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2016年11月3日(木)
日本国憲法公布70年 岡本行夫×石川健治

ゲスト

岡本行夫
外交評論家 マサチューセッツ工科大学シニアフェロー
石川健治
東京大学法学部教授

日本国憲法『公布70年』と『平和』
秋元キャスター
「今日、公布から70年の節目を迎えました日本国憲法に対するスタンスから聞いていきたいと思います。まず石川さん、この70年間、日本国憲法が果たしてきた役割をどう評価されますか?」
石川教授
「直感的な例えをしますと、たとえば、戦前、とりわけ1930年代後半の日本の新聞と、今日の新聞と比べてみて、どちらがいい社会なのか、どちらがいい世界なのかということを考えれば一目瞭然だと思うんです。ですから、日本国憲法がもたらした功績というのは、大きいのは、これは誰が見ても否定のしようがないということではないか。とにかく時代の空気が変わっている、これは非常に大きなものだと思います。これは簡単にできることではないわけです。それを一変させたというのは日本国憲法の大きな貢献だと思います」
岡本氏
「石川先生がおっしゃったことに異論はありません。いい憲法ではないですか。所々でおかしいところはあるけれども、相対としてみれば、日本に民主主義を完全に定着をさせた大きな意味があったと思います」
反町キャスター
「岡本さん、所々おかしいところがある。けれども、相対としては良かった。その中で70年が経って、どこも手を出すところ、直すところはないのかどうかというところであるとか、よくアメリカから押しつけだとかいう人もいるのですけれども、そのプロセスは別にして、1度も70年間、手が加えられてこなかったことについて、ここはどう感じますか?」
岡本氏
「これは、誰が考えたっておかしいですね。70年間の間には社会は民主化、民主主義が定着してきているけれども、しかし、その後、ドンドン変化してきているんですね、内容は。70年前に決めたことを、それを一言一句変える必要のない文章であると。だから今、日本国憲法は世界最古の成文憲法になっちゃっているわけですね。だから、変える必要のないということはないでしょう。簡単な話、国が支配しない学校、大学に対しては、国は金を払っちゃいかんと書いてあるわけでしょう。そんなの誰が考えてもおかしな話で、それを解釈、解釈で、いろんな学説で、直して、直して、実際上の運営に支障がないようにしていますけれど、あの文章が全て一言一句素晴らしいものかは、僕はそう思いません。9条も含めて」
反町キャスター
「石川さん、70年間、まったく改正されてこなかったという、この現実をどう感じていますか?」
石川教授
「改正、それ自体ではなくて、何を変えようとしているのかが、ここでの問題だと思うんです。枝葉について言うと、これは直していいところ、たくさんあるわけです。だけど、そうではなくて、根幹を動かそうという改正論ばかりが出てくると。そうすると、根幹を動かすことは許さないぞという、そういう護憲論が出てくるわけです。その改憲論と護憲論の睨み合いという状況で70年きてしまったわけです。そこは不幸だったと思いますけれども、根幹を動かそうという、その部分です」
秋元キャスター
「根幹と枝葉はどうやって分けるのですか?」
石川教授
「結局、日本国憲法が日本国憲法である所以と言いましょうか。日本国憲法のアイデンティティです。それに関わる部分と、たまたまここは直していいのではないかという部分は、これは明らかに区別されなければいけない。たとえば、改正の回数について、しばしば引き合いに出される西ドイツ。その後のドイツですけれど、統一ドイツについて言うと、これは確かに改正の回数は60回近くに達していますけれども、根幹をまったく動かしていないわけです。だから、根幹を攻撃する勢力がいる状況での、その議論と、それから、根幹を共有したうえでの枝葉の修正の議論というのは明らかに違うわけで、だから、改憲論の出方が良くなかったと。それが日本国憲法にとっては不幸だったと思います」
反町キャスター
「たとえば、仮に、根幹の1つが9条だとすれば、9条、根幹、いくつかあるうちの1つだと。ここはよろしいですよね?」
石川教授
「うん。まあ、そうしておきましょう」
反町キャスター
