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2016年7月18日(月)
資本主義『最終局面』 脱成長依存と社会の形

ゲスト

水野和夫
法政大学法学部教授
井手英策
慶應義塾大学経済学部教授

資本主義経済は終焉? 低成長の真因を読み解く
秋元キャスター
「内閣府が発表しました実質GDP(国内総生産)成長率の見通しですが、1月の時点で、2015年度は1.2%の見通しだったのですが、先週水曜日の最新発表で、実績0.8%に修正されました。これは年明けの中国経済減速などが影響したというふうにされています。2016年度についても、1.7%から0.9%と下方修正されました。増税前の駆け込み需要がなくなったことですとか、EU(欧州連合)経済の不透明さが理由に挙げられているわけですが、水野さん、この下方修正の背景をどう分析されますか?」
水野教授
「予想段階の、政府見通しの1.2%や、あるいは1.7%。これは、過大見積りだと思うんですね。たとえば、1.7%という成長率の見通し、2016年が今回、0.9%になったんですけれど、理由が、消費税を先送りしたので、駆け込み需要がなくなったということと、それから、EU経済の不透明さ。でも、これで、半分も成長率が下がるなんてことは、実際にはないと思うんですね。ちょっと下方修正の理由があまりにも貧弱すぎるというのですか。今までは成長率、政府見通しよりも良い数字が出てきて、それで税収見込みがプラスだった。見通していたよりも税収が法人税を中心に増えたということがあるんですけれど、これは円安により輸出企業の業績が非常に良かったということですけれど、1-3月の中国ショックとか、それから、今回のイギリスのEU離脱ショックで円が100円から105円ぐらいのところまで来ましたので、輸出企業を中心とした過去最高益をこれからも更新していくということが難しくなって法人税も予想通り上がらないということになると思うんですね。個人消費の方はもともと良くもなく悪くもなくという状況でしたので、基本的にはゼロ成長をずっと維持してきて、プラス成長をするというのは、公共投資のところと、輸出と、企業収益が良くなってきましたので、設備投資。そういったところで押し上げていたと思うんですけれども、それがなくなってしまったということだと思います」
秋元キャスター
「井手さん、日本経済の現状どのように分析されますか。
井手教授
「2つぐらいポンイントがあって、1つは、そもそもバブルが弾けて今に至るまでが、どのぐらい成長してきたのかっていうことですよね。平均値、実質成長率で見た時に、平均値で、だいたい0.9%、1ケタいかないぐらい。まだ日本経済に元気があった時の、あの時代を含めても、0.9%とか、1ケタいくかいかないかという状況で来ていたわけですね。その中で、実質2%とか、名目3%ということを打ち出すのが果たして現実的なのかと。そう考えた時に今、お示しいただいた0.8%だとか、0.9%というのは極めて健全な数字が出てきたなという感じがしちゃうわけです。だいたいそんなものでしょうという感じがするというのが1つですね。もう1つは、僕らの頭の中で、円安になると輸出企業が潤って、また株価が上がってと考えますよね。でも、現実に円安になっても、それほど輸出企業が潤わなかったという問題もあるわけです。もちろん、水野さんがおっしゃったように潤ったことは事実です。ただ、僕らが頭の中で思っているほど、そこに依存をしているわけでもなくて、と言うのも結局、小泉政権期に多くの企業が海外に行っているわけですね。そうすると、なかなか今まで思い描いていたように、円安になって、輸出が伸びて、これで収益が上がってというふうにならない構造になってきているという問題があると思うんですね。にもかかわらず、今回のこの数字が示しているのは、明らかに外需依存だということですよね。要するに、1.2%が0.8%になるにせよ、1.7%が、0.9になるにせよ、海外が不安定化すると、それは中国ショックであれ、EUショックであれ、そうすると途端に落ち込むという問題が確かにあるんだけれども、ただ、本当に外需が理由で、そこまで落ち込むかというのはよくわからない。ですから、要するに、0.8%、0.9%というのが、だいたいその線というのが、日本経済の自力なのではないかという見方をした方がいいのではないかと思うんですね」

