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2018年8月3日(金)
平成最後の夏に考える 日本の『国体』とは?

ゲスト

富岡幸一郎
関東学院大学教授
白井聡
京都精華大学人文学部専任講師

日本の『国体』とは何か?
生野キャスター
「来年4月に天皇陛下の退位を控え、今年は平成最後の夏となりました。日本の国体について考えていきたいと思います。国体とは、大辞林によりますと国の状態・国の体面、天皇を倫理的・精神的・政治的中心とする国のあり方などとされています。新しい時代を迎えようとする中、今後の日本はどうあるべきか考えていきます。キーワードとなるのがこちら『国体』です。富岡さんは国体をどのようなものだと考えていますか?」
富岡教授
「天皇というものを日本の国柄の規定において考える、それが国体ということで、特に明治以降、それが中心にせり出してきて、天皇のそういう意味では力というものを最大限に出していこうと。そのことで近代国家を統治しようという概念だと思いますね」
松山キャスター
「1番頻繁に使われたのは、太平洋戦争前、戦前の時期だと思うのですが、戦前の日本政府が国体という言葉、どういうふうに定義していたかということをちょっと見ていきたいのですけれども。当時の文部省、戦前の日本の文部省が日本はどのような国かを明らかにするために学者らを招いて『国体の本義』という書物を編纂・刊行し、その中で国体について『大日本帝国は万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて、永遠にこれを統治し給う。これ我が万古不易の国体である』と定義づけたということなのですけれど、まずこの意味合いについて、富岡さん、どういうふうに?」
富岡教授
「そうですね。これは昭和12年ですから、日中戦争がまさに始まる時ですね。昭和6年から満州事変が既に始まっております。日本国が、国家体制を集中して軍事的な方向にいく、そういうまさに時期です。実は昭和10年、1935年、この前になりますけど、美濃部達吉という方が『天皇機関説』ということを出しています。これは、つまり、天皇というのは統治機構の1機関であるという考え方ですね。これに対して、いや、そうではないと。国体というのは天皇が統治権の主体であると。日本は天皇が統治する国家であるという、そういう国体明徴運動、明らかにしようという運動が起きまして、それが政友会とか、軍部とか、右翼とかが、当時の岡田内閣に迫って『国体明徴声明』というものを出させる。ですから、この文部省のも、そういう国体というものを非常に色濃く出して、国民を統一させて、戦争に向かうという、そういう流れの中から出てきたものだと思うんですね」
生野キャスター
「白井さんは国体についてはどのように考えていますか?」
白井氏
「国体は、実は現代史の1つの大きな謎だと思うんですね。1951年にサンフランシスコ講和条約を結んで日本は国際社会への復帰というのを果たしているわけですけれど、なぜそもそもそのようなことが可能だったのかということを考える必要があるわけですね。それはなぜかと言うに、国際社会に対する約束をしているんですよね。どういう約束なのかと言うと、あの15年戦争をやった時の日本とは違う国になりました、いわゆる占領改革を経て脱軍国主義化をやり、民主化をやって違う国になりましたので、あの時の私達は違いますので、だから、再び国際社会の仲間に入れてくださいねという約束をしているんですよね。一方、約束をしなければ、これをドイツに置き換えれば、ナチスドイツが戦後も、戦後のドイツが、いや、うちはあの時の第三帝国と基本的には何も変わっていないんですと言って国際社会に復帰できたかと言ったら、できるわけがないですよね。従って、国際的には私達は全然違う国になりましたと言っているわけです。ところが、国内的には全然変わっていないのだということを言っているんですよね。いったい国体というのは変わったのか、変わっていないのか。それから、さらには国体護持を実現して終戦しているわけですよね、という建前になっているわけですよね。だとすれば、なぜ国体という言葉が今日、死後になっているのかと、誠に不思議ですよね」
松山キャスター