「仮に、そうだとした時に、他の改憲論というのは私学助成のこととか、たとえば、同性婚の問題だとか、そういうものは、これは根幹ではない?」
石川教授
「そう。それに比べれば。もちろん、全部大事ですけれども。相対的には」
反町キャスター
「たとえば、日本におけるこれまでの70年間の憲法改正論議になるものが、9条はというのではなくて、私学助成。これは実態をあっていないから、これから憲法改正しようよというような議論から始まっていれば、今言われたような身動きができない、睨み合いで動けずになるような憲法論議にはならなかったのではないか。これは、日本国憲法を取り巻く戦後日本の不幸なストーリーだと、こういう話ですか?」
石川教授
「そういう力学が働いていたということだと思います」
秋元キャスター
「2014年7月の集団的自衛権行使の一部を容認する閣議決定ですけれども、こういった内容でした。日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃により日本の存立が脅かされ、明白な危機がある場合、日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない場合、必要最小限度の実力行使は憲法上許容されるというものでした。従来の政府見解に加えて、集団的自衛権の行使を一部容認したという、この閣議決定について、多くの憲法学者が反対したわけですけれども、石川さん、この閣議決定はどのように位置づけられますか?」
石川教授
「まず、その政策の中身です。安全保障政策の中身に関する評価というものと、それから、その決定の仕方、変更の仕方、これを分けて議論する必要があると思うんです。安全保障政策についてはいろいろな立場があって、どういう政策が勝っているのかという政策論議というのがあり得ると思うのですけれども、今回の、この7月1日の閣議決定の問題というのはその中身よりも決定の手続きであったということです。これは結局、この決定をすることによって、9条自体の根幹に触ってしまうわけですね。触るためには、憲法96条の改正手続きがあるわけですから。これだけの大きな問題ですから、96条にのせるのが筋だったと」
反町キャスター
「岡本さん、その中身と手続きで、手続きに問題があるとする石川さんの指摘、どう感じますか?」
岡本氏
「手続きに問題があるというのは、要するに、あれは憲法違反であって、それを閣議決定でやったのはいかんと、こういう話でしょう。でも、僕は憲法違反だと思ってないんですね、あれは。あれは何かと言うと、1972年の政府見解、本当は、法制局見解なんですよね。これが間違っているんですよ。この政府見解というのは何かと言うと、要するに、政府の中できっちり詰めてつくった文章ではないですよ。僕に言わせれば、法制局が勝手に、参議院の決算委員会に間に合わせるために、鉛筆を舐めて、鉛筆かどうかは知らないけれど、外務省にも相談をせずにパパッと出しちゃた文章ですよ。これは何を言っているかというと自衛権は当然あります。だけど、自衛の措置は必要最小限度の範囲にとどまるべきという集団的自衛権の行使は許されないという間に文章が入っていて、他国に加えられた武力攻撃を阻止することを、その内容とする、いわゆる集団的自衛権は憲法上許されないと。こう書いてあるんですよ。つまり、自衛権というのも定義すれば、日本の国土、領海、領空に直接、加えられた武力攻撃。これをこの押し返すのは自衛権ですと、個別的自衛権ですと、これはよろしい。それ以外は全て他国を守る武力攻撃ですよと。こういうことを言っているんです。それは集団的自衛権と呼んでいます。だから、この日本を守るために、他国と一緒にという、そこはすっぽり落ちているんです。1972年というのは我々平和ボケの頂点の頃で、日本が非武装中立をとるべきだという意見が15%もあった時です。これは、だから、米ソの冷戦構造の中で、どこの国も、国外で、日本人の命を狙ったり、財産を破壊したり、そういうことの想定をしなくてよい時代だったんです。でも、この法制局の見解に従えば、たとえば、外国で、日本人が危険に遭う、武力攻撃を受ける、それを自衛隊が守る。守るのは個別的自衛権だからいいけれど、とてもじゃないけれども、1人では守りきれないと。