#21 2022.03.19 /
#22 2022.03.26
映画館に向かう私たちの心を絶えず躍らせてきた映画ポスターの世界。時代や映画のジャンルに合わせてどのように変化してきたのか。
今回はそんな映画ポスターの世界をヒップホップグループRHYMESTERの宇多丸さんとともに旅する。ご自身がパーソナリティを務めるラジオ『アフター6ジャンクション』(TBSラジオ)では映画を評論するコーナーも人気。また、自らの経験から編み出したカウンセリング型映画オススメ術をまとめた著書(『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』新潮社刊)を出版。映画をこよなく愛する宇多丸さんが見つめる映画ポスターの世界とは。
「僕らの世代だと、そもそも映画の情報を得るのは、新聞広告と街の看板、そして映画館の予告というこの3つ。だから、街で見かけるポスターアートによって映画の印象がついたというのはありますね」と、宇多丸さん。「映画の好き度とは別に、デザインとしてカッコいいから置いておきたいタイプのポスターみたいなものもあります」と語る。
そんな映画ポスターはいつから誕生したのか。宇多丸さんとともに日本で唯一の国立映画専門機関、国立映画アーカイブへ。
映画ポスターの歴史を案内してくださったのは、国立映画アーカイブの主任研究員・岡田秀則さん。岡田さんと宇多丸さん、歴史を刻んだポスターたちを前に語り合う。
VITASCOPE活動大写真(1899年)
岡田さん 日本に初めて映画が渡来した頃の上映会のポスターです。
宇多丸さん 今みたいに「この作品ですよ」というよりは「映画をやりますよ」というポスター。
岡田さん (映画は)新しい発明でしたので、上映会そのものが一つのイベントだったわけでして、様々なシーンが説明されています。
道頓堀 角座「天然色活動大写真」(1903年頃)
19世紀の終わり、映画の渡来とともに、日本でも映画ポスターが誕生。ただし初期のポスターは映画という発明そのものを説明するものだった。外国から次々と映画が到来したことにより、日本製の作品も作られるようになる。それにより常設の映画館が普及し、映画が大衆娯楽の中心に。この頃に登場したのが映画のスター俳優たちだ。
『丹下左膳 第1篇』(1933年)
岡田さん 映画はスターで観る、スターの人気でお客さんを集める、という形になっていきます。そうすると、スターの姿、顔で勝負するというポスターが一気に増えていきます。スターシステムと言われる形で映画が作られるようになり、こちらがその先駆けともいえる大河内傅次郎の『丹下左膳』。
宇多丸さん これいいですねデザイン。フォントがいいですよね。漢字とカタカナをこんなにカッコよく図案化するのってなかなかない。ちょっと真似したいぐらい。
日本最古の映画スター、尾上松之助などが登場して以降、映画ポスターは、スターの姿を見せるデザインに変化した。その頃には映画宣伝独自の字体「キネマ文字」も誕生する。
岡田さん 誰が作ったのかはわからないんですけども、しかしこれ、映画館の名前が入ってるんです。要するに映画館が知っている地元のアーティストに描いてもらう形。
宇多丸さん 劇場ごとに作った?
