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2016年8月9日(火)
原爆投下の思惑と覚悟 米公文書が明かす真意

ゲスト

秦郁彦
現代史家
木村朗
鹿児島大学教授
モーリー・ロバートソン
ジャーナリスト

『原爆神話』と『終戦』 『投下』は必要だったのか
秋元キャスター
「原爆投下に対するアメリカの世論について見ていきたいと思います。広島と長崎への原爆投下についてアメリカでの世論調査、戦後1945年に行われた調査では、85%の人が核兵器の使用に賛同していて、1991年の調査では63%が原爆投下は正当だったと答えています。昨年実施された世論調査では56%の人が原爆投下は正当だったと答えていて、数こそ減ってきてはいるんですけれども、原爆投下を正当だとする人は、現在でも過半数を占めているわけですね」
反町キャスター
「アメリカ人の一般的な感覚としては原爆投下がアメリカ兵の犠牲を少なくさせた。それははっきりしているのですか?」
モーリー氏
「そもそもアメリカ社会で、原子爆弾を広島と長崎へ続けて落としたことに歴史的な正当性があるのかという議論は、ほとんどされてこなかったと思います、残念ながら。ホロコースト、いわゆるナチスドイツの大罪や、それをアメリカが、ノルマンディー上陸でというのは繰り返し、繰り返し年がら年中やっていますが、対日戦に関してはあまり大衆の注意の中心点にないという」
秋元キャスター
「教科書ではどうなのですか?」
モーリー氏
「あるにはあるのですが、あまり強く教えないというのかな。日本の教科書でも例えば日華事変、満州事変以降を、あまり教えなかったりするという傾向がありますよね。それと同様に汚点と見ているからではないかと思うのですが、要するに、歴史教育の中でも対日戦というのはそれほど大きな地位を占めていないというのが現状だと思います」
反町キャスター
「一般的な感覚ではそうでしょうけれど、たとえば、学識経験者の人達とか、専門家の間では対日戦争における2発の原爆投下というのはどういう評価ですか?」
モーリー氏
「理系の科学者であればあるほど、強くマンハッタン計画の時点で、あれは人間が大変な過ちを犯していたと」
反町キャスター
「マンハッタン計画というのは第二次大戦中のアメリカの原爆開発計画のことですね?」
モーリー氏
「はい。ただ、さらに踏み込んだ人は、それをドイツもやろうとしていたし、日本も原爆をつくろうとはしていたんだよねという、意図があったという中でそこを水平に見ていくと、良いことだとは誰も科学者は思わないと思うのですが、ただ、ある意味、戦争の力学の中でそこに引きずり込まれたのではないかという多少冷静な意見もあります。ですから、原爆をこれは正義だと肯定するアメリカの理系の人は少ないと思います。ただし、1回戦争が始まってしまうと、戦争の靄というものがかかってしまって、アメリカのトルーマン大統領も判断材料がない中での緊張があるわけですよね。そうすると、ついいったのではないかという、そういう忖度をする人もいるわけです。ですから、全体に知識人は原爆には懐疑的だと思います」
秋元キャスター
「そうすると、原爆神話というのは、アメリカで広く支持されているのですか?」
モーリー氏
「広く流通している原爆神話は、大衆向けの部分が多いかと思います。内情とか、技術的なことや、放射線、放射能に関して知れば知るほど、あんなものを落としてはいけないと考えるのではないでしょうか」
秋元キャスター
「木村さん、原爆神話などについて、アメリカの世論などをどのように考えていますか?」
木村教授
「研究者レベルで明らかになったようなことが、必ずしも一般大衆、とりわけ退役軍人の方などには浸透していないとか、歴代大統領、あるいはメディア、教育レベルでも、原爆投下によって日本が降伏をしたのだというような、記述などの影響があって、そうなっているのかなとは思います。ただ別の要因として少し僕が感じているのは、アメリカの方と話していて感じることですけど、肯定される方であっても、どこかに原爆投下については一般の民間人が大量に亡くなったということで、どこか申し訳なさと言いますか、後ろめたさみたいなものを持っていて、それを感じさせないような、原爆投下を正当化する原爆神話を受け入れると、逆に。そういった素地があるのではないかなと思います」
