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2016年11月7日(月)
鈴木宗男の北方領土論 佐藤優のプーチン分析

ゲスト

鈴木宗男
新党大地代表 元衆議院議員
佐藤優
作家 元外務省主任分析官
山内昌之
東京大学名誉教授

あの時2人で見たロシア・プーチンは…
反町キャスター
「鈴木・プーチン会談は何年ですか?」
佐藤氏
「あの会談は2000年の9月ですね。今だから話せる話ですけれども、この時に1956年の日ソ共同宣言について、どう扱っていこうかと、鈴木・プーチン会談で話をしていたんですよ。その時に、プーチンさんは認める用意があると。そうしたら、鈴木さんが、認める以上は、ここで紙に書いてもらおうと。こう言って、プーチンさんに直談判をしたんです。そうしたら、そこのところでプーチンさんがこう言うんです。2つの可能性がありますと、ここで紙に書いて、あとから解釈を巡って両国の外務省でガタガタして世論が騒々しくなるというのが1番目のシナリオ。それから、2番目のシナリオとして、ここでは紙には書かない。しかし、私は会見で言いますと。そのうえで、両国の外務省と法律の専門家に詰めさせて、次の首脳会談できちんと紙に残して、解釈に齟齬が生じないようにする、そのどちらで、鈴木さん、やりましょうか。率直に鈴木さんの意見を聞かせてくださいと言ったんですよ。そうしたら、鈴木さんは後者にしましょうと。ちゃんとお互いの齟齬が出ないようにして、それで正式な声明文にしましょうといったら、そうしたら、それで行きましょうと」
反町キャスター
「鈴木さん、その時、紙を取ろうと思いませんでした?僕は記者なので、すぐに紙、紙と言うではないですか。書いてもらっていますよね、みたいな」
鈴木氏
「あの時、プーチン大統領が言ったのは、現在でも印象に残っているのは、俺はまだ(大統領に)なって半年だと。日本以外にも領土問題があるやに言われている。よく精査をしなければいけないと。合わせて、これから俺はもう1期やると。1年、1年、俺は力を持つ。非常に将来に向けて頭づくりができていましたね。ですから、次の首脳会談で、佐藤さんが言った56年宣言を認める。これはソ連の首脳、ロシアの首脳を通じて初めてのことですから」
佐藤氏
「そうです。会談で正式に認めるのは初めてです」
反町キャスター
「鈴木さん、そこの部分というのは、きれいに紙を取らずに、時の総理、政権に引き継いで、その後の流れに、いわば任せる形になっていったのですか?」
鈴木氏
「プーチンさんは法律の専門家ですし、就任して半年だという時間もありましたね。今回は記者会見で、56年宣言の有効性を言うと。次の首脳会談では必ず文書に入れると。私はそれで十分だと思っていたんです」

プーチン大統領とは『何者』か
反町キャスター
「印象論というのも聞かなくていけないですけれど、本当に聞きようがないのですが、(プーチンさんは)信頼できる人なの?と僕ら聞きたくなっちゃうんですよ」
佐藤氏
「私、情の人だと思いました。それはどうしてかと言うと、鈴木さんが椅子に座っていて、この席に前回は、鈴木さんの席のところに小渕さんが座っていた。向こう側にエリツィンさんが座っていた。しかし、小渕さんは再起できないのだと。小渕さんの想いを、鈴木さんは涙を流しちゃったんですよ。そうしたら、プーチンも涙を流すんですよ」
鈴木氏
「2000年の4月4日の午後3時から、小渕総理の特使として行って、大統領選挙に当選した直後の、プーチンさんになった時の出来事ですよ。椅子の背もたれにふんぞり返るような感じで初め話を聞いているんです。何かちゃんと聞いてくれていないなという思いでいたんですよ。はっと、私が気づいたのが、1年前、エリツィン・小渕会談をやった日だ、エカテリーナの間で。そこで気がついて、プーチン大統領、あなたの席には、1年前はエリツィンさんがいましたと。私の席には小渕さんがいましたと。私は官房副長官で横にいたんですよ。その時を思い出していますよ。大統領、ご案内の通り、もう小渕さん、生死をさまよっていますと。しかし、あえて来ましたと。私には小渕がいるという想いで会っているんです。佐藤さんが言った通り、涙を落としたんですね。そうしたら、前屈みになってきまして、5月の連休に、日本に大型休みがあると。次期総理の森さんは、日本の総理は総理になったらアメリカに行くのが1つの通例、定番になっているけれども、森総理はロシアを1番先に訪問したいと言っていると。そこで、プーチン大統領は手帳を出してくれまして、4月29日ならサンプトペテルブルクで世界アイスホッケー選手権大会がある。そこに次期総理を招待しましょうと」
佐藤氏