他の国と一緒になって、日本人だけではなく、大勢の人を一緒に守るのだというようなのは全て集団的自衛権だからダメですと、誠に荒っぽい紙を法制局が書いたんです。従って、これがその後、平和主義者達にとっては金科玉条になり、政府もこれで良しとしてきたんです。ところが、その間に現実とドンドン乖離が起ってきて、現在のように非常に物騒になってきて、皆が皆で守り合うという時代になってくると、この法制局見解というのは、憲法がそんなことを言っていないにもかかわらず、手足を縛るもの以外の何ものでもない。だから、僕は、政府が、これは1972年に法制局がつくりましたけれども、もう時代にそぐわなくなっていますので、これは廃止をしますと。しかし、日本国憲法は我々がお出ししているような安保法制は容認するものですと、こういう説明をすべきだったと思います」
反町キャスター
「そうすると、そもそも、この1972年の同じ日本国憲法の解釈として、1972年の集団的自衛権の行使が許されないとする解釈と一昨年の集団的自衛権の限定容認をするもの、同じ憲法を解釈してもこんなに違うのかと僕らはよく番組でもやったのですが、岡本さんはそもそもこれが間違ってあるのであって、一昨年の憲法解釈、これが筋の通った話である、こういう立場をとられるということでよろしいですか?」
岡本氏
「これが間違っていたんです。要するに、当時を、たとえば、いろいろ具体的に考えてみないといけないと思うんですよ。日本のシーレーン、それを脅かす勢力なんて誰もいなかったわけです。ヨーロッパ航路から、ずっと公海を通って、インド洋を通って。現在はスエズ運河を通って、公海を通って、バベルマンデブ海峡に来れば、海賊がいる。さらに進めば、インド洋はタリバンが麻薬と武器を運んで危険な海にしている。ペルシャ湾は常に紛争が絶えない。さらに、こちらに来れば、マラッカ海峡で海賊が出る。さらに進めば、南シナ海で中国の軍艦が跋扈していると。そういう時に皆で皆を守り合うということになってきているんです。海賊に対する対応は、海賊が悪いやつで、犯罪者だから、軍隊が出て行ってやるのも警察権の行使ですね。だから、集団的自衛権に関係がないけれども、しかし、たとえば、イスラム国のように国家に準ずる組織が商船隊を脅かし始めたらどうなるのか。日本の海上自衛隊は非常に立派なことをやっていますよ。護衛艦が派遣されて、あそこで昨年までの段階の数字ですけれども、670隻ぐらいの日本船を守っているんです。日本の商船隊ですよ。それだけではありません。2700隻の外国籍の商船隊を守っているんです。これは集団的自衛行為以外の何ものでもないでしょう。先ほど言いましたように、相手が海賊だから、これは法律的に問題にならないし、しかし、強いやつが出てきたら、海上自衛隊は今度やることが軍事行動になってしまうからそこから退かなければいけないです。こんな話はないですよね。なぜ海上自衛隊が日本籍船だけではなくて、外国の船舶も守っているかと言えば、それは商船の防衛というのは、日本商船だけを1つのところに集めて、それでコンボイを組んで行くのではなくて、次から次へとスエズ運河から公海を通って、流れてくる商船隊を、ここからここまでは、今日は自衛隊が守りますと、守って、一緒にずっと安全なインド洋まで護衛していくわけです。明日流れてくる商船隊は、オーストラリアの軍艦が守ってくださいよと。その中には日本の船もたくさんいます。こう流れて行きます。その次に来るのはEU(欧州連合)の軍艦が守ってください。だから、どうしても全体を守ることになるんです。ところが、先ほども言いましたように、相手がイスラム国であれば、海上自衛隊は何もできない。何を言うのかというと、オーストラリアの軍艦に、あなた方、すいませんけれども、日本の商船隊を守ってねと。でも、我々は自国の船は守るけれども、オーストラリアの商船は守れませんよ、よろしくと。そういうことを言えますか。そんなことでは世界中が、皆が皆を守り合っているという状況には対応できないわけです」
反町キャスター
「そのつじつまが合わない状況を修正するのが一昨年の憲法解釈の改正だったという、こういう理解でよろしいですか?」
岡本氏
「でも、まだ足りないんです」
反町キャスター
「足りないところまでいってしまうと話が石川さんとは被らない。石川さん、岡本さんの現実的な情勢を見た時、その部分は現状を見た時に対応せざるを得ないのではないかという指摘、ここはどう感じますか?」