反町キャスター
「原爆神話というのは、木村さんが見ている限りでは、いつ頃、誰の手によって?その神話は誰かが意図的につくって、流布しなければならないではないですか。誰が神話をつくって、誰がどういう意図を持って、情報として流したのですか?」
木村教授
「日本が降伏して戦争が終わったあとにキリスト教の教会とか、いろんな方面から、実は原爆投下は誤りであったのではないかとか」
反町キャスター
「戦後間もなく、そういう意見がアメリカ国内にあったのですか?」
木村教授
「アメリカ国内にも出てきたということでありますし、大統領に手紙を出した方もおられると」
反町キャスター
「先ほど、モーリーさんが言われたホロコーストというのは一般市民の大量虐殺だという前提に立った場合に、では、我が国の、要するに、アメリカ側が、アメリカ軍も同様のことを広島、長崎でやったのではないか、そういう主旨の問いかけですか?」
木村教授
「それに類したものだと思います。それに対する反論をする必要があるということで、スティムソン陸軍長官が『ハーパーズ・マガジン』に、1946年でしたか、書いた原爆神話なるものが一般大衆に定着して今日に至っているということだと思います」
反町キャスター
「スティムソン陸軍長官というのは要するに陸軍大臣ですね。当時、教会という一部、全部ではないですよね。アメリカの宗教界が諸手を挙げて、これはおかしいという大キャンペーンを張ったと、そういう意味でもないですよね?」
木村教授
「そういう意味ではないですけれども、世界からも、そういう声がマスコミ、その他でも実は出ていたということだと思います。イタリアなどの世論もそういったものが強かったと聞いています。ただ、肝心の日本からは、検閲統制などもありましたので、そういった声は聞こえてこなかったと思います」
反町キャスター
「それに対して当時の陸軍長官が長官名で、たぶんコメント、論文を出したんですよね?」
木村教授
「論文ですよね、原爆投下に関する」
反町キャスター
「そこまでやらなければいけないほど危機感を持っていたのか。主旨というものは、僕らが俗に言っている原爆神話と同じものだったのですか?どういう内容の論文を発表したのですか?」
木村教授
「それは原爆神話の柱になります、目的としては、早期に戦争を終結させる、日本を降伏に追い込むために落としたと。その結果、本土上陸作戦をすれば、100万人なら100万人というような多くの連合軍兵士の人命も救われたし、日本の人々、あるいはアジアの人々の人命も犠牲にならなくて済んだという内容ですよね」
反町キャスター
「それは、広島、長崎で20万ちょっとの犠牲者が出ていると思うんですけれど、それと、たとえば、アメリカ軍の日本本土上陸作戦、オリンピック、コロネットとか、作戦があったわけではないですか。それをやることによって米兵の死者、連合軍側の死者、それを迎え撃つ日本軍、日本一般市民の死者、全部足したのと比べた時に、数のうえでその方が少なかったから。まともに上陸作戦をしていたら、アメリカ兵も、日本兵も、日本の市民も100万人を超える死者が出ただろうけれども、原爆2発のおかげで、20万人で済んだと。その数の比較の話になるわけですか、これは?」
木村教授
「いや、必ずしも数の比較を意図して出されたものとは思いませんが、当初の見積もりが数万人だったものが、だんだん数が50万人とか、100万人という数字に膨れ上がっていく…」
反町キャスター
「何の数が、ですか?」
木村教授
「上陸作戦をした時の連合軍、とりわけアメリカなどの犠牲者の数を増やしていったという経緯がありまして」
反町キャスター
「秦さん、100万人という数字、どう感じますか?」
秦氏
「私は、そこは非常に判断が難しいですね。スティムソンの正規の報告書というのがあるんですよ、陸軍長官としての。それにはそういう数字は一切出てきません」
反町キャスター
「100万人という数字が?」
秦氏
