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2018年1月26日(金)
『人生の最期』自宅で 『多死社会』の備えは

ゲスト

古川俊治
自由民主党参議院議員
川越厚
クリニック川越院長
瀬戸雅嗣
公益社団法人全国老人福祉施設協議会理事・統括幹事

『人生最期の時を自宅で』 終末期医療の現状と課題
竹内キャスター
「2030年代には現代と比べて、亡くなる人の数が急増し、多死社会を迎えるとされる日本。そうした中で、厚生労働省は高齢者を中心に自宅で最期を迎えたいと希望する人が増えているとして現在、国が定めている終末期医療の進め方に関するガイドラインを、自宅での看取りなどにも対応できるようにするための改定作業を進めています。そこで医療・介護の現場に携わる専門家と共に、終末期医療の課題と現状について話を聞いていきます。なぜ終末期医療に関するガイドラインが策定されたのか、経緯について見ていきます。きっかけとなったのが、2006年、富山県の病院で患者の人工呼吸器を取り外した医師が殺人容疑で書類送検された事件です。最終的には不起訴となりましたが、この事件をきっかけに終末期医療に関する議論が加速、翌年5月に延命治療の中止に関する国の指針を示した『終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン』がまとめられました。このガイドラインは5年ごとに見直されることになっているのですが、2014年の見直しでは、終末期だけでなく、本人の意思を尊重した幅広い医療やケアの議論が必要という観点からガイドラインの名称が変更されました。昨年8月からは2回目の見直しに向けた有識者会議が始まりまして、先週17日には厚生労働省から有識者会議にガイドラインの改定案が示されました。今後は今年3月末に報告書をとりまとめる見通しとなっています。まずは瀬戸さん、有識者会議のメンバーだったということですが、そもそもなぜ今回のガイドラインの内容を変えることになっていったのでしょうか?」
瀬戸氏
「はい、出発点なのですけれども、2006年の基礎はそうだったのですけれども、実は厚労省では1998年からもう話し合いはずっと進めていまして、それで、今回の基礎がかなり後押しをしたのは確かだと思います。その後、ガイドラインができまして、10年経って、現在、時代が病院だけではなくて、たとえば、老人福祉施設で亡くなったりとか、当然、自宅で亡くなる人も増えてきたというのを受けて、なので、人生の最終段階というのは病院だけではなくて、介護施設や自宅も含めて検討しなければいけないのではないかということで、今回の改定に入っています。現在、とりまとめをしていまして、実は来週月曜日から厚生労働省の方ではパブリックコメントを募集するということになっていますので、ある程度、形は見えてきたという段階になっています」
反町キャスター
「古川さん、亡くなる場所が、病院から、施設や自宅ということに変わってきたのでという話に基本的にはなるのですけれど、変わったのか?変えたいのか?」
古川議員
「うん、うん」
反町キャスター
「まずそもそもそこから聞きたいのですけれども、古川さんはどう見ているのですか?」
古川議員
「国民の意識としても、自分の最期というものに、医療で何にもできないのであれば、尊厳を持って亡くなりたいと、現在、インフォームドコンセントというのがよくあって、医者に頼るよりも自分で最期を決めていくという考え方が広まったと、1つの大きな要因だと思っています。それと同時に現在、病院より施設、在宅に移っていただいた方が財政状況も厳しいということになると、これから特に社会の形としてはそうならざるを得ないというところがあるのだろうと思っています」
反町キャスター
「亡くなる場所の変化みたいなことがベースの話になっているのですが、それは実際に仕事をやられているうえで明らかに患者の希望する場所というのが変わってきていると見ているのですか?」
川越氏
「そうですね。希望する意識と言いますか、それがどう動いたかということは大きな問題ですけれども、それよりも実際どういう、たとえば、在宅でどれぐらいの方が、何パーセントの方が亡くなっているのかというようなことで施策がうまくいっているとか、気持ち、これはある意味でアウトカム指標になりますから、非常に参考になるんですね。それで見ていきますと、実は面白い現象がありまして、国が1992年に医療法を変え、そのあと介護保険を2000年につくって、いろいろな仕組みを整えてくださったわけです。それはどちらかと言うと、本人、これまで家で死にたいという気持ち・希望を持っていても、それが実現できないというような社会的な情勢がありましたので、そういう希望を持った人も家で最期まで過ごして、最期を家でできる、亡くなることができる、そういうような格好をつくっていったんですね。それで先ほどの話に戻りますけれども、その時に実際、社会がどのように変わっていったかと言うと、この在宅死率というのはほとんど変わっていないです」