「私は、山内昌之先生に初めて会った時、面白い思想を教えてもらったんです。ロシアに見る時に鍵になるユーラシア主義という思想です。要するに、ロシアというのはヨーロッパとアジアの両方に足がかかっている、ユーラシアという特殊な空間にあるから、そこで独自の理屈を持っている国だと。この思想を教えていただいたのですよね。プーチンさんの戦略はユーラシア主義ですよ。クローバーという人が『ユーラシアニズム』という本を出していますけれども。ですから、この山内先生の頭づくりがあったから非常に良かった。森・プーチン会談というのは、どちらかと言うと、属人的な関係です。まだ大統領になって不安がある。それで沖縄サミットにプーチンさんが来るでしょう。北朝鮮から来て、いろんなメッセージを持ってこようとしたのだけれど、シラクさんがいじめるんですよ。お前、遅刻してきたなんて。それで日本については俺の方が知っているみたいな形で。そうしたら、森さんが、いや、北朝鮮に関する重要な情報を持ってきてくれたんだねと、助けてくれたと。だから、自分がデビューをする時に助けてくれた人だと。恩人というイメージがあるわけですよ。だから、情の面がある。安倍さんとは一時期、冷たい関係だったことがある。ところが、安倍さんに関しては、むしろ国家戦略的にユーラシア大国であるロシアが現在、ヨーロッパとも緊張関係がある。中東においては、巻き返しをしていると。地球儀を見ながら、世界地図を持ちながら、プーチンさんは、我々は国益のプリズムを通して見ていると。このプリズム。お互いにプリズムを通しながら見るところで、国益を体現したプーチンと、国益を体現した安倍晋三。だから、お互いの国家が接近をするということ。これに意味合いがあるだろうというところでの、その上での、個人的な信頼関係ですね」

日露交渉を見つめる国際情勢
反町キャスター
「山内さん、ユーラシア主義。どう我々は理解したらよろしいのですか?山内さんが見た、プーチンさんのユーラシア主義。もしかしたら、それは安倍さんも同じようなものを感じているのか?」
山内名誉教授
「非常に大事なお話ですね。ロシアというのは、ヨーロッパから、アジア、バルト海、大西洋から日本海、オホーツク海、これに跨っている。太平洋の出口を持っている。そういう唯一の国家ですね。さらに北極圏というものを介して、最短でヨーロッパとアジアをつなぐ国家でもあると。そういう点で言いますと、我々が、別個の問題を別個の問題として考えがちな、たとえば、日露関係や北方領土問題、こういう問題を考える際に日露間の2国間関係だけでものを考えるというのは、これには限界があるわけです。プーチンさんという人物と付き合うには、プーチンさんがいつも俯瞰している、たとえば、ヨーロッパ、EU(欧州連合)、ウクライナ、こういう問題にどういう対応をとったのか、あるいはシリア、イランに対してどういう対応をとったのか。こういう問題が全て、実は日露関係にも結びつくような構図があると。こう考えるのが、いわばユーラシア主義的な発想。あるいはユーラシア的な思考法、私達にとって…」
佐藤氏
「1997年に、橋本さんの時に、日露関係動きましたよね。実はあれも西側と関係するんですね。NATO(北大西洋条約機構)の第1次拡大があったでしょう。ポーランドとチェコとハンガリーの。それで西方局面が厳しくなったから、日本との関係改善しないといけないと日本を向いたんですよ。今回も中東とヨーロッパが厳しくなってきたでしょう。だから、東で日本と関係改善をしないといけないという構造要因があるんです」

ロシアの国際戦略を読み解く
佐藤氏
「北方領土を動かすために、100点満点の試験とします。その中で、領土、経済の要素は何点分か。私は5点だと思いますね」
反町キャスター
「何か両輪みたいなイメージが…」
佐藤氏
「それはむしろマスクです。日本は共産国ではないですから。政府がいくらやれと言っても儲からなければ企業は行きません。それはプーチンさんもよくわかっています。経済だ経済だという形でやらないと、逆に国家外交戦略のところが表に出ると世界を刺激し過ぎるんです。アメリカも、中国も、ヨーロッパも刺激し過ぎる。だから、あたかも経済的利益みたないところを表に出していると。外交は60点分。残り35点が秘密警察と軍です。それで、秘密警察と軍の部分というのは現在の日本政府も外務省もほとんどさわれていないです。ただ、それだから逆に山内先生が、たとえば、参謀本部に呼ばれましたよね。国防省の非常に重要なシンポジウムに山内先生をロシアが呼ぶと。山内先生はしっかりした方ですから、金はロシア人に一切払わせないと。自分が払うことが条件だということで行かれて。ロシアの重要な国防戦略、国家ドクトリンの話を聞いてくれたと、これによって山内先生1人の力で100点満点分の15点分を埋めているんですよ。だって、どうしたかと言うと、総理とも近いでしょう。山内先生がロシアをどう考えたら、たとえば、ユーラシア主義の話。この戦略の話、総理の頭に入ったら。ああ、そうかと。個人的な関係とかを見せて、奥には構造要因があるのだなと。これもわかるわけでしょう。急速に接近しているのは西側での状況がロシアは厳しくなっているんですよ」
反町キャスター
「山内さん、話せる部分で構わないのですけれども、ロシアに行って、ロシアの国防省に話をする時、話を聞かれた時でも結構です。佐藤さんが言われたようなもの、メッセージとして感じる部分はありましたか?」
山内名誉教授
