絵画と写真の関係

#9 2021.09.18 /
#10 2021.09.25

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私たちが生きる現実社会を切り取る「絵画」と「写真」。これら二つにはどのようなかかわりがあるのか。今回、そんなアートの冒険をご一緒するのは、俳優の小関裕太さん。

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写真好きで自身で個展を開いたり、雑誌で写真の連載を持つなど、写真への造詣も深い小関さん。

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「一眼レフを手にして、のぞき穴を見た時、風景よりも物を撮りたくなって、初めて撮ったのが、祖父祖母の家にあった器。素材感が映し出されて、ぬくもりを感じたんです。写真は無機質なものに感情を持たせることができるんだ、と思い、いろいろ撮り始めました」という。また、絵画は「小さい頃に(展覧会などに)連れて行ってもらいました。今でも気になる展示会があったら行きますし、最近は美術館よりも個人の展示を観ることが増えました」と、アートへの興味も高い。

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そんな小関さんがまず向かったのは、絵画・版画・写真・彫刻など多岐にわたる収蔵作品の数、およそ30000点におよぶ、東京富士美術館。案内してくださるのは、東京富士美術館の学芸員、平谷美華子さん。

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まずは、1500年代のルネサンス期から20世紀の西洋絵画を一望できる常設展のコーナーにある、アンブロワーズ・デュポワの「フローラ」という作品の前へ。

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「これはフランスのルネサンスの作品。少しぎこちないような、今でいうとCGで描いたようなそんな雰囲気が伝わるんじゃないかと思います」と平谷さん。「確かにCGと言われるとすごくわかりやすいですね」と納得の小関さん。こうしたタッチはこの時期の絵画の特徴とされる。

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美術評論家・島田紀夫先生
「美術の歴史では、神話や宗教をテーマにした絵が主体でした。美術アカデミーというものができまして、そこが美術教育をするようになったわけですが、そうした教育制度の中で、画面にタッチの跡、絵筆の筆触を残さない、滑らかな陶器の肌のような画面に仕上げるという基準があったので、こういうタッチになったのです」

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この美術アカデミーによって決められた絵画表現が中心となっていた時代から変化が生まれたのは、19世紀に入ってから。写真が誕生することで、絵画の表現方法は大きく変化していく。

東京富士美術館・学芸員 平谷美華子さん
「写真が発明されると、人を写実的に表すには写真にはかなわない、ということで肖像画家が食べていかれなくなってしまったり、画家として筆を折ってしまう人が現れました。また、写真を活用しながら違うタイプの絵を描き始めた人も現れ、写真の発明によって様々に(絵画の世界が)変わっていきました」

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東京学芸大学 准教授 正木賢一先生
「ルネサンス以降、絵画表現というのは、目の前にある現実を捉えて、記録性やリアリティの追求をやってきたのですが、写真が登場したことによって、時間をかけなくても、記録も取れるということになり、自分たちが表現するというのはなんなのだろう、と考えるようになりました。つまり、自分たちにとって絵画とはどういうものか?ということを考えるきっかけになっていったのです」

写真の登場で、これまで絵画が担っていた「記録」という役割が写真に移り替わり、それによって絵画の表現方法を見直すきっかけになったという。では、写真の誕生によって新たに生まれた絵画表現とはどんなものだったのか…。

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平谷さんに次に案内されたは、1870年代に登場した印象派の絵画たちが展示されるコーナー。目の前には「ヴェネツィア、大運河」(ウジェーヌ・ブーダン/1824-1898)が。
「先ほどのお部屋と違って、写真のような描き方とは少し違って観えませんか?」という平谷さんの問いかけに、「確かに、ちょっと輪郭がぼやけてたりする気がします」と小関さん。「光の輝きをキャンバスにとどめる、そういうことをしようとしたのが印象派なんですね」と平谷さんが解説。

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1870年代に登場した新しい芸術、印象派。当時開発されたチューブ絵の具を用いて外で絵を描くことによって、今まで以上に光を描くことができたといわれており、代表的な作家には、エドゥアール・マネ、カミーユ・ピサロ、エドガー・ドガ、クロード・モネ、ピエール・オーギュスト・ルノワール、アルフレッド・シスレーなどがいる。

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東京富士美術館の学芸員、平谷美華子さん
「写真の装置はある意味“光の装置”ですので、写真に撮ることによって鮮明に物事を捉えることができたんです。それに画家たちは影響を受けました。自分たちはそうした光学装置ではなく、自分たちの目でキャンバスに映そうという、そういう熱い思いもありました」