反町キャスター
「ほお…。資料があるので、在宅死率というのは、たとえば、2012年の希望をとったところでは『自宅で最期を迎えたい』という人が5割を超えていて…」
古川議員
「うん、はい」
反町キャスター
「…実際に亡くなった場所というのは、病院が74%、4分の3であると。この状況からいくとその部分、今の話だと実はあまり変わっていないよと、ガイドラインをつくってもというお話もある中で、この数字の違いというのは、古川さんはどう感じていますか?」
古川議員
「希望をしていると、とった時点と、実際に最期を迎えるということになると、家族への負担が現実問題としては、そう思ったけれど、できなかったと。病院の方がいいなというのはあると思います。こちらは実は厚生労働省の資料なのですが、これは、なるべく自宅にいるけれども、最期は医療機関に行く人達が…、これが希望ですね。なるべく自宅にいるのだけれども、最後は緩和ケア病棟に行きたいと。最期までどうしても自宅にいるという人は10%しかいないですね」
反町キャスター
「ほお…」
古川議員
「これはとり方の違いだと思います。ただ、なるべく自宅というのは、自宅にいたいのだけれども、最期ギリギリになった時には家族に迷惑がかかっちゃうということになったら病院に行くというふうに考えている人も結構いるのではないですか」
竹内キャスター
「あらためましてガイドライン、先ほど、古川さんも話されましたが、人生の最終段階における治療の中止についてどのような手順で決定すればよいのか、医療現場のための指針なのですが、今回の改定案のポイントをまとめました。ポイントは3つ。1つ目はガイドラインの前提、終末期を迎える場所、2つ目が患者が受ける治療を決定するプロセス、3つ目が患者の意思が確認できない場合の想定です。まずはこのガイドラインの前提ですね。現行では終末期を迎える場所として病院が想定されていますが、改定案では病院に加えて、自宅、介護施設が想定されています」

最期を迎える場所は?
反町キャスター
「瀬戸さん、施設の場合は最期を迎えるための看取りをするにあたって態勢的には整っているのですか?」
瀬戸氏
「現在、看取りをやると、看取り加算という形で加算をいただけるのですけれど、ちょっと当然、要件がありまして、ただ、亡くなればもらえるではなくて、まずちゃんと説明をしなさいと、本人にどういう状態になったら、どうしますかということを説明したうえで、そこで当然、医療と医師と看護職員、生活相談員、介護職員、介護支援専門員、いわゆる職員が全員でしっかりとチームを組んでやること。それに関して、しっかり本人の同意、最終的には同意を得てとこんなふうに書いてある…、その人がその人らしく生き、その人らしい最期を迎えられるように支援するのが施設ですので、ですから、実は入所時からもう話は始まっていまして、まだいつ亡くなるか、全然そんな状態ではなく、要介護状態で入ってきますけれども、3年後かもしれない、5年後かもしれないですけれど、最初からその話はずっとしています」
反町キャスター
「医療設備的には全部整っているものなのですか?」
瀬戸氏
「いや、老人ホームは病院ではありませんので…」
反町キャスター
「そうですよね」
瀬戸氏
「ほとんどのお医者さんは、いわゆる配置医という外から来るお医者さんです」
反町キャスター
「そうすると、自宅での看取り、ないしは自宅での最終的な終末期医療に近いものというのは、これはできるのですか、できないのですか?」
瀬戸氏
「いや、それこそ必要があれば、病院から看護師さんが持ってきて来てやることもあります」
反町キャスター
「では、自宅での終末期と同じ状況が施設においても?」
瀬戸氏
「まったく同じかと言うと、自宅ではないので、施設なので、医療費がとれたり、とれなかったりという、診療報酬がとれたり、とれなかったりという問題もありますので」
反町キャスター
「自宅だと受けられる終末期医療サービスが施設だと受けられない場合がある?」
瀬戸氏
「はい、場合もありますので。それは状況によってですけれども」
反町キャスター
「ほお…」
瀬戸氏
「なので、最期まで必要に応じて終末…、ギリギリの治療までするのかどうかを常に判断しながら、一緒に話し合いながら決めていっているということです」

治療中止の決断は誰が?
