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2016年7月19日(火)
離脱・移民・領有権 現代における国家とは

ゲスト

岩下明裕
北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授 九州大学アジア太平洋未来研究センター教授
神保謙
慶應義塾大学准教授
林芳正
自由民主党安全保障調査会顧問 参議院議員(後半)

国家のあり方を考える『国境の引かれ方』
秋元キャスター
「国家のあり方について聞いていきたいと思うんですけれども、まずは日本の国境について考えていきたいと思います。日本の国境をあらためて見ていきたいと思います。東は南鳥島、西は与那国島、北は択捉島、南は沖ノ鳥島が、それぞれ1番端に位置しているんですけれども、岩下さん、そもそも世界全体で見た場合、国境というのは、どういう形で引かれてきたのでしょうか?」
岩下教授
「1番出発点から言いますと、ある空間の単位が国として広がっていきますね。その時は、向こう側は何もないと言ったら怒られるんですけれども、先住民の方もいて、いろんな方々が住んでいるんですけれども、国家としてはそれを広げていくわけですね。広がって行く先、フロンティアと言うんですね。私は北海道から来ていますけれど、フロンティアです。向こう側にも同じようなことが起こっていて、一般に言うと、フロンティアとフロンティアがぶつかって、どう線を引くかということが出発点です」
反町キャスター
「フロンティアとフロンティアがぶつかることが、初めて国境をつくる。それまでは国境がないわけですよね?」
岩下教授
「それはなかなか良い質問ですけれども、特にアジア的な、東アジア的な感覚ですと、そんなにきっちり線を引かなくてもいいのではないかみたいなのはあるのですが。これはヨーロッパの発想で、ちゃんと線を引いて、ここからここまでは俺のもので、ここからはお前のものだとはっきりさせようということは、割と最近ですよね。ただ、日本にとってみると、ロシアがああ見えてもヨーロッパの国なので、ロシアとぶつかって、そうやって線を引いたと。法律的にもそうですし、これがスタートになります」
反町キャスター
「そうすると、日本、当時は日本という前かもしれないですけれども、日本という国が国境というものを初めて意識した相手というのはロシアになるのですか?」
岩下教授
「初めてかどうかはわかりませんけれど、ただ、なぜかと言いますと、たぶん国境、今日、皆さん、いろんなご意見を是非聞きたいのですが、日本人は国境意識がないと言いますよね、島国だから。島がいっぱいある国にいろんな外国の船が来たりしますね。そうすると、自分達と違う人達が来て、そこでどこまでが範囲なのだろうかと考えます。そういう意味で、特に南の島ですと、ヨーロッパの国がいっぱい来ていますけれども、近さというところでロシアというのが最も明確に自覚させるきっかけになったと思いますね」
反町キャスター
「日本が初めて国境を意識した瞬間はいつだったというのは?」
岩下教授
「それはなかなか難しいですね。ただ、近代において、国境をきちんと決めて、国の形をつくらないといけないと思ったという意味では、ロシアと最初にぶつかって、北海道をどう守るかが、ある意味、出発点だと思います。アジア同士ですと…、要するに、琉球の話があるんですけれども、中国とも、日本とも、両方付き合うみたいな感じの時期もありましたので」
反町キャスター
「複数の空間の離合と集散による国境の変更というのは、どういう意味ですか?」
岩下教授