岡田さん 最初のうちはそうだったんですよね。もうちょっと後になってから、配給会社が全国に同じポスターを配布して貼ってもらうようになりました。
宇多丸さん でも劇場オリジナルで作ってるとしたらこの凝り方、豪華さ…。
岡田さん そうですよね。例えば道頓堀の松竹座ですけど、何人もデザイナー…当時は図案家といいましたけど、そういう才能のある人たちをちゃんと雇ってたんです。
宇多丸さん そうか。若い才能が集まる場でもあったかもしれないですね。
配給会社がポスター制作を担うことにより、ポスターのフォーマットが徐々に決まっていくことに。
『東京物語』(1953年) ※ポスターがB2サイズに統一
岡田さん こちらの『東京物語』で、これがB2サイズ。だいたい51.5×72.8ですけど、戦争の後は基本的なサイズになりました。
ポスターのサイズが統一されたことにより、様々な場所に掲示することができるようになる。また、デザインもこの頃、フォーマットが固まってくる。
『ゴジラ』(1954年)
宇多丸さん この『ゴジラ』なんて、このポスターごと記憶されてる方も多いですよね。ゴジラがいて飛行機があって、この配し方が…。
岡田さん 日本の戦後のポスターで固まってきたこととしては、まず題名をドーンと出すということと、キャッチフレーズ…業界では惹句(じゃっく)というんですけど、この惹句をしっかり入れて、俳優の名前入れて、そして無駄な空間を作ってはいけないということで…
宇多丸さん 確かに結構ギッチギチに埋めますよね。
岡田さん ちょっと間があると、顔や姿を入れるようにしてますね。
日本人のニーズに合わせて作られてきた日本における映画ポスター。現在のポスターはどのようなものなのか、東宝映画宣伝部の川野悌さんにうかがった。
■ 川野悌さん(東宝株式会社宣伝部)
「映画(宣伝)の一番大事な部分は、ポスターと予告編、この2つだと思っていて、これを見て、映画を観たいと思ってくれるかどうかだと思っています。例えば、『劇場版ラジエーションハウス』(4月29日公開)をどういうふうに売っていこうか、どういう形で世の中に伝えていこうか、というのは、まずコンセプトを話し合って、この『ラジハ』においては、仲間の物語だよね、ということで、仲間の絆みたいなものを伝えていこう、というのが決まったら、そこから固めていく形になります。映画ポスターの一番大事なのは誰が出てるか。アートな方向ではなく、より顔をわかりやすく。このポスター1枚で写真みたいな形にしたかったんですよね。放射線技師の人たちなので。そこまで伝わればいいな、と思っています」
日本の映画ポスターはデザイン性よりも、わかりやすさを重視する傾向が感じられる。一方、海外のポスターはどのようなデザインなのか。『ブレードランナー』の読み解き本の制作に関わるほどの『ブレードランナー』マニアで、ポスターだけでもおよそ40枚以上保有する海外版ポスター収集家POSTER-MAN<小野里徹>さんのコレクションを拝見させていただきながら、国ごとのデザインの特徴を教えていただく。
『ブレードランナー』(1982年公開)▶ 監督リドリー・スコットが手がけたSF作品。舞台は2019年の近未来。主演はハリソン・フォード。
『ブレードランナー』のアメリカ版ポスターを手がけたのは、ハリウッドでポスターデザイナーとして活躍したジョン・アルヴィン。アルヴィンのデザインの特徴は、強い光源を当ててできるシルエットでキャラクターの細部を作り上げるところにある。代表的な作品に『E.T.』。今回はこの『ブレードランナー』の日本版ポスターを手懸けた映画ポスター界のレジェンド、檜垣紀六さんのポスターを端緒に日本と世界の映画ポスターについて見つめていく。
ジョン・アルヴィン(1948年~2008年)▶『E.T.』や『グレムリン』ディズニー作品など、数多くの映画ポスターを手懸けたデザイナー。
檜垣紀六(映画広告図案士)▶20世紀中ごろから約60年、日本の映画会社各社で映画ポスターのデザインを担当。代表作品は『燃えよドラゴン』、『エクソシスト』、『ランボー』、『ダイ・ハード』など
POSTER-MANさん これは、日本映画ポスター界のレジェンド檜垣紀六さんによる日本版の『ブレードランナー』ポスター。1982年の名ポスター。
宇多丸さん 写真のコラージュですね。