竹内キャスター
「続いては、患者が受ける治療を決定するプロセスについて現行では医療従事者からの情報提供と話し合いを経て最終的に患者本人が決定するとしています。改定案では、本人の意思を基本としたうえで患者、医療・介護従事者、ケアチームが繰り返し話し合い、それを文書化するとしています。瀬戸さん、こうした改正案が出てきた背景にはどういった現状があるのでしょうか?」
瀬戸氏
「病院ですと基本的にはお医者さん、ドクターが説明して、本人が納得すればというのをずっとやってきましたけれど、今度、我々のような福祉施設ですと、常に常勤でお医者さんがいるわけではありませんし、それから、看護職員はいますけれど、看護職員がお医者さんの代わりはできないですから、その中でいくと常にドクター、お医者さんと患者の関係で物事が完結できないということになってきていますので、関係するさまざまな職種がチームとして組んで、そこに当然、お医者さんも入っていますけれど、その中でやって。この書き方だと最終的に本人が決定というのを今回覆したような感じですけれど、そうでなく、本人の意思を基本としたという、そこがありますので、そこが基本のうえで、皆で考えていきましょうということを今回は盛り込んでいこうと現在話し合っていると」
反町キャスター
「古川さん、いかがですか?この違い、現行のガイドラインと改定案の違い、どう見たらいいのですか?」
古川議員
「患者さんの意思というのが最終的には1番原則なのですけれども。実はいろいろアンケート調査をとっていまして、ところが、いろいろな従事者に決めてほしいとか、他の人の意見も参考にしたいとか、そういう意見がほとんどですよね。それで自分で明確な意思というのがなかなか持ちにくい。そういう、もちろん、終末期がどうなるかという仮定的な状況ですから、その時に、いろいろな人の意見を参考にして決めたいという人が多くなってきているから、それをなるべく、そういった決定のプロセスを助けてあげる、活路の決定を明確に文書化していくということにすごく意義があるのではないですかね。そういう意味で…」
反町キャスター
「文書化していくというのは、記録に残すという意味ですよね?」
古川議員
「そうですよ」
反町キャスター
「1年前に、あなたはこういうことを言ったのだけれども、今はこういうことを言っているよという、その比較を患者に示すことが目的なのですか?」
古川議員
「これは後々で、また患者さんが亡くなったあとに…」
反町キャスター
「ああ、そういう意味ですか?」
古川議員
「ええ、問題になることもありますからね」
反町キャスター
「はい」
古川議員
「そういうことの観点もあると思っています」
反町キャスター
「介護従事者が加わるということについては、医師にさまざまな施設に入っているのだから介護従事者、ケアチームが入る、これは当然のことだと思うのですが」
古川議員
「ええ、そうですよね」
反町キャスター
「そこは、たとえば、病院にいる時には、医師というのは医療の専門家ですよ。施設においては、介護従事者は医療の専門家ではない」
古川議員
「はい、はい」
反町キャスター
「この意見の軽重というか、そこの部分の塩梅というのはつけるのですか、つけないのですか?」
古川議員
「最期になると、なかなか看取りの場面というと医師、医療として何か積極的にできるかというと、そういうことは少ない場合が多いですね。そうすると、いろいろな価値観があるし、あるいは患者さんのことをよく見ている人というと、意外と医者よりも普段接している看護職員とか、介護職員の方がよくわかっているということが多いですね」
反町キャスター
「なるほど」
古川議員
「そうすると、そこは医療、医者だというプライオリティがあまりなくなってくる世界ですね」
反町キャスター
「川越さん、在宅ではなくて、施設に通う医師の立場だとすれば、そこに入っている、入居している患者さん、入居者との最終的な局面における医療サービスをどうするかという話をしている時に、そこにそういう介護者、ないしはケアチーム、介護従事者の人達がいるということは医師にとって判断するうえでそれはどういう存在になるのですか?」
川越氏
「福祉施設の場合は、普段入居者の方をケアする人というのは家族と同じような立場になっちゃうんですね」
反町キャスター
「なるほど」
川越氏
「今でこそ特養に長く入院する方は少なくなりましたけれど、かつては終の棲家と言われ、1度入った方が最期までいるというような時代、そういう時は本当に家族の立場になってケアする人達がこのまま看てあげた方がいいというようなことを言うんですね」
反町キャスター
「なるほど」
川越氏
「だけど、そこへ普段診ていない先生が来て、たとえば、食べなくなっちゃった、これは点滴をしなくてはいけない、入院だと言ったら、それでもう終わっちゃうんですね。だから、その時に普段ケアして一生懸命やっている方達は本当に辛い思いをすると。この方は元気な時にはこのままここで最期を迎えたいと言っていたのに、どうして先生が来て、こういう格好になっちゃったのかという、そういうことを。ただ、残念ながら医者の方がそういう決定権というのは持っておりますので…」
反町キャスター
「そうなのですよ」
川越氏
「このまま診るか、誰が責任を持つのか。このまま死んだらと。ですから、そのへんの意識をしっかり変えていかなければいけない。これはシステムでこう、制度でこう、どういう具合にするかという問題も実はあるのですけれども、施設における看取りというのは、本人の意思、それから、いろいろな方の意見が出てきて、最終的に医者の決定権というのが1番強いですからね。そこのところが非常に難しいところですね」
竹内キャスター