「それはもう少し正確にお話をしておくとすれば、今年の4月27日と28日と、モスクワで国際安全保障会議というものが開かれたんです。これはロシア国防省、外務省、大臣達も出て来て、挨拶し、演説をすると。それから、まさに統合情報庁の長官とKGBですね、出て来るという、そういう集まりです。主旨は言ってしまいますと歌舞伎で言うところの、私は書き換え狂言だと言っているんです。この4月27日、28日というのはこの1か月後、5月26日27日に伊勢志摩サミットがあったわけですよね。伊勢志摩サミットで取り上げる議題、ほとんどそれを網羅している。ただ、役者が違うんですね。役者が違う。書き換えたわけ。言ってしまいますと悪は、伊勢志摩サミットでは当然、緊張関係にあるロシアや中国。ところが、モスクワ安全保障会議に行き驚いたのはシリア問題をはじめとする中東においても、テロリストを支援し、それを助長していると、はっきり名指ししたのは、NATO、アメリカ、アメリカを中心とするアメリカに連なる極東の同盟国という、こういう言い方をしていた。ただそこが嫌なんですよ。私に何を伝えたかったのかとふと考えたら結局、日本という名前は1回も名指しで出てこないです、日本。他はドイツ等々、西欧から、もちろん、アメリカも出てきますよ。しかし、日本については出ないで、極東の同盟、極東に至るという表現を使っていました、アメリカの同盟国。極東同盟国と言いますと、もう特定されますよね、に至る、連なるという言い方をしていた。そういう点では、そこには役者が揃っていまして、ロシアの関係者、それから、シリアの参謀次長、参謀総長、イランの国防大臣。それから、中国も現役の参謀総長。こういうのが来ていた。本当に役者が揃ったという感じで、パキスタンも来ていました。いわば我々からするならば、安全保障上いかがかなと思うような国が。私の隣の隣にはほとんど顔が同じだけれども、軍服でわかりましたけれど、北朝鮮の現役将校達が来ていました。ですから、私に何を託し、何も無駄なことをしない国ですから。おそらく1つは、日本というのは名指しで我々は批判しないよと。つまり、今年、その後に展開されるウラジオストク会談。その結果として出てくる山口県長門市に連なるとされるような会談、一連の流れの中で安倍氏との関係というのは、ロシアは疎かに考えていないというようなことについて、少し言いたかったのかと、間接的に」
佐藤氏
「これは犬笛と言うんです、ロシアで。要するに、犬にしか聞こえない笛があるでしょう。これをピーッと吹いてるんですよ。だから、犬笛が聞こえる人を呼ぶんです。山内先生は聞こえると思って呼ばれたんですよ」
山内名誉教授
「私は、政府の人間ではないので、誤解のないように1つだけ。ただし、政府の機関の人間ではありません。しかし、国会安全保障局顧問会議座長。つまり、安全保障局の顧問をしているわけです。そうすると私の一般的な話題や議論の中で、この問題が話題として出ないということはないかもしれない。私がしたかどうかは、ちょっとこれは…。谷内局長といくつか話をするような機会はありましたから。しかし、ストレートに私のような立場の人間が何かを動かすとか、そのようなことはありません、政府は。ただ、いろんなところで確実な人間が確実な情報というものを集めていきたいと。そういうことの中の1つには少なくとも入るのかもしれません」

北方四島『帰属』問題の真意
秋元キャスター
「北方領土を巡る、今後の日露交渉について考えていきます。日本側の基本的な姿勢について政府はこのように説明しています。我が国としては、北方四島に対する我が国の主権が確認されることを条件として、実際の返還時期、態様については柔軟に対応すると。一方、日露間においては、北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結という共通の交渉指針を繰り返し確認しているとしています。佐藤さん、この主権ですとか、帰属ですとか、同じことを言っているようでちょっと違うような。このあたりをどのように解釈したらいいでしょうか?」
佐藤氏
「1番上の方はおかしな話でして、1991年10月まで、この前はどういう立場かと言うと四島即時一括返還です。今すぐ全部返せと。それをソ連のクーデター未遂事件があった。そのあとでエリツィン大統領に実質の権力が移っていたわけです、ゴルバチョフさんから。そこでエリツィンさんから秘密書簡が来るの。私、佐藤が秘密をばらすのかと、そうではなくて、1993年に秘密書簡は日露で資料集に出ていますから、私は話せるのですけれども、こういうことを言ってきた。戦勝国、敗戦国の区別に捉われず法と正義の原則に基づいて、北方領土問題を解決しましょうということを言っていたんです。そうしたら、外交の世界では、相手が譲歩をすれば、こちらも譲歩をするというのは、日本でも、世界でも、外交の定石です。だから、日本政府は四島即時一括返還を降ろして、四島に対する日本の主権が確認されるならば、実際の返還の時期、態様及び条件については柔軟に対処をすると。こういう方針にしたんです。ということがどういうことかと言うと、まず二島、あと二島でもいいです。あるいはまず四島なのだけれども、ルーブルを使えて、ロシア語を喋られて、車は右側を通って、そういうような形で、ロシアの施政権の下で日本の潜在主権を確認するというやり方でもいい。潜在主権。これは四角い箱を考えてみましょう。白い箱があって線を引いて、上が施政権、下が潜在主権。それを両方合わせて完全な主権なわけですよ」