「ええ。そういう予想みたいなことは、正規の報告書には普通、出さないものですよね。彼が陸軍長官を引退して、その後、雑誌の求めに応じて。『ハーパーズ・マガジン』というのは、日本で言えば、『文藝春秋』みたいな雑誌ですが。そこに書いたものの中に100万というのが出てきたと。この100万というのは死者と負傷者両方をひっくるめて」
反町キャスター
「ひっくるめてですか?死傷者ですね。死者ではなくて。全然違うではないですか?」
秦氏
「だけど、それがはっきりしないまま流通してしまうこともあるわけですね。ですから、100万という数字を見ると、100万の死者かと。こういうことになっちゃうのですが」
秋元キャスター
「そもそも原子爆弾という兵器がどのように開発され、落とされたのか。1938年、ドイツの科学者が世界で初めて原子核分裂を発見しました。翌年の8月、ドイツからアメリカに亡命していたアインシュタインが、時のアメリカの大統領、ルーズベルトに書簡を送り、ナチスの原爆開発の可能性を示唆します。翌9月、ドイツのポーランド侵攻によって第二次世界大戦が勃発します。1941年には日本軍による真珠湾攻撃によって、第二次世界大戦が拡大していきます。1942年アメリカで原子爆弾を開発するプロジェクト、マンハッタン計画がスタートします。マンハッタン計画にはのべ5万人の科学者と技術者が投入されまして、当時の金で20億ドルの資金が費やされました。1945年5 月にドイツが降伏しまして、原爆の、対ドイツという、当初の目的はなくなったものの、開発は続き、7月16日に初の原爆実験が成功します。それから、1か月も経たないうちに広島と長崎に原爆が投下されるという、こういった流れになっていました。木村さん、このドイツが無条件降伏した時点で対ドイツという当初の目的がなくなったにもかかわらず、なぜアメリカは開発を続けたのでしょうか?」
木村教授
「まず前提として、幻のドイツの核に怯えて、核の開発に着手をしたという、マンハッタン計画の始まりそのものもボタンの掛け違い。核抑止論の原点であり、誤りではないかという考え方を持っています。一応、幻の核に怯えながらもドイツの世界制覇を防ぐために、マンハッタン計画を始めたんですね。だから、当初の対象はドイツであったはずです。ドイツが降伏する前に、既に1944年の12月末にはドイツが核開発をしていないという事実が判明して…」
反町キャスター
「1944年の12月?」
木村教授
「はい。ノルマンディー上陸作戦が行われて、確認して、最終的にはわかった時点と言われていますけれども、本来ならば、そこでやめるべきだったと」
反町キャスター
「やめる理由がそこにあったはずですよね?」
木村教授
「そうですね」
反町キャスター
「ドイツがやっていないのがわかった。ドイツが降伏目前だった。そうしたらドイツに向けての、対ドイツの武器として使われる原爆はやめていいのではないか。その議論はアメリカの中であったのですか?」
木村教授
「あったと思いますけれども、表面にはあまり出ていませんよね。なぜ続けたかという理由で思うのは、ドイツが降伏したあとも原爆開発を続けた理由というのは、当初からマンハッタン計画の全体を占めていた比重は、対ドイツというよりも、対ソ連の比重が大きくて…」
反町キャスター
「初めからですか?」
木村教授
「少なくとも、グローブスが1942年の夏にマンハッタン計画の責任者になって以降、グローブス自身が当初からターゲットはソ連であったというような発言をしていると。ソ連に落とすということではないですよ。ドイツではなく、1943年の5月の戦争政策会議や、1944年9月のハイドパーク協定、アメリカとイギリスが行ったハイドパーク協定の対象は、ドイツではなく日本だったんですね。日本に原爆を投下することを既に話していたと。ドイツがまだ降伏をしていない段階ですね。だから、1945年の春以降、ドイツが降伏したあとに日本が降伏する動きは見せても最後まで原爆は日本を対象に落とす方向で進められたというのが実際であったと思います。それは原爆投下の目的にもなる意味で、それだけだと思いませんけれども、ソ連に対する威嚇作戦。戦後世界におけるアメリカの覇権の誇示といった政治外交目的があったのではないか。原爆外交説という、ガー・アルベロビッツ氏らが早くから唱えられていた説で、かなり目的の1つとしては重要であったと思います」