「ここからは、改定案で示された、終末期に患者の意思が確認できない場合について聞いていきます。現行のガイドラインでは、家族との話し合いで治療方針を決定するとなっていますが、改定案では家族や親しい知人なども想定し、事前に『意思を推定する者』を指定することが望ましいとしています。瀬戸さん、この患者の意思が確認できない場合について、このような改定案となったのですが、実際どのようなことが話し合われましたか?」
瀬戸氏
「実は最終的な案には『意思を推定する者』という言葉は出てこなくなると思います。そこは議論がかなりありましたので。なので、家族ができる場合、現行と同じように、まず家族ができる場合はそれでいきましょうということ。それから、家族が患者さんの意思を推定できない場合もありますので、そういう時には患者にとって何が最善なのかというのを家族と一緒に皆で話し合って、チームで話し合って、皆で決めていきましょうということ。あと家族がいない場合…」
反町キャスター
「ありますね」
瀬戸氏
「ありますよね。本人は、でも、意思は言えない。そこが最終的にはチームで、本人にとっては何が最善かを話し合って決めましょうとしているので。『意思を推定する者』という言い方は検討会の中でもかなり無理があるのではないかというような意見は出ていました」
竹内キャスター
「『親しい知人など』と書いてあるのですけれども?」
瀬戸氏
「そうですね、それは遠くの親戚よりも、近くの知人というか、そういう人達の方が実はよくわかっていて、ずっと一緒に暮らしていて、または隣に居て、いつもこうだったよと言った方が、本人の意思にかなり近い場合があるので。なので、そういう人も含めて、チームに入ってもらうということもありだと思っています」
反町キャスター
「古川さん、瀬戸さんは『意思を推定する者』という部分、たぶん削除されるのではないかという話だったのですけれども、では、それほど論議を呼ぶフレーズ、『意思を推定する者を指定することが望ましい』というものを案とは言え、入れざるを得なかった背景、これはどういうものなのですか?」
古川議員
「法律的に言うと、『推定的な意思』があるからこそ、初めて患者さんにとって言ってみると不利な行為の中止とか」
反町キャスター
「中止ですよね?」
古川議員
「あるいはそういった処置ができるんですよ。これは最終的な段階になると、患者さんは自分の意思を明確には表現できなくなります。ですから、そのために『推定的な意思』があるからということで、できるんですね。ですけど、これを正直申し上げると、この『推定的意思』、法律的な判断ですけどね、それが同じような患者さんの本当に最善の利益を保持…、意思を複製できるかということと、あとはよく言われるのは、その人にとって、その代行者、意思決定の代行と言うのですけれども、代行者の利益がその患者さんの利益と同じ方向を向くということが結構言われるんですよね。で、家族の中には、実は家族の考えた患者さんの意思であって、それが本当に患者さんの意思かどうかはわからないと。それはそうですよね。だって、その時に、家族は実を言うと、もうそろそろ疲れた、患者さんを看るのは、もういいわとか、それから、いろいろな相続が絡んだ場合もありますし、いろいろな関係が実はある可能性があるわけですよ。だから、正確な意思の推定ができるというのは、法律的な要件としては1番正しい言い方ですよね。だけど、それはなかなかそう明確に書くことは難しいとなってくるから、どうするかという話ですよね」
反町キャスター
「家族が…、最も正確に患者さんの意思を推定し得ないケースというのも多いという意味ですよね?」
古川議員
「はい、そういうことですね。あり得る、もちろん」
反町キャスター
「それは、古川さん、相続と言いましたけれども、たとえば、年金…」
古川議員
「はい」
反町キャスター
「高齢者の患者さんがいて、その人が毎月、毎月、年金をもらっていて、その年金をもって、だって、病院に入ればその分もカバーされるわけだから…」
古川議員
「そうですね。ええ」
反町キャスター
「その年金をアテにしている人達が、それが家族だとした場合に、延命してください…」
古川議員
「事件がありましたね」
反町キャスター
「ありますよ」
古川議員
「うーん…」
反町キャスター
「そういうケースというのも念頭に置いて、『意思を推定する者』という、いわばドロドロしたというか、金銭が絡んだようなところというのを、ここに意味があるような感じがするのですけれども、そういう理解でよろしいのですか?」
古川議員
「その趣旨は、法律的に言うとそうなっているんで、たぶんそういうことなのだろうと思っています」
反町キャスター
「川越さん、いかがですか、この『意思を推定する者』は、家族や知人なども想定し、事前に。こういうシステムについてはどう感じますか?」
川越氏
「現実は難しい問題を抱えていますね。たとえば、1人暮らしで奥さんがいなくて、男性ですけれども、子供さんはいらっしゃるのだけれども、精神障害をもって施設に入っている。その子の子供、孫にあたる方もいるのだけれども、知能発達障害があって、間もなく本人は亡くなると。そういう時に…」
反町キャスター
「どうすればいいのですか?」
川越氏
「ええ、彼は後見人制度を使って、やるという」
反町キャスター
「彼というのは患者本人ですか?」
川越氏
「患者本人が動いているのですけれども。実は本当にその方が信用できるのかというような疑いも持っちゃって…」
古川議員
「なるほど」
川越氏
「それで、僕らの時にどういう形で関わったらいいのかというのが実はこのケア会議は、我々のカンファレンス、クリニックのカンファレンスでいつも問題になるんです」
古川議員
「なるほど」
川越氏
「そういう問題が1つあるので。そういうソーシャルな問題も我々しっかり解決するというのではなく、患者さんや家族が、患者さんがちゃんと解決できるような手立てを考えようということで。我々は現在、提案しているのは信託会社に相談しなさいという道をちょっと示したのですけれども、そういう問題があります」

在宅で医療費は削減できる?
