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2016年10月3日(月)
鈴木宗男×飯島勲 北方領土キーマン激突

ゲスト

鈴木宗男
新党大地代表
飯島勲
内閣官房参与

鈴木宗男×飯島勲 日露『新アプローチ』とは
秋元キャスター
「北方領土問題、解決に向かっていくのか。先月行われた日露首脳会談では、領土問題を含む平和条約交渉は両国がそれぞれの国益を相互的な観点から判断することが話し合われまして、会談後の会見で安倍首相は、新しいアプローチに基づく交渉を、今後、具体的に進めていく道筋が見えてきたと話しています。鈴木さんは、ウラジオストクに向かう2日前に安倍首相と会っているのですが、そこではどのような話をされたのですか?」
鈴木氏
「私は、現実的に解決するしかないと。外交には相手がある。ロシアが100点で、日本が0点。一方、日本が100点で、ロシアが0点という外交はないですね。プーチン大統領は引き分け、はじめ、と言いました。また、2プラスアルファとも言っておられますから。未来志向で、これは解決するしかないですねという話をさせてもらいました。私の受け止めでは、安倍首相も現実的な解決をするしかないと。今年は、1956年、日ソ共同宣言からちょうど60年です。節目の年に大きな判断、決断をしなくてはいけないのではないかという、強いご意志を安倍首相はお持ちだと、こう受け止めています」
反町キャスター
「鈴木さん、頻繁に官邸に行かれるので、本当に頻繁ですよ。毎月、1回ずつ。しかも官邸には裏口もあり、横口もあるわけで、電話で話をすることもできますし、表立って記者に見える形で会わなくてはいけない事情があるものがこのぐらいあって、他の電話やら、人を介したりして、この4倍、5倍も連絡を取り合っている前提で聞くと、2月から9月までずっと総理との話を積み重ねてこられて、総理のロシアに対する考え方は変わってきているのですか?」
鈴木氏
「変わってきているのではなくて、安倍首相は父上の安倍晋太郎先生の時代から、お父様が日ソ関係を良くしたい。大変な努力をされました。その想いをしっかりと胸に刻んでいると思います。今でも思い出すのですが、安倍晋太郎先生が最期、表舞台に出たのは平成3年の5月でした。ゴルバチョフさんが日本に来た時で、歓迎式典に来られました。車いすで来られて、車いすを押していたのが、現在の安倍首相でした。本当に痩せられて、風が吹けば倒れるのではないかというぐらいのお体でしたけれども、ゴルバチョフさんと、すくっと立ち上がって握手をしました。まさに政治家の魂というか強い情熱を感じましたね。安倍首相はそれをしっかり刻んでいると思うんです。その1か月後に、お父さんは亡くなるわけですから。安倍晋太郎先生が進めてきた日ソを良くしたいという思い。そして共産主義ソ連から自由のロシアになった。信頼に足るという判断の中で、ここで歴史の1ページを安倍首相には絶対つくっていただきたいと、こんな思いですね」
反町キャスター
「プーチン大統領と安倍首相の信頼関係が問われる展開かと思うんですけれども、鈴木さんはプーチン大統領とも会談されたこともあります。もちろん、安倍首相もよく知っている。安倍首相、プーチンの関係というのをどのように見ていますか?」
鈴木氏
「非常に波長が合っていると思います。森元首相・プーチンより両氏の関係はとってもいい関係でした。安倍首相とプーチン大統領の信頼はできていると思います。9月の2日のウラジオでの会談、さらに翌日3日の東方経済フォーラムで、安倍首相が親しみを込めて我々の世代が勇気を持ってとメッセージを発しましたら、プーチン大統領は拍手をしていまたね。プーチン大統領は、公の場では、安倍さんと言うのですが、あの時は、晋三と。非常に琴線に触れるような呼びかけで、話をしていましたからね。私はとっても良い関係だと思っています」
