BSフジ×InterFM897合同企画
みんなで作ろう!ディスコ名曲辞典

「DISCO TV」と「RADIO DISCO」では「あなたの思い出のDISCOソング」を募集します。
お好きな曲と、その曲の思い出エピソードを添えて、どしどしお送りください!
採用された投稿を番組オフィシャルHPでご紹介させていただきます。
皆さんの思い出とディスコの名曲と思い出で溢れた素敵な辞典を作りあげましょう!
たくさんのご応募お待ちしております!

    • サーカス

      3人姉弟と従姉の男女混成4人グループ。確かな歌唱とハーモニーの実力派で、シングル「Mr.サマータイム」(ミシェル・フュガンMichel Fugain「Une belle histoire」のカバー)がミリオンセラーになった。その次のシングルがこの曲。またもミシェル・フュガンの「Chante comme si tu devais mourir demain」のカバー(なかにし礼訳詞)。ラテン・サンバタッチの軽やかな曲。日本チャート28位。

      ちあき 
      50代 男

      新宿のDISCOでは邦楽もよくかかってました。この曲は「NEWYOROK・NEWYOROK」では大ヒットしてましたが、他のお店でかかった記憶はありません。歌詞の内容はかなりエロティック♪昔はゴルーデンタイムにこんな曲歌っていたんですね!

    • Quincy Jones 
      クインシー・ジョーンズ

      1981/4/25ビルボードR&B10位。チャス・ジャンケル原曲のカバー。日本ではディスコシーンから飛躍し、洋楽シングルチャートで1981/7/6から12週連続1位となった大ヒット曲。この勢いのままフルメンバーで7月に武道館で伝説の来日公演を行った。

      ちょび 
      50代 女

      私がDISCOdebut(レキシントンクイーン)した日に聴いて衝撃を受けた曲です。自宅に戻りタイトルも分からないのにレコードショップに飛んでいきました。今でも一番大好きで盛り上がります!

      まこっち 
      50代 男

      若さ溢れる青春時代の一曲

    • McFadden & Whitehead 
      マクファデン&ホワイトヘッド

      1979/6/2ビルボードR&BチャートNo.1。7/21ビルボードHOT100最高13位。フィラデルフィアサウンドを代表するダンサブルナンバー。二人はEPSILONSで活躍後。PIL(フィラデルフィア・インターナショナル)と契約し、ソングライターコンビとして、O’JAYSの「BACK STABBERS」、HAROLD MELVIN&BLUE NOTES「WAKE UP EVERYBODY」をはじめフィリーソウルの名曲を残した。この曲は軽快なリズムと熱い歌声が印象的。今でもダンスクラシックとして人気が高くサンプリングやカバーなどで使用されることも。

      ディスコ大好きっ子 
      30代 男

      DJ OSSHYさん監修のディスコ・コンピレーションCD、''Let's Groove -Super Disco Hits-''のDisc-1のトラック11曲目に入っていて、非常に気に入りました。イントロのストリングス・パートが、私のテーマ曲として結構好きになりました。1stイントロから2ndイントロのフレーズが一番好きで、聴き入ってしまいました。それから私のテーマ曲として、沢山CDで聴いています。この曲がこの番組でDJ Mix Timeの収録曲の中に入れていただけるように祈っております。ディスコは文化!!!!、大好きだぜ!!、ディスコ!!!!。

    • Atlantic Starr 
      アトランティック・スター

      A&Mからワーナーに移籍し87年にリリースしたアルバム『All in the Name of Love』からシングルカット。1987/5/16ビルボードR&BチャートNo.1、6/13HOT100No.1、7/25UKチャート最高3位。女性Vo.は2代目のバーバラ・ウェザーズ。男性はデヴィッド・ルイス。最高の愛のバラードで、チークタイムの人気曲だった。

      たまちゃん 
      50代 女

      OSSHYにbirthdayコールを読んでもらう時や、パートナーに会いたい時に、いつも流れてきます。これ聞くと切ないです。

    • Ray Parker Jr. & Raydio  
      レイ・パーカーJr.& レイディオ

      1981/5/16ビルボードR&Bチャート1No.1、6/20Hot100で4位。前年の「パーティ・ナウ」に続くヒットナンバー。AORテイスト溢れる”ブラコン”の代名詞となった。このLPはみんな持ってました。

      まこっち 
      50代 男

      若さ溢れる青春時代の一曲

    • Earth, Wind & Fire With The Emotions 
      アース・ウインド & ファイアー W/エモーションズ

      作曲はアリー・ウィリスとジョン・リンドという知る人ぞ知るSSWチーム。アースとエモーションズを合体させたスーパーコラボで世界中で大ヒットした。79/7/14ビルボードHOT100で6位、6/16R&Bチャート2位、7/14ダンスチャート14位。79/6/9UKチャート4位。日本の洋楽シーンにおいて、アース最大のヒット・シングル。当時の日本でもディスコブームを彩る代表的なキラーチューンとなり、この曲のイントロでフロアは満杯となりみんなで踊りまくった。この年の3月には武道館で伝説の初来日公演を行った。

      マークン 
      30代 男

      アースウィンドファイアが好きでその一曲でCDも持っていてよく聴いていた。

      Hiroki Tee(ヒロキ・ティー) 
      50代 男

      世界は一家みな兄弟って感じでフロアー全員が一体となってもりあがる最後のほうのキメの曲でした。色気やヤバさはないけれど、これがかかれば健康に昇天できるような気持ちになれました。

    • Claudja Barry 
      クラウディア・バリー

      ジャマイカ生まれ、カナダ育ち。その後イギリスやドイツに在住しレコードデビュー。1979/6/9ビルボードHOT100で56位。のちのハイエナジー系につながるノリノリのナンバー。

      つばめNo.1 
      50代 男

      新宿カンタベリーハウスで前奏の長いこの曲を知り、LPレコードを探し回ったが見つかりませんでした。そんな時、船橋西武の電気売場のステレオから流れていたのを偶然に聞き、ステレオを買う条件でオマケにもらいました。

      まるかつ 
      50代 男

      この曲も私の中学時代の再現カセットテープに入っていた曲です!

    • Dead Or Alive 
      デッド・オア・アライヴ

      バンド絶頂期に放った代表曲。1986/9/27UKチャート31位。12/6ビルボードDANCEチャート2週連続1位獲得。1987/3/14HOT100最高15位。日本ではお立ち台に競って上がったお姉さまたちが熱かった。

      たまちゃん 
      50代 女

      ピートバーンズの「あー、あー、あー、あー、あい」ってあれこそバブルユーロビートの代表です!

    • Hot Gossip 
      ホット・ゴシップ

      1974年結成のイギリス出身のダンスグループ。初期にはサラ・ブライトマンも在籍していた。シンセサイザーが印象的なエレクトロポップ・ソング。日本のディスコでは大人気曲だった。

      つっち 
      50代 男

      友達から、初めて聴いて、気に入り、DISCOに行くようになりました。毎週月曜日に、新宿のXENONへ行ってました。

      たまちゃん 
      50代 女

      高校の時に新宿のDISCOで最初に踊れるようになった曲です。

      yasu 
      40代 男

      高校の文化祭の一曲目で流しました。そんな僕は今年で50歳。まだまだ気持ちは18歳の時と変わらず!一気に踊る気が出ます!

    • Chuck Brown & The Soul Searchers 
      チャック・ブラウン&ザ・ソウル・サーチャーズ

      1979/2/17ビルボードR&Bチャート4週連続1位。ワシントンDC発の徹夜で盛り上がる黒人中心のパーティ「GO-GO」。そのムーブメントの中心人物がチャック・ブラウン。そのブームが来る前に出した曲が「Bustin' Loose」。ファンクとジャズが混じった雰囲気のブレイク・ビーツの絶品。後年のGO-GOブームになってリバイバルヒット1985/3/2UKチャート77位。また、Eric B & RakimやColdcut等がサンプリングした曲でもある。

      カーツ大佐 
      50代 男

      当時は「We Need Some Money」の12インチを買って聞き込み、ゴーゴーの魅力にどっぷりはまっていたので、87年のインクスティック芝浦初来日に行って最前列でかぶりつき体験できたのが最高の思い出。ゴーゴーブームが後のレアグルーヴムーブメントを作ったんだと思います。「バスティン・ルース」は「マネー」の後からたどり着いた私の永遠のフェイバリット!

    • The Stylistics 
      スタイリスティックス

      1975/8/16UKチャート3週連続No.1だが、.ビルボードでは振るわず8/16Hot100で最高51位。69年フィラデルフィアで結成。日本ではディスコ、有線、CMなどで大ヒットとなった。当時イントロのトランペットの音が流れると ダンスフロアに人が溢れかえった。

      ひろ 
      50代 男

      ゲームセンターのジュークBOXで良く聞きました。

    • Blondie 
      ブロンディ

      紅一点シンガー、デボラ・ハリーを擁する米ポップ・パンク・バンド、ブロンディの最大ヒット。80/4/19からビルボード・シングル・チャート6週連続1位、4/26全英チャート1位を記録、1980年のビルボード年間シングルでもみごとトップに輝いている。デジタル・ダンス・ロック風アプローチは、ドナ・サマーを手掛けたジョルジオ・モロダーがプロデュース、今やダンス・ミュージック界のレジェンドでもある。

      ちあき 
      50代 男

      DISCOに行き始めた頃の大ヒット曲♪最初のドラムが耳に入った瞬間踊りに行ってました。?チークタイム直後にかかることが多かった記憶があります。DISCOではシングル版ではなく、ロングバージョンでかけてました。特に5分20秒頃からのAHA~が艶っぽい♪ちなみにブロンディは人の名前ではなく、グループ名。歌っている女子はデボラ・ハリーです。この曲は当時のトリも務めていた?と思います。

    • Tamiko Jones 
      タミコ・ジョーンズ

      日本人とアメリカ人のハーフの女性ジャズ・シンガーTamiko Jones代表曲!Brass Construction(のちに SKYY)のRandy Mullerがアレンジしたガラージ・クラッシック。シンセの効いたスペイシーなブギーディスコ名曲!ビルボードR&Bチャート70位。90年代にフリーソウル・ムーブメントで再評価された。

      mami 
      50代 女

      とにかく大好きでした。と言っても79年の曲なのに知ったのは82年頃?そして、DJを目指すことにしたとき一番最初に探し始めたレコードでした。ウィナーズで見つけて買いました。