竹内キャスター
「ここからは終末期にかかる医療費について聞いていきます。こちらは2002年の試算ですが、厚生労働省では死亡前1か月にかかった費用を終末期医療費と仮定した場合、1年間にかかる終末期医療費がおよそ9000億円としています。古川さん、これは2002年と古いですが、現状で終末期にかかる医療費どのぐらいになっているのでしょうか?」
古川議員
「患者さんが増えてきているので、高齢者が、そういう意味では、ボリュームとしては増えてきていると思いますね。ただ、2002年、2002…、えー、2005年ですか?2005年の…」
竹内キャスター
「2002年です」
古川議員
「2002年ですね、すみません。では、2002年の当時からすると、もう15年経っていますから、その意味では、比較的そういう患者さんの尊厳をもったという意味では、あまりご高齢になられて、治らない人に対して積極的に治療するという向きはだいぶなくなりました。そういうような関係もあるので何とも言えません、ちょっと測り方にもよりますし、だから、何をもって終末期医療費と定義したかという問題もあるので、ちょっと申し上げられませんけれど。医療のいろいろかかるということ、全体の賃金の上昇ということもあります、看護師さんの。そういうのから見ると多少上がっているのではないかなという予想です」
反町キャスター
「僕らが聞いた、調べた限りにおいては、この終末期医療にかかる医療費の試算というのは、2002年以降出ていないですよ」
古川議員
「うん」
反町キャスター
「出していないという前提に立った場合に、医療費の話、当然お金の話なのだから、終末期医療というのは、これは数×単価ではないですか?80万人×112万円の9000億円です。その意味で言うと、何人高齢者の方が1年間に亡くなって、それに対し1人あたり、いくらいくらで、全体でこうだという試算というのは、僕は政府が出せないことは全然ないと思うのだけれども…」
古川議員
「うん」
反町キャスター
「敢えて僕らが調べた限りでは、出していない。これは、たとえば、先ほど、さまざまな形で、在宅で亡くなる選択肢を増やそうだ、何だと、こういう話になる中で当然、僕らの方から、世間からもいろいろ出てくるのは、これは医療費カットのための方策だろうと?」
古川議員
「うん」
反町キャスター
「そう言われないために、数字を出していないのではないかという…」
古川議員
「うん」
反町キャスター
「…政府側の不作為の部分を感じる」
古川議員
「うん」
反町キャスター
「それはいかがですか?」
古川議員
「終末期医療が多いということになってくれば、当然それは何とかしなければいけないという話になってきますから。より命を短くするというような向きで捉えがちだということは、たぶん言えると思いますね」
反町キャスター
「なるほど」
古川議員
「だから、なかなか終末期医療、こんなにかかっているんですよと言うのは、政府が積極的に、宣伝するというのか、広報していくようなものでは確かになくて。まず冷静に有識者が、このぐらいかかっていてどうしていこうと、まずは専門家から出てきてもらいたい話であることは間違いないですね」
反町キャスター
「なるほど。ただ、在宅医療を進めるという背景に、医療費削減というのは当然、ないとは誰も言えませんよね?」
古川議員
「これは我々の政権が復帰したあとに、安倍政権の初期の下で国民医療、社会保障制度改革国民会議というのを1年間通してやったんです。あれは民主党との3党合意の中に入っていた要件で、その時には有識者に入ってもらって、慶応大学の清家学長がトップになってやりましたけれども、あの中でははっきり出ていて、財政的には厳しいと、これから高齢者が増えてくると。1つが、医療から介護にもっていくという流れですよね。それから、治す医療から治し支える医療へという医療の質も変わってくる、積極的に治すだけではなく、もっと軽いケアの方にもっていくと、医療から介護ということもあります。最後に施設から外来、在宅へという流れですね。それは全部、医療の方向性としてはお金が安くなっていく方向と言えると思います」
反町キャスター
「国際比較をする情報をまったく持っていないのですけれど、たとえば、古川さん、いろいろな各国の医療水準とか、医療サービスの現場を見た時に、日本の医療というのは過剰なのですか?」
古川議員
「終末期に入ると手厚いです」
反町キャスター
「手厚い?」
古川議員
「正直申して。もっと外国は、そこはクールですね」
反町キャスター
「そこの部分というものに関して、終末期に関する見直しの今回の1つの背景があると僕らは見ていいのですか?」
古川議員
「そこは、文化的な違いもありますし、そこは、だから、何とも。もちろん、東洋の国として、仏教の文化ですし…」
反町キャスター
「ありますよね」
古川議員
「それは、最期まで今生の別れはがんばらせてあげたいという家族の気持ちもあります」
反町キャスター
「ありますよね」
古川議員
「欧米とは、家族間のつながりというのはちょっと違った面がありますよね」
反町キャスター
「うん」
古川議員
「そういう意味では、日本らしい亡くなり方というのは、国民的コンセンサスの下にあるべきなのだと思います。ただ、これだけ財政の負担が重くなって突出した高寿国であると、高齢国化している国であることを考えると、社会制度としては考えなければいけないというのはあるとは思いますね」
