第23回 欧陽菲菲

前編 2014年2月8日(土)23:00~23:30

 今回のゲストは欧陽菲菲。欧陽の妹が経営する中華レストランでよく顔をあわせるという欧陽と堺が出会ったのは1971年の「紅白歌のベストテン」。実に40年以上前からの旧知の仲だ。
 その1971年に来日した当時は名前の「菲」という漢字を読んでもらえず「にら」と読まれることもしばしば。加えて台湾でも珍しい二文字の苗字もすべて本名だという。「菲菲」という名前に込められた両親の想いとは…?
 小学生の頃から勉強は苦手だったが、音楽と弁論ではいつもトップクラス、5年生では在校生代表で送辞を、そして6年生では卒業生代表で答辞を務めるほどだったという。中学生になり家計のために歌のアルバイトを始めると、とんとん拍子で歌う場所もレベルも上がっていった。
 そんな頃、その後の欧陽の人生を左右する、日本のプロダクションの社長との運命的な出会いを果たす。熱心なスカウトにほだされ、来日を決意、しかし来日してすぐに台湾に逃げ帰ってしまったという初来日の顛末を面白可笑しく告白する。
 1971年夏に「雨の御堂筋」でデビュー、アジア人として初めてオリコンチャート9週間連続1位という大ヒットとなり一躍人気歌手の座に駆け上がり、1972年には外国人として初めて紅白歌合戦にも出場した。

後編 2014年2月15日(土)23:00~23:30

 今回のゲストは前回に引き続き欧陽菲菲。前回は子供時代から、台湾でスカウトされ来日、デビュー曲が大ヒット、一躍人気歌手になるまでの半生を紐解いた。
 あんなに台湾に帰りたいと思っていた来日から月日は過ぎ1978年、日本のカーレーサーのパイオニア的存在の式場荘吉と結婚。結婚して36年、今でも仕事以外は食事も旅行もいつでも一緒、欧陽の歌手活動も応援してくれるという式場氏との夫婦円満ぶりを語る。
 そして欧陽といえば何と言ってもこの曲「ラヴ・イズ・オーヴァー」。最初は他の曲のB面曲だったが、曲の良さから欧陽はこの歌を歌い続け、徐々口コミで評判が広がっていく。その後A面曲として発売され、1983年にはヒットチャート入りし不動の人気を得た。今でも様々なアーティストがカバーする昭和の名曲として歌い継がれている。欧陽自身思い入れの強いこの「ラヴ・イズ・オーヴァー」を今回スタジオでピアノの伴奏のみで披露。今も変わらぬ迫力の歌声が会場を包み込む!

出演者