「まさに国体の護持というのが、終戦前夜、非常に日本と連合国の間でそこが最大の争点になったと思うのですけれども、ポツダム宣言を受諾するのかどうか、その時に国体の護持ということがきちんと確約されるかどうかというのを日本は最後まで気にしていたと思うのですけれど、当時、日本がそこまで、いわゆる当時の天皇制が維持されるかどうかにこだわった理由。また、連合国側から最終的には天皇制の維持を、象徴天皇制という形ですけれども、最後は維持を認めたと。その思惑というのはどういうやりとりがあって、そういうことに落ち着いたのですか?」
白井氏
「まず日本側の国体護持へのこだわりというのは、昭和天皇自身がどういう考えを持っていたかと言うと、昭和天皇が認識する国体というのはずばり三種の神器だったということですね。これをちゃんとホールドしているということが国体護持なのだというのが昭和天皇の考えだったんですね。なので、本土決戦というのがなぜやられなかったか、最終的にやらないという決断をしたかと言うと、本土決戦をやっちゃうと三種の神器も失われて、いわば国家体制そのものが粉々に砕けてしまうと、これではいけないと。だから、あのタイミングで、実際あの時、天皇制を維持できるかどうかというのは微妙だったわけですね。連合国がどういう態度をとってくるのか、戦争のあとに、非常に微妙だったわけだけれども、ある種、大丈夫だろうという判断で、そこで決断、ポツダム宣言受諾を決断するわけですよね。他の日本国民にとって国体護持とはいったい何だったのだろうかと。あるいは戦争指導部、昭和天皇1人が指導していたわけではないわけですから、戦争指導部にとって国体護持とは何だったのだろうかというのは現在もって謎というところがありますね」
松山キャスター
「逆にアメリカ側から見ると…、当時、アメリカとか、他のヨーロッパの国も含めて、戦争責任を問う声があったと思うのですけれども、それでも最後はその国体というのを、国体の護持というのを認めたというのは、ある意味、その方がその後の統治をやりやすくなるから、そういう判断もちろん、あったわけですよね?」
白井氏
「そうです。これはすごくもうはっきりしていることでして。当時、連合国の間では様々な意見があったわけです。天皇制というのが結局、日本が軍国主義に走った最大の要因だろう、だから、これを粉微塵にしなければいけないのだというような主張をする国もあったわけですよね。それに対してアメリカが、アメリカの中でも国内世論というのもいろいろあったのですけれども、最終的にはマッカーサーのイニシアチブというのが非常に重要になってくるわけなのですけれども、一方で、アメリカはすごく日本研究を戦時中からやっているんです、これはアメリカのすごいところですけれども。この戦争を勝ったあとにどうやって日本に対処するかと、どうやってコントロールするかという話ですね、端的に言ってしまえば」
松山キャスター
「出口戦略のようなこと…」
白井氏
「はい、そういうことですね。日本研究者とかを集めて、研究をさせるわけです。出てきた結論というのが、天皇を訴追し、責任を取らせるというやり方はあまりよくないと、不利であると。ある意味、活かした方がいいという結論を出すわけですね。マッカーサーはその結論を読まされていた。実際、占領統治が始まってみるとマッカーサーは絶対にこれは天皇制を残した方が自分達にとって有益だということを確信するんですね。その第一の理由というのは、マッカーサーは占領政策がスムーズに進むかどうかということについて非常に恐れていたわけです。1番恐れていたことは何かと言うと、あれだけ酷い戦局の中でも絶望的な戦いへ命を投げ出して米軍に立ち向かってくる日本兵というのに前線で接していたわけですよね。だから、占領が始まったって、あの人達が…」
松山キャスター
「抵抗してくる可能性…」
白井氏
「…そう、納得するはずがないだろう。だから、ゲリラ的な抵抗というのがたくさんあるだろうと思ったんですね。ところが、占領が始まってみたら全然それがない、すごくスムーズに進む。なぜだろうと。あっ、これは玉音放送だと。ああいう形で天皇の言葉、直の言葉でもう戦は終わりだというふうに告げたことが、こういう状態を可能にしたのだということで。これは、マッカーサーは、いわば軍隊の親分ですから、部下の命をできる限り守る義務があったわけですから、それはある意味、リーズナブルな判断だったろうなと思いますね」
松山キャスター
「富岡さんはそのあたり、終戦前後、国体護持の…」
富岡教授