反町キャスター
「秦さん、現在の話はいかがですか?木村さんの話、アメリカの核開発、原爆開発は対ドイツ戦、対日本戦ではなくて、意識の念頭にあったのはスターリンだったという、ここの部分」
秦氏
「現在の、アルベロビッツ以下、いろんな人が言い出して、日本でも、あれはソ連に対する威嚇が主眼だったと思っている人が結構多いわけです。私は非常に懐疑的でして、なぜかと言うと、ソ連威嚇というのは効果があったのかと。全然効果がないわけですよ。むしろ逆だったんですね。つまり、アメリカは戦争が終わりましたとドンドン復員をするわけですね。それで軍備縮小ですよ、自発的な。ソ連は、軍備縮小をやらないわけです。アメリカが核実験を成功したという時に、全力を挙げて核開発をやれと。スパイも随分、たくさん持ち込んでいますからね。アメリカは10年ぐらいかかるだろうと予想していたのが4年で原子爆弾の、爆発をやったと。しかも、アメリカは広島、長崎に原爆を、これで戦争はできなくなったという、マスコミをひっくるめて大多数の国民は、そう信じ込んだのです。一部の軍人達は、いや、兵器というものは、次から次へと競争していって、また発展があるのだと言ったけれども、ダメだったんですよ。予算も大幅カットですし」
反町キャスター
「当時アメリカにおいては、広島、長崎に落とした原爆。これが最後の原爆だという議論があったのですか?もう二度と我々は使わないよ、どこの国も使えないよという、そういう議論があったのですか?」
秦氏
「いや、それは、科学者の中には…」
反町キャスター
「使うべきではないという議論があったのを僕は知っています。ただし、たとえば、軍部、ないしはアメリカの政府の中で、もう我々はこれを使ってしまった以上、この惨状を見たら、どの国も核兵器とか使えなくなっちゃったと。アンタッチャブルになったという議論になりましたか?」
秦氏
「そこまではなりませんね。ならないで、ただ、こういう効果はあったわけです。つまり、既に持っている原爆で十分だと、量的にはね。それから、改良する必要はないということで一挙に冷え込んでしまうわけですね、アメリカの中で。科学者達も皆、散っていったわけですね。その間に必死になってソ連が追いついた。しかも既にマンハッタン計画の時から原爆のあとは水爆だと唱える科学者がいたんです。だけど、その人達は遠ざけられていた。そうしたら、こちらの方を先にソ連が…」
反町キャスター
「水爆を先にソ連が開発しましたね」
秦氏
「そうなんです」
秋元キャスター
「原爆投下が戦争の早期終結につながったと考えますか?」
木村教授
「実際の事実関係からすれば、原爆の開発と投下のために戦争は意図的に引き延ばされ、その結果、日本、アメリカ、アジアで多くの犠牲者を出すことが、より強いられたと。だから、実際に言われていることとは逆であるとみなしています。なぜならば、1945年の春以降、ドイツが降伏して日本の降伏は間近ではないかと言われ、暗号解読、その他でも日本側の動きを知っていて、アメリカがどう動いたかということを考えるべきだと。アメリカが7月半ばにアラモゴードの実験があるということもその時点で予想していましたので、それに向けて本来ならばドイツが降伏した直後に開かなければならなかったイギリスのチャーチルやスターリンが要求していたポツダム会談の開催を、5月ではなく6月に、6月から7月1日、最後に7月15日までもっていったと。これはアラモゴードの実験がその翌日に予定されていることを見越したうえでの引き延ばし作戦であったと思いますし、1945年の2月のヤルタ会談でソ連参戦の密約ができますが、その見返りとして、千島列島プラス満州の権益をソ連に譲渡するという密約があったのですが、中国の頭ごなしにそれを決めていますので、その後、中国とソ連の間で満州の権益を巡る協定交渉がモスクワでなされていたのですが、その協定も締結を遅らせるように圧力をかけたという事実もあると。その一方で、マンハッタン計画は先延ばしにされるんですね。さらに言えば、ポツダム宣言に『核の戦後史』で書いた4つの罠なるものも、かけられたということで。ポツダム宣言の4つの罠で最も大きいのは天皇制容認の条項を当初の草案からアラモードの実験以降、あるいは7月3日にバーンズ国務長官が正式になって以降に、外したということがあります」