「要するに、世界が小さくなっていくというのか、いろいろな国が地球上に広がっていきますよね。そうすると、フロンティアの消滅になるんですね。確かに、南極はフロンティアではないかとか、北極もそうとか、いくつかあるんです。だけど、いっぺんある程度、陸地が分けられたら、できた空間が分かれたり、引っついたりということになるんですね。その場合に、平和的に引っつく場合もあれば、武力で併合する場合もあるし、分かれたりすることもあるのだろうと思います。ですから、ただ、フロンティアということを考えると、あとで議論になりますけれども、海ですね。海がフロンティアですよ。ですから、これに境界をつけていいのか。我々、ボーダリング、ボーダーということですけれども、どういうボーダーをつくったらいいのかということで、議論になっていると思うんですね。陸地は、逆にいっぺん引かれているものをどう変えるかという話になるので、この2番目が出てくるということです」
反町キャスター
「そうすると、2番目の離合と集散による国境の変更というのは、平和的な決め方もあるけれど、流行りの言葉でいうと、力による現状変更みたいなものも、この中に含まれると。こういうことになるわけですか?」
岩下教授
「ただし、今はそういうことはしてはいけないということに一応、国際法ではなっているんですよ。だから、一応、それはしていないというようなことを言っても、実際はやるのでしょうけれども」
反町キャスター
「そうすると、3つ目、上からの力による線引きというのは、何ですか?」
岩下教授
「皆さん、誤解してほしくないのは、必ずしも時期によって上から下へいっているわけじゃないんですね。それぞれ、こういう引き方というのが、同時期にあるということなのですが、1番わかり易いのは、ヨーロッパが植民地で、アジア、アフリカとかを線引きしていったという。それが1番わかりやすい例ですし、現在でも、たとえば、どこかそれ自体では国として成立しにくいような国がありますね。それと、たとえば、アメリカとか、ヨーロッパが介入し、ここを秩序づけ、だから、線を引くというのは秩序をつくるということになるんですね。そういうことも植民地の時代とは違いますけれど、あるということですね」
反町キャスター
「アフリカとか、中東とか、非常に直線的な国境があったりするわけではないですか。サイクス・ピコ協定みたいな、ああいうものはこのパターンに当てはまる?」
岩下教授
「もともとはそうです。最初に分割していくパターンで、地元の人は関係ないですよ。つまり、帝国主義がぶつかって、自分達の都合で現地の人達を分断するという、境界ということです」
反町キャスター
「この4つ目ですけれど、下からの行政ラインの国境化というのは?」
岩下教授
「これはいろんな議論ができるのですが、1度、線が引かれてしまうと、それ自体にある種の意味が発生してしまうんです。なぜかと言うと、行政であれ、何であれ、それは単位として機能するようになるんですね。そうすると、たとえば、帝国主義であった国が引いていくと、独立していくという場合に、空間をどう切り分けるか。簡単に一緒になれるか。そうもいかないし、いろんな利益が関わりますから、そうすると、とりあえずここに線があるではないかと。その線が引かれた経緯はいろいろあるのだけれども、この線を使って独立した方が、新しい国をつくった方が安定するのではないかというような国際法の考え方が出てくるわけですね」
反町キャスター
「最初から国境を意識してつくった線ではない。たとえば、植民地の線引きだったりするのだけれども、その後、宗主国がいなくなったことによって、そこが国境になってしまったみたいな」
岩下教授
「それは、たとえば、ラテンアメリカは、もともとポルトガル、スペインではないですか。あれが1つ、ブラジルとかになるでしょう。スペインの支配地でもいろいろレベルがあるわけですね、行政的に。それでだいたい割れてるということです。アフリカの場合は、アフリカの分割があって、それが独立する時にその線で割れると。最近では、ソ連の国境、共和国で割れるというのも、行政的国境がある。行政的境界がある日、国境になるというようなことを、形態的に見ると、今ある線を使うということですね。その場合に、単に上からだけではなくて、現地の人も、それで独立をしたいということもありますね」
反町キャスター
「岩下さんから見た時に、こういう決め方が1番いいんだよというのは?」
岩下教授