「ポツダム宣言の受諾が1番大きな国体護持されるかどうかという問題だったと思うんですね。現在、白井さんがおっしゃったような天皇制、天皇を戦後も残す、これはアメリカ占領軍の判断でもあるし、また、日本の中でも、天皇の長い歴史があります、三種の神器とおっしゃられたけれども。天皇というものの歴史をどうやって守るかというのは非常に重要な、日本史そのもの、日本人そのものの、これは国家の問題であると同時に日本人の魂の精神の、あるいは文化と言ってもいいかと思いますけれど、そういう問題でもありますね。ですから、実際に国体が戦前と戦後と変わったのかどうかというのは、これはいろいろな議論があるし、憲法を見ると戦後は象徴になっていますし、要するに、統治権、政治には関わらない形になって、そういう意味では、大きく国体の形が変わったのだと思うんですね」

日本の『国体』と『天皇制』
生野キャスター
「国体の中心となる天皇の地位については明治時代に施行された大日本帝国憲法では天皇の地位は国の元首となっています。戦後に施行されました日本国憲法では天皇は国民統合の象徴と規定されています。富岡さん、『国民統合の象徴』とはどのようなものだと考えますか?」
富岡教授
「これは非常に重要な『象徴』という言葉で。日本国憲法というのは占領下においてつくられたわけで、先ほどの話ではないですけれど、マッカーサーは天皇制を維持して、日本の統治、占領というのを、よりその方がいいだろうということになりました。ただ同時に、戦前のまさにその天皇のあり方は大きく変えなければいけないということがあったわけで。それで象徴天皇の、だから、象徴にすぎないというふうな、ニュアンスもあったと思うんですね。ただ、この象徴という言葉が非常に、逆に言うと、広がりのある言葉でして。戦後、昭和天皇も、この象徴天皇としては、昭和天皇というのはまさに戦前と戦後の国体を生きられたわけで、大きく変わったわけですね。この象徴天皇とは何かという問題は、昭和天皇も非常にお考えになったろうし、それから、現在の平成の陛下ですね、非常に今上陛下が深くお考えになって、これまた後ほどお話があると思いますけれど。国民の象徴であり、国民統合の象徴であるというのは、日本の歴史と文化を体現している、そういう存在であって政治には関わらない、むしろそこの中に天皇は日本文化を包括する存在、あるいは文化共同体の根源にある存在というふうに象徴というのをとれば、本来のこの国の歴史の天皇のあり方が期せずして、GHQの憲法ですけれども、この象徴天皇というのに、むしろ合致してきたのではないかという気がするんですね」
松山キャスター
「白井さんは象徴天皇、国民統合の象徴と定義されていること、これについてはどういう?」
白井氏
「この間の、お言葉ですね、天皇陛下による。私はあれが出てきた時にびっくりしましたね。こんなにある種の内容がしっかりある、考え抜かれた言葉を、あらたまった形で、異例の形で発表をしたと。これはただごとではないというのがありました」
松山キャスター
「まさにそのお言葉の内容をちょっとここで…」
生野キャスター
「2016年の8月にこのように述べられています。『天皇の高齢化に伴う対処の仕方が国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには無理があろうと思われます。また天皇が未成年であったり重病などにより、その機能を果たし得なくなった場合には天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません』という…」
松山キャスター
「白井さんはこのお言葉をどう受け止められたのですか?」
白井氏
「要点がいくつかあると思うのですけれども、最大のポイントは象徴天皇というものはいったい何を象徴するのかと言う時に『国民統合の象徴』なのだということが繰り返し強調されたと思うんですよね。なぜそれを強調しなければいけないのだろうということを考えると、それはとりもなおさずその統合というのが崩れてきているという、そういう現在の日本社会に対する認識というのがあるのではないかと思うんですね。もう1つ、とっても大事なポイントだと思うのですけれども、摂政論、摂政を置けばいいのではないかと、高齢化対策としてという話、議論があるわけですけれども、これを明確に否定されたわけですよね。なぜ摂政ではダメなのだろうと考えてみると、結局、天皇の仕事で代えの利かない仕事というのは、つまり、祈りだということ、そういった考えがはっきり示されたと思うんですよね。