•  長野県大町市、北アルプスの北部、七倉岳。その標高2450mに位置する船窪小屋というアットホームな山小屋があった。
     登山客や従業員から”お父さん、お母さん”の愛称で親しまれているのは、小屋のご主人、松澤宗洋さん(79)と妻の寿子さん(79)。小屋を営んで60年以上になるという。元々は寿子さんのお父さんが興した小屋だったが、事故に遭い他界。当時18歳だった寿子さんが父の遺志を引き継ぎ、宗洋さんと、多くのボランティアに支えられ営んできた。
     この小屋には電気も水もない。水汲みには往復1時間。そんな過酷な環境にも関わらず、小屋の名物は、寿子さん手作りの御馳走。その料理を目当てに来る登山客も珍しくはないそうだ。限られた環境の中でも寿子さんの食卓に妥協はない。下ごしらえに時間をかけ、美味しくお腹いっぱいに食べて頂く。「自然の恵みを味わってほしい」と庭で育てた野菜も振舞う。御夫婦の知恵とおもてなしの心がこもった御馳走が、登山客のお腹と心を満たしてくれる。
     ある日の小屋の夕食。見知らぬ人同士の登山客とボランティアや従業員、全員で食卓を囲んだ。初対面にも関わらず、みな旧友のように打ち解ける。1人で孤独に険しい山を登ってきた人もここではみんなで食べられる。都会では味わえないような食卓が山の上で60年以上も続いている。