「理想から言うと、上からではない方がいいですね。理想から言うと。だけど、上からやらないと収まらないことはよくあるんですよ。お前らに任せておくと喧嘩ばかりして、人が死ぬではないか、みたいな時に、誰かが入って止めるというのは、これは現実的にありますよね。だけど、上の人達が、入ってくる人達が現地のことをまったく聞かずに決めちゃうと、それはまたトラブルになるから、そのへんは全部関係性ですね。1番平和的に境界を引く時は引きましょう。だから、たとえば、旧ソ連圏、東欧圏を考えてみれば、血が流れたケースと流れないケースがあるでしょう。たとえば、1番酷い、ユーゴスラビアですね。あれも分けようがなくて、ボスニア・ヘルツェゴビナ。どうしようもなく上から入ってやったという感じですね。だけど、チェコとスロバキアというのは平和に分かれたでしょう。ところが、また両方、一緒にEU(欧州連合)に入るんですよね。いっぺん分かれたけれども、また。つまり、隣りというのは引っ越せないので、境界というのは、できたり、なくなったりはするんです。だから、それをどうやって平和にやるのかということが大事ですよね」
反町キャスター
「お話を聞いているとだんだん国境にこだわらない方がいいのではないかという…そんなわけでもないですよね?」
岩下教授
「人間というのは、どこからどこまでを自分のものにして、相手にするのかということが大事です。つまり、私とあなたは同じか、違うか、というようなところで、常にあるんですよ。たとえば、ワインを、1本を買うでしょう。3人で飲むと。向こう側に人が5人ぐらいいたら、このワインという限られたリソースはどこまで分配するか。反町さんで止めるのか。しかし、それは反町さんからすると隣の方が気になるでしょう。自分だけ飲んで、隣りに渡さないと」
反町キャスター
「視線を感じますよね」
岩下教授
「でしょう。それをどこまでいくのかということを、飲み放題ならいいですよ。でも、リソースが限られた時、どこから線を引かなければいけないというようなことが起こります。たとえば、飲まれない方が間に1人いれば、そこが線になっちゃうでしょう」
反町キャスター
「バッファになるわけですね?」
岩下教授
「そうです。だから、私達が言っているのは、国というと国境ですけれども、その国に行く前のレベルでどういうふうに線引きが行われ、消えるのかというメカニズムと、それをどう調整して、なるべく平和に解決するのかというところですね。国というのはそれが力を持った集団ですから、1番ハードな部分ですね」

中ロ国境画定の背景
秋元キャスター
「中国とロシアは戦後、交渉の末、国境を確定させているわけですが、岩下さんは、中露の国境4000kmに渡って歩いて研究されたということですけれど、この中国とロシア、どういうプロセスを経て、何がカギとなって、この国境を確定することができたのでしょうか?」
岩下教授
「とにかくほとんどユーラシア大陸の、国境の紛争の根源みたいなもの、中ソ国境のようなところがあって、もともと歴史的には、中国が、清の時代に強かったんですよね。それで、その時はロシアが来るのは止めていたではないですか。ところが、19世紀になって、今度はロシアにおかえしをされて、アムール川の川を獲られて、ずっと来て、結局、沿海州まで獲られ、日本海の出口を失ったというのは中国にとってみると、ロシアというのは1番のプライドを、誇りを崩した相手です。その後、日本が来るではないですか。日本に、中国から見ると蹂躙されて、それを今度、特に北部の方だと、東北部の方を開放したのはソ連ですよね。ですから、国境地域を歩くと、モニュメントがあるんですよ。1つはロシアに不平等条約を押しつけられて100万km2を失った。そういう屈辱を忘れるなと。この国の歴史記念館に。ところがちょっと行くと、川べりにソ連軍ありがとうと、日本から解放してくれて。これが彼らにとって異常なコンプレックスですね、二重の意味で。社会主義と言って、兄弟だとソ連は言うわけですよ。ロシア人が言う兄弟というのは言い方に問題があるのですが、中国人から見ると、ロシア人が兄で俺達は弟だと。これは非常に嫌なんですよ。そういうのが、ずっと憤懣が溜まっていたのでしょう。1960年代の終わりぐらいに、紛争が出て、ある島を巡って」