言ってみれば、だから、天皇が一生懸命祈ることによって、十分に祈ることによって、国民の生活というのは幸福なものになると。逆に言えば、天皇の祈りが不十分だったら日本国民の生活というのは不幸なものになると。おそらくはこういう意識を持って、祈るという職務に今上天皇は臨んでこられたと思うんですね。だから、ある意味、高齢化したので、高齢になって体力が弱ってきたので辞めたいというのは単に、いわゆる普通の我々の生活者の次元での高齢化問題というのは違って、もっと若く力強い祈りに更新しなければならないと、そういう提案だったと思うんですよね」
松山キャスター
「象徴天皇としての役割、ただ存在するというだけではないと…、もう実際に祈りという行為とか、あるいは実際に動いて、いろいろな被災地にまわったりとか、そういうことも含めての公務全体を…」
白井氏
「はい、そうですね」
松山キャスター
「…果たせるか果たせないか、そこに焦点を置かれていると見ていると」
白井氏
「はい、そういうことですね。つまり、摂政ではダメなのだというのは、天皇の自身による、天皇による祈りというのが間断なく続かなければならないというのが、今上天皇の思想ですね。これがはっきり示されたということだろうと思いますね」
松山キャスター
「富岡さん、天皇陛下の退位に向けたお言葉ですけれども、富岡さんはどう受け止めましたか?」
富岡教授
「これも現在おっしゃった白井さんと私と非常に共通するところで、私は感銘を受けました。本当によく練られたお言葉であると思います。この象徴天皇というのを、今上陛下が深く考えられている。祈りとおっしゃったけれど、祈りとともに、ご本の中で白井さんが動くという…」
白井氏
「はい」
富岡教授
「動くというのは、つまり、実際、被災地に行かれたり、出向いていくという、これを今上陛下は一貫してやられてきたんですよ。ですから、最初に皇太子の時に昭和61年の11月に三原山が噴火して、大島の島民が千代田区の体育館に来た時に、皇太子であった今上が行かれて、そこで皆、立ち上がれないんですよね、疲れて。そうしたら、皇太子の方で膝を折って座って、お話を聞かれたと。これは天皇の歴史の中でおそらく初めてのことだと思います。つまり、そういうことを、ずっと天皇になられてからも今上はやられてきた。それから、2011年の3月16日、東日本大震災のあとにビデオメッセージを出されました。あれは被災者と全国民に向けての死者を悼み、避難者を励まして、危機の中で、危険の中で救援活動をしている人々、自衛隊や消防や警察へのねぎらい、各国の元首からの海外からのお見舞いの言葉のメッセージを、これ非常に静かな落ち着いた声で、ゆっくり喋られて。私はああいうところに、特に肉声で聞くわけです。ああいうところに万葉の歌人の『言霊の幸ふ国』ではないですけれども、ちょっとあれアルカイック過ぎるかもしれないのだけれども、何か天皇の持つ深い響きを感じました。それを今回のこの退位のお言葉にも感じたんですね。繰り返し国民の安寧と幸せを祈る、国民の統合の象徴としての役割、だから、これは決して途切れちゃいけないんですね。途切れてはいけない。だから、決して公務を云々ではないですよ。残念ながら、あのお言葉のあとに安倍首相が…」
松山キャスター
「政府の対応はどちらかと言うと公務の軽減とか…」
富岡教授
「うん、そうなんです。天皇陛下のご公務のあり方について天皇陛下のご年齢やご公務の負担の現状に鑑みる時、天皇陛下のご心労に思いを致し云々…と言っているんですね。これは、かなり正直言って、ちょっとずれた…」
白井氏
「はい、ずれています」
富岡教授
「ずれているんですね。もちろん、そういうご公務のこともあるけれど、これは象徴天皇ということの大切さをはっきりと表現されたということだと思いますよね」

『天皇制』とアメリカ
生野キャスター
「白井さんは『国体論』という本を出されて、戦後にアメリカの頂点とする国体ができ上がったという見解を示されています。具体的にはどういうことですか?」
白井氏