石川教授
「岡本さんのお仕事というのは本来、軍事、外交共にできるはずの国家の権限から、軍事が削除された結果として、非常に苦しい外交活動をしておられたということをおっしゃったのではないかと思うんです。その点はご苦労に対して非常に打たれるところはありますね。それから、もう1つは、ある前提をとった場合で言えば、岡本さんの議論は極めて首尾一貫していて、最初から最後までまともだったなと思うんです。ただ、問題はその前提だと思うんです。その前提は日米同盟なのではないかと思うんです。その日米同盟を憲法9条が少なくとも建前上は許容しないという問題があるのではないか。だから、ある前提に立った場合には岡本さんの議論は本当に首尾一貫していて説得力があると思うのですが、ただ、その前提を、憲法9条が許容できないというところに問題があるということなのではないかと思います。同盟というのはたまたま国連憲章をつくる段階で、集団的自衛権というフォーマットに潜り込む形にさせられたのですけれども、本来は国連憲章の安全保障体制とは違う選択であるということがあるわけで、話題になった1972年の政府見解の1番大事なところは実は集団的自衛権というのは同盟であって、同盟と9条は相合わさないと。自衛なら許容できると。だけれど、自衛と言っているけれど、それは同盟だと。だから、そこのところは9条を変えてくれ、そういうことだと思うんです。だから、日米同盟の前提に立ったうえで岡本さんの言うことは説得力があると思うのですが、その前提を9条は許容できないという、そこの問題だと思うんです」
反町キャスター
「憲法9条というのは、日米同盟とは共存できないのですか?」
石川教授
「日米同盟というのは、それから、同盟政策それ自体と共存できない。だから、どこと同盟しても同じです。日英同盟でもそうだし、日独伊三国同盟でも同じだし、同盟政策と共存できないということがあると。だから、それを名目上自衛権というフォーマットに国連憲章上は入れていますけれど、しかし、それは元のフォーマットに戻して言えば、9条と相合わさないので、自衛ならばやりますけれど、同盟は9条を変えてくださいというのが1972年の政府見解の、実は重要なポイントだったと思います」
反町キャスター
「岡本さんは、1972年の政府見解そのものが間違いだと言っています。そこはどうなのですか?」
石川教授
「間違いだとすれば、その間違いの意味ですけれど、そもそも同盟政策を憲法が否定しているということであれば、それは憲法が間違っていると。憲法9条が間違っている、そういうことになるのかもしれません。これは改憲論です。それから、もう1つは、集団的自衛権というのが同盟であって普通の自衛とは違うと。その部分が間違っているとおっしゃるのであれば、これは相互依存を深めた国際社会の現実に即して相合わさないとおっしゃっているのに過ぎないのであって、自衛権という言い方、あるいは同盟という言い方が本来、水と油であるということ、違う次元の話である」
反町キャスター
「9条と、日米安保が水と油であるという、僕は非常にショッキングなのですけれども、石川さんの考えについてはいかがですか?」
岡本氏
「文言から言われ始めると、これは徹夜の議論になりますけれども。石川さん、僕らの考え方というのは、要するに集団的自衛権、いわゆるフルスペックの集団的自衛権というのは、良い集団的自衛権から悪い集団的自衛権まであると、僕は思うんです。悪い集団的自衛権というのは、石川さんがおっしゃろうとしているのであろう、他国のために武力を使う。アメリカまで行って、アメリカ防衛の戦争に参加するとか、これは逆立ちをしたって、憲法上、読めませんよ。読めないから悪い集団的自衛権です。でも、良い集団的自衛権もあるのではないかと。それは日本だけで、単独で、日本を自衛できない時に、他国の力を借りる。その集団的自衛権。これは憲法だって、日本国の安全ということは、これは国家の崇高な目的ですから。そうではないと、石川さんみたいな現実的な人ならばいいのだけれども、教条主義的にダメだと言うと、僕はよく思うのですけれど、国破れて山河ありではなくて、国破れて山河も破れて憲法解釈残れりと。こんなことは憲法が想定していることですか。それから、安保条約について言えば、日本は個別的自衛権を少なくとも持っている。それとアメリカの集団的自衛権の組み合わせという世界でも特異な同盟関係です。こんな同盟関係、他にどこにもありません。アメリカは日本を守っても、日本はアメリカを守れないというこういうことでやってきたわけです。でも、よく考えてみると、しかし、アメリカを守れる集団的自衛権だって、良い集団的自衛権だってあるのではないかと。つまり、日本を守ろうとしているアメリカの船を、日本が守ることは、これは日本を守ることなのだから、いいはずだと」