      オバーオズボーン 
      50代 女

      歌舞伎町のディスコによく行きました。親に少しウソをついて友達の家に行くと言ってオールナイトしたり、学校が終わったら直新宿に向かいマイシティーのトイレで制服からディスコ仕様に着替えたり、何してもウキウキ楽しい年頃でした。この曲はニューヨークニューヨークでよく聞いてました。そんな当時をまず思い出します。

    • Boys Town Gang 
      ボーイズ・タウン・ギャング

      1981年に米発売。
      1982/7/31全英4位。12月に日本洋楽チャートNo.1。フランキー・ヴァリの名曲ディスコカバー。サンフランシスコのゲイカルチャー出身のユニット。ジャクソン・ムーアの伸びのあるヴォーカルとゴージャスなアレンジで、日本ではお店のフィナーレの定番曲だった。

      カーツ大佐 
      50代 男

      高校生の時、ラジオ関東「アメリカンTOP40」や「ベストヒットUSA」の洋楽少年だった私。はじめて男友達だけで行った新宿のディスコ「ニューヨーク・ニューヨーク」。フリードリンク、フリーフードを楽しみ、謎のカクテル「バイオレットフィズ」とか、少し大人になった気分になれた。ビルボードチャートとは違う「ディスコヒット」がとても楽しかった。六本木ははるかに大人の世界だったので、次には出来たばかり渋谷「ラ・スカーラ」に夕方7時ごろから行くようになった。そんな時、「君の瞳に恋してる」がヒットしてきていて、イントロがかかるだけで、フロアにみんな押し寄せる大人気曲だった。毎日、9時過ぎの中締めでもかかり、11時過ぎの店じまいの最終曲にもなっていた。修学旅行のバスの中で、でかいラジカセでこの曲をカセットで何回もリピートでかけてクラスのテーマ曲になってました。ちなみに最初は、カバー曲だって知らなかったです。あとから、映画「ディアハンター」でロバート・デニーロが鼻歌で歌ってるシーンでおおっと思いましたよ。ボーイズ・タウン・ギャングのは、元気のあるキラキラアレンジの曲で、ブリッジには切ない感じがあり、まさに青春の一曲です!

    • Cherry Laine 
      チェリー・レイン

      チェリー・レインは、ジャマイカ出身で一家でイギリスに移住したのち、西ドイツで歌手を目指した異色の女性シンガー。西独でブラック・ディスコ・クイーンとなり、オーストリアでも大ヒット。エロティック&セクシーなミュンヘン・ディスコ・チューン!

      ウマヒロ 
      50代 男

      当時付き合ってた彼女の踊りがまさにラブキャットそのものだった

    • Robbie Nevil 
      ロビー・ネヴィル

      LA出身のソングライターで、ポインターシスターズ、デバージ、EW&F等に曲を書き、86年にソロデビューしいきなりの大ヒット。1987/1/17ビルボードHOT100最高2位、1/24R&B7位、2/7DANCEチャート1位。1/31UKチャート3位。

      じゅん 
      50代 男

      当時、楽しく踊ってました。

    • Edwin Starr 
      エドウィン・スター

      1965年にモータウンからデビューし、1970年に「War」(邦題:黒い戦争)が1970/8/29ビルボード3週連続No.1となり、グラミーの最優秀男性R&Bヴォーカル・パフォーマンスを受賞した。そんなベテランR&Bシンガーが放ったディスコ曲で、1979/1/13ビルボードDANCE CLUB SONGS1位。3/10R&Bチャート13位。3/17HOT100最高65位。1979/2/17UKチャート最高6位。

      sweet 
      50代 男

      おそらく大阪でストリートダンスを踊らせたらディスコクィーン間違いなしのYUMIちゃん^_^(実は、漢字で書く名前あり。)何かリクエストある?と聞いた所返ってきた3曲中の1曲、BPMが、ぐちゃぐちゃでDJさんにとって扱いにくい名曲だと思われます。

    • Barry Manilow 
      バリー・マニロウ

      1978/8/12ビルボード8位。グラミー賞 最優秀男性ポップボーカルパフォーマンスを受賞した、トロピカルで躍動するラテンのリズムが心地よいディスコチューン。日本でも大ヒットした。

      Hiroki Tee(ヒロキ・ティー) 
      50代 男

      時代を超えてフロアーが一気にゴージャスに彩られる、華やかディスコサウンドNo.1でしょ!なにしろストリングスのアレンジが見事で他の曲と一線を画していました。来場客の社交(私語?)ムードを盛り上げ、かつ曲名のような(夜ではなく太陽の下でのビーチを連想する)健康的な出会いを促進しますよね。

    • Tina Charles 
      ティナ・チャールズ

      イギリス出身。カール・ダグラス『カンフー・ファイティング』のプロデューサーのビドゥが手掛けた一曲。ストリングスのイントロから、コケティッシュなボーカルで心和む一曲。のんびりなギターカッティングも耳に残る。昭和歌謡の雰囲気も出ている。78年に「ヤマハ音楽祭」参加のために来日した。

      つばめNo.1 
      50代 男

      先輩に初めて連れて行ってもらった六本木のディスコで聞いて衝撃を受けたことを覚えてます。それからシングルレコードも買ったのですが、長い間のうちに無くなり、数年前にネット通販でCDを入手して今では楽しんでます。

    • Maysa Leak  
      メイザ・リーク

      日本のアイドルグループ「メロン記念日」の曲(作詞/作曲:つんく♂。)を、インコグニートの元リード・シンガー、メイザ・リークがカバーした。UKテイストをミックスして、原曲よりも最高にメロディアスでおしゃれなダンスナンバーに仕上がった。

      sweet 
      50代 男

      某大物DJが,おそらく初めて関西の地でプレイされるであろうその日、誠に僭越ながら どうしても受けなかったらDangerous Summer Nights をかけてくださいとお伝えしました。結局そんなことは、取越し苦労でその前に大盛り上がり、おしまい!

    • Rod Stewart 
      ロッド・スチュワート

      ディスコ・ブームが隆盛を極めた70年代後半、多くのロック・アーティストが次々と“ディスコ参戦”してきた。英ロック・シンガー、ロッド・スチュワートはこの曲で参戦、79/2/10からビルボード・シングル・チャート4週連続No.1、R&Bチャート5位、ダンス・チャート1位、12/2全英チャート1位と、見事大成功を収めた。ジョルジ・ベン「タジ・マハール」(72年)をモチーフとしている。

      Hiroki Tee(ヒロキ・ティー) 
      50代 男

      フロアにこの曲かかると一気に夜のオトナの色気ムンムンになったことを覚えています。コパカバーナ/バリー・マニロウが太陽とすればコチラは夜の出会い系。間奏のアレンジも見事で、なんだかセンチメンタルな気持ちにさせられました。

    • Patti Austin 
      パティ・オースティン

      NY出身のジャズシンガーが、クインシー・ジョーンズの「愛のコリーダ」セッションに参加後、QJ全面プロデュースで制作したアルバム「デイライトの香り」からのキラーチューン。1981/10/7ビルボードダンスチャート2週連続1位。日本のディスコでも絶大な人気の名曲。

      じゅん 
      50代 男

      当時、楽しく踊ってました。

    • Philip Bailey Duet With Phil Collins 
      フィリップ・ベイリー w/フィル・コリンズ

      1985/2/2ビルボード最高2位。3/23UKチャート4週連続No.1。フィル・コリンズが何をやっても当たる時期に出た、まさかのフィリップ・ベイリーとの競演。ドラムも超かっこいい。フィルはこの後ライブ・エイドでコンコルドでを駆使しロンドンからNYへ両会場の出演を果たした。

      Disco DJ tossy 
      20代 男

      二十歳ぐらいの時、車でドライブしている時に窓を全開にして爆音で掛けてました(笑)甲高い声と打ち込みが最高ですね。ディスコでも定番の曲ですね。

    • Earth, Wind & Fire 
      アース・ウインド & ファイアー

      アルバム『太陽神』からのシングル。フィリップ・ベイリーのファルセット全面押しのミディアムテンポのナンバー。1978/3/18UKチャート最高14位、4/22ビルボード32位。日本では洋楽チャート1位を獲得。ダンスフロアが一気に宇宙空間を漂うような雰囲気になる名曲。

      ひろ 
      50代 男

      初めて貰ったアルバイトの給料で買ってEP盤です。あれから○十年経ってもアースの曲は好きです。

    • PPatrice Rushen 
      パトリース・ラッシェン

      LA出身の音楽インテリ才女。アルバム「ハート泥棒」からシングルカットされ、1982/5/22ビルボードダンスチャート2位、7/3Hot100最高23位。5/29UKチャート8位。エバーグリーンなシンセとベースが印象的なディスコクラシック。97年の映画「メン・イン・ブラック」のテーマ曲でサンプリングされリバイバルヒットした。

      Disco DJ tossy 
      20代 男

      地元のクラブで掛かり音に衝撃を受けました。「ピンピンピン」とベースとボーカルが最高ですね。ウィル・スミスなど、有名アーティストもカバーされるほどの名曲です。

    • Irene Cara  
      アイリーン・キャラ

      1980年の映画「フェーム」にココ役で出演し主題歌を大ヒットさせたNYブロンクス出身のアイリーン・キャラが、再び映画主題歌で大ヒット。1983/5/28からビルボード7週連続No.1獲得。7/9UKチャート最高2位。2度目のアカデミー歌曲賞とグラミー最優秀女性歌唱賞を受賞した。日本では麻倉未稀がカバーした。

      燻製ベーコン 
      50代 男

      高3の時(1983年)、学園祭の打ち上げで、クラスの皆で、ちょっとしたダンスフロアのあった店に行き、この曲の前奏がかかった瞬間に、一斉にフロアに出て踊って盛り上がったことが思い出です。当時、映画は観てませんが、「教官!」「ドジでのろまな亀」のスチュワーデス物語は、面白くてしっかり観てました。当時サントラ盤を貸しレコード店でレンタルしダビングしたカセットテープは、今でも愛車の愛聴盤となっています。