この檜垣さんが手がけた『ブレードランナー』は、国際版に採用され、檜垣さんがコラージュした近未来のロサンゼルス風景はヨーロッパ各国で使用された。
POSTER-MANさん そして、イギリス版はこれになります。
宇多丸さん 写真コラージュだけど、檜垣さんとは違う…。
POSTER-MANさん (アメリカ版は)パリのデザイナーユニットの作品なんですけれども。実はすごいポイントがあって、背景のシティ・スケープなんですけど、これ、檜垣さんのコラージュと同じものなんです。要するにここ(シティ・スケープ)だけ檜垣さんのコラージュを全面に貼り付けているんですね。
宇多丸さん 檜垣さんの作ったものをベースにやっている。
POSTER-MANさん そうなんです。
このように檜垣デザインをサンプリングするデザインもあれば、指名手配書のように全く違うアプローチのデザインなど、国によって映画の世界を表現する方法は様々。
日本映画が世界で公開された際のポスターはどのようなものがあるのだろうか。
『タンポポ』(1985年公開) 監督: 伊丹十三<イギリス版ポスター>
宇多丸さん しかしこれ、日本人の感覚からすると言うべきか、このコラージュは不潔感というか、ちょっと生理的に抵抗を感じなくはないけど(笑)。でもこのさっきの写真をレタッチというかエアブラシの感じ…これはこれで独特のシュールレアリズム感もあって、合ってる。
そして内田裕也さん主演の『コミック雑誌なんかいらない!』の海外バージョンも。
『コミック雑誌なんかいらない!』(1986年公開) 監督: 滝田洋二郎<アメリカ版ポスター>
宇多丸さん これは珍なる…どうすればいいんだろうっていう感じのデザインですけど(笑)。我々、内田裕也さんを知る日本人は、逆に納得度が高いっていうか、脈略関係ない「ロックンロール」って(文字が入って)くるけど、読めないじゃん、アメリカ人(笑)。
POSTER-MANさん 例えばアメリカ人が「日本語でなんて書いてあるんだ?」と聞いて、「ロックンロール」だよ、と聞いた時に「なんで?」ってなりますよね(笑)。
宇多丸さん 内田裕也コンテクストが、ちょっと文脈がハイコンテクストすぎるというか。これデザインした人ちょっと問い詰めたいですね(笑)。でも、ちょっとなんか落ち着いてみるとハマってきました。この「ロックンロール」。
年間30万以上ポスターを購入するというPOSTER-MANさんにとって、映画ポスターの魅力とは?
POSTER-MANさん 映画というのは、お金を払っても持って帰れないものなんですよね。要するに形のないもの。「残像芸能」と檜垣さんはおっしゃってましたけど、それを何とかして持ち帰りたいという思いがあるから、例えばパンフレット文化の日本ではずっと盛んで、チラシもそうですね。僕の場合はポスターだったんです。ポスターを集めることで、映画を所有しているという妄想的なものですかね。
宇多丸さん わかります。だから本来時間芸術である映画を1枚絵で表現するという、ある種、むりくり圧縮するとこういうことになるんだけど、むしろ、くどくど分析的に取り出されるより、1枚絵のほうが映画を観る、という体験に近い感じしますね。一方で、こうやって海外での受容の仕方、どう解釈されたかのズレも面白いなと思いますよね。
POSTER-MANさん 面白いです。僕が海外版ポスターを好んで集めているのはそういう解釈の違いに非常に魅力を感じるからですね。
映画ポスターは国や時代によって変化しつつも、映画宣伝の核になってきた。しかし今世紀に入り、宣伝の枠にとらわれないアートとしてのポスター「オルタナティブポスター」が注目を集めるようになっている。果たしてどのようなものなのか。3月27日まで企画展「MONDO映画ポスターアートの最前線」を開催していた国立映画アーカイブの主任研究員、岡田秀則さんに再び案内していただきながら、オルタナティブポスター、そしてその最先端にいるMONDOの世界に触れる。
オルタナティブポスター ▶ アーティストが映画作品をモチーフとして自由に描く宣伝目的ではないポスター。
■ 岡田秀則さん(国立映画アーカイブ・主任研究員)