反町キャスター
「両方を合わせて、これで主権になるわけですね?」
佐藤氏
「だから、潜在主権を確認するだけでも、アメリカとは平和条約をつくれたわけですから、ロシアともつくれないわけはないです。そういう考え方で、具体的なことは、まだ秘密になっているから言えないですけれども、日本は秘密提案したこともあります」
反町キャスター
「それに対して?」
佐藤氏
「それがエリツィン時代に、そういう秘密提案をしたことはあります。うまくはいかなかった。だから、まず二島を還してもらって、時間を置いて、100年置いてから残りの二島を還してもらっても、これは返還の時期でしょう、に関して柔軟に対応をしているから構わないです。あるいはロシア人がずっと住むことができるということだったら条件について柔軟に対応するから構わないんです。ところが、すごく重要なのは、実際の返還の時期と態様、条件については柔軟に対処するはずだけれど、北方四島対策本部のホームページからは条件が抜け落ちちゃっている」
反町キャスター
「条件が抜け落ちている?」
佐藤氏
「そうしたら、ロシアからは、日本は条件について柔軟にしないのかというシグナルだと思う。ところが、鶴保さんの写真が写っている内閣府のホームページでは、条件がついている。外務省の我らの北方領土という文章の中には条件がついている。ところが、外務省のホームページの別の場所ではついていない。要するに、ぐちゃぐちゃなっている。これをもし野党の皆さんが聞いていたら、いったいどうなっているのだと聞けば、国会は止まりますよ。なぜならば、閣議決定では条件がついているわけですから。いつの間にか条件がつかないものになって、政府の立場にしているわけですから、閣議決定と違うことをやっているのですか、外交交渉で」
反町キャスター
「佐藤さんの想像としては、その条件が抜け落ちた理由というのは?」
佐藤氏
「腕が悪くなっているから。意図的なものでも何でもない。腕が悪くなっているだけ。要するに、こういうような文書を書く時というのは、だいたい外務省の入省5年生ぐらいで、外務省の5年生というのは、本省で、外務省で、6年生か7年生だな。本省で2年経験して、在外で3年研修して戻ってきますから。そうしたら、1年生か2年生ですよ、勤務については。そういうのが起案するんですね。それがちゃんと資料を調べないで、雰囲気で書いていると。また、上司に全然そのへんのマインドがなく、そのまま決裁をしてしまうと、こういうことが起きるんです。こういうのを下手くそ罪と言うんです。これは下手くそ罪ですから、政治家が厳しく指摘をして、国会を止めるという形にして、誰がやったかという真相究明して緊張感を持たせないと、今後、外交でロシアに対して条件を変更してるなんてことになったら、大問題になりますから」
鈴木氏
「ですから、大事なことは、ソ連時代は、日本政府は四島一括返還でした。そのうえに即時とつけたんです。それは領土問題なし、特に安保条約、1960年に改訂してからは、グロムイコ書簡でも明らかなように、1956年宣言も否定をされているわけですから。反故にすると言われたわけですから。東西冷戦ですし、領土問題なしできましたから。しかし、1991年、佐藤さんが言われている10月以降、平成3年の、ロシアが変わってきました。そこで日本もロシアの柔軟性に鑑み、日本も方針を変えますよと言ったのが、佐藤さんの話」
佐藤氏
「是非、皆さんに理解していただきたいのですけれど、1991年10月以降、ただの1度も、日本政府はロシアに対して四島一括返還を要求していません。ただの1度も、四島一括返還を要求したことはありません。だから、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島。その全部を、潜在主権も施政権も全部、日本に還せという、こういう要求は、ただの1度もしたことはありません。要求をしていないから実現するはずないでしょう。だから、四島一括返還は実現しないですよ。だって、要求をしていないのだから」
反町キャスター
「要求しないことについては、我々的には知らない間に要求していないことになっていたという、話になっちゃうんですけれども」
佐藤氏
「どうしてかと言うと、1991年の10月に極秘裏にソ連とロシアに伝えたんです」
反町キャスター
「それはOKですか。許していいというか、僕ら的に言うと、早く還せ北方領土と、その看板を見ていて」
佐藤氏