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そんな、印象派はどのように広まっていったのか。平谷さんによると、最初に印象派の展覧会が行われたのは、ナダールという写真家のパリにあるスタジオ。そこで第1回の印象派展が開催。しかし、当時の印象派に対する反応は、あまり芳しいものではなかった、と島田紀夫先生。
「最初の反応はあまり良くなかったんです。展覧会の批評が雑誌や新聞に載るのですが、クロード・モネの『印象、日の出』という作品を取り上げて、<この作品は印象が描かれていて、対象をきちんと描いていない。これは壁紙の絵よりも雑だ>という批判をされる。これまでの伝統的なアカデミーの考え方ですと、輪郭線をきちんと描いて、その中に色をきちんと塗り込める。という方法だったわけですが、きちんと輪郭線も描かずに原色に近い色を画面に並べていた。それは伝統的な基準から外れていると非難されるわけです」

それまでの絵画の常識から逸脱した印象派の作品たちは、当初、受け入れられられず。しかし、印象派の画家たちは計8回の展覧会を開催。開催を重ねるごとにファンが多くなり、新しい表現形式として認められるようになっていったという。

美術評論家・島田紀夫先生
「印象派の画家たちが描いた作品というのは、ジャンルとしては風景画と風俗画に分かれます」

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美術評論家・島田紀夫先生
「クロード・モネの場合は、刻々と変わる変化を1枚のキャンバスでその変化を、同じテーマで季節や時間を変えて描く「連作」というものを考え出しました。

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また、(モネと同時代を生きた)ピエール・オーギュスト・ルノワールは、モンマルトルの丘の中腹にムーラン・ド・ラ・ギャレットという庶民のダンスホールがあるのですが、庶民や労働者が毎日のようにそこに集まって、お酒を飲んだり、踊ったりする、それを描いた絵(「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」)や、セーヌ川の下流でボート遊びをする人たちが昼食を取るというそういう場面を描いた絵(「ラグルヌイエール」)などを描いています」

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小関裕太さん
「モネが写真の誕生に影響を受けてたと考えると、ちょっと近づいた感じになりますね。巨匠のイメージだけど、人間なんだな、という。とても人間味を感じます」

そして、20世紀になると、表現の幅がさらに広がり、新たな絵画表現が生まれる。

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その新たな表現を拝見させていただこう、と次に訪問したのは、抽象画家の門田光雅さんのアトリエ。

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門田さんは、独自の表現方法を追求し、制作した作品数は1万点以上。2019年にNYで個展「KADOTA」を開くなど、世界でも活躍している。

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アトリエに到着すると、まず目に入ったのが「MANIFOLD」という作品。小関さんも「すごいなー!」と思わず声をあげてしまう。

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「色彩のせめぎ合いを描いているんですけど、否定と肯定が絶えずせめぎ合ってるような感覚で、そういうものを描きたいと思っていました」と作品に込めた思いを語る門田さん。「小さい頃から多動性があって、そわそわしてるような、そういう感覚があって、そういう感覚を作品で表現できる。自分自身をぶつけ、探ることができる表現なんです」と抽象画について語ってくださった。
「形では描けないもの、とらえきれないものを表現した」抽象画。この抽象画は、どのようにして誕生したのだろうか。

東京学芸大学 准教授 正木賢一先生
「写真技術が生まれて、絵画表現の中に抽象的な考え方が生まれました。新たな自由な表現を求めて、その行きついた先に抽象という考え方があった。自己の表現の可能性、ひいては人間の拡張性を含めて、トライしてきたという歴史です」

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門田さんのアトリエにはいくつもの小さな絵が。「最近のシリーズで『多面体』というシリーズなんですけど、ゆらぎのある自分の感覚を描いているんです。全体でも絵画として楽しめるし、部分ごとでも1枚の絵画として楽しめる」。

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また、独特な絵の具を使って表現した「斑鳩(いかるが)」という作品も紹介。「遊色効果という絵の具は、観る角度によって色が変わるんです。絵画の二面性、ゆらぎを描きたいという気持ちがありました。この絵の具は最新の絵の具なんですけど、古風な、古めかしさもあって、新しさと古さが入り混じっています。そういう絵の具との出会いが制作にヒントにもなることもあるんです」と、抽象画が生み出される思わぬきっかけについても聞かせてくださった。

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写真では表現できない世界として様々な広がりを持つ抽象画の世界。しかし一方で、近年、写実絵画を描く画家が増加中という。なぜ再び写実に近づいたのか。この謎を探るために、向かったのは日本初の写実絵画専門の美術館、ホキ美術館。案内してくださるのは、ホキ美術館の館長、保木博子さん。

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「見たままを描くというのが(写実絵画の)基本理念なんですけど、人それぞれ見えるものは変わってくるので、同じものを見ても全然違った表現の仕方をするので、作家それぞれの個性的な絵があると思います」と保木さん。写真のように切り取られた絵画と、写真との違いは、どこにあるのだろうか。