反町キャスター
「川越さん、病院と在宅、コストの面で言うと大きく違うものですか?」
川越氏
「これは、本当に現在は検討していませんけれど、かつて、たとえば、医療保険制度を変える時、1992年、そういうことを検討した時は、1970年頃からでしたか、本当に徹底して調べて、1982年に老健法が制定されているのですけれども。そこで、本当に、こういう方向に進むのがいいのだろうかということを、徹底して議論ってやったんですね、調べたんです。その時、皆さん、現在、安いからこっちに向けているのではないだろうかということをおっしゃられるのですけれど、その時はもちろん、考えたとは思いますけれども、本当に高齢者、年老いた高齢者が過ごすのにはどこが1番いいのだろうかと。そういうので、いろいろな施設をまわって、厚労省の若い方達が一生懸命やっておったんです。その出た結論がまさにエイジング・イン・プレイスと言われている住み慣れた地域で老いて、できたら自分の家で人生の最期を迎えたいと。それをどうやったら実現できるかということで。医療法を変えないと話になりませんよね。医療法というのは、これまで病院か、診療所というような医療機関でしか、医療を提供できませんでしたから。これを在宅できるようにすると。在宅医療というのは、患者さんが家で過ごすのは、医療だけではなくて生活支援というのもありますから、介護保険ができたわけですけれども。そういう意味では、そういうドンドンやって、結果的にどうかと言うと、僕は全体的なことはわかりませんけれども、在宅でキッチリした医療を提供すれば、患者さん、家族の満足度はすごく高いです、納得のいく死が迎えられる」
反町キャスター
「なるほど」
川越氏
「しかも、医療費は安くなると」
反町キャスター
「安くなる?」
川越氏
「ええ」
反町キャスター
「病院と比べた場合に何割という数字はあるのですか?」
川越氏
「これはあまり言うのは適当かどうかわかりませんけれども、僕のところはだいたい年間120から150、ガンの方を家で最期まで看ているのですけれども。その方をもし同じ期間、緩和ケア病棟に入っていただくと高くなるんですね。どのくらい高くなるかという計算をしたら、年に1億、違うんですね」
反町キャスター
「うん」
川越氏
「だから、どうしても入らなければいけないというのだったらわかりますけれど、本当はこういう医療者達、あるいは介護を含め、がんばってやれば、その方の希望を最期まで貫くことができる。わざわざ最期になって、普通の常識的に言ったら、家に…、最期は病院という方は、現在は本当に少なくなった。ただ、在宅でどこまでやってもらえるかという不安は皆、持っていますね。在宅医療というのはこの不安からの安心をどうやって、やるかということ、それに尽きるんですよ」
反町キャスター
「何割という数字は、古川さんは聞いたことがあるのですか?」
古川議員
「いや、明確にはないですけれども、それは現在の緩和ケア病棟ということをおっしゃっていて、先ほど…、があったのですが、緩和ケア病棟は特別高くつけているんですね。だから、人員配置が違う。現在では、そこに入りたくてもなかなか入れないです、現在の現状で」
反町キャスター
「でも、緩和ケア病棟において高度の医療サービスを受けるのかというと、違いますよね?」
古川議員
「ええ、緩和についてはしっかりやっていますよ、スタッフがいて、緩和…、そこはやってもらえますから。現在の比較になっているのは一般の病院、緩和ケア病棟ではない病院の場合は7割、8割という、それは在宅の方が安くなるということですよね」
反町キャスター
「それは古川さん、嫌な言い方になっちゃうのだけれども、国庫負担を減らす分、個人負担を増している、国庫負担と個人負担のバーターに見えるのだけれども、そこはどうなのですか?結局、それは金銭にならないかもしれない、家族の負担…」
古川議員
「家族の負担になることもあると思います」
反町キャスター
「…負担になるかもしれない。結果的にそれを数値化した場合に…」
古川議員
「うん」
反町キャスター
「国庫負担を減らす代わりに、家族の負担を増している。そのバーターがここで起きているような気が僕には見える。いかがですか?」
古川議員
「国庫負担というのは言い方が悪くて、これは国民の負担ですから」
反町キャスター
「ああ、なるほど、わかりました、なるほど…」
古川議員
「そういうことです。だから、そこはどのように国民で社会保障制度について考えていくかということになります。だから、これからさらに高齢化していくと、もっと少子化していくと生産年齢がドンドン減っていって、高齢者が増えていく。我々としては、この国をもたさなければいけませんから、それで広く国民的に皆さんに考えていただくと。ただ、現状がこうだと、こうならざるを得ないのではないですかと。1つのモデル、案を示している、申し上げていると。このことに関しては、真摯にそういう財源も考えながら、いろいろな野党の人から、いろいろな考え方がありますので。ただ、1 つ、解を今考えているのは、こういう流れの中で我々は考えていると」

終末期医療の未来像は?