米公文書が明かす『真意』
反町キャスター
「天皇制をそのまま残してもいいという文言が、最初のポツダム宣言の草案には入っていた。これはいつの段階ですか?」
木村教授
「国務長官代理であったジョセフ・グルーなどが中心となってつくられた草案が7月までに準備されていて、それが削除されたのはアラモゴードの実験から原爆投下命令が出されるまで、あるいはポツダム宣言が出されるまでの間に削除されたということですね」
反町キャスター
「なぜ天皇制を残してもいいよという文言が草案に入っていたのですか?」
木村教授
「それは、ジョセフ・グルーなりが日本のことをよく知ったうえで、日本が求めているのは無条件降伏で、なかなか降伏が申し出せない中で求めているのは、最後は国体の護持、天皇制の維持だと。この降伏条件を緩和して、これを認めれば、日本は早期に降伏するだろうという見通しがあったうえで、これを入れようという発想でつくっていたということです」
秦氏
「これは、グルーは日本で大使を10年間やっていまして、その後アメリカに帰って国務次官になったんですけれども、彼はあちこちで戦争中に、天皇は軍部のいわば被害者であるということで。皆、天皇制は打倒すべきだと考えているわけですよ。ギャラップの調査では三十何パーセントが処刑すべしですからね。だから、そういう時にグルーとしては非常に勇気がいったと思うんだけれども、説明の仕方としてどう言ったかというと日本の社会において天皇は女王蜂のような存在であると。女王蜂を除去したら、蜜蜂の社会は壊れてしまう。だから、日本は、いわば民主的勢力もあり、天皇はそちら側に本来属しているのだと。だから、軍部さえ追い出せば、ある程度、民主主義に近い日本が復活するのだと。そういう考え方です。ところが、1942年にカサブランカ会談というのがありまして、そこでルーズベルト大統領が、ドイツ、日本に対しては無条件降伏を要求すると、アンコンディショナルサレンダー。その時に、これは異論も出たんですよ。なぜかというと、こんなことをしたら、日本、ドイツは徹底的に最後まで戦う。それだけ米兵の犠牲者も増えるし、戦争も長引くだろうと。だけど、大統領が言った以上、これがアメリカの戦時中の対日独政策の根幹になっちゃった。そのままルーズベルトからトルーマン大統領に引き継がれているわけですね。これに引っかかるわけですよ。つまり、言われもしないのに、こちらから天皇制は残してあげますよという、アンコンディショナルサレンダーとは逆ですよね。バーンズ国務長官なんかは日本のことをあまり知らない人だけれど、法律家ですからね。アメリカは原爆開発によって一段と地位が高まる。そういう時になぜこちらからわざわざ好んでこういう譲歩的条項を入れるのだという、ですから、スティムソンやグルーが最初考えたこういう考え方ですね。これはバーンズがダメですと。そうすると、大勢はルーズベルトの約束ではないかということになりますから、それを正面から持ち出されるとこれが消えてしまうのは当たり前なんです」
反町キャスター
「7月2日にポツダム宣言の草案が出来上がり、そのあと16日に原爆実験が成功します。25日に投下命令を出します。そのあと日本が飲めないような無条件降伏を要求するポツダム宣言を発表します。ポツダム宣言を発表して、日本側から正式な拒否の回答がきたあとで、原爆投下命令を出すというならまだわかります。それを投下命令を出した翌日に、飲みもしないであろうと思われるポツダム宣言を出すという順番の違いに違和感があるのですが」
木村教授
「それは先ほどから私が言っているポツダム宣言の4つの罠ということで、4つの罠があれば、日本側がポツダム宣言を受諾しないであろう、あるいは拒否するだろうと見通しのもとに出されたということで…」
反町キャスター
「つまり、アメリカは原爆を投下したいだけだという話にもなりますよ」
