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2018年8月7日(火)
歴史に見る日韓関係論 地政学にみる韓国外交

ゲスト

黒田勝弘
産経新聞ソウル駐在客員論説委員
宮家邦彦
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
木村幹
神戸大学大学院国際協力研究科教授

日本と韓国の溝 慰安婦問題と日韓合意
竹内キャスター
「朝鮮半島が分断されてから今年でちょうど70年。韓国の文在寅大統領は完全な非核化が不透明感を増している北朝鮮との統一国家への道を模索しています。隣国である日本はどう向き合っていけばいいのか。韓国の歴史を振り返りながら、日本の対応のあり方について考えていきたいと思います。これまでの日韓関係の経緯です。1948年に朝鮮半島を南北に分ける形で大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国がそれぞれ成立しました。1950年、北朝鮮が韓国へ侵攻し朝鮮戦争が開戦します。1952年、朝鮮戦争の最中、韓国は李承晩ラインを公表し、独自に海洋上に境界線を設定しました。竹島をめぐる問題はここから始まります。1965年、日韓基本条約が発効され、戦後処理は終わったと思われましたが、1982年、日中韓で歴史教科書問題が起こります。その時、日本と韓国の間でも日韓併合について侵略か否かが問題化します。1993年、当時の河野官房長官が、いわゆる従軍慰安婦問題について日本軍の関与を認めた河野談話を発表、日本で大きな問題となりました。2012年、当時の李明博大統領が竹島に上陸し、これも物議を醸しました。2015年、慰安婦問題の日韓合意が結ばれました。黒田さん、竹島問題や慰安婦問題、完全に溝が埋まらないという、この理由をどのように?」
黒田氏
「竹島、独島と言いますか、領土問題を含めてですけれども、現地で現状を見る限り、この竹島もそうだし、それから、慰安婦もそうですけれど、いろんなNGO(非政府組織)、あるいは場合によってはメディア、あるいは外交的にいろいろな動きがありますよね。いわば日本にとっては不愉快な。だけど、向こうで見ている限りは何か日本を意識して、この際、日本を叩くとか、引き下ろすとか、あるいは国際的にアウトにしてやるとか、いわゆる反日という現象では必ずしもないような印象を持つんですね、近年、特に。では、何かと言うと、一種の愛国パフォーマンス。つまり、私は愛国者なのだと、政治家で言えば、私は愛国心を持った政治家なんだとか。メディアだってもちろん、そうですけれども。愛国心のある種の自己満足のための材料に使われているという印象を持ちますね。たとえば、日本大使館前にずっと24時間、ビニールをかぶって、学生が撤去されたら大変だと言って守っていますけれど、彼らと話をすると極めて明るいんですよね。明るくあっけらかんとしていて、私は日本好きですよとか、日本に行ってきましたとか…」
松山キャスター
「黒田さんは実際にそこで話をしたこともあるわけですか?」
黒田氏
「そう。そんな連中なので、いや、これは何なのだと思うぐらいですね。だから、竹島と慰安婦というのは、一種の韓国における愛国のシンボルになっちゃったので。そのために韓国政府もそう、政権もそうなのだけれど、なかなかこれを動かせないという現状、そういう印象を持ちます」
松山キャスター
「宮家さんはいかがですか?韓国の国民の日本に対する感情、何か根底に流れている精神というか、そういうものというのは?」
宮家氏
「いろいろな長い歴史があって、やられた時もあれば、やった時もある、私は、一種のコンプレックス、誤解されたくないのですけれど、韓国から見れば、朝鮮半島から見れば、日本みたいな島国に文化を渡したのは我々が中国から持っていったのでしょうと。ところが、この人達にやられちまった。この複雑な、心のひだというか、コンプレックス、劣等感の上の優越感なのか、日本からすれば韓国の方が、朝鮮半島の方がはるかに優れていた、昔は。だけど、その人達と今度は逆転してしまったという劣等感の上に優越感が乗っかったこの複雑な状況、これを両方とも実は完全に克服できていないような気がするんですよね」
松山キャスター
「よく日本の中で韓国論を話す時に出てくる言葉に、韓国の国民の中で『恨(ハン)』という感情が残っているのではないか。これは具体的にはどういう感情なのですか?」
木村教授
「よく鬱屈した晴れない感情とかに訳す…、意味で言い方をするのですが、単なる恨みではないですよね。晴らしたいのだけれど、どうしても晴らすことができなくて、それが何かエネルギーになっているとかいうふうな言い方を韓国の人はするのですけれど。植民地支配、受けたことそのものもそうなのですけれども、韓国において割と重要なのが、日本の植民地支配は、韓国人が日本に戦争に勝って終わったわけではないですよね。ベトナムとか、アルジェリアだったら、最後に独立戦争に勝って、勝って終わるのですけれど」
松山キャスター
「戦火を交えてはいないですね?」
木村教授
