東京と小田原を結ぶ私鉄、小田急電鉄。戦後、箱根への観光輸送を強化しようとしていた小田急は、新宿~小田原間を60分で結ぶ新型電車の開発を検討する。取締役である山本利三郎はその実現のため、車両メーカーや鉄道技術研究所と協力し、開発を進める。社内からの反対意見を押さえ完成させた「ロマンスカー SE車」は、その後の小田急のシンボルとなっていくだけではなく、国鉄が登場させたビジネス特急「こだま」などにも大きな影響を与えていくことになる。