木村教授
「そういうことに近いと考えていますけれど、先ほどの無条件降伏の問題ですが、天皇制を容認して早めに日本を降伏させろと言ったのは、スティムソンやジョセフ・グルーだけではなくて、アレン・ダレスなども含めてかなりおられて、ソ連をすごく意識していたということだったんですね。降伏条件を緩和することと無条件降伏が条件降伏になるということとは違って、降伏条件そのものはアメリカが決めると。決めた条件に対しては有無を言わせないと、無条件に飲ませるというのが無条件降伏ですので、天皇制容認を入れるということは降伏条件の緩和ではありますけれど、無条件降伏を下ろすということではないという理解ができるという」
秦氏
「どうですかね。ポツダム宣言は、日本は飲まないだろうと思ったのは当然だと思います。なぜかと言うと、ポツダム宣言は13項目あるのですが、有名なのは、これを飲まなければ、迅速かつ完全な破壊あるのみというのがありまして、これは原爆を落とすぞということをそれとなく警告したのだと。だから、これで飲まなければ落としてもいいという条件付きなんですよ。ですから、実際に投下命令が出たのはもうちょっとあとです、実務的なやつは」
モーリー氏
「日本政府は、迅速かつ完全な破壊が何をほのめかしているのかを知る由はあったのですか?」
木村教授
「なかったと思います」
モーリー氏
「もしかしたらブラフだと思っていた?」
木村教授
「そう」
秦氏
「アメリカには大統領に科学顧問が2人いて、サイエンスの。2人ともハーバードの学長をやったような科学者なんですよ。大統領は聞くんです。相談もすると。日本はそういうのが1人もいないんですよ。いるのは皆、文科系の人間ばかりですから。原爆を思いつくような人間はいませんよ、これを読んでも」

米の『打算』と日本の『誤解』
反町キャスター
「広島に1発目の原爆で日本政府がきちんと反応できなかったことをどう感じますか?」
モーリー氏
「当時の日本は負け戦ですから、中が混乱していて、調査をして、しかも、たぶん日本側はガイガーカウンターとか、そんなもの持ってないですよね。放射能の概念もないわけだから、これはただ酷い、真っ黒焦げになっているぐらいしか報告できないと。だから、そういう躊躇もあったと思います。だから、日本側にインフラの弱さ、先ほどおっしゃった文系の人達が決めていて、原爆持っていると思ったのは1発しかない、2発あったわけですよね。アメリカ側からすると2発スタイルの違うプルトニウム爆弾ですよね。そうすると、2発目もはたしてうまくいくかという実験はしてみたくなりますよね」
反町キャスター
「実験の感覚になっちゃいますかね?」
モーリー氏
「つまり、二通りで1つが成功して、もう1つが成功しない可能性があるので、2つ目はたぶん軍の中でも実験の目で見ていた人はいると思います。ただ、僕は英語でフォッグ・オブ・ウォー、戦争の靄と言うんですけれども、本当にこういう修羅場になってくると、いわゆる普通の冷静な判断を理系の人もあまりやらなくなるんです。ですから、そういう状況にあって、2発目をなぜ落としたのか、これは人体実験だったのかとか、いろいろあとで50年、70年経って詰ることはできるんですけれども、当時の緊張感と日本人は最後の最後まで玉砕してやってくるのではないかという恐怖、ここらへんが相まってやってしまった。もう1つ、冷静な意見として、冷徹な意見として(原爆を)3発持っていたら、仮に。2発でしたね。3発持っていたら、もしかしたら3発目も落としていたかも。あるだけ使っちゃうという心理ではなかったのかという可能性も感じています」
秦氏
「それは年末までに30発ぐらいはできあがるということで3発目はテニアンに運ぶ途中だったんです」
木村教授
「(落とすのは)東京の予定でした」
秦氏
「それはちょっと疑問があるんですよ」
反町キャスター
「という情報もあるという話ですね。木村さん、2種類あるんですけどね。ウラン型とプルトニウム型をつくっていました。落としたくなっちゃったというモーリーさんの説明をどう感じますか?」
木村教授