「そうですよね。日本が勝手に戦争に負けて退いた形ですから。言ってみれば、本来、独立運動をしてハッピーエンドで終わるところが最後のラストシーンがないような状態ですよ。そうすると、コンプレックスという言葉がいいかどうかはともかくとして、なんとなく鬱屈した感情というのは残りますし、まだ一言、言いたいというのが残るんです。黒田さんがおっしゃられたように、現在ではそのエネルギーはすごく弱くなったのだけれど、でも、建前としては強固に残っていて。だから、慰安婦問題なら運動に1回、参加したいとか、1回、竹島に行ってみたいと、そういう形でパフォーマンスとして残っているというのが現状なのだと思いますね」
黒田氏
「『恨』という問題、ちょっと日本サイドに若干の誤解があるように思いますね。つまり、木村さんもおっしゃったけれども、恨み…、恨み辛みだと、晴れない恨みだと、こういうことなのですけれども」
松山キャスター
「そんな単純なものではないと、木村さんは言いましたね」
黒田氏
「うん、ではなくて。それよりも、つまり、皆人々、国もそうだし、民族もそうだし、人々もそうなのだけれども、要するに、自分のあるべき姿という、理想であったり、希望であったり、目標であったりするわけではないですか。そういうものが実現されない時の鬱憤…」
木村教授
「うん、そう」
黒田氏
「…鬱屈した心理、これが『恨』ですよ。木村さんの話につなげると、つまり、本来は韓国民の独立というのは、8月15日に日本を打倒して…」
木村教授
「そう」
黒田氏
「日本を追い出して独立してこそ『恨』は残らないわけですよ。そうしたかったわけですからね。だけど、それができなかったということで、自分の本当にあるべき姿が実現しなかったという鬱憤…」
宮家氏
「でも、そこで決着したら『恨』は日本に対してなくなるのですか?」
黒田氏
「そう思いますね」
宮家氏
「そうですか?」
黒田氏
「…だと思いますね」
宮家氏
「完全に?」
黒田氏
「いや、完全というのはないけれども、相当なくなったと思いますよ。従って、島の問題も慰安婦問題もそういうことをその都度、あるいはしょっちゅう取り上げることによる、果たせなかった鬱憤と言うのですか、いや、期待かな、希望かな…」
木村教授
「はい、そう」
黒田氏
「…理想かな。そういうものを小出しにさせていく構造だと思いますよ」

歴史から読み解く日韓関係 明治維新から日清戦争
竹内キャスター
「明治維新の8年後、1876年。日朝修好条規が調印され、朝鮮に対し、日本の領事裁判権と関税免除を認めさせました。日本が清国に宣戦布告し、日清戦争開戦、日本が勝利します。1895年、下関条約が調印されます。これにより清国は朝鮮の独立を認め、遼東半島・台湾・澎湖諸島が日本に割譲されましたが、ロシア・フランス・ドイツによる三国干渉があり日本は遼東半島を返還することになります。1897年、大韓帝国が建国されます。1902年には日本はイギリスと日英同盟を締結します。1904年、日露戦争が開戦し、日本が勝利。1905年、ポーツマス条約が調印され、韓国に対する日本の指導・監督権が全面的に認められます。1909年、伊藤博文がハルビンで暗殺されます。翌年、1910年に韓国併合条約が調印され日本が韓国を併合しました。まずは木村さん、この日清戦争の前までのところを振り返っていきたいのですけれど、明治維新を果たした日本にとって朝鮮半島はどのような存在だったのでしょうか?」
木村教授
「当時の日本人が考えていたことと、あとの歴史の後知恵から言えることが随分違うんですね。当時の日本人は、明治の元勲・山県有朋らを中心として、朝鮮半島が獲られたら日本の安全保障は危ないという認識を持っていたのは間違いないですね。ただ、考えてみれば日本は島国だったわけで、最終的に太平洋戦争で負けても海から攻められるわけですから、果たして朝鮮半島を持っているのがどの程度プラスだったのかは怪しいのですけれど。当時の人達は安全保障上の重要なポイントと考えた、そういうことを前提で動いたということは間違いないでしょうね」
松山キャスター
「日本が日清戦争に入るまでの間、当時、李氏朝鮮だと思いますけれど、日本に対する感情とか、姿勢というのはどういうものがあったのですか?」
木村教授
「大前提というのがあって、まず朝鮮王朝というのは、江戸幕府や明治政府とは基本的に当時の世の中に対する考え方が違うんですよね。日本、江戸幕府は清がアヘン戦争で負けるのを見て、中国が負けたので、そうなってはいけないと。だから、文明開化なのだ、開国して開化なのだというふうに考えたというのが教科書的な説明ですね。でも、韓国人はそうは考えなかったんですよね。巨大な中国が負けたのだから自分達がちょっとやそっと努力しても、イギリスやフランスに勝てるわけがないと考えたわけですよ。そうすると、どうなるかと言うと、自国の安全保障では守れませんよね。そうすると、どこかの国と同盟関係を結ぶ、あるいは大国の依存関係に入るということが必要になってきます。その中で、3つ候補者が出てくるわけで。清国なのか、ロシアなのか、日本なのか、3つに分かれるわけですね。基本的に自分の国の安全保障をやれなくて他国の庇護に頼るということを考えたので、結果として国内が今度は割れる。結果として日本派は日本を引きずり込む、中国派は中国を引きずり込む、ロシア派はロシア派を引きずり込むというので日清戦争に至るまで本当にゴタゴタが起こるというのが当時の基本的な状況ですよね」
松山キャスター