「だから、そこを本当は国会で審議して、こういう状況があるから、日本政府はポジションを変えないといけないと。そうではないと、民主主義国における外交ではないわけですよ。ところが、我々、私はその時、意思決定をするような立場にいなかったですよ。我々、外務省連中の驕りですよ。外交は我々、専門家がやればいいと。だから、国民はそれを追認すれば1番いいのだと。我々は現実的に解決をして、四島はいつか必ず取り戻すからと。全部、我々に白紙委任しろと。それで国会答弁の中で少しずつずらしていったわけですね。ですから、いつ、それを発表したのかは全然わからないですよ。ですから、鈴木宗男事件の時に、鈴木国賊なり、佐藤国賊なりと、一括(返還)の旗を降ろしたと。そんなこと言ったって、我々、1991年10月に降ろして、1度も要求はしていませんよと。国民に言ったって、国民は知らないでしょう。それから、私が心配しているのは、現在の、ちょっと安倍政権もそれと似たことをやっちゃっているわけ。日本政府は、四島の帰属の問題を解決して、平和条約を締結すると言っていますけれども、これは理論的には、日本4・ロシア0、日本3・ロシア1、日本2・ロシア2、日本1・ロシア3、日本0・ロシア4の、この5通りがありますよねと。それに対して、これはロシアとの合意事項ですねと。それに対して、日本政府の立場は北方四島に対する、我が国の主権が確認されるならば、実際の返還の時期、態様、条件については柔軟に対処する。いずれにしても、四島が日本領で、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島が、日本領だと確認されない限り、領土問題は解決しないと、平和条約は締結できないということですねと」
反町キャスター
「矛盾していますよね?」
佐藤氏
「矛盾しています。だから、そこでなし崩し転換をしちゃったわけですよ。ところが、安倍さんが新しいアプローチということを言い始めたから、すなわち四島に対する日本の主権が確認されるならば、実際の返還時期、態様については柔軟に対処するというのは、1度も言っていません。1度も安倍さんは。安倍さんは下の方だけを、日本の政府の立場だと言っている。だから、安倍さんははっきりしたメッセージをロシアに出しているんですよ。四島でなくても問題解決は可能であるという、はっきりしたメッセージを外交的には出しているんです。ところが、国民的にはこの番組を今見ていただいた方達だけが初めてわかったと思うんです。四島の帰属に関する問題、繰り返しますと、四島の日本帰属ではないです。日本4・ロシア0、それから、日本3・ロシア1、日本2・ロシア2、日本1・ロシア3、日本0・ロシア4のどこかで折り合いをつけましょうということなんですよ」

北方四島返還への道筋は?
佐藤氏
「1951年のサンフランシスコ平和条約ができた時に、日本は千島列島と南樺太を放棄した。その放棄した千島列島がどこなのかということに関して、1951年10月19日の衆議院平和条約及び日米安全保障特別委員会で、吉田首相が千島列島の件につきましては、外務省としては終戦以来、研究いたして、日本の見解は、米国政府に、早く、既に申し入れてあります。これは後に、政府委員をしてお答えいたしますが、その範囲については、おそらく米国政府としては、日本政府の主張を入れて、いわゆる千島列島なるものの範囲を決めてあろうかと思います。子細のことについては、政府委員に答弁させます。そこで、西村という外務省条約局長が、条約にある千島列島の範囲については、北千島と南千島、両者を含めて考えていますと答弁をしているんですよ。国後、択捉を1回放棄しているんです、ここで」
反町キャスター
「南千島というところには、色丹、歯舞は入らないですね?この線までということで1回、日本は…」
佐藤氏
「ここでは、西村さんは、なお、歯舞島と色丹島が千島に含まれていないことをアメリカの外務当局も明言されましたと言ってるんです。ですから、国後、択捉は、日本は1回放棄したんです。ところが、サンフランシスコ平和条約にソ連は署名をしていない…」
反町キャスター
「それは昭和26年、1951年?」
佐藤氏
「1951年、昭和26年、日本は放棄しているんです。復活折衝なんです、実は。歯舞群島、色丹島は1度も放棄をしたことがないのだけれど、国後島、択捉島は復活折衝です。それで、日本政府が立場を変えたのは、1956年の2月11日。昭和31年2月11日に政府統一見解というものを森下さんという人がしているんです。それで我が国といたしまして、ソビエトに要求しているのは、歯舞、色丹だけではなしに、南千島というものをはっきり要求しているはずであります。こうして答弁を変更しているんです」
反町キャスター
「ここが1956年?」
佐藤氏