竹内キャスター
「ここからは今後の終末期のあり方について考えます。政府は、人生の最期を迎える場所を、病院・施設から地域・在宅へと移すことを進めようとしています。古川さん、この先、将来的にはどのような政策が考えられるのでしょうか?」
古川議員
「在宅ということは家族の一定の負担が前提になっているということですね。それから、これから先、もちろん、独居の方も増えてきますし、それから、もう1つが、家族、現在、生産年齢の、ずっと…が減っていますから、女性にも活躍をしていただくということになっていますね。誰も看られるという前提がないですよ、そこには」
反町キャスター
「はぁ」
古川議員
「そうすると、最終的に在宅でもなかなか患者さんが1人で居られない、もちろん、1人の場合もありますし、と言うことになると、かつ働いてくれる人もだんだん減っていくわけです、これから。と言うことになると、そこでなるべくたくさんの人を1度に看られるようにしていくということになると、在宅を近くにしていくと。言ってみると、高齢者の住宅ですとか、あるいは老人…、有料の老人ホーム、現在あるような、あそこに集まって住んでいただくということにならざるを得ないと。それが1番、効率的な医療・介護を提供できる姿であることは間違いないと思います」
反町キャスター
「そこの話というのは経済効率性だけで考えると、だんだん話が寂しくなってきちゃうんですよ」
古川議員
「寂しいですね、うん」
反町キャスター
「そうすると、経済効率性において、そういう独居の方とか、ないしは子供が共働きで面倒を看る手がない方は、こういうところ、一定の場所に皆さん集まってください、そこだったら…、はっきり言えば、スケールメリットみたいなもので、医師も丁寧に診られますし、ケアも丁寧にやられるので、その方がいいですよという、その部分。もうちょっと入る側が納得できるような理由づけというのはないのですか?」
古川議員
「家族の、もちろん、看てくれる方がいてくれればいいですけれど、現在これからもっとドンドン高齢者の2人世帯というのが増えてくるんですよ。片方が亡くなる前はいいですよ、最期、1人になっちゃうんですよね」
反町キャスター
「なるほど」
古川議員
「その人が病気になったら誰も看られないではないですか、現実問題として」
反町キャスター
「なるほど」
古川議員
「それで放って置かれるよりは、医療従事者にアクセスができた方が、これは1人でやられるところに全部来いというのはなかなか難しいです」
反町キャスター
「その方が安心度も高いのではないかと?」
古川議員
「高いですよね、皆が集まった方が」
反町キャスター
「川越さん、古川さんの話をどう感じますか?現在在宅の医療をやっている立場からすると?」
川越氏
「1992年に医療法が変わって、在宅に進むという方向をやった時と、現在では状況がまったく違ってきている」
反町キャスター
「どういうことですか?」
川越氏
「それは家族の介護力というのが、あるいは家族自体がもうアテにならないと、そういう時代に突入しているんですね。これは2005年に単独世帯という1人暮らしが世帯のトップで、これからドンドン増えていく。つまり、在宅をやるには非常に状況的に悪いです。これは医療の問題というよりも、介護の方の問題で。そういう中でどういう具合にこの問題を考えていったらいいか。古川さんがおっしゃられた考え方は非常に有力な考え方なのですけれど、逆に言うと、どうしてこんなに在宅にお金をかけているというのが…」
反町キャスター
「現在、ええ、そこです」
川越氏
「つまり、極端な、これは在宅をやっている先生に怒られちゃいますけれども、病院の先生が指示書を書いて、訪問看護ステーションの方がやって、看護師さん達が医療的なことをやって、それで病院に、これはちょっと難しいということになったら病院に、病院の主治医に連絡して、入院していただくとか。あるいは病院が適当ではないから施設に入れなさいとか、そういう方向をつくった方が非常にいいわけですね」
反町キャスター
「なるほど」
川越氏
