•  東日本大震災により大きな被害を受けた、宮城県気仙沼市。
     象徴でもあった日本最大級の魚市場も、あの日、津波が天井まで押し寄せた。しかし、町の人々は震災からたった3ヶ月で市場を再開。日本一の水揚げ量を誇るカツオを始め、名産のサンマやサメを乗せた漁船が、港に戻ってきた。
     そして今年、さらなる活気を取り戻すため、気仙沼は大きな挑戦に踏み出す。魚市場を巨大な食卓にするというイベントを開くのだ。
     「みんなで集まってご飯を食べる、それだけの事が、幸せなんだなと感じた」
     イベントの発起人である斉藤和枝さんの言葉だ。和枝さんは気仙沼に代々続く魚加工店の女将。店や工場は津波で流されたが、仮設の工場を建て直し、再び家族や従業員達と一緒に働いたり、食卓を囲める事に喜びを感じている。震災の痛みを抱えながらも必死に頑張っているのは、和枝さんだけではない。港の仲買や鮮魚店、主婦や若者達まで、町中の人々が一つになって気仙沼を盛り上げる。
     イベント当日。心地よい秋晴れの下、広大な気仙沼魚市場にテーブルと椅子がずらりと並んだ。1000匹以上のサンマを炭火焼きにする、11メートルもの長い網。男たちが横一列になって、次々とサンマを焼いていく。その前には、全国から訪れた人々の長蛇の列。さらに、漁師たちが大漁を祝う伝統の歌を披露。味だけではない、気仙沼の魅力が揃った。
     震災から2年半。今の気仙沼の姿を、全国から来たお客さんはどう見てくれるだろう。そして、地元、気仙沼の人達は…。
     気仙沼の意地と誇りがつまった食卓が始まる。