「答弁を変えているんです。それで問題は何かと言うと、サンフランシスコ平和条約には、ソ連は署名をしていないですよね。だから、署名していないから、お前達との関係では放棄していないというところから始まっているわけですよ。ただ、もっと言うと、1回放棄をした復活折衝なのだけれども、これは山内先生のご専門になるのですけれども、あの戦争に対する性格なんですよ。アメリカやイギリスとの関係においては対等の帝国主義戦争です。アジア諸国との関係においては、我々、侵略したから、いけないという側面もある。それに対して、ソ連との関係においては、当時、有効の日ソ中立条約を侵犯している、我々、侵略された側ですね。しかも、8月8日に、向こうの外務大臣が佐藤尚武大使に宣戦布告を通告するんです。そうしたら佐藤大使は、いや、これは中立条約違反でしょうと。しかし、それについては東京に報告しなければならないから電報を封鎖しないでくださいと。そうしたら電報封鎖しないと約束をしたの。ところが、東京に電報が着いていない」
反町キャスター
「おかしいではないですか?」
佐藤氏
「それで、宣戦布告書をマリク駐日大使は東京に持ってきた。箱根にいたマリク大使が持ってきたのは10日の午前10時過ぎですなんですよ。日本は(アメリカへの)40分の開戦通告遅れで、闇討ちだとなって、真珠湾であんなにやられて、ソ連は35時間も開戦通告をしないで、満州、樺太に侵略をしてきたという。こういう歴史の経緯があって、なおかつ60万人の日本人達をシベリアに強制的に連行していって、それで強制労働につかせて、そのうち6万人以上を殺しているわけですね、灼熱の中央アジアで。こういう経緯があるから、いったん放棄したものでも歴史的、道義的に、我々は復活折衝をすることができるんですよ」
反町キャスター
「佐藤さんのこれまでの話だと1951年の発言で放棄したにもかかわらず、経緯を考えると、ここ(国後、択捉)まで我々は要求する権利があると」
佐藤氏
「歴史的にはね。だから、たとえば、こういうことですよ。家電製品を買って、たとえば、2016年の11月の7日までが保証期限だと。ところが、8日に壊れてしまったと。それを言った時には、これは修理してくれますよね、だいたい。1日遅いからとか言わないで。その他、いろんな形においても。外交の世界においても、いったん放棄したものでも復活折衝はできるんですよ。しかも、1951年当時の、日本の力関係とソ連との関係と、現在の日本とロシアの関係は全然違いますからね。ですから、堂々と四島を要求していいんです。ただし、問題は法的な経緯、交渉経緯について正直なことを国民に言わないと。いったん放棄したというのは事実なのですから」
反町キャスター
「これから、もう1回やるのですか?この形で」
佐藤氏
「いや、だから、私が思うに、秘密交渉の話をしちゃいますね、2001年の。これは森さんが産経新聞に話をしたことがありますから。歯舞群島、色丹島を引き渡す協議を始めましょうと。国後島、択捉島は日本のものか、ロシアのものかということについて協議をしましょう。理屈は通っているでしょう。復活折衝の部分は協議、歯舞群島、色丹島で約束をしている部分は還してもらう。それで、車の両輪のように同時並行協議をしていくと言ったんですよ。そうしたらプーチンさんは、ロシア語でパッドゥマヤムと言ったんです。これは日本側の記録では承っておくになるのですけれども、我々で少し考えて見るというのがロシア語の直訳です。その翌月、4月に東郷和彦欧州局長が、秘密裡にモスクワに行くんです。そこでロシュコフ外務次官と会って、あれはできるのかと言ったら、ロシュコフさんがやれると。ただし、クレムリンの態勢を固めるのにもう少し時間がかかると、こう言ったんです。そうしたら、これは当時、我々、森総理や鈴木さんと話していたこと、おそらくこういう場所で話すのは初めてになるのだけれども、我々は、二島ぽっきりとは考えていなかった。何を考えていたのか。歯舞群島、色丹島が還ってくるでしょう。鈴木さん、色丹島に、もし根室市並みのインフラを整備するのだったら、いくらかかりますか?」
鈴木氏
「1兆円はかかるでしょうね」
佐藤氏
「1兆円はかかる。すぐに1兆円を出せるか、出せない。仮に数十億。それでも、色丹島に入れるとなったら、色丹島の生活はすごく改善する。それを見て、国後島や択捉島の人達はこういうふうになりたいと思う。だから、同時並行的に協議していれば、実際に運転免許はどうなるか、医師の免許はどうなるか、そこで使う言葉はロシア語と日本語の併用にするのか、ロシア語しかわからない人の書類はどうするのかとか、そういう議論をしたら2年ぐらい経ってしまうでしょう。でも、2、3年経ったら日の丸上がって還ってくると。その間に、色丹が変わるから、国後、択捉も、世論も変わると。従って、全体で10年ぐらいのところで四島が還ってくるというのが我々の戦略だったんですよ」
反町キャスター
「それは1993年、1994年のぐらいの頃ですか?」
佐藤氏