「まさに日清戦争に至るまでの国際情勢をうまく反映した風刺画としてよく使われているのがこの絵なのですけれども。これは日本の歴史の教科書にもよく出てくる風刺画ですけれど。明らかに日本を指しているとみられるお侍さんが釣り糸を垂れていて、おそらくこちらは中国の方なのでしょう、釣り糸を垂れていると。このお魚がここに『COREE』、コリアの意味だと思いますけれど、朝鮮がエサを獲ろうとして寄ってきている。どっちが魚を釣るのかわからないという、こういう絵になっているわけですけれど。これを橋の上から虎視眈々と、これは『RUSSIE』と書いてありますけれども、ロシアの人が狙っているというようなこの構図ですね。これから見るに、どういう当時の国際状況というのが説明できると思いますか?」
木村教授
「基本的には朝鮮半島、朝鮮王朝ですけれど、力のない朝鮮王朝がいて、この図式だと、それをどこの国が押さえるのかというのを虎視眈々と狙っているという形に見えますよね。ただ、もう1つ大事なのは、魚にも意思があるんですよ。魚には魚の戦略があって。もっと言えば、どこに釣り上げられた方が1番自分を守ってくれるのだろうかという発想があるんですよね。ですから、ここのところというのは、通常の教科書的な説明に魚の意図というのを考えるとかなり違って見えてくるのだと思います」
松山キャスター
「このあたり日清戦争前後の朝鮮半島と日本の関係はどういうふうに…」
黒田氏
「先ほどのあの漫画なのですけれども、木村さんの意見と同じなのですけれども。つまり、当時はもちろん、コリアが魚になって食いつくかどうかという図ですけれども、これはむしろ現状の、たとえば、核問題をめぐる朝鮮半島情勢等を考えれば、当時だってコリアからすると自分の方が竿を出して、エサをつけて、それで日本・チャイナ・ロシアが食いつくか、どこが食いつくかという、こういうことをやっているという図にも、可能だと思うんですよ」
松山キャスター
「なるほど」
黒田氏
「彼らはバランサーでいったり、それから、要するに、周辺の、影響力を持っている大国を競わせるわけではないですか。それである時には右につき、左につきといって、それでその都度、利を得ようとすると。中ソ対立の時は中国とソ連で両天秤にかけるとか。現在、金正恩はトランプと仲良くしようとしているわけでしょう。だから、米朝接近ではないですか。そうしたら早速、中国に行ってカードを出すわけではないですか。現在、中国とアメリカを天秤…両天秤にかけていると言っていいわけでしょう。そういうのを彼らは、要するに、ある意味では、長くやってきたわけですから…」
宮家氏
「生きる知恵ですよ」
黒田氏
「ええ。だから、この図は1面に過ぎないと思いますね」
松山キャスター
「宮家さん、ある意味、朝鮮半島に生きる国民としては自然に昔の歴史から身についている、そういう行動があるということなのですか?」
宮家氏
「歴史的に見れば昔、ロシアはいなかったけれど、満州、女真族がいたわけですよね。それから、華北がいて、近いところに日本がいた。これは7世紀頃からずっと動きがあるわけでしょう。そう考えると彼らにとって中国に巻き込まれず独立を保ち、しかも、その脆弱性を逆手にとって、うまくバランスをとりながら手玉に取ろうとする、それだけの力があるかどうか、ある場合とない場合があって、ある場合は、なんとかうまくいくのだけれども、ない場合には悲惨なんですけれども。しかし、それを2000年近く繰り返してきたと見る方が、彼らの考え方に近い、肉薄できるのではないかなと思っています」

日清戦争から日韓併合
竹内キャスター
「1894年の日清戦争が終わったあと、日本が勝利したあと、朝鮮半島内では、木村さん、どういった変化が起こったのでしょう?」
木村教授
「下関条約が調印されて、暫く日本の覇権が成立しますよね。ただ、その中で朝鮮王朝には高宗という王様がいたわけですけれど、なかなか言うことを聞かないというので、ご存知の通り、様々な状況があって、いわゆる乙未、韓国では明成皇后と言いますけれども、暗殺事件というのが起こります。そうすると、朝鮮王朝側からすると、どうも日本というのは自分達のいいように同盟国として動いてくれないというように見ますので、今度は日本史の教科書にも出てくる話ですが、露館播遷というのが起こるわけです。国王自らロシアの公使館に逃げ込む。要するに、これは日本に対して守ってくれる国がロシアしかいないから、国王自らロシアに飛び込んじゃうわけですよね。と言うので、ロシアが影響力を上げていって、さらにそのロシアと日本を競わせて、ギリギリ両者を拮抗させて、大韓帝国という1つ国の格が上がるというのが日清戦争以後の状況ですよね」
松山キャスター
「大韓帝国、当時の、旧韓国と言われますけれど、この国の特性としてはどちらかと言えばロシアに近づいていこうとする勢力が立ち上げたという考えですか?」
木村教授
「どちらかと言えばそうなのですけれども、でも、明らかに目指していたのは、変な話、日本とロシアの間で中立的な状態を保って帝国…、ちょっとだけ注釈が必要なのですけれども、朝鮮の歴代の国というのは王国なんですよね。帝国というのは皇帝という名前は中国に遠慮して名乗れなかったわけで。1897年というのは初めて朝鮮半島の人達が、自分達は日本とも中国ともロシアとも同格だということを宣言した時なんですよね。ですから、そういう意味では、一種の中立外交みたいなものを目指していたのだろうとは思います。ただ、結果的には日本とロシアが戦争し始めてしまうので維持できなくなるというのが基本的なストーリーですよね」
松山キャスター
