『こんな人だったの?』30周年で見えた東儀秀樹の素顔
東儀秀樹さんのデビュー30周年を記念した全国ツアー「東儀秀樹 30th アニバーサリーツアー ~悠久と革新のTOGISM~」。
これまで雅楽に触れたことのない方にも、ぜひ日本の伝統音楽の面白さを知っていただきたいという思いから、さまざまな動画を企画してみました。
「宮内庁」「伝統」「高貴」なイメージのある東儀さんの意外な姿はTikTokやInstagramで大きな話題となり、これまでに9本の動画で累計400万回再生を突破。今もなお多くの反響が寄せられています。
そこで今回は、さらに東儀さんの魅力を探るインタビューもお届けしてみたいと思います。
目次
―― 幼稚園の頃は毎日ビートルズの写真を持って通っていた
音楽の楽に家と書いて「楽家(がっけ)」と言いますが、千何百年も雅楽を続けている雅楽のための家。ただ東儀家は母方なので、母が商社マンの父に嫁いだ時点で雅楽的な環境ではなくなり、幼少期はタイやメキシコで育ちました。
外国ですから当然雅楽と接することはないし、家でも雅楽の話をしたり雅楽を聴かされたりということも全くありませんでしたね。
バンコクの幼稚園ではアメリカ人やイギリス人の友達ばかりで、その中で流行っていたのが当時まだ現役だったビートルズ。
幼稚園時代なのでファンといえるほど理解してはいなかったと思いますが、いつも必ず小さなビートルズのステージ写真みたいなものを持って通っていたそうです。
父はベートーベンが大好きで、母は映画音楽やミュージカルが大好き。家族でミュージカルや映画を観に行ってはサウンドトラックを買って毎日のように聴いていたそうです。
ビートルズも好きだったし、クラシックのベートーベンも聴いていた。
『サウンド・オブ・ミュージック』や『マイ・フェア・レディ』はいつの間にか全曲歌えるようになっていました。
雅楽は全く聴いてなかったけれど、いろいろなジャンルの音楽が日常に自然にあり、「いいものや面白いものは何でも楽しもう」という環境でした。
だから今も音楽をジャンルで分ける感覚がありません。
親から聞いた話ですが、幼稚園時代にハーモニカを買ってもらった時、父親がいつも聴いていたベートーベンの「第九」をいきなり吹き始めてびっくりしたそうです。ウクレレでも一本の弦だけでビートルズのメロディを弾いていたらしいです。
「いいものや面白いものなら何でも好き」という感覚は、子供の頃から変わっていません。
―― 常に音楽とともにあった子供時代
僕はピアノや音楽をちゃんと習ったことがないのですが、小学校の頃には前日にテレビで流れていた歌謡曲の歌などを譜面もなしに左手で伴奏を付けながら右手でメロディを弾いていきなり再現することも自然にできていた。
だから小学生くらいの頃から「僕は何か特別な音楽感覚を持って生まれたんだな」ということは意識し始めていて、そのうち「音楽のことに関してなら何でも大丈夫だ。誰にも負けない」っていう自信を持つようになっていきましたね。
でも自分の言うのもなんですが(笑)、スポーツ万能だったのでプロゴルファーになりたかったし、絵が好きだったからイラストレーターにもなりたいと思っていて、音楽家になりたいとは全く思っていませんでした。
―― 日本人であることの誇り
海外で暮らしていると「自分が日本人である」ということがすごく浮き彫りになるんです。
日本にいるよりもずっと日本人だという感覚を感じるっていうかね。
例えば外国人の友達が日本のことを誤解していたり勘違いをしていたりすると、カチンと来て正したくなる。
「たった一人の子供の自分を介して人は『日本』を見るんだ」
「僕の発言や一挙手一投足が日本人を代表しているように取られるんだ」
っていう責任が、圧迫じゃなくてすごくいい緊張感だと感じていました。
海外にいたからこそ感じた「日本人が日本の文化を背負う醍醐味・誇り・責任」みたいなものが、後々、僕が雅楽をやる決め手になったのかなと今になって思いますね。
―― ロックに夢中な高校生が雅楽と出会う
そうは言ってもまだ雅楽には全く無縁で(笑)中学二年生くらいの頃に帰国してからはロックに夢中でエレキギターばかり弾いていました。
高校時代は「ギターといえば東儀秀樹だ」ともてはやされ、学園祭での演奏をきっかけに後輩のファングループがいっぱいあったので、「将来はロックミュージシャンになろう」とある程度決意していました。
そんな時に両親から「そこまで音楽に本気なんだったら雅楽をやってみればいいのに」って初めて言われたんです。
「ロックだぜ!」となっている高校生に「雅楽やれば?」なんて言っても普通なら「そんな格好悪いものやらねえよ」ってことになるじゃないですか。でも意外なことに全くそうはならなくて。
「知らないくせにやらないと決めてしまうのはどうなんだ?」という気持ち。
そして小さな頃から感じていた「日本人が日本の文化を背負うことの意義」「東儀家の血が1300年も守っているものに対する誇り」みたいなものが、反芻するように出てきて「これはやるべきことなのかもしれない」って自然に思えたんですよ。
―― 東儀秀樹オタクな19歳の息子・ちっちとの共演
ちっち(息子の典親さんの愛称)に雅楽の道を継げと言ったことは一度もありません。
小さい頃は「宇宙博士になる」と言っていたし、音楽は向いてないかもしれない。それなのに「千年以上続いてきたから継げ」なんて言えませんよ。生まれてきてくれただけで最大の喜びなんですから。
ただ、何の道に進んだとしても、家の歴史は知っておいてほしいと思っていました。
そうすれば、次の世代やその後になって「雅楽がやりたい」っていう子が出てくる可能性があるでしょう。
だから彼が自分から音楽の道を選んでくれたのは本当に幸せなことです。
僕と同じようにギターやピアノも弾くしドラムも叩く、そして雅楽の篳篥(ひちりき)や笙(しょう)も演奏する。
「親子で一緒に音楽を楽しむっていいな」とか、「こうやって想いが継承されていくんだな」とか。僕たちが夢中になっている空気ごと、一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです。
そんな僕たちの姿を見て、「親に連絡してみようかな」と思ったり、「ちっちと同世代のハタチくらいの娘さんを誘ってみようかな」とか、いろんなきっかけにもなるコンサートにできたらいいですね。
―― 30年経ってもまだまだやりたいことだらけ
例えば外国の方と接する時、日本の伝統を知っていた方が胸を張れる。でも知るすべがない。
そんな時に日本の伝統的な楽器で新しいジャンルやみんなが知っている曲を演奏することで雅楽がとっつきやすくなる。
「普及させる」のではなく、楽しんでいたら結果としてたくさんの方に聴いていただけた。
これからも「なんとなく気になる存在」であれたらいいなと思っています。
コロナでいろんな演奏会が下火になって随分経ちましたが、せっかくの30周年なので東儀秀樹の集大成を楽しんでもらえるような全国ツアーをやろう、じゃあ一緒にアルバムも発表しよう!ということになり、ここ数年の中で一番ワクワクしています。
新しいアルバムも新曲のアイデアがやたらといっぱい生まれていますし、デビューの頃から見守ってくださっているファンの皆さんには懐かしいテイストも楽しんでもらいたい。
ツアー自体は2026年10月から2027年5月までと少し先の日程になりますので、準備の様子やはしゃいでいる東儀秀樹の姿をSNSで配信してもらっています。
動画も楽しんでいただきながら、ツアーに向けて一緒にワクワクを高めていけたらと思います。