「2001年。だから、2010年ぐらいまでに、我々、全部、還ると画を描いていた。それも必要があるから、いわゆるムネオハウス、友好の家、それから、発電機の供与。でも、考えてみてください。当時の鈴木さんの力を持って、なぜ工事現場の飯場みたいな、あんな友好の家しか建たないのですか。鈴木さんの力があったら鉄筋コンクリートの立派なのが建つでしょう。それは四島は不法占拠の下にあるからインフラ整備はしないという日本の政府の立場があった。ところが、恒久的なインフラ整備はしないと言い方で、四島を、日本にドンドン我々に依存させていこうとしたわけです。北方四島にディーゼル発電機を設置するにしても3か月ぐらいかかるでしょう。もしそこで作業員がウォッカを飲み過ぎて現地の人とケンカをしたらどうなります。警察が出てきたらトラブルになるでしょう。そうしたら、交渉が止まっちゃいますよね。だから、絶対トラブルを起こさない。現地の事情を知っている会社が入らないといけないという、こういう事情があったと。それで、私は談合なんか全然やっていないですよ。しかし、その中で、いろいろ企業間ではあったのでしょう。そういったことが全部事件になった。その結果、川口順子外務大臣の時に、我々が捕まったと。インフラ整備は一切しない。四島の日本化は一切しないということにしてしまったんです。と同時に、ここは外務省の人に是非、聞いてほしいんですけれど、ロシア側はプーチン大統領を含めて、あの2プラス2と日本側が言ってきた。歯舞群島、色丹島を還しちゃう、これにロシアが踏み込んだのに日本側から断ってきたと…」
反町キャスター
「断ってきたと受け取ったのですか?」
佐藤氏
「受け取っている。それで、日本側の方は、いや、ロシアが断ったのだと言って、そこのところがチグハグになっていたから、これまで両者の交渉がうまくいかなかったんです。ところが、安倍さんは今年の9月2日に、55分間、プーチン大統領と話をしているのだけれども、これは明らかに、少なくともプーチンさんは、日本側によって断られた、裏切られた、こういう心証を持っていたということを理解したうえで、プーチンさんの心を解きほぐすことに成功したから、動き始めているんです」
反町キャスター
「すると、2001年の段階に戻せるのですか?」
佐藤氏
「戻せないんです。これは簡単な話です。2001年時点でのロシアの力と日本の力、それを考えた場合、現在の2016年と比べたら、残念ながら日本の方が相対的に弱くなっている。ロシアの方が強くなっている。ただし、1956年、ロシアは二島以上、絶対還さないと言った時よりは日本の力は強くなって、ロシアの力は弱くなっていると。そうすると、どういうことかと言うと、56年宣言、二島引き渡しより大きく、2001年の2プラス2で、時間をかけて、四島が還ってきますよという、森秘密提案より小さい、どこかのところで落ち着くというのが外交の今の幅を見た現実的なところです。ですから、四島という形でしか平和条約をつくれないという立場に、もし日本政府が固執すれば、おそらく12月の首脳会談は決裂して、領土は永久に還ってこないと思います。逆に、その時に何らかの形で先に続く形の合意で、二島を取り還すことに成功すれば、1972年に西ドイツが、東ドイツの存在を認めて、お互い国家を認めた。東ドイツは、ソ連の占領地で、絶対に認めなくなかった。それを認めたが故に今度は1989年にベルリンの壁が崩壊して東西ドイツが統一できたんですよね。だから、歴史の叡智に委ねるという上手な交渉をすれば、四島全部を取り還せることも次世代ではあり得ると思う」

北方領土と日露関係の今後
反町キャスター
「2001年のイルクーツク声明が(返還に)1番近づいた時期だったという佐藤さんの説明はいかがですか?」
鈴木氏
「私もその通りだと思います。この首脳会談には私も森総理から一緒に来てくれと言われ、首脳会談にも同席していますから、私は日露と向かい合ってきた中でここが1番のチャンスだったと思います。しかし、あれから15年経ってロシアは力をつけてきましたし、逆に日本は停滞感が否めませんね。そこで安倍総理が国会答弁等でも明快にしているのは1956年、これはプーチン大統領もスタート台だと言っていますね。合わせてイルクーツクの声明も当時、安倍総理は官房副長官でしたから、十分頭に入っていますね。その中で、活かせるものは活かしたいという現実的な判断、ロシアが100点、日本が0点、逆に日本が100点、ロシアが0点という外交はない。そういった意味では、折り合いをつけていくのが国益だという観点で、安倍総理は現実的に決意と覚悟を持って、決断されるものだと思っています」
反町キャスター
「二島をまず返還して、残りの二島を継続協議とするというのが1つの目標だとした場合、リスクのバランスが、プーチンさんの言う引き分けが本当だとしたら、数値化はできないですけれども、二島を返還して、二島を継続協議するということで、両方とも痛み分けになり得るのですか?」
鈴木氏
「プーチンさんが2度目の大統領に復帰する時、投票日の4日前に世界の主要なメディアの代表を集めて、この時に『引き分け』と言った。外交はお互い負けないのがいいのだと。若宮さんがそれでは日本は困ると言ったら、ちょっと待て、俺はまだ大統領になっていないんだ、あんたは外務省の職員ではないなと。ならこうしよう、俺が大統領になったなら、ロシア外務省を位置につかせる。日本は日本で外務省を位置につかせろ。そこで『はじめ』と号令をかけようではないかと言っているんですよ」
佐藤氏