「ある意味、これこそ占領体制においてはそれがすごくはっきりしていたんですよね。日本の政府、天皇の上にGHQ、マッカーサーがいるというのがすごくはっきりしていたわけです。だけれども、サンフランシスコ講和条約を結んで独立、復帰…、独立しているではないか、回復しているではないかと思われるけれども、だけれど、一方で、日米安保条約というのが結ばれて、ある意味、米軍が反占領軍的な性格を有しながら居続ける、駐留し続けるということが今日に至るまで続いているんですね。だから、ずっとこれは、日本って本当の独立国家と言えるのでしょうかという疑問はますますもって高まるばっかりということになっている。これを第3者的な視点から見れば、属国以外の何ものでもないわけですけれど。世界中のメディアが日本というのは要するに属国だよねとはっきりそう書かれています。ところが、日本人だけが属国ではないと思っているというところにとっても日本の対米従属の奇妙な点というのがあると思うんです。別に対米従属していることそのこと自体は、そんな国はいっぱいあるわけですね、日本以外にも。だから、そのことは恥ずかしいとか何とか言っても始まらないわけですけれども。従属しているということを、そういう現実を否定しながら、従属しているというような国は、たぶん日本以外に1つもないと」
松山キャスター
「戦後の中で、たとえば、アメリカに追従するという時期が色濃かった時期と意外とそうでもない、たとえば、バブル経済に浮かれていた時期ですとか、日本が高度成長でグーッと伸びていた時期、ある意味、日本は日本人として世界に伍していけるのではないかという錯覚したのかどうかわかりませんけれども、そういう時期も日本にはあったと思うのですけれども、そういう濃淡みたいなのがたぶんあったと思うのですが」
白井氏
「これもそれこそ戦前の国体がたどった歴史とすごく似ているのですけれども。戦前の国体も最後はああいう酷い戦争になっちゃって、ろくでもなかったね、という話になったわけですけれども、ある時期まではある意味うまくいっていたんですよね。つまり、国を急速に近代化していくのだと、技術的に近代化していくという時に国民をどうやってそこに動員していくかという時にとても機能したんですよね。それと同じようにそれこそアメリカを頂点にいただく戦後国体というのは、要するに、アメリカのアジアにおける一の子分をやることによって、焦土から復活ということで、単に復興しただけではなくて、経済大国というところまでいくんですよね。それで、これはまた戦前に似た話ですけれど、戦前はいったん大正デモクラシーの時代がありますけれども、いわゆる天皇制国家の権威主義的な体制が緩むんですよね。それと似たような話で、1970年後半あたりから1980年代は結局のところよく考えたら我が国は属国ではないかということを、どれだけの日本人がその自覚ができたかと言うと、たぶんほとんどできない。それこそ世の中でジャパン・アズ・ナンバーワンと言われていた時代ですね。アメリカ、何するものと、アイツら落ち目だというぐらいの雰囲気だったわけですよね。ところが、そのあとということですよね。ある意味、だったら、対米自立をするだけの、できるだけのある種の体力というか、国力を蓄えたよねという本来は話だったはずなのに、なぜか1990年代に入ってからソ連が崩壊して、いわゆる東西対立・冷戦構造が崩壊をして、つまり、アメリカの子分をやっている第一の理由というのが消えたのですけれども…」
松山キャスター
「対共産主義という建前でアメリカに接近してやってきたのが…」
白井氏
「そうなんです」
松山キャスター
「共産主義がもう大きな勢力ではなくなったからということですね?」
白井氏
「そうなんです。だから、アメリカの子分をやっている理由がなくなったのにもかかわらず、アメリカの子分を続けるというか、むしろ最近のあり様というのを見ていると、ますます従属のあり方というのが露骨になってきているなというのを感じますね」
松山キャスター
「本来もう従属する必要がなくなりつつあるのに、なぜか日本国内ではその従属の度合いが深まっているという見解を持っている?」
白井氏
「そういうことですよね。それは政府がというレベルでもそうですし、たとえば、今般の朝鮮半島問題があるわけですけれど、いったいこれはどうなるのだろうかと、まだまだいろいろ不安な要素があって一波乱も二波乱もあるかもしれませんけれども、いずれにせよ解決の方向性は何であるかと言うと、朝鮮戦争が休戦状態のままずっと続いているというこの異常な状態というのを解決するというのが1番根本的な柱だろうと思うんですよね。だいたい今この方向で走るしかないよねということが、韓国、朝鮮、それから、中国、アメリカのあたりでコンセンサスができてきているんですよね。それに対して日本政府が何をやっているかと言うと、この間の外交当局や大臣の言動を見ていると、本当に朝鮮戦争が終わってくれちゃ困るんだな、この人達は、というものですよね。たとえば、昨年は相当、これは始まっちゃうのかしら、怖いなという時期があったわけですけれど…」
