委員会で承認を得て初めて収蔵されるという形になっています。

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南島さんによると、美術館には、それぞれ収集方針というのがあり、そこをもとに収集の方向が決まるという。横浜美術館の例をあげて話してくださった。

南島さん 横浜美術館の場合は横浜なので港町で開国した後の幕末期以降の例えば東西交流を表しているような作品とか、影響関係が見られるような作品とか、あるいは横浜ゆかりの作家の代表的な作品とか。そして、そのコレクションをより豊かにしていくためにはこういった作品があったほうがいいんじゃないか、例えばこの作家さんの作品はあるんだけど、初期の作品がないから初期の作品があれば、例えばその作家の変遷をずっと追えるような展覧会ができるんじゃないか、ということを考えていくんです。そういったことが、学芸員の重要な仕事なんだなって入ってから気づいたところもありますね。

日本には1000以上の美術館があるが、一つとして同じコレクションはない。では、東京国立近代美術館で開催されている常設展(※)はどんな内容なのか、再び、横山さんにうかがう。

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(※)2022年10月12日~2023年2月5日 東京国立近代美術館 所蔵作品展 MOMATコレクション

■横山由季子さん(東京国立近代美術館 研究員)
今回のコレクション展は、『抽象と幻想 非写実絵画をどう理解するか』(1953年12月1日~1954年1月20日開催)を再構成した企画になります。開館した翌年の1953年から54年にかけて当時の京橋の会場で開催されたものなんですけれども、それをVRで再現したコーナーであったり、約70年前の展覧会を再構成した内容になっています。日本の近代美術史に名を残して高く評価されている作家の作品もたくさん含まれているんですけれども、やはり今ではほとんど名前や作品を見る機会のない作家の作品というのも含まれていて、作家の評価というのが移り変わっていくんだな、ということを実感する内容になっていると思います。

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過去の美術作品というのは過去の人々がどういうふうに世界を見ていたかとか、どういった価値観のもとで生きていたか、というのを現代に伝えてくれるメディアでもあります。「同時代性と普遍性」、両方を兼ね備えてる作品というのが人間の歴史にとっては必要なものなのでは、と思います。

「このアート、なにがすごいの?」
【神奈川県立近代美術館】

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■水沢勉さん(神奈川県立近代美術館 館長)
神奈川県立近代美術館は、日本で最初の公立の近代美術館です。「近代」って名前のついた美術館というのは実は明治末年にも作ろうという努力はあったんですけど、それで戦争に突入し、敗戦すると…。そのときにやはりずっと課題だった「近代美術館を作ろうよ」、という大きな機運が盛り上がるんです。もちろん最初は国も何としても作ろうと思ってるんですけど、土地問題があって作れない。そのときに神奈川はその当時、内山岩太郎知事が、「文化が復興しなかったら絶対戦後、人心は立ち上がらない」って信じていたので、図書館・音楽堂・美術館を作るってすぐ決めるんです。でも当時、お金はないので、わずかなお金で作るんですよ。それが鎌倉の近代美術館と呼ばれる八幡宮の中に出来た1951年の今重要文化財になっている建物ですね。

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でも、どうしても別館が必要になったんです。それで1984年に別館を作った。それでもやっぱり鎌倉は土地が限られているので、この葉山も、作りましょうと2003年に開館したのが葉山館。高松宮家の別邸に作られました。

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内山岩太郎(1890~1971)▶ 外交官を務めた後、神奈川県知事に当選。戦後、文化活動の復興に尽力した

それでは、国立の美術館と違い、コレクションの購入予算の少ない公立の美術館はどうやって作品を増やしていったのだろう。

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■水沢勉さん(神奈川県立近代美術館 館長)
神奈川の場合はコレクション形成するための予算はほとんどなかったので、作家たちと一緒に展覧会を作っていく。その展覧会を作るときにいろいろ費用が付く。そういうときに合わせて購入予算を少し増やしたりすれば一緒に展覧会をやった作家さんの作品がコレクションに入るというのがありました。また、1950年代以降の高度成長期というのは段々彫刻も大きくなってくんです。そうすると、実は作家自身アトリエに持っていられないということも起きます。それを寄贈ということで受け入れる。そのように、傑作を後世に残すためにコレクションに入れていくという努力はしてきた美術館です。