      マーシー 
      50代 男

      ダンスのコンテストをして審査員を指差しながら踊るあのシーンを真似して 自分のダンスを友達と作って DISCOのフロアーの鏡の前に並んで指差しだながらダンスをしてました。

    • Peaches & Herb 
      ピーチズ&ハーブ

      1980/9/13ビルボードR&Bチャート37位。男ハーブと、女ピーチのデュオユニット。78年のビルボードNo.1「Reunited」のビッグヒットの後、数曲はバラード路線のシングルを出したが、なかなかヒット曲にならず、方向転換してキャッチーなサウンドに踏み出した80年のアルバム「Worth the Wait」からのシングルカット。日本のサーファー・ディスコで火が点いたキラーチューン。

      FUUNDA 
      50代 男

      となりで踊っていた女の子にステップを教えてもらい仲良くなったことを今でも覚えています。

    • Den Harrow 
      デン・ハーロウ

      イタリア出身のイケメン・ディスコアーティスト。モデルでも成功している。80年代にはイタリア、フランス、ドイツ、スペイン、スウェーデン、スイスなどでチャート常連だった。後年、ヴォーカルが別人(トム・フッカー)だったと発覚し騒動となった。この「Future Brain」はユーロビートの名曲に数えられるフロアヒットチューン。この後87年のバラード「Don't Break My Heart」がビックヒット。

      つっち 
      50代 男

      この曲は、とにかくかっこいい!この曲を聴くたび、自然に身体が、動いてしまいます。心も弾み、嫌なことを吹っ飛んでくれる、とても、有難い曲です。

    • Genghis Khan 
      ジンギスカン

      西ドイツのグループであるジンギスカン (独表記Dschinghis Khan) のデビュー曲。モンゴルの英雄”ジンギス・カン”をモチーフにしたこの曲は1979年3月「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」で発表され、ジュピターレコードから発売され西ドイツ4週チャート1位、50万枚の大ヒット。日本でも洋楽チャート79/8/6から4週連続No.1。ディスコだけでなくTV番組や運動会にも使われお茶の間でも知られる洋楽ヒット曲になった。

      魔洲魅丸 
      50代 男

      子供の頃、ヒットした曲が10年以上夜の社交場に定着して居たのには驚きを隠せませんでした

    • KC & The Sunshine Band 
      KC &ザ・サンシャイン・バンド

      1983/8/13UKチャート3週連続1位。1984/3/17ビルボード最高18位。70年代にヒットを連発した彼らもしばらくチャートに音沙汰なくなったが、この曲で久々のカムバックで大ヒット。軽快なカッティングギターとシンセとホーンのフレーズがダンスフロアに誘ってくる。

      カーツ大佐 
      50代 男

      テレビ神奈川「ファンキートマト」でこの曲を聴き、大好きになった。ディスコでもよくリクエストしました。

    • Deee-Lite 
      ディー・ライト

      NY結成の、DJディミトリ、レディ・ミス・キアー、テイ・トーワの3人組。サイケな”ハンナバーバラ風”ルックスで、最先端のハウス・テクノを手掛けた。ハービー・ハンコック等のJAZZファンク曲のサンプリングと、Q-Tip、ブーツィ・コリンズ等のヴォーカルを絶妙にマッチングさせた金字塔。PVは日本の中野裕之が制作した。1990/8/25ビルボードDANCEチャート3週連続1位、11/17HOT100最高4位、9/15UKチャート最高2位。2000年に映画『チャーリーズ・エンジェル』に使われリバイバルヒットした。

      スクエア ビル子 
      50代 女

      六本木スクエアビル5階のBuzzで、B1階のJAVA JIVEで。もう店を出ないと終電間に合わないと言うタイミングでこの曲がかかり、帰れなくなり始発コースという夜を何度過ごしたことか。キラーチューンとはまさにこの曲

    • Boney M.  
      ボニーM

      原曲は83年にイタリアの「Baby's Gang ‎」という子供だけのグループが発売しイタリアでスマッシュヒット。ボニーMのプロデューサーであるフランク・ファリアンがこの曲を発掘して、ベイビーズギャングをボビー・ファレルなどボニーMメンバーと合体させ「Boney M. and Bobby Farrell With The School Rebels」というグループでカバーした。欧州や日本のディスコを中心に大ヒットし、ボニーMの本国ドイツポップスチャートでは最高7位。

      マチャミ 
      50代 男

      ディスコでこの曲がかかると盛り上がったな~一番好きな曲でした。皆で歌いながら踊ってたな~また聞いてみたい!!

      たまちゃん 
      50代 女

      ボニーM大好きなんです。ボニーM全部入れたい!!

      つっち 
      50代 男

      DISCOに通ってた時に、振り付けやら、掛け声もあって、とても楽しかった曲です。

    • Belinda Carlisle 
      ベリンダ・カーライル

      元GO-GO’Sのメンバーであったべリンダ・カーライルがソロ活動に入り、87年にヒットさせたナンバー。セカンドアルバム「HEAVEN ON EARTH」から。
      1987/12/5ビルボードNo.1。12/12UKチャート2週No.1。日本でもCMソングに使われた人気曲。

      燻製ベーコン 
      50代 男

      学生時代(1988年)に友人とダンパに行って、しょっぱなにこの曲がかかり印象に残って気に入ってます。今でも車中でよくかけています。気分が高揚するし、なるほどオープニングにふさわしい曲だと思いました。

      Disco DJ tossy 
      20代 男

      この曲は聴いていると本当に天国にいるような感じで気持ち良すぎます!声高いですが、歌ってしまいます(笑)

    • Arabesque 
      アラベスク

      西ドイツの実業家が女性シンガーを集めて結成したアラベスクのデビュー曲で最大のヒット曲。日本では新宿のディスコを中心に大ブレイクし、テレビ出演でも人気となり、1978/6/26洋楽シングルチャート3週No.1。80万枚を売り上げた。

      魔洲魅丸 
      50代 男

      背伸びして足を踏み入れたDISCO。
      外から見たイメージは「不良の溜まり場」、しかし、そこには自分で表現する「自由」を与えてくれた空間。
      気持ち良く満足出来れば良いDISCO。
      なりふり構わず手足を動かしフィーバー、そこに流れて居たのが「hello Mr monkey」でした

    • Billy Joel 
      ビリー・ジョエル

      1979/5/26ビルボードHOT100で24位。日本ではCMソングとして人気曲となった。LP『ニューヨーク52番街』収録曲。初のLPチャート1位となり、年間アルバムチャートでも首位を記録した。グラミー賞最優秀アルバム賞と最優秀ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞の二部門を受賞した。 1978年初来日公演が実現、翌年の来日公演では日本武道館2日間と日本で彼の人気が爆発した。 近年のワールドツアーでもこの曲は日本公演だけで演奏するほどの人気曲である。

      郷しゅうじ 
      50代 男

      18歳、1時間の中で15分間のチークタイム、女の子から誘われて踊ったんだけど、みんな見てるのに恥ずかしかった~

    • Donna Summer  
      ドナ・サマー

      1979/6/2 ビルボード3週No.1。プロデューサーはジョルジオ・モロダー。グラミー賞女性ロックヴォーカル受賞曲。うねるキーボードのイントロで「DISCOと言えばこの曲!」という誰でも踊りたくなる名曲。

      DJガーチン 
      50代 男

      初めて行ったDISCOで最初に聞いた曲なので、

    • Dan Hartman ‎
      ダン・ハートマン

      ウォルター・ヒル監督 ダイアン・レイン、マイケル・パレ主演の映画「ストリート・オブ・ファイヤー」から。黒人4人組のグループ「The Sorels」が歌っている設定で黒人シンガーWinston Fordの歌声だったが、サントラとシングルでは白人のダン・ハートマン作者本人の歌に差し替えられた。84/7/14ビルボードDANCEチャート8位、8/18HOT100で最高6位。英では翌年シングルカットされ85/9/7UKチャート12位。ホール&オーツのために書いた曲とされているが、当時2人は録音せず20年後にカバーを発表した。

      カーツ大佐 
      50代 男

      ベストヒットUSAで見た映画PVの曲でめちゃくちゃかっこいい黒人4人組の曲でした。フロアでも気持ちよく踊れました。「リライト・マイ・ファイヤ」のダン・ハートマンだったとは少し後で知りました。

    • The Nolans ‎
      ノーランズ

      日本における80年代最大の洋楽ヒットとなったのが、この「ダンシング・シスター」。1980/2/9UKチャート3位となった後、1980年7月に日本でシングル・リリース、オリコン週間シングルランキングにて11/17、11/24付で2週連続1位を獲得、70万枚を超えるセールスを記録した。Wink、Tommy February6、BONNIE PINK、サーカス、キグルミ等、日本人アーティストによるカバーも多い。

      つっち 
      50代 男

      初めて洋楽を聴くようになったきっかけの曲です。中学の時、女の子達が、この曲で、踊ってました。

      マーシー 
      50代 女

      話しただけではなかなか伝えられないあの時のことは女の子達3、4人で横に並んで とにかく自分達のダンスを曲に合わせて踊っていたステップダンスも何通りかあった

    • Madonna ‎  
      マドンナ

      映画『マドンナのスーザンを探して』サントラから。米では「エンジェル」のシングルB面だったためチャート入りせず、英では1985/8/3UKチャート4週連続1位獲得。初期のマドンナらしいストレートなダンスチューン。

      Disco DJ tossy 
      20代 男

      地元のクラブでDJさんが掛けてて、「これ、マドンナの声だよね?」ってベース音などに衝撃を受けました。イベントでリクエストして派手に暴れてたのを思い出します(笑)正直格好良すぎる曲だと思います。

    • Ray Parker Jr. & Raydio  
      レイ・パーカーJr.&レイディオ

      アルバム『誓いのセイムタイム』から日本のみシングルカット。本国アメリカよりも日本のディスコシーンで人気が出たまさしくフロアヒットの代名詞。シェリル・リン他のプロデューサーとしても多くのヒット曲に関わった。

      DJガーチン 
      50代 男

      好きな女の子と初めて行ったDISCOで並んでで踊った曲で、彼女が大好きな曲だったからです,

    • Greg Kihn Band 
      グッレッグ・キーン・バンド

      サンフランシスコのバンドが放ったバンド最大のヒットナンバー。1983/4/16UKチャート64位。5/7ビルボード最高2位。ギターのリフが印象的な、ロックだがブギーディスコにも使える曲。結婚式の途中で恐竜やゾンビに襲われるプロモビデオもMTVでよくかかった。