反町キャスター
「今回の改正はそこです、解釈の変更」
岡本氏
「と思っているのですけれど。だから、憲法9条は、現在のような姿の日米安保条約、日米同盟関係ならば許容するというのが、僕の解釈ですけどね」
反町キャスター
「憲法解釈で同じ9条の解釈をしても、1972年の憲法解釈、政府見解においては集団的自衛権の行使は憲法上許されない。一方、2014年のところにおいては憲法上許される、許容されるという話がありました。石川さん、両方とも、政府見解を、内閣法制局は是というか、了というか、認めているわけです。内閣法制局というのは、これはどういうものだと感じているのですか?」
石川教授
「1番のポイントから言いますと、2014年の閣議決定をオーソライズした法制局と、それ以前の法制局は別ものであると言っていいのだろうと思います」
反町キャスター
「同じ組織ですよね?」
石川教授
「ええ。ですけれども、言ってみれば、精神的な連続性が断たれたということなのだと思うんです。ですから、2014年の段階で、法制局OBは体を張って抵抗をしたんです。つまり、OBはそうです。ですから、それが、要するに、かつての法制局の姿であると。そうだとすれば、実際、法制局長官の山本さんは、最高裁に左遷されたわけですよね。そういうことがあって、ご存知の通りの変化がある。それ以降の法制局というのは少なくとも精神的な連続性が断たれてしまっている」
反町キャスター
「断たれたという意味は、どういう意味ですか?どういう原因によって断たれたのですか?」
石川教授
「それは結局、政治的な介入によって断たれたわけです。善し悪しは別にして」
反町キャスター
「法制局長官の人事に関して、時の政権が、安倍政権が介入したことによって、それによって法制局というものが変わったということですか?」
石川教授
「それ以前の法制局というのは譲れない一線というものを持っていた。つまり、専門家として、譲れない一線というものを持っていて、実際にはドンドン譲ってきているわけです。たとえば、日米安保条約というのは、日米同盟の実質を持ってきたわけですね。ですけれども、建前上、同盟にはなっていないという首の皮1枚の一線を法制局は懸命に守ってきたわけです」
反町キャスター
「2014年以前までは、内閣法制局の見解というのは、日米同盟というのは同盟を認めていなかったのですか?」
石川教授
「そういうことになります」
反町キャスター
「ちょっと待ってください、そこは…」
石川教授
「外務省から言ったら、噴飯ものの議論だと思うんだけれど、そこはそうです」
反町キャスター
「岡本さん、これを決めた法制局はいい法制局?善いか悪いかではない?安倍政権が人事権を行使した時点で法制局は変質したと。変質した法制局が2014年のアレ(閣議決定)を認めたんだと。この話、どう見ますか?」
岡本氏
「憲法の番人だと自らおっしゃる法制局でありますけれども、僕は外務省が長いので割引して聞いてください。あまりにも極端ではないかと言っていることが。とにかく頭のいい人達の集まりなので、たとえば、湾岸戦争の時に多国籍軍の兵士に対して日本も何かを支援しなくてはいけないと。しかし、集団的自衛権は、これは禁止されているから、一緒に戦うことはダメ。せめて前線からはるかに離れたサウジの首都のリヤドで、戦線から500kmも離れています、そこで前線で負傷した兵隊さんを治療してあげましょうと。人道的でもあるし、そのために自衛隊の医官チーム、お医者さんを派遣しましょうと。法制局は頑として反対です。それは武力行使の一体化であると。つまり、日本の自衛隊のお医者さんが、傷ついた兵士を治療して、その兵士がまた戦場に戻ったら鉄砲を撃つではないかと、こういう話です。