松山キャスター
「アメリカの北朝鮮への攻撃が?」
白井氏
「そうですね。そうしたら、我が方にも具体的なダメージというのがありそうだと。それがどのぐらいのものなのかわかりませんけれど、ありそうだという時に思ったのは、あっ、そうかと、この人達は朝鮮戦争が終わるぐらいだったらむしろ再開してくれた方がいいと考えているのだなと思いましたね。なぜでしょうかと。要するに、朝鮮戦争が終わってしまうと在日米軍が日本に駐留している根拠の1つが失われるんですよね。根拠が2つあるわけです。日米安保条約と、もう1つが朝鮮戦争における国連軍、このダブルのステータスで在日米軍ってあるわけですよね。これが、1つ柱がなくなってしまうと。そのことを本当に嫌がっている。ここまでしてある種、アメリカを天皇として戴く体制というのを、この政治や官僚の世界、それから、あるいは財界等々もそうなのですけれど、そのメインストリームの、学問の世界もそうです、メインストリームの人達がこの体制を何が何でも続けたいというのが残念ながら平成日本の姿であって。結局、平成日本がこういう姿になっていく中で、それと並行して、国民の統合というのがズタズタになってきたわけですよね。それこそ格差社会だと、あるいは脱正規化だと。そういう中で天皇陛下がああいう思い切った行動をとったっていうのはどういう意味があるのかと。それはすごく深い危機感ということだと思いますし、要するに、アメリカがもし今や日本人にとって天皇化していると、もはや精神的権威、心のよりどころというのは、東京にいる天皇ではなくてもはやアメリカなのだということなのであれば、天皇はもう必要ないのではないかということになっちゃうわけですよね」
松山キャスター
「いわゆる天皇陛下に代わってアメリカというものが大きな国体的な存在として戦後きて、それが日本の従属構造みたいなものを生み出していて、その一部、日本の支配層がそれに寄りかかるような形で推移してきたという見解がありましたけれども、一方で、周りの安全保障環境を見ると、東アジアではアメリカしか頼るところがなかったという、そういう事情ももちろん、あると思うのですが、アメリカと日本が緊密な連携をすることによって繁栄できた部分というのはもちろん、日本人の中でそれを理解している人というのは結構いると思うのですけれども、そのあたりの見解はどういう?」
富岡教授
「対米従属というのは戦後の日本の1つの大きな問題であったと思うし、サンフランシスコ講和条約があって、あの時に、いわば講和を一応結んだ。しかし、その午後に吉田茂が1人で日米安保条約を結んでいます。つまり、あれは、当時は朝鮮戦争、冷戦の世界があって米軍が日本にいる、いてもらった方がいい、これは日米であったし、アメリカの戦略でもあったわけですけれども。ただ、日米安保というのはいずれ解消しなければいけないということは、おそらく結んだ吉田も考えていたと思うんですね」
松山キャスター
「こんなに長く続くとは吉田茂も思っていなかった?」
富岡教授
「うん、思っていなかったでしょう。今頃どう思っているか、聞きたいぐらいですけれども。これほどだらしなく自民党政権というか、親米でずっと来て、おかしいではないかと思っているのではないかと思います。つまり、簡単に言えば、反独立というか、独立にもならないような独立だった。つまり、一応主権国家と言いながら、その中に外国の軍隊がいるわけではないですか。これはもちろん、NATO(北大西洋条約機構)の国とかもあるけれども。しかし、日本の場合、たとえば、日米地位協定とかあって、アメリカが好きなところに施設や基地を置いていいとか。これは、たとえば、イタリアとか、ドイツ、第2次世界大戦の敗戦国とは全然違う体制がずっと続いているわけですね。それはある時期から日米同盟と言い出して、いつから言い出したか、橋本・クリントンあたりからですかね」
白井氏
「うん」
富岡教授
「日米同盟は1996年ぐらいですから、言い出して、なっていると。この問題は非常に大きな問題としてあると思いますよね」

日本が独り立ちするためには?