      じゅん 
      50代 男

      六本木ディスコでJeopardyをかっこよく踊っている人がいて、自分もうまく踊れるよう夢中で踊りました。

    • Van Halen 
      ヴァン・ヘイレン

      ボン・ジョヴィより少し先輩、こちらもアメリカン・ハードロック・バンドの代表のひとつに君臨するヴァン・ヘイレン。彼らの唯一の全米ナンバーワンが「ジャンプ」で、ビルボード・シングル・チャート84/2/25から5週連続1位、ダンス・チャート17位、3/17全英チャート7位を記録。デヴィッド・リー・ロスがボーカルとして在籍していた時期で、80年代洋楽の代表曲のひとつとして長く愛されている。

      Hiroki Tee(ヒロキ・ティー) 
      50代 男

      やはりVocalの「揚げ豆腐!(アゲドーフ)」の掛け声一発!皆で絶叫したの思い出が(笑)有名なシンセのイントロでフロアは一瞬「おー!」と踊りは一時停止。でもその後爆発!”ディスコでもロックは踊れる!盛り上がる!と認識させてくれた熱い一体感のある思い出の一曲でした。

    • Bernard Wright 
      バーナード・ライト

      NY出身のバーナード・ライトは13歳でレニー・ホワイトのツアーに参加し、15歳でトム・ブラウンの秘蔵っ子となった音楽インテリでJAZZキーボディスト。17歳のデビューアルバム「ナード」からのシングル。81年ビルボードR&Bチャート33位。ラップとジャズをハイセンスで融合させた、若さ溢れるチューン。

      花組の先輩 
      60代 男

      ジャケットの写真でアーティストが着ている霜降りの...RASKA...のシャツ?スウェットがかっこよくてジャケ買い!GRPレーベルだからフュージョン系?と思いきやとんでもなくカッコ良い!!ちなみにこのシャツを求めてアメ横へ…あの頃ファッションの先生はアメ横のセレクトショップ。初めて三浦商会へ行った時の感動は今でも忘れない…当時はポパイに載っていて欲しいと思っても今と違いなかなか手に入らない…とにかくお店に通って自分のサイズがあったら即買い!トレトンのスニーカー、アメリカ製マンシング、IZODラコステのポロ、リーバイス646等々 憧れのアメリカはどれも高かった(´;ω;`)ウゥゥ

    • Cooke Nick & Chackey  
      クック・ニック&チャッキー

      クック豊本、ニック岡井(2007年死去)、チャッキー新倉の3人が、1970年に日本初のソウルグループを結成デビュー。この曲は作詞:阿久悠、作編曲:大野克夫によるジャパニーズソウルミュージックである。そして当時の『踊り場』のダンスステップはニックが多数生み出した。

      澤ひかる 
      50代 男

      クック・ニック&チャッキーの名曲で今でもソウルバーでかかることがあります。

    • L.T.D.

      1982/1/9ビルボードR&B10位。バンド名は、Love, Toghetherness & Devotion(愛・調和・献身)の略。ジェフリー・オズボーンが脱退し、レスリー・ウィルソンとアンドレ・レイを迎えての出発曲。日本でもガンガンに盛り上がったダイナマイトチューン!

      郷しゅうじ 
      50代 男

      1981~1983(18歳~20歳)徳島の学生時代、スタジオVOICEっていうDISCOでラストの曲によくかかってました。みんなすごい盛り上がりで、楽しかったなぁ

    • Gary's Gang 
      ゲイリーズ・ギャング

      1977年にNYで、ゲイリー・タニヤーとジョセフ・トゥッチにより結成された。78年に『Keep on Dancin'』がビルボード41位、UKチャート8位に躍り出てブレークした。98年にNYのディスコクラブ「Studio 54」の映画でも使われた。この『Knock Me Out』は1982/11/20UKチャート45位。

      sweet 
      50代 男

      徹夜ディスコの深夜0時頃、心地よい木琴のコロコロ鳴る音と共に素晴らしいリズム感、めったに曲名を尋ねることは、ないのに、かけておられたDJさんに.この曲のタイトルは、何 即尋ねていました。グループは、gangの一味だったんですね!

    • Amii Stewart 
      エイミー・スチュワート

      オリジナルは、エディ・フロイドのスタックスからの名曲で、1966/11/19ビルボードR&BチャートNo.1。12/10HOT100最高28位。1967/4/26UKチャート最高19位。エディ・フロイドとスティーヴ・クロッパーの共作。後にデビッド・ボウイもカバーした。Amii Stewart のディスコバージョンは1979/4/21ビルボードHOT100No.1に輝いた。

      FUUNDA 
      50代 男

      新宿のディスコのエレベーターを降りたときに迫力ある音量で流れていたことをよく覚えています。

    • ABBA 
      アバ

      アルバム『スーパー・トゥルーパー』からのシングルで、アメリカでは「On And On And On」がA面であったが、1981/5/2ビルボードダンスチャート1位、7/11Hot100最高90位。英国では12インチのリリースで、1981/7/25全英チャート最高7位。北欧を感じるマイナー調のメロディが印象的なナンバー。

      ちあき 
      50代 男

      初めて新宿のDISCO聴いた時、声でアバの曲というのはわかりましたが、メディアではほぼかからない曲だったので、タイトルはかなり後になって知ることになりました。DJさんはちゃんとタイトルを言っていたはず!「レイ・オール・ユア・・・」って。音楽の大音量でなかなかヒアリングも難しかったです。アルバムから曲を捜して、やっと巡りあえた時は感動でした!アバらしいメロディーでありながら、ビートの効いた踊りやすい曲だと思います。

    • Dazz Band 
      ダズ・バンド

      オハイオ州クリーブランド結成のバンドで、Voにスキップ・マーティン加入後、80年にモータウンと契約。82/5/29ビルボードR&Bチャート5週No.1、6/12DANCEチャート4週連続2位、7/17HOT100でもなんと5位を獲得した大ヒットナンバー。この曲で翌年のグラミーベストR&Bグルーブを受賞した。The Treacherous Threeのラップカバーも秀逸。

      カーツ大佐 
      50代 男

      乾いたスネアとピコピコシンセとベースがかっこいい全米大ヒット曲。この曲がかかると飛び出して行ってフロアでみんなで「ウーウッ、フー」しました。

    • The Michael Zager Band 
      マイケル・ゼーガー・バンド

      キーボーディストで作曲家のマイケル・ゼーガーが、ハンドクラッピンと”フゥー、フゥー”のチャント(かけ声)を、ピコピコのエレクトロサウンドに見事に融和させたディスコヒット曲。1978/2/8ビルボードDANCEチャートNo.1、5/13UKチャート8位。次のシングル「Life's A Party」でゼーガーはシシー・ヒューストンをゲストVo.に迎え、娘ホイットニーの才能をいち早く見い出した。

      澤ひかる 
      50代 男

      ディスコで良くかかってました!シミーは単純な動きですが覚えるのに苦労しました。

    • Earth, Wind & Fire 
      アース・ウインド & ファイアー

      1981/12/19ビルボード3位。R&Bチャート1位。80年代のアースの代表曲と言えばコレ。ヴォコーダーとエレクトロ風味をアースの従来型宇宙ファンクに融合させた、キャッチーで踊りやすいノリノリのダンスフロア大人気チューン。

      ちょび 
      50代 女

      友だちと金沢旅行に行った時、香林坊にあったDISCOでかかっていました。皆で同じ振り付けのダンスで楽しかった

    • Hamilton Bohannon 
      ハミルトン・ボハノン

      60年代にモータウンでスティービー・ワンダーのドラマーとして働いていた。70年代にモータウンがLAに移転する際に会社を辞めデトロイトに残留しソロ活動を始めた。78/8月ビルボードDANCEチャート7位。9/9UKチャート56位。キャロリン・クロフォードの迫力のヴォーカルをフューチャーしたブギーディスコ。

      三鷹のtommy 
      50代 男

      n新宿では鉄板だったと思います。

    • James Brown 
      ジェームス・ブラウン

      映画「ロッキー4」で米ソ代理戦争試合”アポロVSドラゴ”の前座でジェームス・ブラウンがド派手に演奏したアメリカ賛歌。あのダン・ハートマンがJBへのリスペクトとカムバックを願って作った曲。これまでの骨太ファンクなJBには無かったエレクトロポップ風味のダンスチューン。そのおかげでJBは10年ぶりの全米ヒット(86/2/15ビルボード・ダンスDチャート3位、3/1HOT100最高4位)で見事にカムバック。86/2/15UKチャート5位。さらにはグラミーベストR&Bソング、R&Bヴォーカルパフォーマンスを受賞した。90年代にはレアグルーヴ・ブームで再評価され晩年までスター街道を突っ走った。

      カーツ大佐 
      50代 男

      60年70年代からの筋金入りファンは別として、この曲で後追いJBファンになった人は多いんじゃないかな。明るくダンスフロアで能天気に踊ってました。12インチも買いました。空耳アワー「コーフンねーちゃん」にどうしても聞こえてしまう(笑)。

    • The Doobie Brothers 
      ザ・ドゥービー・ブラザーズ

      1973/6/30ビルボード8位を獲得。バンド自身初のトップ10入りを果たしたナンバー。アメリカン・ロックでありながら、日本のDISCOシーンでフロアを沸かせてきた大人気曲。

      DJガーチン 
      50代 男

      車で仕事に行く時に、必ず1曲目にかける曲です

    • Alicia Bridges  
      アリシア・ブリッヂズ

      ノースカロライナ出身。デビューアルバム「夜のアリシア」から。1978/12/23ビルボードHot100で最高5位。オリジナルはバスドラがハイ・サウンドっぽいです(笑)。ディスコバージョンが映画「ドラキュラ都へ行く」に使われた。94年には映画「プリシラ」でリミックスバージョンが使われリバイバルヒット。余談ですが次のシングル「Body Heat」はRCサクセション「雨上がりの夜空」にギターリフが似ています(笑)。

      花組の先輩 
      60代 男

      まずタイトルが歴代最高に素敵!そしてこの曲はあのNYの憧れだったディスコ STUDIO 54の2枚組レコード『A NIGHT AT STUDIO 54』のA面1曲目。当時としては珍しいしコンピレーション+曲がつながってる!ということで誰のクルマに乗ってもこのカセットテープは常備。NYのキラキラ摩天楼系♪に虜だった自分にとってDAN HARTMANは絶対にINSTANT REPLAY、PEACHES & HERBは絶対にSHAKE YOUR GROOVE THINGなのにSHAKE YOUR GROOVE THING何故かけない?(笑)この曲映画のプリシラでも上手に使われていています。

      yasizoku ヤシ族 
      50代 男

      全世界で限定200枚の発売の『DISCO 54』アルバム1枚原盤持ってます!