秋元キャスター
「ファーストネームで呼び合うのは首脳同士の信頼関係が表われているものですか?」
鈴木氏
「ファーストネームで呼ぶだけでなくて、その時の微笑だとか、あるいは一挙手一投足のしぐさにも、非常に良い関係だなと。両氏の信頼関係は強いというのは感じられますね」

北方領土『交渉の歴史』
秋元キャスター
「北方領土問題に関するこれまでの経緯、振り返っていきます。1951年9月に署名されたサンフランシスコ講和条約で、日本は千島列島に対する全ての権利、権限及び請求権を放棄することが条文に盛り込まれました。この千島列島については、同じ年の10月に行われました西村外務省条約局長(当時)の国会答弁で、南千島、すなわち国後島、択捉島を含むことが明言されています。ですが、1956年2月に行われました国会答弁では自民党の森下國雄衆院議員が千島列島の中に国後島、択捉島は含まれていないというのが政府の見解であると発言をしていて、国後島、択捉島の扱いがここで変わっています。日本とソ連の国交回復となりました1956年10月の日ソ共同宣言では、平和条約締結後に歯舞、及び色丹島を日本に引き渡すことが同意されました。1993年の東京宣言では、ソ連が崩壊したことにより、日ソ間の全ての約束が日露間で引き続き適用されることが確認され、平和条約交渉の中身について4島の帰属の問題を解決することが定められました。1998年には静岡県の川奈で、当時の橋本首相、エリツィン大統領による会談が行われて、そこでは北方4島と得撫島の間に最終的な国境線を引く。日露政府間で合意するまでの間、4島の現状を変えず現在のまま継続することに同意し、ロシアの施政を合法的なものと認めるという川奈提案が橋本首相からなされたのですが、これは合意に至りませんでした。2001年のイルクーツク声明では、日ソ共同宣言の法的有効性を確認のうえ、共同宣言に基づき、平和条約を締結する、つまり、歯舞島、色丹島を引き渡した後に4島の帰属問題を解決することが再確認されました。こういった流れだったのですが、鈴木さん、日ソ共同宣言以前の政府見解の変遷について、どのように見ていますか?」
鈴木氏
「外務省の条約局長、西村熊雄さんですけれども、吉田茂元首相の前で全千島には国後島、択捉島は含まれていますと。全千島を返還ですから、いわば放棄ですから。これは、きちんと外務省が国後島、択捉島を放棄したと明言しているんです。これは議事録にも残っています。続いて森下國雄外務政務次官の国会答弁、すり替えの議論で、サンフランシスコ講和条約にはソ連が署名をしていないから無効である。だから、日本は国後島、択捉島は放棄をしていないと。これが国際舞台に出て、その議論が通用するかと言ったら通用しません。現在もサンフランシスコ講和条約は生きているわけですから。1956年、当時の重光外務相は2島ででも平和条約を結ぼうという考えがあったのですが、この年8月、日ソ共同宣言は10月19日が署名で、12月12日が発効の日なのですが、その2か月前の8月に、アメリカのダレス国務長官が重光大臣に、もしソ連と平和条約を結ぶなら沖縄は永遠に還さない。沖縄の施政権は未来永劫アメリカがとると。これが、いわゆるダレスの恫喝ということで、その時、日本も2島での平和条約締結は諦めたという経緯があるんです」
反町キャスター
「当時のアメリカのダレス国務長官の恫喝というのは、日ソがあまり急速に接近することで日ソの和解ムード、雪解けムードができることをアメリカは嫌がったということですか?」
鈴木氏
「間違いなく。まさに東西冷戦に向けて流れていくわけですからね。いわゆる米ソ関係というのが世界の2大大国だったわけですから。日本がアメリカの最大の対立軸であるソ連と仲良くすることを好まなかったということですね」
反町キャスター
「1956年の日ソ共同宣言。10月に結ばれる日ソ共同宣言の前までは日ソの関係は2島返還と平和条約締結は同時に決着する可能性はあったのですか?」