反町キャスター
「それは大ウスリー島、このことでよろしいのですか?」
岩下教授
「これが非常に問題になったのは確かです」
反町キャスター
「もう少し下のダマンスキーですか?」
岩下教授
「そうです。ただ、ここは既にソ連が押さえていまして、ダマンスキーの方は」
反町キャスター
「この川をもう少し下った、中洲のようなところですね」
岩下教授
「一平方ぐらいですけれど。そこを毛沢東が、要するに、明らかに、中国側に近い、高台もあると。ロシアの基地、ちょっと北の方にあるんですね。ここだと取れるというふうにして冬の氷が溶けるちょっと前に取って、それで国境全部が準戦時化になった。両方とも核兵器を持っていますから、1番危機だったんですね。ただ、なぜそうなったかと言うと、この島です、このハバロフスクの近くの、中国語でヘイシャーズという」
反町キャスター
「この島は、大ウスリー島という島を巡って、川の中州にあたるような大きな島ですけれど、これが中露、当時は中ソか。交渉によって、ここの島は半分に割るというところに国境をつくって話し合いがついたという、この顛末というか、経緯というか、どういうふうな話し合いの結果、こういう2分割という決着に至ったのか。プロセス、どこがポイントなのか教えていただけますか?」
岩下教授
「まず不平等条約のもとで、アムール川とウスリー川の、要するに、川をほとんど、ロシア、ソ連が支配していたんです。つまり、川の中にある島というのも中国から見ると全部取られている。本当は、全部ではないですけれど。だから、先ほどのダマンスキー島事件、取り返しに行ったという事案があるんですね。ところが、国際法に則れば、主要航路とか、分けなければいけないから、半分ずつでしょうということでゴルバチョフがそれを進めて、ちょうどソ連が崩壊するちょっと前、1991年に協定を結んだんですね。ところが、この島だけは揉めるんですね。それで、前はこの島のおかげで戦争をしてしまったと。だから、この島だけはとりあえず棚上げしておこうということで協定を結んだんです。そこから、中ロ関係が良くなっていって、でも、この島を何とかしないと将来、嫌だよねということで、そこから先は割ろうではないかという話になったんですよ。どこで割るかとなったのは、中国とロシアと、唐家璇の回顧録に書いてありますけれども、結局、このラインになったということで、だいたい半分ですね」
反町キャスター
「もともとロシアが占領していたということであれば、ロシアにしてみたら、話を丸く収めるために半分を譲渡したというイメージになりますか?」
岩下教授
「それがそういうふうには言わないんですよ。譲渡というよりは中国とロシアの未来のために国境線を調整して確定したと言うんですよ。ところが、中国人から見ると、半分とは言え、取り返したと。これはロシアが不平等同条約を認めて、悪いと思ったからだと中国の中で言うわけです。そうすると、ロシア人は怒るんです。俺達は不平等条約が間違っているとは思っていないと。これはあくまで平和のため、未来のために譲り合ったんだというようなところで。何が言いたいかというと、認識はお互いに違うんです。未だに論争しているんですよ。だけど、折り合って…」
神保准教授
「中国は最近になって、たとえば、領土の統一というのは核心的利益であると。いろいろな古代からの歴史を紐解いて、領土の非妥協的な性格というのを非常に強く打ち出して、南シナ海とか、東シナ海に行っているわけですけど、ただ、過去20年ぐらい、国境確定の歴史みたいなものを紐解くと、確か23ぐらい、中国は国境の問題を抱えているうちで、17について妥協的な解決をしていると研究されているんですよ。たとえば、今、岩下先生が中ロをおっしゃったのですが、中央アジアとの関係を考えるとキルギスについえは1996年、カザフは1998年、タジキスタンは2002年に、それぞれ国境を確定させているんですけれども、そのほとんどにおいて、中国はおそらくキルギスにあげたのが68%で、カザフが66%で、タジクに至っては96%、係争しているものを譲っているという中で、解決しているということなので、領土交渉において、実は中国の立場というのは、過去20年の交渉経緯を見ると、相当柔軟に国境確定してきたという、こういう歴史があるということは、一方で押さえておかなければいけないと思います」