「これもよく歴史の教科書に出てくる風刺画ですけれど。まさに『火中の栗を拾う』みたいなタイトルがよくつけられて載っています。この絵を見ると、明らかに何か鍋の中で栗を焼いているロシア人らしき人、この横に『英』と書いてあるのでイギリス人ですね、それで『米』と書いてあるアメリカ人。アメリカ人とイギリス人が背後にいて、押し出されるような感じで背が小さい日本人が栗を拾いに行くように仕向けられていると見られるようなこの図ですけれど。これはこの時の情勢を反映しているということになるのですか?」
木村教授
「アメリカやイギリスから見るとそうだということですよね。このあとまさか日本がロシアに勝つと思っていませんから、とりあえず日本にやらせてみて、成功したら儲けものと、失敗したら知らないよというふうな図式になっているということですよね」
松山キャスター
「火中の栗というのが、いわゆる朝鮮半島を意味しているということになるわけですよね?」
木村教授
「そうですよね。だから、何回も同じようなことを言って恐縮なのですけれど、魚に意思があったように、この場合、栗にも意思があるので。自ら飛び出したりするので、非常に、火中の栗は本当に弾けまくっていたような状態なわけですよね」
黒田氏
「食べて火傷をするとか」
木村教授
「うん、そうですね」
松山キャスター
「まさに火傷をするかもしれないものを、イギリスとアメリカはロシアに日本が勝てるかどうかわからないけれども、とりあえず1回、朝鮮半島に手を出させてみようということで、後ろで糸を引いていると見えるわけですよね」
木村教授
「アメリカとイギリスからすれば朝鮮半島が重要なのではなく、極東において台頭しているロシアを牽制することが重要なわけですよね」
松山キャスター
「宮家さん、この風刺画、昔よく見たと思うのですけれども」
宮家氏
「うん。ここに『米』と書いてあるから、これは日本人が描いたのですか?中国語?」
松山キャスター
「載ったのは日本の当時の中央新聞というところに掲載されたと…」
宮家氏
「日本から見た発想も入っているのではないでしょうか。だから、ちょっと実態とは違うような気がしますけれども。ただ、おっしゃったように、ロシアが鍋を持って栗になっているということは、それは大韓帝国のことがおそらく入っているのでしょう」
松山キャスター
「この中に入っていますね」
宮家氏
「だとしたら、このあとその栗を焼いている人…、日本が勝つわけだから、その意味では、これはおかしくはないでしょうね」
松山キャスター
「実際、アメリカもイギリスも驚いたということでしたけれども。木村さん、日露戦争で最終的にバルチック艦隊を破って日本が勝利すると世界各国が驚いたと思うのですけれど。その時の朝鮮半島内の日本に対する見方はどうだったのですか?」
木村教授
「いろいろな考え方があるわけですけれど。最初はもうとにかく日本だというだけではなく、もう困ったなというのが最初の状況ですよね。これまで清とロシアと日本と3つあったので、切り替えながら自分達の国が守れたわけではないですか。でも、気がついてみたら日本が勝ったというよりも、ロシアがいなくなってしまったことによって、結局、日本の下につくしかなくなっちゃう。そうすると、外交の基本ゲームが成立しないわけですよね。日本にどれだけ押されても、もう誰も支援してくれない。ポーツマス条約というのは、ロシアはフランスと同盟関係を結んでいて、日本はイギリスと同盟関係を結んでいて、それをまとめたのはアメリカですから、関係のある列強は全員賛成ですよね。そうすると、打つ手がなくなる。ここからあとは条件闘争みたいな形になってきますよね」
松山キャスター
「日韓併合が1つの、その後の対日感情をつくる大きな節目になったと。このあたりは木村さんがどういうふうに?」
木村教授
「そうですよね。もちろん、植民地支配が始まりますから大きな節目なのですけれども。韓国にとっては、これは大変困ったことになったわけですよね。考えてみれば、韓国の、先ほど、韓国の植民地支配の終わりは日本に勝ったわけではないという話をしましたよね。同様に、実は大韓帝国という国と大日本帝国という国は江華島事件の一瞬を除けば、実は戦争を公式にやっていないわけですよね。そうすると、韓国の人達からすると、文明開化もしないまま、日本に戦争も仕掛けられないまま終わっちゃった、というのは、何だったのだ、俺達の近代史はという話になるわけですね。このへんのところは単に日本に対する『恨』、いわばコンプレックスのようなものだけではなくて、俺達は何かすごく大きな間違いをしたのではないかというような、自分達の歴史に対する『恨』というのも残っていくというのが、この過程なのだと思います」

地政学と歴史から読み解く 『朝鮮半島』の過去と未来
松山キャスター
「よく半島国家は周りの大国の影響を非常に受けやすい、非常に不安定になるということを一般論としてよく言われることがありますけれど。たとえば、比較としてバルカン半島の例とかがよく言われますけれども。そういったものと比べて、地政学的な朝鮮半島の意味合いは同列に扱っていいものかどうか、そのあたりは…」
宮家氏
「バルカン半島…、半島は全部違いますからそういう単純な地政学は持ちませんけれども。半島として一般的に私が言えると思うことは、半島はまさに半分島です」
木村教授
「そうですね」
宮家氏