    • Village People 
      ヴィレッジ・ピープル

      1980年5月初来日武道館で日本中を熱狂させた後に出た、映画『ミュージック・ミュージック(原題:Can't Stop the Music)』のサントラからのシングル。豪で少しヒットしたが、米英ではチャート入りしなかった。70sと80sをつなぐキラキラしたディスコナンバー。

      つばめNo.1 
      50代 男

      アラベスクは衝撃的でした。今でも良く聞いてます。

      三鷹のtommy 
      50代 男

      新宿の東亜会館辺りの大箱ディスコでよーくかかってました。ビレッジピープルの曲で一番好きです。

    • Junior 
      ジュニア

      1982/4/10ビルボードR&Bチャート2位。4/24HOT100最高30位。6/5全英7位。イギリス出身のシンガーソングライター。ファンキーなベースラインと郷愁を誘うメロディラインが見事にマッチしたブギーディスコの傑作。のちに映画「ビバリーヒルズコップ」サントラに参加したり、キム・ワイルドとデュエットした。90年代に入りイギリスのソウルシンガー、ポール・ジョンソンのプロデュースなどを手がけた。

      Hiroki Tee(ヒロキ・ティー) 
      50代 男

      イントロの(授業開始のチャイムのような音?!)が入って来た瞬間からきた~っって感じで、その後のぶっといベースサウンドで一気に黒くなる。そんなドラマティックなグルーブを学んだ代表的な一曲でした!

    • Art Attack 
      アート・アタック

      元ワイルド・チェリーのメンバー、マーク・アヴセックが作ったオハイオ出身のディスコバンド「La Flavour」。79年作の「Mandolay」を含むフルアルバムを80年にリリース。カッティングギターのリフやエロティックな男性ヴォーカルで、アフロテイストも感じられる印象的なディスコブギー。その後83年に「Art Attack」というバンド名で この曲を再リリース。アレンジはハイエナジー系に近い感じに変えて再び大ヒット。

      △ル 
      50代 女

      毎週末のように通っていた鹿児島マハラジャでよく流れていた曲でもあり、よくリクエストしていた曲です。この曲でお立ち台で踊る時は本当に至福のひとときでした。懐かしい想い出です。

    • Sneaker 
      スニーカー

      1982/1/23ビルボード最高34位。1973年にロサンゼルスで結成されたバンド。80sAORの時代に放ったきらりと輝く切ないサウンドとヴォーカルで日本では人気の名曲。ランディ・ヴァンウォーマー、スティーヴン・ビショップ、ロビー・デュプリーがお好きならぜひ聞いてもらいたい。

      t@ka 
      50代 男

      80年代前半、よく行っていた歌舞伎町のサーファーDISCO B&B でチークタイムにかかっていた曲です。今でも聴くと、甘く切ない若かりし思い出が蘇ります!

    • Samantha Gilles 
      サマンサ・ジルズ

      ベルギー出身。84年に12歳でデビュー曲「Let Me Feel it」がUKハイエナジーチャート入りして、その後ハイエナジー路線でヒットを連発していった。日本でも80年代のハイエナジーディスコからジュリアナ東京全盛期まで人気を保った。

      つっち(ヒロキ・ティー) 
      50代 男

      DISCOに通うようになって、その時に聴いて好きになりました。どうしても、この曲のレコードが、欲しくあちこちのレコード店で、探しまくり、有った時には、とても嬉しかったです。

    • Vicki Sue Robinson 
      ヴィッキー・スー・ロビンソン

      16歳の時ブロードウェイミュージカル「ヘアー」でデビュー。日本未公開ドラキュラ映画「ノクターナ」の挿入曲。79/4/21ビルボードDANCEチャート21位。ノリノリのサウンドに色気ある魅惑のヴォーカルがダンスフロアを盛り上げた名曲。

      FUUNDA 
      50代 男

      学生時代につきあったいた彼女が大好きだった曲です。

    • Donna Summer&Barbra Streisand 
      ドナ・サマー&バーブラ・ストライザンド

      1979/11/24ビルボード2週連続No.1。12/1UKチャート最高3位。 バーブラのアルバム「Wet」から、ドナのコンピレーション・アルバム「On the Radio: Greatest Hits Volumes I & II」からのシングル。バーブラにとっても、ドナにとっても4曲目の全米No.1ソングとなった。

      つばめNo.1 
      50代 男

      ダイアナ・ロスとバーバラ・ストライザンドの曲ですが、スローテンポでチークタイムかと引き上げかけたらパンチのあるアップテンポで大好きでした。

    • Samantha Fox 
      サマンサ・フォックス

      66年イギリス生まれ。大衆紙デイリーサンにセクシーグラビアを掲載し知られるように。86年英ジャイブと契約。その第一弾「Touch Me」は86/4/5UKチャート3位、87/2/14ビルボードHOT100で4位と大ヒット。1年後のこの曲はStock Aitken Watermanプロデュースで、87/6/20UKチャート8位を記録。アメリカでは12インチがビルボード・ダンスシングルチャートで13位を記録した。

      ウィラード 
      40代 男

      80年代後半だったかと思いますが、この曲がHITしてとてもポップな曲だなと思っておりました。何かの雑誌でサマンサフォックスのセクシーグラビアを発見し、外国の方はスゴイなと学生ながらに衝撃をうけたことを思い出します。

    • Donna Summer  
      ドナ・サマー

      ボストン生まれのドナ。77年のジョルジオ・モロダー プロデュースの2枚組”ディスコ・オペラ”コンセプトアルバムから。1977/12/17ビルボードDANCEチャート1位獲得。ドラマティックなイントロから重厚なコーラスアレンジが印象的。

      澤ひかる 
      60代 男

      オッシィさん、おつです。いつもラジオディスコ、楽しく拝聴しております。これはご存じドナサマーの曲です。私が大学生当時流行ってました。最初にディスコに行った時よくかかってました。

    • The B.B. & Q. Band 
      B.B.&Q.バンド

      81年から82年にかけて日本中のディスコを席巻したB.B. & Q.バンドの最高傑作。グループ名はニューヨークの地名に由来し、The Brooklyn, Bronx & Queens Band(ブルックリン・ブロンクス&クイーンズ・バンド)の略。 イタリア人プロデューサーで、「チェンジ」を送り出したジャックス・フレッド・ぺトラスとマウロ・マラバシによって結成されたグループのファースト・アルバムから、日本のサーファー・ディスコ全盛期のテーマ曲ともいうべき作品。1981 /7/25UKチャート41位、9/12ビルボードダンス・チャート3位、10/3R&Bチャート8位を記録。昨今のブギー・ディスコ現象においても、その源流となった作品のひとつでもある。

      郷しゅうじ 
      50代 男

      フロアーのピカピカの照明フラッシュ、ミラーボール!オンザビートの曲に合わせて踊ってる人が、止まってるように見える??ちょー感激のDISCOミュージック。

      Ben 
      50代 男

      サーフィンを始めた1982年の夏、初めて行った伊豆白浜・多々戸浜。そこは当時流行のサーファーファッションの男女で溢れ、国道沿いではこの曲がガンガン流れており、2つの浜の移動時間が2時間以上かかって思い出に残る曲でした

    • Donna Summer  
      ドナ・サマー

      ディスコ・クイーンとジョルジオ・モロダーのコンビの作品。カサブランカレコード最後の2枚組ベスト盤に収録された。1979/12/22ビルボードDANCEチャート8位、1980/3/8HOT100最高5位、R&Bチャート9位。2/23UKチャート32位。バラードから始まりノリノリになる展開は、盛り上げ狙いの王道パターン。

      FUUNDA 
      50代 男

      ドナ・サマー大好きだったことを覚えています。本物を一度見たかったです。

    • YES 
      イエス

      トレヴァー・ホーンのプロデュースでイエスの再結成シングルで、83/12/3UKチャート最高28位だったが、米ではMTVのヘビーローテとなり、1984/1/21ビルボード2週連続No.1。グループ初の全米No.1となった。プログレロックだがダンスフロアでも盛り上がる人気曲だった。

      Hiroki Tee(ヒロキ・ティー) 
      50代 男

      ジャンプ/ヴァン・ヘイレンとならんでイントロ一発で場内騒然!のインパクト!ロックなのに当時のトレヴァー・ホーンのデジタル処理を駆使した斬新なサウンドに音楽の未来を感じました。

    • Olivia Newton-John 
      オリビア・ニュートン・ジョン

      イギリス生まれ、オーストラリア育ち。カントリータッチの清純派ポップスシンガーから、大きくイメージチェンジをはかったのが81年発表のこの曲。オリビアの のエアロビクス・レオタード姿のPVが印象的。ちなみにこの曲の間奏のソロは、TOTOのSTEVE LUKATHER。
      1981/11/21~1982/1/23までビルボート10週連続NO1。1982年年間チャート1位獲得。全英では1981/10/10最高7位。

      郷しゅうじ 
      50代 男

      フィジカルの曲に合わせて、ラジオ体操みたいな振り付けで、みんな踊ってた初めてDISCOにきた人も、すぐ踊れるから、スタジオVOICEではすごい人気がありました。

    • Daryl Hall & John Oates 
      ダリル・ホール&ジョン・オーツ

      1981/11/7 ビルボード2週連続No.1。ソウルテイストあふれる、ポップロック名曲。日本のDISCOシーンでも大人気となった。憂いのあるダリルのヴォーカルとバスドラ&ハンドクラッピングが見事にマッチ。

      郷しゅうじ 
      50代 男

      この曲かかると、飲んでても、とりあえずフロアーに行くそして、踊る、手をたたく、プライベートアイズって歌うみんな友達

      Disco DJ tossy 
      20代 男

      20代でディスコのDJをしていおります、とっしーです。最近は「Surfer Disco」というミックスCDを作り、300枚ぐらいお客さんに配りました。僕は一番好きなディスコソングは「Hall & Oates/Private Eyes」。この曲は地元徳島などで、7人のDJさんが掛ける程の名曲です。僕も必ず掛けます。リクエストもよくしてました。どの部分が魅力かと言えば、ボーカル、打ち込み、クラップですね。みんなが手を叩くところが最高ですね。ちなみに全部歌えます(笑)

    • Boney M.  
      ボニーM

      西ドイツのミュージシャン、フランク・ファリアンが当初自身の変名としてプロデュースしたディスコバンド。ドイツのバンドではあるがメンバーはすべて海外(中南米とアフリカ出身)から呼び集め、ファリアンは影のボーカルも担当し歌詞は英語だった。独仏豪墺白で1位獲得。1978/10/21UKチャート2位50万枚のヒット。

      澤ひかる 
      50代 男

      ボニーMの曲ですが、その他サニー、ダティクール、浮気はしないでなどありますがこの曲に思い出があるのでリクエストしました。皆、大学生時代...