そんなことを言ったら、日本国内で、アメリカの兵隊さん達に食事を出すことだって、彼らの体力をつけることだから、武力行使の一体化になるのではないかとまで言いたくなりますね。たとえば、せめて日本政府が、多国籍軍の物資を湾岸まで運んであげましょうと。民間の船は、戦車でも、大砲でも積んで、日本の船ですよ、自由にやっているわけですから。これもダメ、武力行使の一体化。なぜかと言うと、前線で鉄砲を撃っている米軍兵士のすぐ後ろに日本政府職員がついて、さあ鉄砲だ、さあ弾薬だと渡したら、これは一緒に戦っていることになるでしょうと。武力行使の一体化でしょうと。それはそうですねとこちらも言わざるを得ませんね。そうしたら、100m後方ならどうですか、10km後方ならどうですか、2000km後方ならどうですかと。どこで線を引くのですかと。だから、これもダメ。その結果、何が起ったかというと、結局は民間の船を日本政府が頼んで、米軍の、多国籍軍の物資を運んでもらっていると、こういうことですよ。だから、あまりにも原理主義的にありとあらゆる理屈をつけて、武力行使の一体化だ、やれ集団的自衛権の行使だと言うこと。それをもって役所の存在理由としてきたのではないか」
反町キャスター
「たとえば、こうした9条1つの解釈にしても、時の法制局によって、こうなったり、ああなったりするという、そういう憲法の立場、憲法の話に戻したいですけれども、そういう憲法をどう見たらいいのか。先ほど、9条を含めて改正すべきだという意味で言ったのは、こういう様々な、こういう解釈、ああいう解釈、いろんな解釈が出るような状況が良くないから、いろんな解釈が出るのは避けたいという意味で言っているのですか?それとも、同じ9条でも改正しないで2014年の解釈のようなものがきちんと安定的に解釈される、こういうものに戻らないという時代になればいいのか。どう考えますか?」
岡本氏
「僕は反町さんを混乱させて申し訳ないけれど、憲法9条を改正しろとは言っていません。おかしいと。おかしいけれども、まあ今、手をつける必要はないのではないかという立場です。そちらの議論にいってしまうといけませんか。要するに、今の憲法9条は、この間の閣議決定で、あの閣議決定はちょっとおかしいところもあるのですけれども、そこさえ直せば日本が独立国家として国際社会の一員としてやっていかなければいけないことはだいたいカバーできるんです。だから、それを解釈改憲と呼ぼうかどうか別の問題として、今のままで当分不都合はないのではないかと。国民の間で、駆け付け警護の話もあとからでるのかもしれないけれど、これは国民全体が祝福して自衛隊員を送り出す国民意識にはなっていません。そういうところへ難しい任務を与えて今出すことがいいことなのかどうか。安保論議というのはイデオロギー対立ではなく、実際に何をやらなければいけないか、それに日本はどうやったら最低限対応できるのかという議論をもう少ししたうえでないと、今9条(改正)をドンと国民の前に出したら、通らないと思いますね」
石川教授
「先ほどの話題に補足をしますと、法制局というのは譲歩に譲歩を重ねて、9条を変えなくてもここまでできるのだということを搾り出してきた役所なわけですよ。ところが、搾り出す以上、これ以上は譲れないという一線があるはずです。そこが決め手で、だから、搾り出してきた。その一線を易々と超えられたから法制局OBは怒ったわけですよね。その一線というのが9条の論理的な限界だと思います。と言うことは、憲法96条の手続きに乗せなければいけない話だったのだと。もちろん、いろんな立場があって、そもそも政策的な内容がけしからんというものもあるだろうし」
秋元キャスター
「石川さん、憲法9条第2項には陸海空軍その他の戦力は、これを保持しないと書かれていますけれども、これによって自衛隊を違憲とする声もありますけれども、自衛隊の存在というのは9条で認められているのでしょうか?」
石川教授