「MONDOというのは、アメリカ・テキサス州オースティンという街に『アラモ・ドラフトハウス』という映画館がありまして、上映会用に制作した配給会社のデザインとは別のオリジナルポスターを売り出したところ、人気が出まして。最初はそういうところでしか買えないものだったんですけど、オンラインショップでの販売をきっかけに、世界から買いたいという人たちがどんどんクリックするようになりまして、毎週のように新作が生まれています」
アラモ・ドラフトハウス ▶ アメリカ・テキサス州オースティン発祥の映画チェーン。1997年創立。
「(MONDO作品は)正直私も今2枚待ち。注文しています」という宇多丸さん。さっそく各作品を岡田さんの解説で堪能する。
『博士の異常な愛情』(1964年公開) 監督: スタンリー・キューブリック
ポスター: ジェイソン・マン
岡田さん 例えばこれなんですが、一見電話に見えます。アメリカとソ連のホットラインみたいな。でもよく見ると、爆弾と核弾頭が地球を狙っているという。
宇多丸さん カッコいい。ちゃんと60年代ふうのデザインですもんね。これ欲しいけどなぁ。これ当然…。
岡田さん 今回展示するものはほとんどが売り切れちゃって、MONDO本部に少数しかないものをお借りしてます。
『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』(1980年公開/監督: アーヴィン・カーシュナー)
ポスター: タイラー・スタウト
岡田さん これは、初期から活躍しているタイラー・スタウトって人なんすけど。MONDOのポスターを有名にしたもののひとつですね。
宇多丸さん (アーティストも)MONDOから声かかったら腕の見せどころ、って感じでしょうね。
岡田さん そうでしょうね。
宇多丸さん 世界中のアーティストの人にMONDOの皆さんはアンテナ張っているんですか?
岡田さん 最初はMONDOの人たちが知ってる人だけにお願いしたんですけど、だんだん広がっていって、全米のいろんなアーティストの噂を聞きつけてお願いするようになりました。
MONDOのポスターを手がけているアーティストにはグラフィックデザイナーやイラストレーター、アメリカンコミックの作者など多種多様。日本でもMONDOから依頼を受けたアーティストがいる。覆面画家のRockin‘ Jelly Beanさん。
1990年より活動し、日本のインディー、ガレージパンクシーンでのフライヤーやジャケットなどがアートスタイルの原点。96年の渡米をきっかけにLOW BLOW ARTシーンで活躍。COOP KOZIKなどと共にグループ展に参加するなど、国内外で活躍。Jelly Beanさんに実際のMONDOとの仕事についてうかがった。
■ Rockin‘ Jelly Beanさん
「Aaron Horkeyというアーティストがいまして、彼がMONDOと仕事することになって、ポール・トーマス・アンダーソンの映画の作品をたくさんリリースするというシリーズのキュレーターを任されたときに、アート誌に載っていた自分の作品を見た彼が、デビュー作である『ブギーナイツ』は、ぜひ彼に描かせたらどうだ、と推薦してくれたんです。面白そうだからやってみようみたいな感じで始まりまして、その後に『キル・ビル』は興味ないかと言われて、もちろん大好きです、ということでやることになりました」
ポール・トーマス・アンダーソン ▶『マグノリア』でベルリン国際映画祭の金熊賞。カンヌ、ヴェネチア、ベルリンの世界三大映画祭すべてで監督賞を受賞した名匠。代表作品は『ファントム・スレッド』、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』、『ザ・マスター』など。
『ブギーナイツ』(1997年公開) 監督: ポール・トーマス・アンダーソン
『キル・ビル』(2003年公開) 監督:クエンティン・タランティーノ
■ Rockin‘ Jelly Beanさん
「『キル・ビル』は、普通にあれを描くだけじゃ面白くないし、何か日本的なアプローチをしたいなというのがあり、それと同時にタランティーノの日本のB級映画とか、ヤクザ映画のオマージュみたいなシーン…ユマ・サーマンが悪者と血みどろの殺陣のシーンがあるじゃないですか。あれを見て、浮世絵の中の種類で『血みどろ絵』というのがあるんですけど、このシーンを血みどろ絵のスタイルで、描いたらどうか、というアイディアが浮かんで、そのスタイルで描いてみようということで、和風なスタイルをそこにぶち込んでみたら外国の人たちもびっくりするんじゃないかなと思ってやってみました」
