•  古くから「京都は“着だおれ”、大阪は“食いだおれ”」と言われてきた食の都、大阪。この地で今も伝統的な日本料理にこだわり続ける料理人がいる。法善寺横丁に日本料理店『本湖月(ほんこげつ)』を営む料理人、穴見秀生さん(61歳)。
     ミシュランでも二つ星を獲得した彼の経歴はユニークである。福岡県出身、中学卒業後、大阪の日本料理店で3年間修業した後、フランス・パリに渡る。パリではJALの機内食を作る仕事に就き、そこで日本料理を作っている内に、自分が日本人であるということを自覚し、日本料理の魅力を再発見。帰国後、日本料理の名店『吉兆』の門を叩き、ここで日本料理の真の奥深さに触れる。特に彼の興味を引いたのが日本料理の器。「お道具に唇を触れて文化を楽しめるのは日本料理だけ」。29歳で『吉兆』を出、法善寺横丁の日本料理店『湖月』の料理長を務める。そして、45歳のときにこの店を買い取り、屋号を『本湖月』とし、新たなスタートを切った。
     日本文化と伝統的な日本料理にこだわり続ける穴見さんが、“玉手箱”と表現する料理がある。それはお椀。「煮物椀こそ日本料理の華。四季折々の椀の蓋を開けたとき、お客様が驚いてくださる瞬間が最高の喜び」と語る穴見さん。「お椀はその日の献立のメインディッシュ。丸い塗りの宇宙の中で、季節を伝える華だから、料理人として椀の中に物語を作る」とのこと。
     そんな穴見さんにとっての“夢の食卓”について聞いてみた。意外にも「子供の頃、田舎でお婆ちゃんが焼いてくれたお餅」だという。そのお餅は、なぜこんなにも伸びるのか?というほど、よく伸び柔らかかったという。後になって分かったことだが、そのお餅にはほんの少しだけ砂糖が加えられており、それがお餅の伸びと柔らかさを生んだのだそうだ。その驚きとおいしさは、60歳を過ぎた今も忘れられないと言う。
     今でこそ、格式のある日本料理の伝統と文化を守り続ける穴見さんだが、彼が“玉手箱”と称するお椀料理でお客様に与える驚きとおいしさは、もしかすると子供の頃にお婆ちゃんが焼いてくれたお餅と同じものかもしれない。今日も見事な一枚板の檜のカウンターの奥で、穴見さんが作る“玉手箱”のお椀が、お客様に心地よい驚きと元気を与えている。