    • Quincy Jones  
      クインシー・ジョーンズ

      大ヒットアルバム『愛のコリーダ』からロッド・テンパートン作曲のシングル。1981/7/11UKチャート最高11位。ハービー・ハンコック参加。パティ・オースティンの魅惑の変幻自在ヴォーカルと緻密なアンサンブルでフロアを彩った。

      ちあき 
      50代 男

      クインシー・ジョンズというと、「愛のコリーダ」がDISCOの定番ですが、同じアルバムに収められたこの曲もまた名曲です♪エイティーズはB面に名曲ありですね。歯切れのいい、これぞサーファーDISCOのサウンド!そして、パティ・オースティンが艶のある歌声を聴かせてくれています。声はパティなのに、クインシーのアルバムに入っているので、当時はどのアルバムを聞けばいいのか?たどり着くまでかなり時間がかかったと思います。

    • Dan Hartman 
      ダン・ハートマン

      1979年発表時は全米チャートに上ることはなかったが、1993年にテイク・ザットがカバーして全英2週連続No.1になった。ロレッタ・ハロウェイのヴォーカルが最高のガラージュ・クラシック。

      ちあき 
      50代 男

      この曲はテレビ、ラジオ等のメディアではほぼ耳にしませんでした。DISCOで初めて聴いた時、あの大音量と煌びやかな照明の中「この曲は凄~い!」と思った記憶が昨日のように蘇ります♪聴けば聴くほどサーファーDISCOには欠かせない、ノリにノレる名曲!曲の構成も豪華絢爛で、ピアノ、ホーンセクション、ストリングスをふんだんに使ってDISCOのフランス料理的な存在です。

    • Frankie Goes To Hollywood 
      フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド

      83年トレヴァー・ホーンが主宰するZTT Recordsからリリースされたデビュー曲。1983/11/12UKチャート5週連続1位。1985/3/16ビルボードHot100で最高10位。ゲイ・ディスコ的なエキゾティックな雰囲気のサウンドと"Relax"という叫びが特徴的。きわどい歌詞も話題となり、ダンス・シーンを活性化させ大ヒットとなった。形態が7インチ、12インチ、LP、CDを含め、リミックスバージョンが多数出る見本となったコレクター泣かせの1曲。次のシングル「Two Tribes」は当時の冷戦の象徴となるレーガンVSチェルネンコの喧嘩パロディPVが話題となりこれも英米でヒットした。

      MOROJOE 
      50代 男

      トレバーホーン好きでした

    • Ultimate 
      アルティミット

      アメリカ出身の3人組グループ。カサブランカレーベルからリリース。米ではLove Is The Ultimate~Dancing In The Night~Touch Me Baby のメドレーがディスコでヒット。日本のディスコでは、この「愛でブラジル」が人気で、シングルカットされた。ラテンサンバフレーバーな曲。

      ちあき 
      50代 男

      初めてDISCOで聴いたのは1979年新宿のDISCO「NEWYOROK・NEWYOROK」です。当時、赤シャツDJ 松本みつぐさんがよくかけてくれて、私も好きになってしまった曲です。何度もかけたのは自分がライナーノートを書いているからかも知れないですが。。。ただ、DISCO好きになったきっかけになった曲と言ってもいいくらいで、綺麗なメロディーラインがなんとも切なく、今でも時々DISCOでリクエストしています。この曲を教えてくれたみつぐさんにも感謝しないといけないですが、もう会えないのは本当に残念です。若い人にも是非聴いて欲しい曲だと思います!

    • Herbie Hancock 
      ハービー・ハンコック

      1983/8/27ビルボードDANCEチャート4週連続1位。R&Bチャート最高6位。8/20UKチャート最高8位。ビル・ラズウェルプロデュースのヒップ・ホップを大胆に導入したアルバム「フューチャー・ショック」から。DJスクラッチ音を大胆に取り入れて、大ヒットした。ユニークなPVはMTVでもヘビロテ。グラミー最優秀R&B・インストゥルメンタル・パフォーマンス受賞した。

      Hiroki Tee(ヒロキ・ティー) 
      50代 男

      フロア側面にあった鏡一面に向かってロボットダンスをはじめたもんです。変体曲でしたがフロアのムードは「やばいダークなムード」に一転する位強烈なインパクトをディスコにもたらした思い出があります。

    • The Clash 
      ザ・クラッシュ

      The Clashの5作目のアルバム「Combat Rock」(1981年) 収録。1982年6月にシングルカットされ、まずディスコで火が付き、1982/8/21ビルボードDANCECLUBSONGSチャート8位。追っかけで秋から冬にかけてHot100もランクインし、1983/1/22ビルボード最高8位となり、バンドで唯一全米シングルチャートのトップ10ヒットとなった。作曲からほとんどの録音まで、ドラマーのトッパー・ヒードンが手掛けた数少ない楽曲でもある。パンクとして、ロックとして、ディスコとして、幅広いジャンルで今も愛され続けるマスターピース。12インチシングルの B面 "Mustapha Dance" もかっこいいので要チェック!

      MOROJOE 
      50代 男

      PUNK NEWWAVEと言われたバンドがディスコでもかかる曲を出すとは思いもよらず、衝撃を受けました。

    • Laura Branigan  
      ローラ・ブラニガン

      イタリアのシンガー、ラフのカバー曲。1984/6/30ビルボード4位、9/1UKチャート5位。シンセサウンドの印象的な典型的80sサウンド。この曲のPVは、夢の中の倒錯の物語を描いたが、その過激な内容からアメリカのMTVで一時期放送禁止となった。

      じゅん 
      50代 男

      当時、楽しく踊ってました。

    • Earth, Wind & Fire  
      アース・ウインド & ファイアー

      モーリス・ホワイト、アル・マッケイとアリー・ウィリス女史の共作。1979/1/13ビルボードR&BチャートNo.1、2/10Hot100最高8位。1/27UKチャート最高3位。アースが世界中でブームとなるまさにその時に発表されたディスコ定番曲。1999年には、リミックス・ヴァージョンの「セプテンバー'99」も発表された。

      sweet 
      50代 男

      今から10年ほど前、地上波のテレビでディスコ特集を放送していました。ディスコの客 100人ほどにアンケートを取って、一番好きな曲は、September が第1位に選ばれてました。従いまして絶対に外せない1曲です!

      マークン 
      30代 男

      親が車で聴いていて、自然に好きになった。

    • The Nolans  
      ノーランズ

      アイルランド出身のノーラン家4姉妹(バーニー、モリーン、リンダ、コリーン)のグループ。イギリス、ヨーロッパ、日本で人気を誇り、この曲は日本でのみシングルカット。81年東京音楽祭世界大会グランプリ受賞曲。

      ちあき 
      50代 男

      新宿のDISCO「NEWYOROK・NEWYOROK」では色々なアーティストが生ライブ出演しています。ノーランズも何度か来店して、目の前で歌ってくれました♪彼女達も普通のお客と一緒のソファー席で、みんなと同じ薄い水割りを飲んでいた記憶があります。1982年2月にお店で歌ってくれた中でも、この曲はビートが効いて好きな曲!

    • Luther Vandross 
      ルーサー・ヴァンドロス

      81年のソロデビューアルバム「Never Too Much」から。ベースとドラムが引っ張る日本のディスコ・シーンでは大人気の曲。NYのスタジオシンガーからスタート。「BIONIC BOOGIE」、「CHANGE」などのダンスバンドのフィーチャー・シンガーを経て、このアルバムが大ヒット。のちにプロデューサーとしてもCHERYL LYNNの「INSTANT LOVE」,ARETHA FRANKLINの「JUMP TO IT」なども手がけました。アメリカではタイトルトラック「Never Too Much」が1981/10/24ビルボードR&Bチャート2週連続1位獲得。

      mami 
      50代 女

      Lutherがとにかく大好きでした!Lutherの曲は全部好きだけど、Discoではやっぱりこれだわ。

      KSB Groove 
      50代 男

      心斎橋にもカフェバーが台頭し、雑誌ADLIBで知ってオープン直後に通い始めた鰻谷の「FAT TUESDAY'S」AOR BARの走りでした。本当によく通いました。そこのマスターに教えていただいて感動し擦り切れるくらい聞いたLutherのNever Too Much。中でも大好きなマーカスのチョッパーが炸裂するこの曲は、昔も今もDISCOで最もかかってほしい曲の1つです。

    • Yazoo 
      ヤズー

      元デペッシュ・モードのヴィンセント・クラークがアリソン・モエットと結成したYazoo。”ソウル音楽”と”シンセポップ”の融合という新境地に挑戦した佳曲。元々は全英NO.2獲得のデビュー・シングル"ONLY YOU"のB面曲としてUKでリリースされたが、その後USでA面シングル・カットされ、1982/8/21ビルボードDanceClubSongsチャート4週連続No.1となる。イントロに収録されているアリソンの印象深い笑い声は、Derrick May、Snoop Dogg、Roni Sizeほかたくさんのアーティストにサンプリングされ、あらゆるジャンルで生き続けている。1990年、1999年にもリミックスバージョンが再発されている。