岩下教授
「1960年代にそういう時期があるんです。北朝鮮とか、ミャンマーとか、それから、パキスタンと同じような調整を…」
反町キャスター
「中国が?」
岩下准教授
「そうです。ダメだったのはインドですよね。それから、ベトナム。それとソ連。この3つなんですよ、陸域では」
反町キャスター
「神保さん、中国が中央アジアにおいて柔軟な姿勢をとった背景は何だと見ていますか?」
神保准教授
「おそらく1990年代ということになると、中央アジアとの関係ではちょうど、上海ファイブ、上海協力機構という地域枠組みが新しく生まれ、地域秩序というものを、中国がリードをとって付き合っていこうとする時期に当たっていますし、国内的に考えると、ちょうど江沢民政権、西部大開発という形で地方における、特に西部における開発というものを積極的に進めていくということもあったと思いますし、3番目は、海洋権益と比べると、国民の関心が薄いわけですよね。中央アジアの中小国家と何をディールしているのだという部分において、いわゆる国民のコントロールがしやすい交渉形態だったといろいろな背景があって、国境が決まっていったということはあると思います」
岩下教授
「国境問題と騒ぐけれど、実際にそれがどこにあるのか、どこが揉めているかがほとんど知らないんですよ。だから、国境問題はありますよと言いますけれど、普通の国民が見ていて、中国とか、どこと揉めているか、地図よくわからないでしょう。すごく操作性があるということですよ」
反町キャスター
「それは、時の政権の、いわゆる国民世論、ないしは目をそらすとか、そういうツールに使われやすいという意味で言っていますか?」
岩下教授
「いや、だから、たとえば、紛争激化しようと思えばできるし、収めようと思えば収めることができる、ある種、操作性を持っているところはあるということですよ、領土には。だから、ダマンスキーの話をしましたね。あれはあの時は悪の象徴でしょ。ソ連と戦うというふうにダマンスキーを忘れるなとなるわけではないですか。ところが、解決する時は、ダマンスキーを繰り返してはいけないと。同じダマンスキーでも、プラスに働く時と、もっと煽る時と、両方効果があるんですよ」
反町キャスター
「それは、一方、ロシアの側から見た時に、ロシア側の交渉における、ロシアの姿勢から何が読みとれるのかというのは、それは先ほどの中国側に当てはまっている理屈と同じですか。ロシア側から見ても、ダマンスキーは痛かったし、ここで繰り返されるのが嫌だったという、こういうことになりますか?」
岩下教授
「トータルに考えてみると、両方とも、ロシアと中国、似ているとすると、2万km以上の陸国境を持っているんですよ。中国は14ですよ、隣国が。周りを囲まれているわけですよ。周りの国は中国が怖いのでしょうけれど、中国も周りが怖いですよ。ロシアも同じですよ。と言うことは、境界をはっきりさせていって、安定させるということが、自分達の生存と発展に大事であるということなのでしょうね。それにやっと気づいて、1990年代は、それに邁進したというのが今にきているんだと思います」

北方領土… ロシアとの交渉
反町キャスター
「それは陸の国境だからですか。僕が、何を言いたいかというと、実は北方領土というところにおける国境を確定させることが、ロシアにとって、言われたような、不安定要因を除いて、国益の充実に対して、もう少し傾注できるという判断にはロシアはなかなかならない?」
岩下教授
「ロシアは解決したいんですよ、できれば。だけど、日本との関係でしょう。中国との関係みたいにやっているわけではないし、冷戦時代は緊張していても、日本人が取り返しに行ったりしないでしょう。中国人はそれをやるわけでしょう。日本はできないわけですよね。なぜかと言うと、北方領土は日本に施政権がないから、日米安保の対象にならないでしょう。だから、日本が自分で取りに行くこともできないですよ。と言うようなことを考えれば、別に日本と妥協するのにそんなにコストを払わなくてもいいではないですか。中国とだったら、妥協した方がいいという、コストをかけても利益が多いと思うんですよ。つまり、はっきり言うと、解決をしなくても」