「自衛隊を正当化するロジックは成立すると思います。ロジックが成立しないというのは嘘だと思います。ただ、解釈論として、つまり、違憲か、合憲か、どちらもあり得る立場の中での解釈論としては、私は違憲説を採っているということです。少なくともその立場を崩していないということです。結局、それは現実主義とユートピア主義、その間の関係ではないかと思うんですね。憲法9条というのは本当にドライな現実主義者が見れば、敗戦と共に武装解除された現実を継続させているだけなんですよね。そういう条文だけれども、しかし、日本国民も最有力の憲法学府もそうは捉えなかった。要するに、読み替えたわけですね。つまり、そこにある種のユートピアというのか、本来目指すべき場所を見出したと。それが日本のアイデンティティだと多くの国民は考えたということです。このことは非常に大事なことなのではないかと思いますね。それは非常に非現実ではないのかという批判もあるかもしれませんけれど、しかし、リアリズムというのは往々にして極々素朴で、観念的な前提を持っているはずですよ。何らかの考え方が成立するということは観念的な前提があるはずです。たとえば、今日話題になった前提で言えば、それは日米同盟が前提ではないかと。極めて薄弱な基礎に成り立っているということが現在露わになっているということだと思うんですね。どちらにしても何らかの観念的前提を置かないと現実主義というのは成立しない。より強靭な現実主義というのは、確固とした理想を持った現実主義なのではないかと考えるのです」
岡本氏
「国に自衛権があるわけですから、それを担保するための実力組織というのは、当然容認されると。ただし、それを戦争と武力による威嚇に使ってはいかんと、国際紛争を解決する手段としてはそれを使ってはいかんと。その目的を達するために陸海空軍その他の戦力はこれを保持しないということですから、自衛隊を悪いことにさえ使わなければ、いいのだと。だから、合憲と」
反町キャスター
「9条の平和主義と現実との合間で、丸腰で現場に行かなければならないケースとかがあって、様々な事件、事故があるわけではないですか。不都合が生じたのも事実ですよね?」
岡本氏
「そういう意味では、不都合ですよ。日本人とまったく関わりのない、アフリカの内乱とか、そういう時には、日本は憲法の問題があるからと言うと、日本とドイツに対してはしょうがないなと思う部分があったけれども、反町さんが言った通りです。日本人が絡む時は、日本の財産が絡む時は、これは当然、自衛隊に行ってもらうべきだと僕らは思っていましたけれども、それができないというのは、先ほどの、我々の守ろうとしている船の7割が日本のタンカーではないかと各国から指弾されたのと同じように、それはつらい、恥ずかしい思いをしてきました。結局、たとえばイラクに自衛隊が派遣されました。しかし、十分な武器を持って行ってはいかんということで、彼らはオランダの軍隊に守られたんですね。オランダの軍隊は、本当はぶつぶつ不満を言っていましたよ。俺達はイラクまでイラクの人達を守るために行くのだと、どうして外国の軍隊を守らなければいけないのだと。自衛隊は他の国の軍隊に守ってもらわなければいけない存在であると。あの時はそれでも日本が初めて自衛隊を海外に派遣したので、皆受け入れてくれたけれども、次はそういうわけにはいきませんね。独立した自己完結型の部隊として行かなければいけない。これからどうなるかですね。あるいは自衛隊が行けない分は、丸腰の公務員とか、NGO(非政府組織)とか、何人もの人が亡くなりましたよ。外国の軍隊も死んでいますよね。日本人の命と財産を守ってね。それを自衛隊がやるべきだったと言っているわけではないですよ。皆が皆を守りあわなければいけない世界だから、その代わりどこかの海域で他の国の船が日本の船と一緒に危険になった時には日本もちゃんと守ってますよというふうにしていくべきだと思うんですね。安保法制がなくなれば、めでたし、めでたしかというと、本来は負担を負わなくてもいい人達のうえに負担を負わす状態に戻るというのは、我々は人のリスクをアテにして、人にリスクを負わせ、日本人の生命・財産を守らせるという国柄であってはいけないと思いますね」

外交評論家 岡本行夫氏の提言:『憲法を世界遺産にするな』
岡本氏
「70年間、一文字も変えない世界最古の憲法、これからも変えるなと、変えないことが自己目的となって、そのままいくのだったら、そのうちに世界遺産になってしまうのではないか。変えるべきことは変える。それを早く我々国民のところに持ってきて、議論させてくれということです」

石川健治 東京大学法学部教授の提言:『変えて良いこと 変えてはならぬこと』
石川教授
「戦後、日本の改憲論は変えてはならぬことを変えようとする改憲論だったと。そこが結局、最大の問題だと思います」