      MOROJOE 
      50代 男

      高校の時に好きな女の子がよく聴いていた曲です。

    • The Emotions  
      エモーションズ

      全米No.1「ベスト・オブ・マイ・ラブ」の大ヒットを受けて、翌年のアルバム『サンビーム』からのシングルでビルボードR&Bチャート最高6位。モーリス・ホワイト&アル・マッケイ作のファンキーなダンスチューン。

      花組の先輩 
      60代 男

      大学1年の春、六本木の今は無きハンバーガーインの並びにあったTGI FRIDAYSというディスコへ悪友達と出陣。この曲がかかっていた時隣にいた素敵なお姉さまに手を取られ一緒に踊っていたら運よくチークタイム…そのまま夢見心地。オレンジのクリスチーヌっぽいスカートに品の良い白のシャツ、CDのウェッジ…しかし名前だけしか聞けず(´;ω;`)翌日学校へ行き5号館前(ごまえ)にいたら…その女性がいた!2つ先輩の英文科…その先それ以上のことは何もありませんでした。淡い思い出の1曲

    • Miquel Brown 
      ミケル・ブラウン

      カナダ出身の歌姫のディスコヒット。1983/8/6ビルボードDANCEチャート最高2位、1984/5/26UKチャート78位。パンチあるヴォーカルとハイエナジー系サウンドのナンバー。ちなみに当時ミケルと読み仮名を付けたが、正しくはマイケルだった。さらには「TOY BOY」シニータの母親なのであった。

      マーシー 
      50代 女

      新宿の東亜会館全部行ってました。中でもサーファー DISCOB&B GB rabbitがは毎日のように行ってました。フリーフード フリードリンクの時代、オープンしたら速攻入り、食べ物飲み物持って席に座って腹ごしらえしたら、ホール鏡前を皆でとってダンスの振り付けを考えて踊っていました。ソーメニーメンは当時バンプと言って2人で合わせて良く踊っていました。二人で一緒に同じダンスを踊る、向き会って手を合わせたりジャンプをして肩ステップも入れたり肩を打ちつけたり腰をぶつけたりしながら踊る、バンプが流行っていました。

    • Hot Blood 
      ホット・ブラッド

      フランスのスタジオミュージシャンが集まって結成。メンバーの名前や人数など詳しいプロフィールは不明。
      75年本国フランスでリリース、1976/10/23UKチャート32位。日本ではアメリカからの輸入盤が瞬く間に日本中のディスコで人気曲となり、翌76年に日本盤が発売されるやチャート7位にランクイン。売り上げは40万枚以上の大ヒットとなった。日本の音楽業界が、ディスコという場所がHITを生み出す媒体として認識するきっかけとなった。

      ちょび 
      50代 女

      まだ学生でしたが、田舎住みの私が入ったお店でかかっていた曲で頭から離れませんでした。

      ディスコの王子様 
      50代 男

      コミックソングを楽しむノリで好きになったディスコヒッツです。最初に覚えた曲専用の振り付けもこの曲でした!

    • The Fatback Band 
      ファットバック・バンド

      ニューヨーク出身のヘビー・ファンクバンド。エレピとベースとホーンが絡み合う、汗まみれファンクナンバー。1976/5/1ビルボードR&Bチャート12位。

      愛しの令和 
      50代 男

      六本木J TRIP BAR のテーマ曲と言ってもいいぐらいほぼ毎週末流れていました。ハチャメチャな六Jにぴったり。当時のみんな元気かい?

    • Earth, Wind & Fire 
      アース・ウィンド&ファイアー

      大ヒットアルバム『黙示録(I Am)』収録曲。このアルバムからは続々と大ヒットが出て、「ブギー・ワンダーランド」ビルボード6位、「アフター・ザ・ラヴ・ハズ・ゴーン」2位、「石の刻印(in the Stone)」58位に続き、アメリカでは4曲目のシングルカットされ、1980/1/19ビルボードR&Bチャート47位まで登った。

      ちあき 
      50代 男

      初めてこの曲を聴いたのは1979年。新宿のDISCO「NEWYOROK・NEWYOROK」です。アースの曲で、セプテンバーでもなく、ブギーワンダーランドでも、宇宙のファンタジーでもない曲。初DISCOでキラキラネオンの照明の中で聴いた時、「アースってこんなイイ曲あったんだー」と思いました。アルバムを買ってタイトルがわかったのは10数年経ってからでした。DISCOでしかかからない曲にもいい曲いっぱいあるんです!

    • Jeffrey Osborne 
      ジェフリー・オズボーン

      L.T.D.のヴォーカルとして「シャイン・オン」まで参加し「キッキン・バック」の前に独立した。2枚目のソロアルバムからのシングルカット。ジョージ・デュークがプロデュース。83/11/19ビルボードR&Bチャート4位、12/24DANCEチャート31位、84/1/14HOT100最高30位。84/5/19UKチャート18位。

      カーツ大佐 
      50代 男

      踊りにくいBPMなんだけど、なぜだかこの曲大好きなんです。ベースラインとジョージデュークのピコピコシンセに男前ジェフリーのヴォーカル最高です!TVKの「ファンキートマト」でもよくPVを見たなー。

    • Bee Gees 
      ビージーズ

      1978/2/4ビルボード・シングル・チャート4週連続1位、ダンス・チャート3位、3/4UKチャート4位を記録。サントラから「愛はきらめきの中に」に続き、2曲目の全米1位となった作品。映画では冒頭のオープニング・シーンを飾っている。N-トランス(95年)、ワイクリフ・ジョン(97年)等、カバー/サンプリングは多数残っている。『サタデー・ナイト・フィーバー』続編として、同名の映画(83年)も制作された。

      マーシー 
      50代 女

      やっぱり皆で輪になって 踊ってました

    • KC & The Sunshine Band 
      K.C.&サンシャイン・バンド

      1975/11/22ビルボード2週No.1。マイアミサウンドの人気を決定づけた彼らの最大のヒット。日本でもこのイントロがかかるだけでフロアに人が押し寄せるパワーのある「ディスコ殿堂入り」クラスの名曲。

      ディスコ大好きっ子 
      30代 男

      この曲は、コナミの音楽シュミレーションゲーム、''Dance Dance Revolution''で一世を風靡したナンバーです。当時1975年は、ディスコ誕生から一年たった後で、ドナ・サマーの名曲''Love To Love You Baby (愛の誘惑)''をはじめ、ヴァン・マッコイさんの名曲''ザ・ハッスル''、シルヴァー・コンベンションの''Fly Robin Fly''など、第一次ディスコ・ブームを代表するナンバーが大放出した年と言えるでしょう。因みに、KC & The Sunshine Bandのこの曲は、全米・全英チャート第一位を獲得する大ヒットになった作品です。

      たまちゃん 
      50代 女

      アハアハ!新宿も六本木もこれは踊り一緒だった気がして、好きですね。

    • Afrika & The Zulu King 
      アフリカ&ザ・ズールー・キングス

      1986年リリース。薄いエレピにファットなドラムがオールドスクールらしい80年代後半のディスコでは王道となったヒップホップの名曲。
      エリック・クラプトン(デレク・アンド・ザ・ドミノス)の代表曲「いとしのレイラ」をサンプリングした、
      所謂「飛び道具」「大ネタ」として当時のディスコDJたちのキラー・チューンとなっていた。
      メンバーのイスラムは「ラップ+サンプリングの祖」であるアフリカ・バンバータの息子である。

      燻製ベーコン 
      50代 男

      大学4年(1988年)の就職活動の時ですが、某金融機関に訪問しバブルのおかげもあり運よく内定をもらい、その後会社の先輩に誘われ(他社に逃げないように拘束され)銀座で映画を観、ステーキを食べた後に日比谷のラジオシティに連れてってもらいました。入店した時の音楽が、後で「ザ・ビーチ」と知り、黒人系の非常にリズミカルでパンチのあるかっこいい音楽だなと感じました。盛り上がってきた11時頃に、「トゥゲザーフォーエバー」がかかり、先輩と汗だくになって踊りました。先輩から「明日は、朝七時に豊島園に集合だから」と言われ、家でゆっくり休みたいのにと思いましたが、今思えばいい時代だったなとつくづく感じます。

    • Sheila E.  
      シーラ E.

      Princeにスカウトされ歌手デビューしたSheila E.のファーストシングル。1984/10/6ビルボード最高位8位、1984/8/11R&Bチャート9位、1984/8/18DANCECLUBSONGSチャート1位記録。
      美人でゴージャスなルックスだけでなく、艶のあるヴォーカルと自身の超絶パーカッションが炸裂するビート・チューン。サックス×シンセ×パーカッションのスリリングなセッションも強烈なインパクトを残す。

      MOROJOE 
      50代 男

      プリンスをよく聴いておりそこからシーラEにもはまりました。

    • Van McCoy & The Soul City Symphony  
      ヴァン・マッコイとスタイリスティックス・オーケストラ

      1975/7/12ビルボードR&BチャートNo.1、7/26Hot100No.1、7/5UKチャート3位。76年のグラミー賞ベストポップインストゥルメンタル賞受賞。日本でも洋楽チャート19週連続No.1。当時「全日本ダンスコンテスト」でこの曲が課題曲となった決勝大会は新宿の「ビッグトゥゲザー」だった。

      ひろ 
      50代 男

      中学校の文化祭で、放送室がディスコになり先輩に誘われ皆で踊りました。

    • Dayton   
      デイトン

      83年 オハイオ州デイトン出身の4人組。 "Junie" Morrison 、SUNなどのグループと演奏活動の経験もあります。OHIO PLAYERS、ROGER、ZAPPなどのオハイオ・ファンクの流れを汲むファンクグループ。4枚目の傑作アルバム「FEEL THE MUSIC」から、オハイオ・ファンクの要素にエレクトロタッチの美しい旋律が加わったスマッシュヒット。六本木のディスコを中心にプレイされた。

      Brother OSSHY 
      50代 男

      行きつけのSOUL BAR で、突然流れてきて、鳥肌が立ちました。なんてメロディアスでグルーヴィーな曲なのかと・・・当時中古アナログショップでオリジナルアルバム(原版)5.800円で購入した記憶があります