反町キャスター
「向こうは困らない?」
岩下教授
「困らないと。日本もそういうことを言うと怒られるんですけれども、本気で譲り合って、抜き差しならない、何ともお互い戦争になるぞみたいな緊張感がないのだと思います」

中国が狙う新たな『国境』
反町キャスター
「南シナ海における中国の領有権の主張はどのように決着したらいいのか?」
岩下教授
「だから、法的に言うと、もうこの前の仲裁裁判所の言う通りですし…」
反町キャスター
「でも、これで、たとえば、中国の国境観というか、海における国境観ですよ、陸においての国境観は先ほど、話を聞いたみたいに非常に柔軟な感じを受けるんですけれども、陸における、たとえば、中ロの国境、中ロにおいて示した国境観、ないし中央アジアの先ほど、神保さん言われたような中央アジアの国々が話し合いで示した国境観と、海における中国の示している国境観、同じではないですよね?」
岩下教授
「1つ言えるのは、中国の国境観は、陸のことで形成されてきて、もともと海というのはフローだし、フェンスつくる、囲い込むというのは最近の話ではないですか。だから、そんなこと考えないわけです、普通。陸の国境のことを中国はずっと考えていたわけです。ある意味で、古い時期の陸の国境で今の海を見ているんです。だから、万里の長城をつくるみたいな話を言うではないですか。あれは昔の国境観ですよ。ところが、中国も陸の国境においてはいろいろ厳しい状況があって、お互い折り合って解決した方がいいというのがわかってきて、だから、ある種、陸の国境観は上の段階に到達しているんです。ところが、海はフロンティアでしょう。フロンティアなんですよ。今、発見したところだから囲い込むと思うんです」
反町キャスター
「その感覚は、40~50年遅れていませんか?」
岩下教授
「40~50年どころではないのではないですかね」
反町キャスター
「中国政府に妥協の必要性を生じるインパクトを与えるまで、アメリカのプレッシャーいっていると思いますか?」
林議員
「現在の段階では、アメリカ側の専門家に聞いても、もう少し内々に線を引いて、ここまでは絶対、地図ではちょっと東側ですよね。フィリピン近づけば近づくほどというのもあるし、戦略的に大事な拠点がありますから、そういうのを考えながらフリーダム・オブ・ナビゲーション(航行の自由作戦)を少し強化するみたいな考え方はあると思いますね。ただ、アメリカが大統領選挙なので、ここがまたタイミング的にG20と大統領選がちょうど同じ時期にあるので、中国が若干振り上げモードに入る時と、アメリカのレームダックの時期が重なるというのですか、そのへんがちょっとどうなるのかなというのはありますね」

南シナ海と中国の戦略
秋元キャスター
「南シナ海問題で仲裁裁判所の最終判断が出ました。中国は九段線を巡ってどのように動いてくると思いますか?」
神保准教授
「大きく分けて2つぐらいの動きがあると思うんですけれども、1つは今、南シナ海7か所で埋め立てを行っているんですけれども、おそらくこのペースを緩めずに埋め立てを進めて、様々な滑走路であったり、関連施設というものを完成形にもっていくということは続いていくのだろうと思います。ただ、ここにもいくつか注意すべきポイントがあって、1つは、このスカボロー礁という低潮高地ですか、岩ですか、があるんですけれども、ここの埋め立てがまだ本格的にスタートしてないですね。2012年にフィリピンと対峙をして、中国がほとんど実効支配的な動きを見せている場所ですけれど、ここはルソン島から西側に200kmぐらいのところで、ここに仮に軍事施設ができるとフィリピンの軍と米軍の前方展開施設の相当近くで、レーダーや対地ミサイルの中に入るということで、これは、アメリカはちょっと違う対応を見せる可能性がある。