「つまり、海洋国家になりきれない。半分は大陸なのだけれども、半分は島です。全部が海に囲まれていれば、それは水際作戦というのができるのだけど、それもできない。ですから、日米韓が一緒になっているというのは実は非常に歴史的には驚くべきことで、なぜかと言うと、どちらかと言うと韓国は必ずしも海洋国家ではありませんから海洋同盟に半島の半分海洋国家みたいなのがくっついている、非常に不自然な状態が日米韓の同盟だと思います」
松山キャスター
「なるほど。黒田さん、この地政学的に見た朝鮮半島の位置、政治的な不安定さ、このあたりどう見ていますか?」
黒田氏
「これは現在、宮家さんがおっしゃった通りだと思いますけれども。我々日本人と言いますか、日本の立場から考えたいわけですよね。つまり、半島と違って日本は列島ではないですか、島ですけれども。それで我々、列島の日本と半島との関わり、あるいは中国大陸との関わりというのを歴史的にずっと考えてみると、非常に危ういと言いますか、微妙な関係だったと思いますね。それで、我々は、要するに、半島自体は先ほどから出ているように、バランス、バランサーであったり、要するに、競い合わせたり、バランス…、両天秤にかけたりするのだけれど、日本がそれに関わると、関わらされたのですけれど、アレはまずかったというような印象を持っているわけですね」
宮家氏
「そうですね」
松山キャスター
「それは日韓併合もある意味、周りから関わらされたという側面があるということですか?」
黒田氏
「そう…。僕は、引き込まれた…、引き込まれた論者ですけれど、向こうは引き込んだ論者だと…」
松山キャスター
「その引き込んだ主体はどこですか?」
黒田氏
「コリアですね」
松山キャスター
「あっ、コリアの方からという…」
黒田氏
「はい、そう。つまり、利用しようとしたわけですよ、ある意味では」
松山キャスター
「なるほど」
黒田氏
「従って若干ズレますけれども、日本にとっては、この朝鮮半島との海峡、海というのは重要だと思いますね」
宮家氏
「そうですね」
黒田氏
「だから、歴史的に見て、あの海峡を越える時は本当に用心せんといけないと。できたらあまり越えない方がいいと…」
宮家氏
「うん」
黒田氏
「…思いますね」
松山キャスター
「日本の歴史上、それでうまくいった例というのがほとんどない…」
黒田氏
「そう、ええ」
宮家氏
「まさにおっしゃる通りで、私はいつも日本のことをヨーロッパ大陸のイギリスになぞらえているんです。視聴者の皆さん、地図を思い出していただきたいのですけれど。欧州大陸がありますよね。イギリスがチョンとありますよね。イギリスにとってイギリスの国益を最大化する方法は3つあるんです。1つは、まず大陸のところに1つの覇権国家ができないようにバランスを、バランスパワーを維持する、大陸内のバランスパワーを維持する、これが第1です。それから、第2は、まさに黒田さんがおっしゃった通りだけれど、島国は海洋国家なのだから、あまり大陸に入っていってはいけない」
黒田氏
「うん」
宮家氏
「その時に介入をすると、だいたい国力を消耗してえらい目に遭うんです。ですから、大陸とは健全な距離を置く、これが2つ目ですね。3つ目は、海洋国家なのだから、シーレーンを確保して、それで貿易で栄える。これがイギリスの対欧州大陸戦略ですよ。それは日本にとっても全部当たると思っていて。日本にとっては、中国という巨大な既に覇権があるわけですから、そこの周りに少なくともいくつかの国を置いておいてバランスをとること。それから、日本自体は入っていってはいけないと、ロクなことがないから。むしろ海を確保する形で、海洋国家で生き…」
松山
「シーレーンを守ると…」
宮家氏
「そう。これがイギリスと日本の共通点だと思っています」
黒田氏
「うん」
宮家氏
「だからこそ、日英同盟ができたと思っているのですけれども」

第二次大戦終結からソ連崩壊
竹内キャスター
「終戦後、1948年に大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が成立します。1950年、北朝鮮が韓国へ侵攻し朝鮮戦争が開戦。その3年後、1953年7月27日に北朝鮮・中国・国連軍が休戦協定に調印、現在も休戦状態のままとなっています。宮家さん、この太平洋戦争が終わって、その後、朝鮮半島は分断されてしまいましたが、その要因など、どのように見ていますか?」
宮家氏
「1950年の1月に、ワシントンにナショナル・プレス・クラブがあるけれども…」
松山キャスター
「ありますね」
宮家氏
「あそこに当時の国防長官のアッチソンという人がいました。彼が恐ろしいスピーチをするわけです。簡単に言えば、アリューシャンから日本列島を通り琉球、すなわち沖縄まで行く線があると。その外側は何が起きても知らないよと言ったわけですよ。その外側になんと韓国と台湾があったわけです。これが全ての理由だと私は思わないけれども、それがおそらく朝鮮戦争が5か月後に起きた1つの理由だと思っています。その意味で罪ですよ、アメリカは。アメリカの朝鮮半島の線の引き方というのは、現在もフラフラしているのがちょっと心配なぐらい大きな要素だった。北が攻めてくる、ドドッと釜山まで行かれて、今度は押し返す、そうしたら今度は中国が入ってくると。この1953年に、私はたまたま1953年生まれだから65年前ですけれど、この安定というものが非常に重要だったと思って…。もちろん、朝鮮半島が分断されたことはよくないですよ。よくないとは思うのだけれど、この安定によっておそらく日本の戦後の経済復興ができあがった。それから、韓国の漢江の奇跡もなかったのかもしれない。もしかしたら、中国の改革開放だってできなかったかもしれない。つまり、1953年の休戦協定の世界がつくられたことによって東アジアの経済的繁栄の基礎ができたと思っています。それは残念ながら、それが、トランプさんが現在それをひっくり返そうとしているのだけれども、その意味では、この時の53年までに至るこの歴史というのはすごく重要で、何を考えるにせよ、このことはしっかりと押さえていなければいけないと思っています」