    • Brothers Johnson   
      ブラザーズ・ジョンソン

      サーファーディスコ定番曲「ストンプ」収録のアルバム「ライト・アップ・ザ・ナイト」からのアルバム曲。トランペットのイントロから、ブチブチのチョッパーベースがかっこいい、途中はジョージ・ベンソンの「ギヴ・ミー・ザ・ナイト」?やマイケルの掛け声「フー!」(笑)が聞ける?スペイシー風味の感じられるファンキーな名曲。

      ちあき 
      50代 男

      シングルカットされていない曲でも名曲はたくさんあるものです!「Stomp!」は皆さんご存知かと思いますが、同じアルバムのB面に隠されたDISCOならではのヒット曲。ベースラインが超カッコイーですね♪曲の最後の辺りに何気にマイケルがウ~って参加してます。

    • Michael Jackson 
      マイケル・ジャクソン

      1984/3/3ビルボード4位。82年12月発売のアルバム「スリラー」より第7弾シングル。ビルボードアルバムチャートでのべ37週No.1を記録し、6500万枚と史上最も売れたアルバムといわれる。前作「オフ・ザ・ウォール」に続き、クインシー・ジョーンズがプロデュース。グラミー賞8部門獲得。ジョン・ランディス監督による14分もの完成度の高い長編ビデオクリップは世界に衝撃を与えMTV全盛の流れをつくった。

      マーシー 
      50代 女

      洋楽の曲の音楽ビデオを良く先輩の家で観て 完璧に覚えて DISCOのフロアーで皆で踊っていました マイケルの曲は皆で一緒にゾンビのダンスと言って踊りました
      ムーンウォークは誰が一番上手く出来るか競っていました

      ウィラード 
      40代 男

      この曲のPVを見たときは本当に衝撃でした。まるで映画のようなクオリティと特殊メイクなどはスゴイの一言だったと思います。
      現在までこの作品を超えるものは無いのでは?
      もちろん曲の力もありますが。13分くらいある映像も最後までひっぱる力がありました。
      ちなみに、ひょうきん族でスリラーのPVをパロディにした
      ウガンダさんのマイケルも思い出します。

    • Francine Kirsch 
      フランシーヌ・キルシュ

      カナダ産のハイエナジーディスコ。パワフルな女性ヴォーカルだが、プロフィールが不明。この曲だけで消えてしまった。

      唐獅子牡丹 
      50代 男

      名古屋中の、ディスコで流行ってました、80sは良かった。

    • Kajagoogoo 
      カジャグーグー

      イギリスから登場したリマールを中心としたポップグループ。このデビュー曲で、83/2/19UKチャート2週連続1位、アメリカでは87/7/9ビルボードHOT100で5位まで上がる大ヒットになった。日本ではアイドルとして扱われた。リマールはその後ソロに転向。映画の主題歌「The NeverEnding Story」が85/7/15ビルボードHOT100で17位のヒットを記録している。

      ウィラード 
      40代 男

      私の個人的な意見ですが、当時MTVが開局して見た目が派手なアーティストが増えたなぁと感じておりました。KAJAGOOGOOはそんなアーティストの1つですね。みなさんイケメンで 彼岸花のような独特のヘアスタイルも特徴です。
      話は変わりますが、ロンウッドとかロッドスチュワート、かまやつひろしさんとかも彼岸花みたいでしたね。

    • Third World 
      サード・ワールド

      1982/5/15ビルボードR&Bチャート23位。1982/6/5ビルボードアルバムチャート63位。ジャマイカ出身のレゲエバンド、サード・ワールドの82年リリース。スティーヴィー・ワンダーがプロデュース&作詞作曲し、従来の彼らのレゲエとは違うポップソングタッチのナンバーになった。スティービーが意欲的に彼らに取り組んで、自らキーボードもプレイし全米ヒットに導いた。

      ちょび 
      50代 女

      友だちと沖縄旅行に行った時、国際通りにあったDISCOでかかっていました。

      カーツ大佐 
      50代 男

      高校生の時、渋谷「ラ・スカーラ」でよく踊った思い出の一曲。日本盤は、トロピカルなカリブ海の島のジャケットだったが、シスコの輸入盤はメンバーの顔ジャケットで断然日本盤の方がよかった。曲名も「ラヴ・アイランド」という原題に全く関係のない「雰囲気モノ邦題」であったが、当時のCBSソニーのディレクターは当たりを付けたと思います。スティーヴィー・ワンダーが作った曲で、レゲエじゃないけどノリもよく踊りやすくてかっこいいダンス曲でした。12インチのロングバージョンもウィナーズで買うほどお気に入りでした。

      YUKI 
      50代 女

      大学生の時、男友達に初めて連れて行ってもらったディスコ。爆音でかかるミュージックに煌めくミラーボール、フリーフード。そこは、まるで夢の世界、パラダイスでした! サーファーディスコ全盛期にこの曲がかかると、何を置いてもダンスフロアにダッシュしたなぁ~と懐かしく思い出します。常夏の海を思わせるこのナンバーは、踊っているとコパトーンのココナツの香りまで漂ってきそうです。

    • The Shocking Blue 
      ショッキング・ブルー

      ロビー・ファン・レーベンG.が結成しマリスカ・ヴェレスをVo.に迎えたオランダ出身の4人組。1970/2/7ビルボード1位でショッキング・ブルー最大のヒット曲。日本洋楽チャート12週連続1位。仏独伊西白で1位。かっこいい印象的なカッティングギターとマリスカのエキゾチックな歌声がダンスフロアにぴったりの名曲。

      今でもIVYおじさん 
      60代 男

      昭和44年高校3年生の当時はGS全盛期の頃です。今のディスコはゴーゴーホールと呼ばれました。桂花ラーメンが90円の頃金策必須のワンドリンク付きで500円。仲間と毎夜くり出し、ヴィーナスは必ず流れる曲で横須賀マンボのステップで盛り上がりました。勿論補導員に捕まらないようにです。今は無き熊本市ポレールの世界でした。

    • Bananarama 
      バナナラマ

      英出身の女性3人組ヴォーカルグループ。ショッキング・ブルーのカバー曲で、ストック・エイトキン・ウォーターマンのプロデュースでダンスフロアに蘇った。1986/9/6ビルボード1位を獲得し、バナナラマ最大のヒット曲となった。日本ではお立ち台の定番曲として、数多くの女性が踊った。

      Hiroki Tee(ヒロキ・ティー) 
      50代 男

      メラメラと燃え盛る恋の炎!のはずなんだけど。。冒頭のギターでのカットインでフロアが一気に点火!って感じだが、、日本人は恥ずかしがり屋。ココで男女が絡み合うってシーンには至らず、縦乗り総立ちって感じで座っていたお客様も一気にフロアーにでてきたんだけどなぁ。その後の炎上にまでは至らず。

      じゅん
      50代 男

      当時、楽しく踊ってました。

    • RUN D.M.C.

      エアロスミスのオリジナルは、シャープなギター・リフに重厚なバンド・アンサンブルが印象的なファンキーなハード・ロック。1975年に最初にシングルカットされた当初はローカル・ヒットに終わったが、1976年11月に第11弾シングルとして再度発売されると、チャートをかけあがり最終的には全米10位の大ヒットとなった。そして1986年にヒップ・ホップ界の重鎮RUN DMCがカヴァーし、エアロスミスも出演したPVも人気となり、1986/9/27ビルボードHot100最高4位、9/20R&BHIPHOPチャート8位と大ヒットし、日本でも大人気となった。

      MOROJOE 
      50代 男

      こんなコラボが実現するなんて!リックルービンが好きです

    • Kim Wilde  
      キム・ワイルド

      イギリス・ロンドン出身。1980年にデビューし、翌年1981年シングル『Kids in America』(キッズ・イン・アメリカ)は、全英で第2位、1982/8/14ビルボード25位、デンマークやアイルランドなど北欧では第1位となり一躍トップスターの座に上った。
      その後『You Keep Me Hangin' On』が大ヒットしたが、人気に浮き沈みが出てきた。1988年の6枚目のアルバム『Close』からのこの曲『You Came』(ユー・ケイム)は、1988/7/16全英3位、1988/10/29ビルボードDANCE CLUB SONGS10位となり、セールス的にも世界で100万枚売れ、健在ぶりを示した。

      燻製ベーコン 
      50代 男

      学生時代(1988年)に、たぶん夜のヒットスタジオだったと思いますが、ゲストでキムワイルドが出演し印象に残っている曲で気に入ってます。

    • Bee Gees  
      ビージーズ

      ビー・ジーズがディスコ転身後、「ジャイヴ・トーキン」(75年1位)に続き、2曲目の全米ナンバーワンを獲得したフロア・ヒット名曲。1976/9/4ビルボード・シングル・チャート1位、R&Bチャート4位、ダンス・チャート1位、9/5UKチャート5位。ほぼ同時期に、サントラにも収録されたウォルター・マーフィー&ビッグ・アップル・バンド「運命‘76」も全米ナンバーワンを記録している。

      澤ひかる 
      50代 男

      サタデーナイトフィーバの映画の中でジョントラボルタが一人で踊るシーンがありますが、その時のBGMで有名です。ノリが良いので、大好きです。(^_^;)

    • Dead Or Alive  
      デッド・オア・アライヴ

      リバプールで結成のピート・バーンズのユニット。ストック・エイトキン・ウォーターマンのプロデュースでハイエナジー~ユーロビートの大ヒット作品。ピートの衝撃的なルックスのPVも話題に。1985/3/9UKチャート2週連続No.1、8/17ビルボードHOT100最高11位。日本のダンスフロアでも世代を超えての人気曲。

      Hiroki Tee(ヒロキ・ティー) 
      50代 男

      わすれちゃいけないユーロビートの王道曲として、天井に向けた手をぐるぐると回した記憶在り!リックアストリーと違ったゴリゴリ感満載のハードなイメージでしたので、甘~い恋が芽生えるシチュエーションは醸成されませんでしたが。。。それでも曲のPVの通りで、くるくる回るミラーボールとぴったりな曲という思い出があります。やりすぎて目がまわったし。。

      シマリス 
      50代 女

      初めての外国人アーティストのコンサートがデッドオアアライブでした。日本武道館。ピートバーンズが、Tバックをはいていて、高校生の私はビックリ。白くて綺麗な生尻は忘れられません。


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