ひと揉めする可能性が高いというところである。もう1つ、今の判断の中で結構フィリピン寄りの場所が低潮高地と判断された結果、そこを起点とする領海及び排他的経済水域を生まないということなので、埋め立てるという国際法的な根拠を失っているわけです。そこにはスービーとか、ミスチーフとか、結構、重要な場所があって、そこに滑走路がもうできているわけですけれども、これを今後フィリピン、アメリカが、埋め立てを継続した場合どう判断するかというところは、新たな判断のポイントになるかなとは思います。そして、まさに来年の党大会に向けてですけれど、中国の強行派が描く最もいいシナリオは、それまでに南シナ海に防空識別圏を設定すると。先ほど、言った三角形ですけれども、西はウッディー島、南はファイアリークロスで、東はスカボロー礁というところで、軍事拠点をつくることができれば、警戒監視活動や戦闘機によるスクランブル活動ができるということで、実質的に防空識別圏を設定することができるという、これが1つ目のカテゴリーの動きですね。もう1つは、今回こてんぱんにやられてしまったと、仲裁裁判は完敗の状態ですけれども、依然としてリットン調査団の報告書が出たから国際連盟を蹴り飛ばして辞めるとか、こういう態度に中国は出ているかというと、一部そういう意見もあるんですけれども、依然として中国は国連海洋法条約を尊重するという立場ですね。この矛盾をどう読み解くか、おそらくこれから一生懸命になって、無理筋ですけれども、国連海洋法条約の解釈権は我が方にあるという立場を無理やり主張すると思います。確かにアンクロスというのは完璧な条約ではないので、様々な解釈の矛盾というのが生まれるわけですね。島の定義にしろ、岩にしろ、大陸棚の延伸にしろ、いろいろ問題は山積しているわけです。ただ、アンクロスの精神というのはこのような争点が生まれた時には、当事者同士が平和的に交渉するのだと。それがダメな時はいろいろな裁判に持ち込むということですけれども、当事者同士の解決というものこそ中国が今回の事態を打開する道だと、と言うことで、フィリピンのドゥテルテ政権とどれだけの交渉がまとまるかというのが1つの彼らにとっての法的なブレイクスルーを生み出す重要なポイントということになると思いますね」
林議員
「フィリピンは法的拘束力という言葉を使っていないですね。(裁判が)終わったあと、我が国も仲裁裁判の判断は最終的で紛争当事国を法的に拘束するとはっきり言っていました。アメリカも中国及びフィリピンを法的に拘束する。オーストラリアも同じことを言っているけれど、当事者のフィリピンは、自分は決定を尊重することを確認しますと言っているのですが、判断について、法的拘束力があるというところをまだ言っていないんです。少しバイで、中国も2国間でと言っているので、何か話すことになった場合に備えて、法的拘束力がある、最終的だと言ってしまうと、そちらにいけなくなってしまう。どうも余地を残しているのかなという感じが、他の国のコメント、第3者的な我々はそこまで言っているのに、当事者が普通は勝ったから絶対にやる、法的拘束力は当然ありますよと言ってもおかしくないところで、そういうスタンスでまだ留まっている」
反町キャスター
「日本としては、仲裁裁判所がキチッと判断を出しました、でも、フィリピンが法的な勝利よりも実利を選びましたという状況に対しては、外交チャネルを通じて何かできるのですか?」
林議員
「ASEAN(東南アジア諸国連合)なんかは、1つずつでやると相手が大きいから、皆でまとまってやろうと。ルールで、法の支配でやりましょうと言っていたものの、結果が出たので2国間でやってしまうという例外になるということと、我々もそうだ、そうだと皆言っていて、法に従ってやろうねと決めたのだからと言っていたのに、それから逸脱してしまうということと、直接的な比較として、我々もここを通してやっても、そのあと、こういう例があるのだからとなっちゃうよねと。2重の意味で、ちょっと我々にとって望ましくない展開ではないかなと」

日本の国境への向き合い方
秋元キャスター