生野キャスター
「富岡さんは日本がアメリカから独り立ちすべきだという考えだと思うのですけれども、そのためには何か必要だと思いますか?」
富岡教授
「独り立ちと言うか、日本の自立の方向性をきちんとする。1つは、9条の改正ですよ。要するに、いろいろ現在、議論がありますけれども、一応、9条の後半、2項と言われている『陸海空軍その他の軍隊はこれを持たない。国の交戦権はこれを認めない』ということであって。これは自衛隊が合憲か違憲かという問題もあるけれど、国が自立するためには国がきちんと自分達の力で守るという、もちろん、その他のアメリカを含めた、いろいろな同盟関係とか安保関係というのがありますけれど、少なくともきちんとそこは自分達の国は自分達で守ろうという、そういうことが基本中の基本ではないかと思います。現在、加憲論とか、いろいろありますけれど、あまり加憲論というのはよくわからなくて。2項が残っていれば、どういうふうになるのだろうというところがあるし、何か政治的に、そういう方が憲法改正しやすいというもし議論であれば、それはちょっと間違っていて、きちんとこれは国民に対して、あるいは国民の中で憲法をどうするか、9条をどうするかということを議論すべき時にきていると思いますね」
松山キャスター
「憲法9条の改正で言うと、たとえば、安倍総理の試案では9条2項に自衛隊を明記するとか、その前の自民党の憲法草案では国防軍を明記するという案もありましたけれども、富岡さんはどういう考えですか?」
富岡教授
「それは国防軍でもいいですよ、自衛隊でも。つまり、単純なことで、自分達で守るのだという、そういうことを明記するということですよね。交戦権のない自立国というのはないわけですから。基本的にそういうところをまず始めると」
松山キャスター
「白井さんはそのあたりどう考えていますか?」
白井氏
「1番必要なもの何なのかと言うと、僕は決意ということだと思いますね。現在の対米従属が非常に不健全だと思うのは、従属をしているという現実を否認しているんですよね。そのことが、国際関係における従属・支配みたいな関係が、国際関係にそれはいくらでもあることで、それはしょうがないのですけれども、こんな形で変な従属をしていると国内の市民社会までおかしなことになってくるんですよね。社会全体を腐らせるような従属ということを現在しちゃっていると思います」
生野キャスター
「どういうふうになっていく?」
白井氏
「ある種、奴隷根性が入り込むんです。と言うのは、支配されているということを自覚しているから、不自由ということを自覚するから、何とかして少しでも自由になりたいと思いますよね。だけれども、そもそも支配されていないと思っていれば自由になりたいという意思も湧いてこない。そこで、自由人が通りかかって、君はちょっと奴隷状態にあるではないかと指摘したとする。これは不愉快でたまらないわけですよ、何だ、この野郎と。要するに、そうすると、自由人を奴隷達は誹謗中傷し、貶めるわけです。つまり、お前が自由人であるのが気にくわない、お前も奴隷になれと、こういう要求をしてくるんですよね。まさにこれは現在日本の社会で蔓延しているメンタリティだと思うんですね」
松山キャスター
「ある意味で日本は憲法の制約もあって、なかなか自主防衛という意味ではアメリカの軍事力を頼りにせざるを得ない側面がずっとあったと思うのですけれども。そこのことを考えると国民の中でもアメリカと仲良くやることは決して悪いことではないという意識を持っている方は多いと思うんですよね。安倍総理とトランプ大統領が緊密な関係を持っている。世界の他のリーダーに比べたら1番良い関係を持っていると。それは良いではないかという意見もかなりあると思うのですけれども。そういう意見についてはどう考えますか?」