鈴木氏
「あったんです。当時の状況としては鳩山一郎元首相だとか、また、特に重光元外務相は責任者です。松本俊一さんという人が全権代表で、この方は衆議院議員でありますけれども、外交官だったものですから、全権代表でずっとロンドン、あるいはモスクワで交渉をしていたわけです。松本さんの『モスクワにかける虹』という本で克明に描かれています」

『2島先行』と『4島帰属』
反町キャスター
「ダレスの恫喝の話とか、事実として、国会でもそういう事実、ダレス国務長官のアメリカからの圧力によって、2島返還と平和条約が同時決着のところが、2島返還が先送りされたというのは皆、知っている話なのですか?」
鈴木氏
「ですから、56年宣言は平和条約締結のあとにソ連の善意で日本に引き渡しますよと。返還ではないです。日本に引き渡す。ここが大事な言葉使いですね、条約の。あくまでもソ連の善意で日本に引き渡しますよという表現になっているんです。さらに日本はアメリカと安保条約の改定をしました。ソ連は外国軍隊が駐留する国には領土問題なしと、また強く出てくる。まさに東西冷戦の間で日本は翻弄された部分があるということですね」
反町キャスター
「その後も諸々、共同宣言、東京宣言や川奈提案があったり、イルクーツク声明があったり、ソ連邦崩壊という大きな出来事があることを挟むと、それまでは冷戦の中で北方領土問題というのが固定化されてきた中で、現在のこの状況で、どういう方向性を向いたらいいのかという話。ここから聞いていきたいです」
鈴木氏
「そこで1つ大事なのは、ソ連時代は領土問題はないと言っていた、ソ連は。それに対して日本は、ふざけるな、4島一括返還だと、そこに即時という言葉をつけたんですよ。ところが、平成3年にソ連が崩壊をしました。自由と民主のロシアになりました。エリツィン大統領になってから領土問題はあり、法と正義、話し合いで解決をしましょうということで、平成3年の後半以降、日本は4島一括返還という言い方はしていないです。4島の帰属の問題を解決して平和条約。4島の帰属が認められれば、島の返還時期、対応は柔軟にします。いわゆる島の返還は1つだ、次が2つだ。さらにもう1つだと言って、差があってもいいですよとなってきたんですよ」
反町キャスター
「帰属の問題が解決すれば時期にはこだわらないというのは当然、4島は、日本のものだということを認めるという前提の帰属という意味ですよね」
鈴木氏
「ところが、東京宣言、1993年の細川・エリツィン会談で4島の帰属を話し合うことになっているわけですね。当時、野党の7党1会派の連立政権でした。56年宣言で、2つは平和条約で還すことになっているわけですから、2島には触れなくていいのに、東京宣言では4島の帰属の問題を解決してとなっている」
反町キャスター
「広げましたよね」
鈴木氏
「広げたと言うことは、4つの島の話もあるんです。ロシアが3つの時、日本は1です。ロシアが2つの時、日本は2です。ロシア1の時、日本は3です。ロシア0の時は日本4です。このような5通りのシナリオになったということです。4島の帰属は、日本は4島を日本に還してもらいたい、引き渡してもらいたいという考えで交渉しますけれど、ロシアは、ここはどちらに帰属をするかを真摯に話し合いましょうという流れできました」
反町キャスター
「そうすると、平和条約の時には歯舞・色丹の引き渡しと、まず2島はという表現になっていたにも関わらず、その後、東京宣言で帰属問題ということになったことによって、もしかしたら、手に入ることがほぼ決まっていたかのような歯舞・色丹の2つもダメになる可能性も出てきている。4島の帰属問題を解決するという言葉の裏には、4つともロシア領であると認める可能性もあるという、そういう意味で言っているのですか?」
鈴木氏