松山キャスター
「まさに8年ぐらいの短い期間ですけれど、この期間に起きたことと同じようなことが、最近の状況を見ていて、似たような大きな変化が起きそうな予感を感じますか?」
宮家氏
「そうですよね」
松山キャスター
「木村さんは戦後から現在に至るまでのそういう流れをどう見ていますか?」
木村教授
「朝鮮半島でも、ベトナムでも、実は米中が戦った戦争なんですね。ベトナム戦争も実際に中国が入っていましたから…」
松山キャスター
「代理戦争的な側面がありますよね」
木村教授
「そうすると、中国とアメリカがラインを明確に決めているので動かせない。凍結したような状態になっていた状態が冷戦期。もっと言えば、現在の状態というのは、それがだんだんと溶けていっている状態ですよね。韓国からすると、考えてみれば1992年までは韓国は中国と国交さえなかったわけで接近のしようもなかった。もちろん、ロシアともなかった、ソ連ともなかった。それがだんだんオープンになっていく。そうすると、また、昔の外交に戻っていくというのが現状の状態なのだと」
宮家氏
「選択肢が増えたということ…」
木村教授
「選択肢が増え、もっと言えば、それが朝鮮半島にとってはデフォルトの状態ですよね、本来。先ほど半島という話が出ましたけれど、冷戦期には韓国にとって北朝鮮は行き止まりでしたから、実は陸続きで中国に行くことはできず、韓国は…」
松山キャスター
「島みたいな形で存在していたと」
木村教授
「そう。事実上の島国という言い方を我々はしていたわけですね」
宮家氏
「なるほど」
木村教授
「それがまた半島に戻っていくというのが現代まで続いていく過程なのだと思いますね」
松山キャスター
「まさに、木村さんが話されたように、冷戦後、韓国がソ連に近づいていって、1990年にソ連との国交を韓国が樹立したと。また、1992年には中国との間で国交を樹立したということで。こうなってくるとそれまでいわゆる共産圏という意味で、広い意味では、ソ連や中国の影響を強く受けていた北朝鮮が、北朝鮮だけでなく、韓国がこういう関係を持ってしまうとある意味、独自の存在感というのがなくなってしまって、孤立したような状態になってしまうと。そういった背景もあって、その後の北朝鮮の独自路線、核開発とか、ミサイル開発も含めてだと思いますけれども、そういうことに流れていったと、そういう見方は?」
木村教授
「言葉は、先ほどの言葉をそのまま使えば、韓国が島国だった時代があったのだけれども、中国やロシアとの関係を持てるようになったと。そうすると、今度は南が行き止まりになって、北朝鮮自身が島国になっちゃうわけですね。つながっているのだけど、中国ともうまいことアクセスできないし、ロシアとも良い関係でない。そうすると、孤立状況になってくるというのが1990年以降の話なのだろうと思います」
松山キャスター
「黒田さん、このあたりはどう見ていますか?」
黒田氏
「1945年8月15日、つまり、日本が敗戦で結果的に朝鮮半島からの撤収を余儀なくされるわけですよね。その8月15日の、たとえば、ソウルはどうだったかという話があるのですけれど。当時、韓国にいた多くの日本人の証言の中に割と共通して出てくることは、当時は朝鮮ですけれど、韓国人達の豹変という言葉が割とよく出るんですね。つまり、韓国人達が豹変しちゃったと言うわけです、8月15日で。つまり、これまでは日本だと、日本の、いわば協力をしたわけではないですか。それが8月15日を機に豹変したというわけです。もう日本の時代ではないのだということで急速に、だから、連合軍、北では特に8月15日の前にソ連の参戦があって、ソ連が北朝鮮に侵入していますから、北の方では圧倒的にソ連の支配下になっていますから、そこではこれからはソ連の時代だということですよ。その連中が、その工作が、8月15日には既にソウルにたくさん入っていて、8月16日にソウルではどういうデモがあったかっちゅうと、皆、ソウル駅に行こうというデモがあったんです、大規模な。これは何かと言うと、ソ連軍がやってくるという、その歓迎のデモをしようというわけです。だから、ソ連はひと足早く手を打ったわけですけれども。だから、ある部分、あっ、時代は変わったんだっちゅうことでしょう」
松山キャスター
「解放軍のように見ていたということですか、当時のソ連を?」
黒田氏
「ソ連…。あと若干遅れてアメリカ軍が南に入ってきますから。アレで、李承晩政権、アメリカが支持してできた政権ができますから、親米ですけれども。その時代の変わり目、変化というのに非常に敏感なわけですよ。だから、どこにつくかは、先ほど…」
木村教授
「そうですね」
黒田氏