血みどろ絵 ▶ 幕末に月岡芳年が確立させた浮世絵のジャンル。血が飛び散る残虐な殺戮などを描いた作品
再び、MONDO展の岡田さんと宇多丸さん。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年公開)のポスターの前に。
『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年公開) 監督: 押井守
ポスター: マルティン・アンシン
宇多丸さん カッコいい!これはプレミアがついてしまうでしょう…。
岡田さん これ、今回お客様で一番注目されているものかなと思います。紙そのものがホイル紙といって銀色の紙を使ってます。
MONDOのポスターのほとんどはスクリーンプリントという色を一色ずつのせていく技法で印刷されている。色を1色ずつのせていく手法のため、近くで見ると、インクの感触までリアルにわかり、ポスターには手作り感も生まれる。そんなスクリーンプリントの特性を生かした作品が――。
『鳥』(1963年公開) 監督: アルフレッド・ヒッチコック
ポスター: ローラン・デュリユー
宇多丸さん 『鳥』だ。ワーッやられた!船乗ってね、ここから…そうですもんね。参りました。色も綺麗だし…。
岡田さん スクリーンプリントってグラデーションがやりにくいんですけど、これは縞々でグラデーションを作るんですよね。
『ブリット』(1968年公開) 監督: ピーター・イェーツ
ポスター: マット・テイラー
岡田さん 9回のカーチェイスのシーンがあるらしいんすけど、どこからどこまで実際走ったのかというのを図解したものです。
宇多丸さん 最高すぎる。良すぎてつらい。読みごたえもありますね。ファンアートとして、ちゃんとやってんなー。しかもちゃんとマックイーンいるもんな。その映画をもう1回観直したくなるし、ちょっと何かまたその映画が好きなっちゃうっていうか。
岡田さん そうですね。アーティストがある1本の映画から、凝縮したものを見せつけられて、もう一回映画に戻りたい、というそういう気持ちはわかりますね。
宇多丸さん 良いときの映画解説を聞くと、また観たくなっちゃったとか。そういうものにも近いというか、批評でもあるというか。
岡田さん そうですね。
いろいろなポスター作品を見終えたところで「見た中で一番のお気に入りは?」とスタッフが宇多丸さんに問いかけると、「僕は『鳥』ですね。この『鳥』は作品としてパーフェクトじゃない? もし『鳥』って映画を観たことない人がこれだけを見ても、何か不吉なことが起こるだろうし、なんならこの主人公がいろいろ背負ってるものとかすら読み取れちゃうような。素晴らしい1枚絵だなと思いました」と興奮気味に語った。
公式を超えるファンアート。公式ではないからこそ、アーティストたちは何も縛られることなく、思い思いのアイディアをポスターに載せる。日本でこの「オルタナティブポスター」制作に力を入れているアーティスト、デザイナーの大島依提亜さんのもとへ。まだまだオルタナティブポスターの認知度が低い日本で、オルタナティブポスターを普及させようと奮闘しているグラフィックデザイナーの大島さん。『万引き家族』や『ちょっと思い出しただけ』など、数々の映画ポスターを手がけ、第一線で活躍している大島さんに、オルタナティブポスターの魅力についてうかがった。
■ 大島依提亜さん(グラフィックデザイナー)
「メインポスターという形で映画の顔となる1枚のポスターを今まで作ってきたんですけども、メインなので、やっぱりいろんな方が意見をするわけですね。それを聞きつつみんなで相談しながらやっていくんですけど、好きな作風とか、好きな監督とか、思い入れが強ければ強いほど、僕自身の視野がめちゃくちゃ狭くなって、そうするとちょっとでもそこから外れるとモヤモヤするんです。でも、今はポスターのあり方っていうのは、SNSやインターネットなど様々なレイヤーで映画ファンがいて、その中でちゃんと振り分けて、いっぱいポスターを作っちゃえばいいんじゃないかと。海外は既にそういうシーンがあって、それを羨ましいなと思っていたので、提案して、やるようになりました」