「選択肢としては、そういう選択肢もあるということです。ただ、あくまでも、プーチン大統領に会って、1956年宣言は、日本の国会も批准をしている。ソ連の最高会議、現国会も批准をしている。これは法的拘束力のある約束事であると。プーチン大統領は明確に日本への2島の引き渡しは義務だと言ってくれているんです。私は、それは信頼に足る言葉だと。それがイルクーツク声明です。特にこのイルクーツク声明の前年の9月に、プーチン大統領が就任して半年後に東京に来てくれました。7月には沖縄サミットにも来てくれましたね。この時、私はプーチン大統領と個別の会談をしました。56年宣言を文書にしてくれとこう言ったけれども、プーチン大統領は慎重だったんです。ロシアには日本以外にも領土問題の可能性があるから今回は記者会見で言うから、次の首脳会談ではちゃんと文書にする。ちょっと時間を貸してくれと。それがイルクーツク声明できちんと文書にしてくれたという経緯です」
反町キャスター
「そうすると、帰属問題を解決するという話と、歯舞・色丹の引き渡しというのは一緒のパッケージにしても問題はないのですか?」
鈴木氏
「ないです、それは」
反町キャスター
「僕らは2島先行返還が、4島帰属の問題と別々の話ではないかと思っているのですけれども、そうではないのですか?」
鈴木氏
「そうではないです。エリツィン大統領の時に北方4島はスターリンの残滓だと。ここは法と正義に基づいて話し合いで解決しようと。明解に言っている。その後のプーチン大統領、メドジェーベフ大統領、現プーチン大統領もこの件は一貫しているんです」
反町キャスター
「飯島さん、2島先行返還か、4島帰属の確認か。非常にわかりやすい二元論で僕らよくやってきたのですけれども、決してそうではないという話にも聞こえます。飯島さん、この2島先行返還と帰属の問題をどう考えていますか?」
飯島氏
「2島返還と平和宣言は、日本政府も、ロシア議会も承認している事実はあるんですね。あとの2島をどうするのかという問題があるわけです。こういう状態の中で、いわゆるプーチン氏との関係でも2000年までに解決すると、東京宣言では約束しているわけですよ。それが2000年を過ぎちゃった。私はともかく帰属問題という状態の、すぐ2島、どうのこうのというよりも、ある程度の、いろんな客観的な情勢、経済問題も含めて見ると、平和宣言はともかく、プーチン・安倍会談でやっていきたいなと。あとは2島の問題は引き渡しできるかどうかというのはその時の環境」
反町キャスター
「鈴木さん、引き分けという言葉をプーチン大統領は話しています。今の鈴木さんの話を聞いていると、2島がまず還ってくるんだよ。4島全体の帰属の話をするのだよと言っても、たとえば、2島を先に日本に返還し、残りの国後島、択捉島を含めた帰属の問題となると、これは場合によっては4島とも日本に来る可能性もあるという交渉のプロセスになると思うのですけれども、これで引き分けになりますか?」
鈴木氏
「4島問題を解決して平和条約です。だから、その中で、たとえば、先に2島を還しますというのも選択肢でしょう、ロシア側として。いわゆる56年宣言に従って、善意をもってお還ししますというのも1つの判断でしょう。残り、国後島、択捉島についても、ここも話し合いで英知を結集しようと、知恵を出そうと、プーチン大統領が言っているんです。安倍首相も電話で、お互いの英知、国益をかけて、ロシアも良かった、日本も良かったという方向で、最大の外交努力をされるものだと思っています」
反町キャスター
「帰属の話をすることは、全部日本のものであるということをロシアに認めさせることなのですか、それとも交渉によっては3対1、2対2、もしくはロシア4で日本0ということも含めてですか」
鈴木氏