「だけど、私は在宅でいろいろ診ておりますと皆さん、住み慣れた家、少々布団をめくるとゴキブリがチョロチョロッと出てくるようなところでも安心されるんですね」
反町キャスター
「独居でもそうですか?」
川越氏
「独居でもそうです」
反町キャスター
「独居でも、訪問看護、訪問介護を受けながらでも、自宅の方がいい?」
川越氏
「はい。その通りです」
反町キャスター
「ほお…」
川越氏
「ええ、ですから、その時は、そういう方の気持ちを実現するというためにどういうことが必要か。そうすると、まさに死生観というようなことと関わってくるんですね」
反町キャスター
「そこなのですか?」
川越氏
「人が死ぬというか、老いて死を迎えると、これはある意味で、人間が生まれた時に運命づけられたことで、それがちゃんと受け止められるかということですね」
反町キャスター
「瀬戸さんはいかがですか?古川さんの言われた病院、在宅、これからは集合住宅のようなイメージですけれども、このトレンド、流れに関してはどう感じますか?」
瀬戸氏
「終末期医療の流れというとそうかもしれないですけれど。でも、生活を考えたら集合住宅の中でどう生活していくのか、1人暮らしで。であれば特別養護老人ホームですとか、いわゆる老人ホームでケアもついて、生活とケアがついたサービス提供も僕はその流れの中ではアリだと思いますね」
反町キャスター
「その意味で言うと、特別養護老人ホームにおける皆さんの暮らしぶりが楽しいのか、どうなのかというところから聞かなくてはいけないのですけれども、それは集合住宅ではないのだよという、そこの部分というのはプラスαがある、こういう前提で皆、考えてよろしいですね?」
瀬戸氏
「そうですね、はい。そこには24時間、介護職員がおりますし、看護も、24時間いないところも多いですけれども、看護に関しては。でも…、あと最近は個室が基本的なものになっていますし、その中でちゃんとリハビリと言うか、生活機能の訓練もちゃんとしていますし。認知症になっても安心して生活できるという意味では、特別養護老人ホームというのは数としても、すごく多いですけれども、一時もうつくらないとか、いろいろ言われましたけれども…」
反町キャスター
「つくらないですか?特養を待っている人、たくさんいるでしょう?」
瀬戸氏
「…そういうふうに、ちょっと在宅志向がすごく強かった時代があったので」
反町キャスター
「ああ、そういう意味ですか?」
瀬戸氏
「はい。特養はつくるのに、建てるのにお金がかかると言われていましたけれど、確かに補助金は出ていますけれど、昔のように建てたうちの4分の3ぐらいが税金なんて、もうそんな時代ではなくて、本当に補助金は僅かで、社会福祉法人が自前でお金を借りて建てている、そんな制度になってきています。1つの生活の場として考えるところには特別養護老人ホームというのは絶対に必要だと思いますし、これからも増えてくるのは当然だなとは思っています」

古川俊治 自由民主党参議院議員の提言 『"どう死ぬか"←"どう生きるか" "どう生きるか"を普段からよく考える。』
古川議員
「どう死ぬかという問題は、どう生きるかの反面ですよね。どう生きるかと考えていたら必ずどう死ぬかが出てきます。これは、たとえば、太く短くする、サッと散るか、あるいは細く長く生きて皆と一緒にずっと生きていきたいと思うか。だから、どう生きるかというのを普段から考えるようにしていると自ずと解答は出てくると思うんです」

川越厚 クリニック川越院長の提言 『納得のいく医療』
川越氏
「『納得のいく医療』という言葉を使って。この納得のいくということが1つの大きなポイントになると思うのですけれど、誰が納得をするかという問題で、患者さん本人、家族の方、それだけではなくて関わる医療者、福祉職の方、国民全体が、国の問題としてこういう医療がいいかなというところ、そういうものだと」

瀬戸雅嗣 公益社団法人全国老人福祉施設協議会理事・統括幹事の提言 『皆で一緒に考える』
瀬戸氏
「『皆で一緒に考える』。これは本人だけが考えたり、家族だけが考えたり、お医者さんだけが考えたりするのではなくて、介護とかを含めて、皆で一緒に考えていくことがこれからは必要だなと思っています」