「…木村さんはおっしゃったけれども、そこで大きな彼らは選択をするわけですよね。それで面白いのは、もう余談ですけれど、これは日本人向けに言ったのかわからないんですけれど、最近あまり聞かないのだけど、以前によく聞いた話で8・15のあとどういう話が言われたかという、民間で伝わった話だと言うのだけれど。ソ連軍がやってくる、ソ連だと言っても、ソ連は信じるな、語呂合わせで『ソ連はソッチマラ』と言うんですね、信じるなと。これからアメリカの時代だと言うけれど、『アメリカは信じるな』、ミグと言いますけれど、アメリカは『ミッチマラ』と言うんですよね、Mを重ねて、その語呂合わせですけれど。日本にもあって、それは『イルボン』と言うではないですか、イルボン、日本のこと、『イルボンは再び立ち上がる』と言うんですよ…」
木村教授
「そうです」
松山
「はぁ、8・15直後に言われていた?」
黒田氏
「『イロナンダ』と言うのですけれども。それは何だろう、ちょっと保険をかけているのかな…」
松山キャスター
「その時点でも、それから先どうなるかわからないから全部見とけと?」
黒田氏
「うん、日本の存在は大きかったですからね」

『朝鮮半島』の未来
松山キャスター
「宮家さん、統一国家というものを南北朝鮮がこれから目指していくということなのですけれども、実際その実現の可能性と、今後どういう経緯をたどっていくか、そのあたりはどう見ていますか?」
宮家氏
「彼らが同一民族として夢を語るのはいいと思うのだけれど、本当にできるのかと言ったら、それは大変ですよね。あの東ドイツですら、西ドイツが東ドイツを吸収する時にどれだけのコストがかかったか、それを考えた時に決して簡単だとは思っていないし、これはまた皆さんの方がよくご存知かもしれないけれど、よく言われたジョークがドイツは壁が崩れて統一が始まったと、それで朝鮮半島では統一が始まると壁ができる、つまり、入ってきてもらっちゃ困るからと。そういうジョークを私は昔、聞いたことあるけれども、それはおそらく現実に近いのではないでしょうか。だから、その意味で、必ずスローガンとして統一のことを言うのはもちろん当然なのだろうけれど、実際に本当に彼らが統一を求めているかどうか今すぐ、となったら、疑問符がつくだろうと思います」
松山キャスター
「一説には、北朝鮮が核を何らかの形で持ったままの形での統一というのを目指しているのではないかという見方も一部にあるようですけれど、そうなってくると、周りの大国に伍していくために、そういう力を蓄えるのではないかという、こういう見方については宮家さん、どう考えますか?」
宮家氏
「頭の体操していた時に、北朝鮮の核武装というか、非核化を、北朝鮮の非核化を最も望んでいるのは誰かなと、最も望んでいないというわけではないけど、その度合いが低いのがどこかなと思ったら、おそらく最も非核化をやってほしいのは日本ですよね、その次におそらく中国ではないかと思うんですね。アメリカは非核化を全部やればいいのだけれども、ICBM(大陸間弾道ミサイル)が飛んでこないのだったら、とりあえず、まぁ、いいか、とは言わないけれども、日本ほど危機感がないかもしれない。もしかしたら韓国は別に非核化はしてほしいと思うのだけれども、できなくてもいずれ統一すれば、どうせ朝鮮半島の核になるではないかと思っているのではないかと思うぐらい、ちょっと温度差があるなという気がします。だからと言って彼らは我々と意見が違うというわけではないです。しかし、同じ民族である南北の考え方と、南の考え方と日本とは相当隔たりがあるなというのが、私の頭の体操でわかったことです」
松山キャスター
「木村さん、そのあたり統一の今後の進み具合、実現するかどうかも含めて、どういうふうに感じていますか?」
木村教授
「まずこの問題を考えるうえで大事なのは韓国人にも本音と建前があるということですね。慰安婦や竹島の問題と同じように、統一というのは必要ですかと聞かれれば、全員イエスと答えるわけです。問題はそのためにどれぐらいのコストを払いますかと聞くとそれは全然話が違う。たとえば、2010年だったと思いますけれども、李明博政権の時に統一税というのを出したことがあります。案を出して。その時に世論調査で、あなたは、どの程度まで統一のために税金を払いますかという世論調査があったんです。これが3分の1の人はいくらでもと答えたんですね。もう1つの3分の1の人達が絶対嫌だと答えたんですよ。真ん中が何だったかと言うと、5000円までならいいという答え、これは何とも言えないリアルな感覚ですよね」
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松山キャスター
「リアルですよね」
木村教授
「その5000円を払うか、払わないかだけで、うーんと考えないといけない状態の韓国がもう8年前にはあったんですよ。ですから、この建前の問題とはまったく別に、そのためにどの程度までコストを払えるのかというのはなかなか難しいと。ただ、これは韓国の人が冷たいという言い方はもちろん、できるのですけれど、どこの国でも当然あることであって。たとえば、日本だったら沖縄の基地問題があって、沖縄の人が基地を負担しているのが大変ですよねと言うと、皆さん、イエスと言うわけですけれども、この基地を、たとえば、私の地元で神戸空港に持ってきますかと言うと、いや、それは木村さん、ないでしょうと皆言うわけですよね。ですから、建前として重要な問題というのと、そのためにどの程度まで自分の生活を犠牲にしてまで実際払えるかというのは、ちょっと違う問題で。その意味で、韓国の人達の統一論というのは彼ら自身にとってもある意味、お伽話であったり、それこそ頭の体操になってしまう」