「総理も現在まさに交渉中のことですから、手のうちは明らかにできませんね。そういう意味では、報道されている事実はないと言うのは当然の答えだと思います。4島の帰属とは、日本の帰属か、ロシアへの帰属も含まれるのか。東京宣言というのが、前原さんが日本新党にいた時、細川さんが締結した話です。細川さんに聞いてもらったらいいという話ですよ。日本が4島を返しなさいと言った場合、ロシアが、はい、わかりましたと言いますか。ロシアの世論では、国際的な戦後の手続きによって正当に手にした領土であるというのが、圧倒的な認識ですよ。私はそういったことを考える時に、日本の主張だけが通るのがいい外交だとは思わない。外交というのは相手がある。お互いの国益と名誉がかかっている。折り合いをつけるしかない」
飯島氏
「帰属問題と言うとややこしくなりますが、現実に4島の施政権はロシアがやっていることは事実。ただ、4島は固有の領土だというのは変わらないわけですから、これまでの確認で平和条約を締結してもおかしくはないのではないか」
反町キャスター
「帰属問題を解決するというのは、どちらのものかという白黒をつける形ではなくても4島の帰属問題は今後も引き続き何らかの形で交渉をするというのも解決の1つであるという、そうでないと平和条約に辿り着けないというのはいかがですか?」
飯島氏
「4島は日本固有の領土であるという確認で、帰属という言葉が嫌な話で、そういう意味で言うと、日本の固有の領土は間違いないのですから、現在の状態で言うと主権がきちんと分離できていないです。主権の問題をどういう言葉で表現して、締結するかというのが大事だと思います」

ロシアの真意&日本の戦略
反町キャスター
「クリミアの問題。日本はG7の1か国として制裁に参加しておきながら、ロシアと日本の関係において平和条約を結ぶからとなると、当然向こう側は我が国の国境線を認めますよねと言ってくると思った時、この問題を乗り越えるのは難しい?」
鈴木氏
「私は何も問題にすることはないと思います。というのは、クリミアというのは住民投票の結果、あのポロシェンコ氏につくよりプーチン大統領についた方がいいというクリミア住民の判断ですよ。クリミアという国はタタール人国家だったんです。それをスターリンが追い出したんですよ。現在もタタール人は1割がクリミアに住んでいます。その1割の人は住民投票では皆プーチン氏支持です。本来は反ロシアです。ポロシェンコ氏よりプーチン氏がいいとこう言っているんです。合わせて北方領土問題で2島でも解決したならば、世界の見る目は変わると思いますよ。ロシアは領土拡大主義ではないのだと現に日本に返したではないかと。ロシアにとっても大きく国際環境は変わってくる」
反町キャスター
「G7の中で日本が先頭を切ってクリミア併合を認めることになる、そのリスクはあるのですか?ないのですか?」
鈴木氏
「私はないと思います」
飯島氏
「ユーゴスラビアの紛争で、セルビアとコソボと国が2つになりました。コソボの方はアルバニア人ばかりです。あの紛争と同じように、たぶんアメリカは基地問題が絡んでいたから、ワーッと火をつけただけで、実際にはクリミア半島で米軍の基地がなくなっても、ウクライナの方にちゃんと確保はできたんですね。ですから、静かに収まると思いますよ」
反町キャスター
「日本がクリミアをロシア領とすることを認めても、国際世論が日本を攻めるようなことはない?」
飯島氏
「それはないでしょう」
鈴木氏
「日本から認める必要はないです。プーチン大統領が安倍首相との会談で北方領土問題に一定の前進があり、第1段階として、たとえば、2島だけでも日本の領土として認めますと言うだけでプーチン大統領は領土拡大主義ではないということを世界に証明できるわけですから。ウクライナの和平問題もあれだけオバマ米大統領、キャメロン英国首相が強気に出たけれども、和平合意に関わりましたか。メルケル独首相とオランド仏大統領とポロシェンコ氏、プーチン氏4人で決めたではないですか。現在もその和平は生きているではないですか。同時にロシアは日本がアメリカやイギリスに引き連られて制裁に参加したけど、実質ロシアには影響がない。その点、私はプーチン大統領と安倍首相の会談の中では、日本の現状も話をして、プーチンさんは理解しているとこう思っています」