「外交説であれば、広島型で十分だったと思うんですね。ソ連参戦があれば、日本はすぐに降伏するであろうという予測も立てておきながら、広島から、ソ連参戦があって、立て続けに、それも急いで、早めたんですね。2発目の原爆の投下。20日ぐらいを考えていたのを早めて9日になったということは、ソ連参戦の衝撃で日本が降伏してしまったら、2種類目の原爆は投下できないということで、早めに落としたと推測できるということですね」
反町キャスター
「アメリカは核実験を日本本土でしたかったという話になりますよ」
木村教授
「そう思います。私自身は」
秋元キャスター
「最終的に戦争終結の決め手となったのは原爆が落とされたことなのか、それともソ連が参戦してきたことなのか、どちらなのでしょうか?」
木村教授
「原爆投下以上に、ソ連参戦の方の衝撃が当時の戦争指導部なり、昭和天皇、陸軍も含めて大きな影響を与えたと思っています。ただ、もう1つ隠された要因はバーンズ回答というもので最終的に日本はポツダム宣言を受け入れることになったのですが、そこでは天皇制容認を示唆する文言が明示的ではないですけれど、盛り込まれていたと。一度ポツダム宣言の原案にあったような形ではないんですけれど、そこで示唆するようなシグナルのような形で盛り込まれていたと。そのバーンズ回答以外のルートでも、たとえば、新聞にリークして、アメリカの新聞は既に天皇制を容認することになったかのような流し方をさせましたし、そのことはスウェーデンの岡本大使を通じ日本側にも伝わっていましたし、先ほどの天皇制を容認するのだというシグナルは、様々なルートで、とりわけスイスの行使であった加瀬俊一さんを通じて、東郷、外務省、政府に伝わっていたということも言われています。8月14日に最終的にポツダム宣言を受諾した最大の要因はバーンズ回答の天皇制の容認であると。そこで明確に拒否されていたら日本はもっと戦争を続けて、ソ連がもっと入ってきて、影響力があった段階で降伏したという可能性が強いと思います」

現代史家 秦郁彦氏の提言:『核拡散を防ぐ技術的ポイント?』
秦氏
「核拡散を防ぐ技術的ポイントを見つけたいということです。有効な方法、と言うのは、今、誰でも核の問題ということになりますと核を廃絶すると。核を地上からなくすという、いわばちょっと理想的なことを呪文のように唱えるという傾向がありますけれど、それはいったい可能なのかどうかということですね。廃絶というのは、文字通りゼロにしちゃうわけでしょう。だけど、人間の頭の中に設計図が残っているのを消すわけにはいかない。そうすると、今度は全部チェックしたうえで、廃絶しても、次に持とうとするところが出てきて、それを、たとえば、3日でつくっちゃうというような方向へいきかねないわけですよね。ですから、核廃絶運動というのは、やりたいところには入れない国というのはたくさんありますよね。だから、文明国は黙っていても大丈夫なんです。その国の人達が一生懸命やってくれますから。と言うことで、拡散を防止するということに重点を置きたい」

木村朗 鹿児島大学教授の提言:『“核と戦争のない世界”を目指せ!』
木村教授
「基本的に核と人類は共存できないということで核のない世界を目指せというのが基本ではあるんですけれども、その核の中に、核兵器だけでなく、原子力発電、原発も含んで考えるということプラス、それ以上に大事なのは戦争のない世界を実現することであると。戦争の廃絶こそが最優先される問題であり、その中で核兵器、原発も含む、核の廃絶を目指すべきであると。原子力の平和利用も軍事利用も大きな問題があると思っています」

ジャーナリスト モーリー・ロバートソン氏の提言:『理想+現実』
モーリー氏
「平和への願いは諦めてはいけないと思います。日本は軍を持っていない国なので、世界に平和を発信していくべきだと思います。そういう立場にあると思います。ところが、現実問題、アメリカと旧ソ連、ロシアがいまだ持って備蓄された核兵器がいっぱいあります。一部もしかしたら北朝鮮などにもリークしているかもしれない。これに対して現実的に現在あるものを使わないように抑止するか。次第に減らしていくか。ダーティーボム(汚い爆弾)が起きないように拡散を防止するか。現実で対応すべきだと思います」