「今後、日本は国境を巡ってどういうスタンスでいるべきなのか?」
岩下教授
「普通に考えたら、いろんな主張していますし、守るところは守るということになるんですけれども、日本の周りの海というのは境界線が決まっていない場所が多いんですよ。先ほどの地図もそうですけれど、あれは海上保安庁がつくっている地図ですが、いろいろ、たとえば、沖ノ鳥島に疑い持っている国もありますし、北方領土、それから、竹島とか、尖閣とか、領土問題と言うかどうかは別として、勝手に決まっているとは世代的に言われない場所が多いわけですね。漁業水域を見ても、日韓と日中とかで一緒に暫定水域をつくっている。そうすると、はっきり線が決まっているというのは対島のあたりぐらいのようなもんですね。そういうふうに周りが決まってない状態ということが、日本にとってどういう意味を持つのかということから考えた方が良いのではないかと思うんです。日本が自分である種、自立し、自分のことを自分でマネージできるような国になっていきたいのであれば、自分の境界が足下から決まっていないというか、つまり、揉めている場所がいっぱいあるという状態はあまり日本にとっては普通に考えると良いと思えない。1つずつ解決していって、隣国と、仲良くしなくてもいいですけれども、関係を安定させることが普通に考えると日本の国家の立ち位置というのを上げていくというふうに、普通はなるはずですけれど」
反町キャスター
「国境の確定に向けた日本政府の努力というのをどう評価されますか?」
岩下教授
「ぶっちゃけた話をすると、あまり急いで解決をしなくてもいいかなと思っているのではないですか。1番解決できそうなのはたぶん北方領土なのですけれど、どこまでコストをとってまで解決したいかというと、4島だよ、みたいな話に戻ると、ロシアが絶対嫌だと言うから、そうしたら解決しませんよねという話が続いてきているわけですよね。他のところは、尖閣に関しては、領土問題がないという立場で、いちゃもんをつけられているということで、いちゃもんをつけるのは間違っているということを言おうとしているんですよね。竹島に関して言うと、本気で取り返そうという気があるのかと、怒っていますね、島根の人達は口ばっかりだと。だから、解決しないでもいいのではないかなと思っているような気もしますね」

林芳正 自由民主党安全保障調査会顧問の提言:『腰を落としてねばり強く』
林議員
「あまりはしゃいで手を出して引っ張られてもいけませんし、腰が上がると足をすくわれてもいけませんが、後ずさりしないようにということですね。今のポジションから引かないということではないかと思います」

岩下明裕 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授の提言:『思いこみをすてろ 話を創るな 勝ち負けをわからなくせよ』
岩下教授
「今日のおさらいになりますけれど、最初に思いこみを捨てる。つまり、国境というのはつくられたものであると。変わるものであると。これがずっと続くと思うな。これは2つあって、変わるから守らなければいけないし、今あるものはあると思うなということもあります。2つ目が、話をつくるなと。中国もそうですけれど、我が国も韓国も歴史を使ってドンドン国境を聖域化してく。それはやめよと。最後に解決する時にはもう勝ち負けがわからないようにしなければいけない。どちらが勝ったかわからない。でも、お互い勝利したということを地元の利益と国の面子とうまく合わせて、解決できるのではないかと思います」

神保謙 慶應義塾大学准教授の提言:『戦略に基づく国境の管理』
神保准教授
「領土の管理、交渉による解決を目指す時は、切ったはったの損得ではかるだけではないということだと思うんです。その先にある戦略を考えざるを得ないと。たとえば、ロシアと長期的にどのような戦略的な関係をつくって、その関係ができるからこそ日本の外交アセットとして、本丸である中国にどう向き合うことができるのかとか、そのツールとして実は国境管理が重要な役割を担うという、大人の判断ができるのかどうか。これが問われていると思います」