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今あるコレクションを未来に繋いでいくことが何より大切なとこだと水沢館長は話す。

■水沢勉さん(神奈川県立近代美術館 館長)
美術館が存在する意味ってのはそこだけです。100年後1000年後に今生まれた最高の作品を伝えたい、そのための価値判断とかケアとか、そういう専門家が学芸員たちです。

若月さん 購入予算が減っていて美術館的にはあまり新しい作品を(購入するのは)、というのもあると思うんですけど、その逆にアートコレクターは増えている。

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南島さん 今だけを見ると、美術館には新しい作品がない、でもコレクターにはある。何かどこかでそれは30年とか50年後とか、どこかである接点を持って何か良い関係性が持てるように、美術館がちゃんとアピールしないといけないと思うんです。そういう魅力的な場所なんだというふうにやっぱり提示していかないと、コレクターの方もそれは寄贈するというふうに思ってくれないと思いますし、美術館に収蔵されればより多くの人に見られ、より多く調査され、研究され、この作家のことが後世に伝わっていくだろう、という信頼を得ていかないといけないと思うので、それは美術館側の責任としてそういう仕事をしていくし、それをちゃんと発信していくというのは必要なことだと思います。

「このアート、なにがすごいの?」
【ポーラ美術館】

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■岩崎余帆子さん(ポーラ美術館 学芸課長)
ポーラ美術館はポーラの創業家の2代目だった鈴木常司という人物が、戦後40数年をかけて収蔵してきた作品を公開するために建設された美術館です。

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この美術館を作った趣旨というのが、箱根の自然と美術の共生というコンセプトで、まずは印象派の絵画を見ていただきたいということで鈴木常司が、豊かな自然と印象派の絵画というのがイメージとしてあったわけです。もちろんそれだけではなく、それ以外の作家の展覧会も開催してますけれども、美術史の研究を発展させる上でこういった作家の展覧会をやったらいいんじゃないか、といったことも考えています。

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鈴木常司(1930~2000)▶ポーラ創業家二代目。独学で美術史を学び、多くの美術品をコレクションした

膨大な資金を投じて作品を収集し、施設の維持管理にも費用がかかる美術館。果たして観覧料だけで賄えているのだろうか。

■岩崎余帆子さん(ポーラ美術館 学芸課長)
文化の向上に寄与するといった大きな使命があって、当館だけではなくて、一般的に美術館の中で利益を上げているところは、本当に数えるほどしかないと思います。美術館というのは教育機関という位置付けで世界の芸術・文化の発展に寄与したいという目的、あとは地域の方にアートに触れていただく機会を作ると、そういう重要な使命を帯びていると思います。

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知っているようで知らない美術館の素朴なギモンを探った若月さんの感想は――。

若月さん 美術館ってなんだろうって、考える機会はあまりないし、深く疑問に思うこともなかったんですけど、改めて知ることは多かったです。私はポーラ美術館も観光の一環として行ったというか、箱根で観光を巡るならここみたいなところで行った、というくらいだったんですけど、改めて美術館が建つまでの大変さとか、どういう意味で美術館が今運営してるのかというのを聞けたので、より、いろんなところをしっかり回りたいと思いました。また「常設展」もちゃんと意味を持ってやってるんだなというのも改めて…。

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南島さん もちろん「企画展」に関心を持ってもらうということはとても大事なことだし、結局人がたくさん来て、いろんな言葉が交わされて理解が深まる場所として「企画展」は一番大きなものとして美術館にとってはあるんですけれども、でも、ある意味「企画展」に依存してくというのは、一発勝負していくみたいなことに近いので、長期的にそこに来た人が美術館を愛してくれるか、みたいなことを考えてると、それと違うわけですね。

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若月さん とても勉強になります。ありがとうございます。

地域に根ざした独自のコレクションを形成している美術館たち。美術館そのものが持つ歴史や背景を知ると、より一層、アートが厚みを持って楽しめるかもしれない。

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出演者

若月佑美