また、大島さんは映画が持つジャンルの複合性をこのオルタナティブポスターで描いているという。
■ 大島依提亜さん(グラフィックデザイナー)
「映画自体が例えば、恋愛映画というくくりがあったとしても、その中に怖い要素があったり、アクションもあったり、笑えたり、いろんな要素があると思うんです。特に今の映画はジャンルがちょっとわからない。ちょっとミスリードで、このジャンルかと思ったら違うジャンルでした、みたいなものもある。そういう複合的なレイヤーでポスターを展開できたらいいなという思いがありました」
大島さんが制作した『アメリカン・アニマルズ』、これはどのように表現されたのか。
『アメリカン・アニマルズ』(2019年公開) 監督: バート・レイトン
アメリカの大学生4人が大学図書館にある12億円相当の鳥の画集を盗み出すために奮闘する実話を基にした作品。
大島さん 一見するとクライムサスペンスなんですけど、映画を観ると「あれ?」っていう感じになるじゃないですか。あまりにも無計画すぎて、その計画がすごく綻びまくってて、ちょっとズッコケな感じになっていて。いろんな要素を込めたいなっていうのがあって、(画面左は)この大学生たちの、脳内の「俺が考えた犯罪計画」みたいな感じでまとめました。
宇多丸さん なるほど。一方で『アメリカン・アニマルズ』の別の側面として…。
大島さん (画面右は)すごくポップな要素とか、おとぼけ感というか。鳥というモチーフで描きました。ひとつの映画の中にこれだけふり幅があるよというのをまるっと表現してしまうことはこの映画を説明するには有効じゃないか、と。
また、鬼才ジョン・カーペンターが手がけた『ゼイリブ』のポスター。80年代のVHSジャケットふうにデザインした作品で、こちらには映画ファンの大島さんのこだわりが込められている。
宇多丸さん 「サングラス掛ける掛けない6分半」と言われる『ゼイリブ』。6分半の名シーンをくどいほどフィーチャーしているところ、ここがさすがでございます。
大島さん ポスタービジュアルにすると、エイリアンないし主人公がサングラスを掛けてるっていうビジュアルばかりだと思うんですけど、観た人全員、あの“プロレス”だと思うんです。にも関わらず今までポスターでそれが反映されてなかったっていうところが、めちゃめちゃモヤモヤしてて。
宇多丸さん 今『ゼイリブ』を上映するのであればってことですよね。
映画の別の視点を投げかける大島さんのポスター。大島さんは映画ポスターの今後についてどのように考えているのだろうか。
大島さん 映画自体への思い入れがあるものと、宣伝というのは少しズレがあるんですね。だからズレがあるからこそ、多くの人に訴えかける普通のポスターもあるべきだと思うんです。一方で、ちょっと自分のエゴなのかもしれないんですけど、踏みこんだ形で、この映画に対して、これだけ自分は好きです、という感じでアピールしたくなっちゃうところもあるし、あと、意外ともっと深く映画を観てる人に刺さるものも同時にあると思っていて、やっぱり映画ファン自体も嬉しいんじゃないかな、と。
宇多丸さん 間違いないと思います。
宇多丸さんが最後に向かったのは、都内で映画ポスターが購入できる、神保町の古書店「@ワンダー」。取り扱っているポスターは、実に1000枚以上、誰でも手軽に映画ポスターを購入できる。宇多丸さん、吟味した結果、ここで『スーパーマン』、薬師丸ひろ子さん主演の『Wの悲劇』を購入。
■ 宇多丸さん(RHYMESTER)
「改めて、やっぱり映画ポスター好きだな、というか、元々結構持ってるし、今注文しているMONDOから来るものもあるんですけど、ちょっと火がついちゃって危ないです。でも本当にさらに火をつけてくれた素晴らしい趣味と実益を兼ねられた素晴らしいロケでございました。ありがとうございます。皆さんもぜひ映画ポスターを飾ったりすると部屋が一段とイケて見える感じになりますんで、おすすめしたいと思います」
宣伝用として誕生した映画ポスターは、世界中のアーティストの手によってアートとしての顔を持つようになった。これからも映画ファンを魅了する進化を続けていく――。
出演者
RHYMESTER 宇多丸