松山キャスター
「理想形ではあるけれど、現実としてはなかなか難しいところがある?」
木村教授
「核の問題も同じです。核が持てればいいなと思うんですよね」
松山キャスター
「あっ、そうやって思う気持ちはある?」
木村教授
「それは確実にあります。韓国人にとっては核というのは先ほどから出ている大国、自分達は小さい国で、それでアメリカや日本や中国やロシアは大きな国だ、大きな国で現在の1番のシンボルは核なんですよね。核を持つというのは昔、帝国になったのと同じことで、アメリカや中国と同格になるということを意味しているかもしれないので、そうすると、持ちたい、北朝鮮は羨ましいなというのがあるのはあるんですよ。ただ問題は、持ったら、あなた達が今度はIAEA(国際原子力機関)の査察を受けて制裁を食らうんですよと言ったら、そこまで考えていないわけですね。ですから、そのへんのところの、韓国の人達の大きな建前や夢を語っている部分のところと彼らが実際そこまで踏み切れるかどうかというのはまったく別の問題だと思います」
松山キャスター
「黒田さん、そのあたり、仮に韓国のかなりの人が核を持ったまま統一ということを本当に考えているとなると、東アジアの情勢はすごく不安定になってくると思うのですけれども、どういうふうにこの将来を見ていますか?」
黒田氏
「そもそも統一の問題ですけれど、木村さんがおっしゃったように、最近の世論調査では、理想、あるべき姿としての統一でさえ、ノーだと。若い世代が非常に否定的で、現在のままでいいのではないのというのが非常に増えていますね、これは。だけど、この…、いや、宮家さんにお聞きしたいのだけれども…」
宮家氏
「うん」
黒田氏
「この統一っちゅうのは、計算されて統一が起きるのではないと思いますよ。それは東西ドイツだって計算してできたわけではないでしょう」
宮家氏
「そうです」
松山キャスター
「外的要因とかがあって…」
黒田氏
「いろいろなものがあって…。端的に言っちゃうと、南北朝鮮になって、混乱になるかもわからないと言うんですよ。その時に、いや、それは壁をつくりましょうとか…」
宮家氏
「手遅れですよね」
黒田氏
「…もうなりませんよ。その時はそれこそ情緒的な人達だからウワッといきますね、そうなっていきますね」
木村教授
「うん」
黒田氏
「だから、あまり事前に考える…、意味ないということですが」
松山キャスター
「なるほど」
黒田氏
「ただ、理想とすれば、昔からあの地の人達は半島民族なのだけれど、大陸への郷愁というのですか、というのがあって。基本的には高句麗という古代国家は満州を支配していましたから、アレに対する憧れがあって。だから、民族として再跳躍というのですか、飛躍は北だというのはあるんですよ。だから、よく日本では、南北統一すると、核のあるなしはともかく、南北統一すると彼らのナショナリズムが日本に向かうのではないかと。また、何か反日を言ってくるのではないのという人がよくいるのだけれど。統一をすれば、たとえば、その統一ナショナリズムは北に向かうと思いますね」
松山キャスター
「なるほど。大陸方面に向かう?」
黒田氏
「そう。中国は…」
宮家氏
「中国が1番嫌ですよ、それは」
黒田氏
「…だから、現状維持で分断がいいと言っているわけ」

黒田勝弘 産経新聞ソウル駐在客員論説委員の提言:『感情より勘定』
黒田氏
「今回も悩みましたけれども、語呂合わせで『感情より勘定だ』と。この後ろの勘定というのは計算ですね、よく考えた計算ですよ、これは。これは今日の議論でもお話をしましたけれども、我々は朝鮮半島には深入りしやすい、引き込まれやすいというものがありますね。これは歴史的・文化的、いろいろな意味で、長い古代史以来の付き合いもあって。そのために半島で起きることについて、僕はソウルにいながら見ているのですが、日本の様子を、どうも、いろいろなことが起きると非常に興奮して、何かしなければいけないとか、どうなっているのだとか。それで場合によっちゃあ現在、蚊帳の外だって言うでしょう。僕は蚊帳の外であってもいいと思いますよ。だから、深入りするなと。深入りするなという意味で、よく計算して関与しましょうという意味で、感情、情緒よりも勘定、計算だということです」

宮家邦彦 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の提言:『戦略的利益を再確認する』
宮家氏
「私は『戦略的利益を再確認』と書きました。要するに、半島と島国の日本は、これは戦略が違うんですよ、戦略的利益も。だけども、大陸の中で1つの国が大きな覇権を持って、周りを飲み込むような形で…、これは韓国にとっても戦略的に困る話ですから。朝鮮半島と日本はどこかで共通の戦略的利益がある時があるはずです。それをまずお互いが再確認をして、島国と半島の違いはあるかもしれない、伝統的な考え方は違うかもしれないけれども、そこを何とか共通点を見つけていかなければいけないと思っています」

木村幹 神戸大学大学院国際協力研究科教授の提言:『普通の関係』
木村教授
「同じような話なのですけれども。なんとなく韓国は隣国だから大事にしないといけないという発想をしがちなのですけれど、これは世界の裏側に韓国があった場合に、では、我々はどういうふうに付き合うだろうか。そういうドライな関係ですね、普通の国と国との関係というのをもうちょっと考えてもいいのかなというふうに思います」