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ホキ美術館・館長 保木博子さん
「写真ってカメラだから単眼じゃないですか。そうすると、ピントのずれてるところは甘くなってボケますよね。でも人間の目で見てると視野の中はすべてピントが合うじゃないですか。絵画は視野の中は基本的にピントが合っているんです」

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写真は単眼なので被写体以外はボケてしまう。人の目だからこそできる写実性が絵画にはある、という。そんな、人の目だからこその技術を感じられる作品として、島村信之さんの作品「日差し」を紹介してくださった保木さん。カメラでは逆光で女の人の顔の部分が暗くなりつぶれてしまう。でも絵画だからこそ表現ができる世界。小関さんも「肉眼で見てる感じ。肉眼で見るとこうなりますよね。でも、言われないと肉眼と同じだから“よくあるよね”と言ってしまいそう。写真だと表せられない絵なんですね」と写実絵画の世界に一歩踏み込んだ感じだ。

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東京学芸大学 准教授 正木賢一先生
「端的に言えば、もう一度“人間らしさ”という自己の存在価値を認識しながら活動されてるんだと思います。忠実に何かを再現していても、再現しているのは自分だという認識。写真ではない写真らしさ、というところにこの時代における新たなリアリティとして、捉え直されてるのではないかと思います」

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続いて、保木さんが案内してくださったのは、写実画家、三重野慶さんの「言葉にする前のそのまま」という作品。
「(三重野さんは)作品をSNSにあげてたら、この絵がSNSで評判になったんですけど、この絵を写真で撮ってSNSに載せちゃうと写真としか見えないんですよ」と、保木さん。小関さんも「近くで見てもリアル、一番は髪の濡れてる感じ、質感」とそのリアル感に衝撃を受けた様子。

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さらに、日本の写実絵画の第一人者、野田弘志先生の巨大な絵画の前へ。思わず「大きいなぁ!」と感嘆の声をあげてしまうほどの作品、「蒼天」。「先生はこの空の向うに宇宙があって、銀河系まで感じるような絵にしたい」と、保木さん。じっくりと大きな世界に包まれるように観続ける小関さんだった。

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最後に、小関さんがお会いすることになったのは、写実画家の五味文彦先生。卓越した質感表現、様々なテーマや技法を取り入れ、チャレンジを続ける五味先生の「ヒゲを愛した女」という作品を前に対談開始。

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五味先生「写実画の中では物語性を強く意識した絵ということになりますね。バラバラの断面を寄せ集めることによってこの女の人が思っていた人生観とか…」

小関さん「出会った男とか」

五味先生「その通りですね。ホントにヒゲを愛してた人かもしれないしね」

と作品談義が広がり、「この絵もまたすごいですね」と今後は五味先生の「樹影が刻まれる時」の前へ。

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五味先生「実はね、実際の風景は全然こうじゃないんです」

小関さん「え?そうなんですか!?」

五味先生「形の中ではだいぶ変更したところありますけど、とくにこの雰囲気、明暗はだいぶ私が作っています。写実と水墨画の世界を一緒にしたと思ってください」

小関さん「へぇー面白い!」

五味先生の絵は、目に見えたままを描くのではなく、そこからご自身の中の理想の風景を構成し絵にしているという。絵画と写真の違いとはどうとらえてらっしゃるのか。

写実画家・五味文彦先生
「写真は正確に、しかも即時に形が取れる。そういう効率性でいうと、絵はとても及ばないもの。絵はある意味不器用さ、時間をかけてやらなきゃ到達でできない。でもそれによって自分という感情なり身体性なりが形の中に自然に交わっていく」

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時間をかけることによって自身の感情や技術が投影できる、それが絵画の良さだと五味先生。また、「長所がすべて長所と限らないし。短所がすべて短所とは限らない」とも

互いに影響を受け合った絵画と写真の歴史をたどった1日を振り返って、小関さん。

小関裕太さん
「写真との関係性、悪い部分もいい部分もあって、影響していったんだなというのが驚きでした。ものすごく大きな空の絵(「蒼天」)を観た時に、空の向こう側に宇宙があり銀河がある、というテーマの絵だと聞いたのですが、今度は逆に、自分がそういう影響を受けて、空の向う側に星があって宇宙があって、というのをテーマに写真を撮ってみたいなと思いました。今度は僕が絵画から影響を受けて作品を残すというのも面白そうだなと思います」

影響を与え、影響を受け、それぞれの可能性を広げてきた絵画と写真。まだまだその関係性はつづき、新たな表現を生み出していきそうだ。

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出演者

小関裕太