「この前、ラトビエンコさんという上院議長が来ましたね。主権については妥協しないと。ポイントは、我々はまだ引き渡し協議を始めていないと言っているんですよね。それは引き渡し協議をしようという意味ですよ」
反町キャスター
「歯舞、色丹の話ですよね?」
佐藤氏
「彼女は歯舞、色丹とは言っていない。どういうことかと言うと、主権に関してはロシアの中では厳しい意見があるから、歯舞群島、色丹島に関しても主権は還さないよと。永久に日本に貸してやるんだという意見もあるんだよと言いながら、過去の交渉経緯を見れば、主権の移転が前提だから、こんな理屈が通らないのはわかっていると。そういう声もあると言いながら、国内にはそういう声があるのだけれど、大統領がそれを押えたという。リスクをとって政治決断をしたのだという、雰囲気づくりですよね」
反町キャスター
「リスクをとったと、過去形で言いました」
佐藤氏
「だいたいの雰囲気は決めています、プーチンさんは。率直なところを言いますと、名称は平和条約にはならないと思う。平和友好協力条約という感じになると思います。だから、これは1956年の平和条約なのか、別の条約なのかということは少し曖昧さが残る。その条約の中では二島の引き渡し、『返還』にはならないと思う。引き渡しとはどういうことかと言うと、返還とは盗んだものを返す。引き渡しというのは、事実として渡すと、だから、ロシアはプレゼント、贈与だと言うんですよ」
山内名誉教授
「友好の証として」
佐藤氏
「そんなのでは、我々は、あんな目に遭わせて、中立条約を侵犯して、略奪したものに対してプレゼントと言われたら、そんなプレゼントは受けられないと言うでしょう。ならば、引き渡しにして、ロシアは友好の証として贈与。日本は盗られたものを返還したと。お互いの国内説明については問わないと。そんなこと外交ではよくあることですよ」
反町キャスター
「ロシアの国内では引き渡しと言っているぞと、こんな話にはならないのですか?日本の議会の話」
佐藤氏
「なるかもしれませんよ。それは蓋を開けてみなければわからない。もう1つは、目に見えるところの国後をどうするかということ、だって、羅臼岳から真ん前に見えるでしょう。そこのところに近づいていったら、銃撃されるのだったら、これは国民心理として納得できない。となると、国後島については何らかの特別な統治体制なり、日本が優遇してはいれるとか、あるいは共同統治とか、いろんな考え方がある。それで、どこかに条項を入れるんですよ。乱暴に言うと、今後、合意した場合以外には、国境線は変更しないと。どういうことかと言うと、日本は、合意すれば、国境線の変更交渉ができると解釈できるんです。ロシアはロシアが合意しない限りは、国境線は変わらない。双方が説明できる。それについては次世代の叡智で解決しよう。こんなような落としどころが、私が外務省の事務当局だったら、こういう案をつくりますね」
山内名誉教授
「難しい問題があって。仮にどういう形で引き渡されるかわかりません。その場合に、ロシアが引き渡しについて無条件で引き渡すかどうかという問題ですよ。条件が絶対につく。その場合に1番大きな問題は施政権というものが、仮にカッコ付きにせよ、返還されることになるとすれば、施政権ということになると日米安保条約の適用範囲がどうなるのかという難しい問題を抱え込むことになるわけです、日本は。ロシアが、アメリカがロシアに対して圧力をかけるような状態は望まないということについて日本政府から担保をとる危険性が出てくると」
佐藤氏
「山内先生がおっしゃったことが、実は今後の交渉の一番の要です。どういうことかと言うと、たぶんこういう落とし方があると思うんですね。四島全部の非軍事化です」
反町キャスター
「ロシアは基地をいっぱいつくっているではないですか?」
佐藤氏
「制服を変えるんです。国境警備隊の制服に全部変えるんです。これまでの基地はそのままで、装備もそのままで」

山内昌之 東京大学名誉教授の提言:『熊をかわいがって。 でも、抱いてはだめ。 熊はあなたを押しつぶすから』
山内名誉教授
「熊をかわいがって、でも、抱いてはだめよと。抱いたら、あなたを押しつぶすからと。これはイラン人が言っていることですね。イランはロシアの最大の同盟国ですけれども、ロシアとどう付き合うかということについての知恵をよく知っている国だと。我々にもいろいろなことを教えてくれているのではないかということです」

鈴木宗男 新党大地代表の提言:『北方領土問題を解決し、未来志向の日ロ関係を』
鈴木氏
「私は、北方領土問題を解決して、未来志向の日露関係を築くべきだと。世界一の応用技術を持った日本と、世界一のエネルギー資源大国ロシアがしっかりと信頼関係を結んで協力すれば、世界の平和と安定に大きな貢献をするし、中国の台頭も抑えられると考えています」

作家 佐藤優氏の提言:『歴史的事実を直視して 領土問題を現実的に解決する』
佐藤氏
「国後島、択捉島は1回放棄したことがあるのだと。復活折衝なんだという事実を踏まえて現実的に解決する。ただ、諦めたらダメですよ。100年かかっても、200年かかっても四島は還す。その想いさえあれば今、妥協できるはずだ」