白井氏
「びっくりするのは、安倍さんのトランプさんに対するその接遇の仕方というのを見ていて、これは安倍さんを支持するかとか、支持しないかとか、好きだとか、嫌いだとか、そういうことに関わらず、ちょっと情けないわけですよ。安倍さんは日本人の代表ですよね、僕を含むところの日本の代表として存在している。これがこういう形ですごく露骨なへつらいというのをやっている。これは普通、怒る話だと思うんです、日本人全体として、普通だったら。ちょっと我らが大将はいったいどういうことをやっているのだとなるはずなのだけれども、ならないですよね」
松山キャスター
「逆に評価する声が多いかもしれないですね」
白井氏
「これはある意味、アメリカの大統領というのが天皇化しているということの、いわば一例だと思うんですよね」
松山キャスター
「富岡さん、そのあたりは?」
富岡教授
「トランプさんとの関係をつくっていったということ自体、外交上のいろいろスタイルがちょっとゴロにゃんなのかもしれないのですけれど、それは利益があるところはあるし…」
松山キャスター
「まさに日本人としては今後の日本の防衛のあり方も含めて、アメリカとの関係のあり方をじっくり議論していく必要があるということですよね?」
富岡教授
「うん。先ほど、決意と言われた、それは結構、大事な要素だと思いますよ。これは日本人、その政府がどうのとか…」
白井氏
「はい」
富岡教授
「首相がどうのというか、我々の決意ということが問われている…」
白井氏
「そうなんですよ。要するに、決意、できるだけ独立した存在でありたい、自分のことは自分で決められる存在でありたいと言った時に、その手段として日米同盟だとか、他国との関係というのがあるわけで、まずは決意がなければダメなんですよ」

富岡幸一郎 関東学院大学教授の提言:『一身独立して一国独立する事』
富岡教授
「『一身独立して一国独立する事』と。これはご存知、福沢諭吉の言葉ですね。国の独立ということは、それぞれの国民と言うのでしょうか、日本人1人、1人が独立への、先ほど、決意という言葉が出ましたけれども、国民の自覚と言っていいでしょうか、そういうものが1番大事なことになると思いますので。そこから出発して、国の本当の意味の独立ということを日本はこれから突き進んでいくということが大事だということで、この言葉にしました」

白井聡 京都精華大学人文学部専任講師の提言:『主を畏るるは知恵のはじまり』
白井氏
「『主を畏るるは知恵のはじまり』と、これは聖書の中の言葉でありますけれども。どういう意味なのだろうと、いろいろな解釈があるのでしょうが、私なりの解釈をすると、人間は何となく自分のことを自由だと思っているわけだけれども、違うというわけですね。全能の神『主』というのがいて、それで一挙手一投足を実は全部、要は、支配しているのだと。そうなると当然、主はおそるべきものだということになりますね。自分の運命は全部、主によって決められている。なので、主がいったい何を考えているのか、主は何を望んでおられるのか、それをどうしても知りたい、知らないわけにいかない、というところから知性が始まるのだという、そういう意味だと理解しているのですが。これを現在の状況に移し替えてみると、支配されているということを自覚しないままでいるのだったら、漠然と自由だと思っているのだったら、知恵は永久に始まらないよということですよね。言い方を変えれば、ドンドン知的に劣化していって馬鹿になりますねということですね。残念ながら、それが現在の日本の姿だと思います」
松山キャスター
「現在、国体というものがどうなっているのか、そこを理解するところから知恵が始まっていく?」
白井氏
「そういうことですね、はい」