2021年7月17日(土) 15:00~15:55

『いのちは未来を憶えてる~震災10年の、あくる日から~』

次回の放送予定

2021年7月17日(土) 15:00~15:55

 今年3月、東京・渋谷のスタジオで平原綾香が新曲のレコーディングに臨んだ。曲名は「いのちは未来を憶えてる」。時制に矛盾があるようにも思えるこの曲、作詞は大物・松井五郎、プロデュースは平原を高校生時代に見出した新田和長、作曲はデビュー曲「Jupiter」でプロデュースと編曲を担当した坂本昌之。

 工業デザイナーとして名を上げていた中川聰(さとし)は、東日本大震災が起きるとすぐに東京から被災地へと向かった。ユニバーサルデザインを手がける中で知り合った多くの視覚障がい者たちが気になったためだ。しかし、実際に足を運んで心配になったのは、被災した子供たちのことだった。気持ちがどんどん内に入り込んでいることを直感したため、美術教師の経験を生かし、絵や短い文章で外に吐き出してもらうことにした。避難所や学校で対話しながら集めた作品は、震災2ヶ月後にはニューヨークで展示され、世界に向けてのメッセージ発信を始めた。この活動は「Hug Japan」と命名された。
 震災10年を迎えた今年、その時の子供たちに彼が会いたくなったのは、単なる懐かしみからだけではない。つらい過去があったからこそ、前向きに未来へと向かえている面があるのではないか、実際に会って確かめてみたい、そう考えたのである。

 フリーアナウンサー笠井信輔にとって、今年はリベンジの年でもあった。震災直後に被災地入りし、以来、毎年欠かさなかった取材に、昨年は自らが生死の境をさまよう大病を患って出向けなかったからだ。命の重さをより深く知った彼の耳に飛び込んで来たのは、「Hug Japan」の10年ぶり再起動への誘いだった。即断で引き受けた彼がまず探し当てたのは、宮城県女川町で被災した小学5年男児(震災時)。彼が「Hug Japan」で書いた詩の一部、「女川は流されたのではない 新しい女川に生まれ変わるんだ」のフレーズは、今も町の中心地に大々的に掲げられ、町の人たちを勇気づけている。全壊、大規模半壊住宅が約7割、死者・行方不明者が人口の約1割。被災地の中でも最も被害の大きかった女川町が、「震災復興まちづくりの成功例」と言われるほど早い復興を遂げた原動力にもなっていた。
 それを書いた少年は青年となり、女川町役場の職員として、まちづくりを担う仕事をしていることを笠井は知る。やはり、つらい過去があったからこそ、積極的に未来に向かっていけたのではと感じる。

 「Hug Japan」再起動に共感したのは、音楽プロデューサー新田和長も同じだった。中川が抱く過去と未来の力強くて微妙な関係性を、くだんのビッグネームを揃えて音楽で見事に表現してみせた。平原綾香は、初めは迷ったという。自分に伝えきれるかどうか、悩んでいたのだ。しかし、震災以来、やはり被災地で歌い続けた平原のもとには、Jupiterを聞いて死を思いとどまったなどといった便りが多く寄せられていて、歌の力を最も分かっている自分が後押しをした。

 番組では、笠井ばかりでなく、平原も「Hug Japan」参加者を訪ねる旅に出る。中川も懐かしい再会を果たす。旅の途中、笠井がこの10年間の取材を通じて交流を深めた人たちと、ばったり出会うシーンも見ものだ。そして、それぞれに被災者の過去と未来を共有した3人は、女川町での公開収録の場で地元の方々を前にその思いを語り合う。

 現在、名古屋大学医学部客員教授を務める中川は、土や水などに電極を挿すだけで、電気を得ることができる「集電」技術を開発。昨年、世に出し、特許も得ている。今回は、土や水に挿せばバッテリーなしでLEDが灯る「Droop」という機器を、収録会場に多数持ち込んだ。番組の最後、平原綾香が圧倒的な歌唱力で新曲を歌い上げる中、会場に詰めかけた地元の人たちと一緒にそのDroopを点灯していった。差し込んだ先は、海岸の復興に使われている砂と女川の海水を入れたユニットだ。多くの尊い命が眠る、被災地の砂と海。LEDが灯る幻想的なラストシーンは、そうした人々への鎮魂とともに、未来への希望をも描き、「いのちは未来を憶えてる」という難解なキーワードを解きほぐしていく。過去に確かに存在した命の叫びが聞こえてくるかのように。「あなたたちの未来は、私たちの未来でもあるのよ」と。

出演者・スタッフ

<出演者>
笠井信輔
平原綾香
中川聰
 
<ナレーション>
近藤サト
<スタッフ>
企画構成:北原義敏
撮影:大坂崇、山田康一、吉武雄二
AD:武富浩一郎
ED:浦 文乃
MIX:前田博文
ディレクター:三根健司
アシスタントプロデューサー:井之上央
プロデューサー:西岡剛
制作協力:テレビ西日本
チーフプロデューサー:曽我部哲弥
制作著作/フジテレビジョン

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