安倍&プーチンへの期待
秋元キャスター
「今後プーチン大統領との会談の中で北方領土の問題についてどのように話し合いが進んでいくと思いますか?」
鈴木氏
「私は、領土問題、国境画定は最高首脳の判断しかないと思いますね。プーチン大統領は80%の支持を持っています。安倍首相も50%から60%の支持を持っていますね。私はこの世論の支持の高い両首脳の決断しか、この領土問題の解決はないと思っています。そういう意味では、1956年から60年の節目の年に道筋がつけられなければ、北方領土問題は未来永劫解決しないという危機感を持っています」
秋元キャスター
「プーチン大統領も安倍首相と同じくらい解決したいと思っていると思いますか?」
鈴木氏
「私は、プーチン大統領は日露関係の重要性をよくわかっていると思いますね。たとえば、中国の台頭、あるいは韓国も力をつけてきています。橋本龍太郎政権、小渕政権、森政権、日露関係がとても良かったんです。この時、中国や韓国も静かでした。その後、日露関係の空白の10年があってから、中国も力をつけ、韓国も力をつけてモノを言うようになってきました。もう1つ大事なのは、エネルギーです。日本がアメリカに弱いのは、エネルギー資源なき国家で全てアメリカにおんぶに抱っこなんですよ。その結果、アメリカに何かにつけて、首根っこを押さえられている感じです。韓国も、中国もロシアの油、ガス頼みです。このことを考えた時、日本も隣国ですから、地政学的に近いロシアという大国があるわけですから、エネルギーの安定供給をすることによって、日本の発展、50年後も、100年後も世界に責任を持つ日本として生きていけるんですね。もっと大局観に立って判断すれば日露関係は大きな歴史をつくる結果になる。そのために安倍首相には期待しているし、安倍首相ならやってくれると思っています」
飯島氏
「ウラジオストクの東方経済フォーラム、プーチン×安倍首相で8項目、それだけではなくて、ロシア政府から日本政府に対する40項目以上と、期待、投資も含め、エネルギー問題に始まって農業から多岐に渡る状態にあるんです。8年以上前から私個人として言っているシベリア鉄道とJRとのドッキング、私が生きているうちは無理かと思っていたのですが、実現すれば北海道の人達もいろいろな意味で環境が変わりますね。それを1つとって見ても大きなインパクトがありますね。是非諸々の調印の後、がんばってほしいと」
反町キャスター
「12月に日露首脳会談がグッと進み、それを手土産に安倍首相が1月に解散総選挙をするのではないかと言われています。この可能性は?」
飯島氏
「100%ないです。過去に1月の選挙は2回しかないです。そのうちの1つが海部内閣、通常国会で予算出さないで1月24日に解散して、2月の投開票日、予算提出が6月です。こんなことができますか。まったく海部内閣と同じパターンになって、これで経済が失速しますよ。だから、あり得ない」

鈴木宗男 新党大地代表の提言:『未来志向』
鈴木氏
「外交には相手がある。日本も良かった、ロシアも良かったと、お互いwin-winの関係でいくのが良い外交だと思っています。そういう意味で、安倍首相の8つの経済協力新アプローチ、さらにウラジオストクの首脳会談の新たな発想によるアプローチ、ここで日露関係は変わっていくと思っています」

飯島勲 内閣官房参与の提言:『七転び八起き』
飯島氏
「1956年の日ソ漁業交渉、日本とソビエト、ロシアとだいたい7回大きな会談がありながら、まったく前に進まない、机上論で終わっちゃったと。これが初めてプーチン、安倍会談でやっと現実問題として前に進むだろうという期待。ですから、七転び八起きと」