日本経済史とアベノミクス
反町キャスター
「今日、ある意味、アベノミクスに対する評価が1つのテーマになるんですけれども、アベノミクスと言われる政策のパッケージ。それに対する評価というのはどうなのですか?水野さんは」
水野教授
「それはアベノミクスだけではなくて、先ほどの…」
反町キャスター
「いや、○か、×かで」
水野教授
「×です。できないことをやろうとすれば、あちこちで弊害が出てくるということで、弊害の方が明らかに大きいと思いますね」
反町キャスター
「ただ、今日、政治家の方を迎えていないのですが、ここに政治家の方がいたら、どうですかという話になるんだけれども、政治はある意味、国民に目標を提示すること、こういう方面に行きますよという、決して、しかも、悪い目標設定を、国民に提示することってなかなかできない部分だと思うんです。そういうことを敢えて踏まえたうえで、あれはやむを得ないターゲットセッティングではないかな、そんな甘い見方は全然ダメですか?」
水野教授
「それはもちろん、やむを得ないターゲットセッティングをして、後々、いろいろな好条件が重なって、できれば結構ですが、できない時にはどう責任をとってくれるのでしょうということですね」
井手教授
「今、×だとおっしゃって、僕は2つの意味で×だと思っているんですけど。それは、いや、△と言うと、また、つまらないことを言いやがってと言われそうなので。そもそもの話、潜在成長率というのは、いくつかの要因があって、たとえば、労働力人口の話があって、これは減っていく、あるいは労働生産性と呼ばれるような生産性の問題ですよ。これももう落ちていっている。さらに技術革新が起きるか、起きないかという問題があって、実は技術革新のイノベーションの力というのはアジアの中も3番手、4番手と言われているようなレベルですよね」
反町キャスター
「でも、安倍さん、イノベーションという言葉が非常に好きで良く使いますよね。僕らもイノベーションという言葉を番組のタイトルで使ったりする。イノベーションって、日本にはその可能性ないのですか?」
井手教授
「ないとはもちろん、言いません。ですけど、国際的に見てかなり弱いところにいると。低い位置にいると。そうすると、潜在成長率が落ちていくということは間違いない話ですよね。その中で果たして財政でお金をばら撒いて、あるいは金融緩和をして、でも、そういう問題ではない、もっと本質的なベーシックな部分が痛み始めているということを考えた時になかなか難しいと思うんですね。一方で、先ほどのアベノミクスの評価とかかわってくるんですけれども、もともと成長戦略でやっていたのは、旧三本の矢。3つの柱がだったわけですよね。ところが、これがうまくいかなくなって、思ったほどの結果が出なくて、新三本の矢が出てきた。しかし、新三本の矢というのは、実は分配政策ですよね。いわゆる景気刺激策というよりも、幼稚園の施設を、保育園施設をつくりましょうねとか、介護施設をつくりましょうねというような形の分配政策になっていっているわけですね。分配政策に舵を切ったということ自体、成長、成長と言っていたけれども、なかなかうまくはいかなかったということを認めているということだと思うんです。ところが、これが1つ目の×の話ですね」
反町キャスター
「舵を切ったことが、もう×なのですか?」
井手教授
「効果がないと認めているわけですね。それは、消費増税を先送りしたことも含めて、これは客観的に見て効果が不十分だったと認めざるを得ない。これは、1つ目の×の話。2つ目の話で、野党がどういうふうにそれに対峙したかというと、いや、効果がないではないかと。一方で、いや、与党はまだ足りないだけだと、もっとやればもっといけるのだと。いけるか、いけないのかの水掛け論になってしまっているわけですね」
反町キャスター
「選挙がそうでした」
井手教授
「はい。本当の問題は、効果があるか、ないかと言われたら、うーんなんだか、なさそうだな。経済に対して不満だという国民が増えてきている中で、それでも、なお、支持率が落ちないということですよね。これがすごく重要で結局、ある程度成長をしていってくれないと皆、もたない。だから、政治家の皆さんもそうおっしゃると思うんですよ。それは当然、そうだと。ところが、そうだけれども、実際にこれだけやったって、なかなか経済は成長しないというのを国民は目の当たりにした時、うーん、どうしようと。だったら、野党はこうすれば成長できるというのを出すか。それとも、成長とは違う次元で、もっと新しい社会像を打ち出していくのか。どちらかだと思うんです」
反町キャスター
「後者の野党はいなかったですよ」
井手教授
「そう。だから、それが2つ目の×。つまり…」
反町キャスター
「2つ目の×は野党に対する×?」
井手教授
「そうです。だから、△というと怒られそうだったから、2つと言ったのですが、要するに、野党は野党でだらしないことをやっているわけですよ。そうすると、相対的に、与党の方がいいかなというふうになって、つまり、アベノミクス以上のことはそう簡単にはできないですよ」
反町キャスター
「その意味では、政策パッケージとしてはある意味、やれるものは詰め込んだという意味では評価はされるわけですか?」
井手教授
「だからこそ、それでも成長しなかったという表現を、僕達は使わないといけないと思うわけです」

右肩上がりは『昔日の夢』か… 経済史で解く成長鈍化の背景
秋元キャスター
「水野さん、日本の経済成長が停滞した転機。いつ何がきっかけだったと思いますか?」
水野教授
「1970年代だと思います。日本の成長というよりは先進国の成長が屈折したというのが1970年代で、理由は、1971年のニクソンショックと1973年のオイルショック」
反町キャスター
「ニクソンショック、つまり、ドルショックとオイルショックによって、日本の成長メカニズムがどのように変わったのかというのは、どう理解したらよろしいのですか?」
水野教授
「ニクソンショックとオイルショックというのは、まずオイルショックの方は、より合理的、経済の観点から言えば、少ない努力で多くの成果、あるいは少ないコストでより多くの売上げをというんです。それが合理的です。より少ないコストというのを保証してくれたのが、オイルショックの前までの、いわゆる国際石油資本という7つの会社があって、それが1バーレル、必ず2ドルなら2ドルないし3ドルで石油を分配してくれるということですので輸入は非常に小さい金額で済みました。それから、1ドル360円の世界でしたので必ず100台輸出すれば、必ず売上げがいくらになると、輸出金額が確定したんですけれども、360円の時代から100円の方向に向かっていきましたので、100台を輸出しても、昨年と同じだけの売上げが手にできるとどうかはまったくわからないということになって、1970年代から、より合理的に、というのが崩れたと思うんですね」
反町キャスター
「合理的に、つまり、原油価格も安値安定しているし、為替も安定していたから、その中でのより合理的な利潤の追求というのができなくなっちゃった?」
水野教授
「ええ。1970年代以降できなくなっています。それで金融の自由化をし、それから、人・モノ・金の自由化をして、より遠くへ行くという選択をとったんですね。より遠くへ行くには人よりも早く遠くへ行かないと、利潤が極大化できないということなので、それで金融の自由化が、徐々にグローバリゼーションということになって、市場の拡大ということになったんですけれど、21世紀に入って、ついに、アフリカまでグローバリズム前線が及ぶようになったんですね。経営者も、それから、債券市場も同じだと思うんですけれども、次だけ考えている経営者、あるいは債権のトレーダーというのは、たぶん勝負に負けると思うんですね。次の次をどうするかということを考える。でも、アフリカまで行けば、次の次はどこに市場を開拓しようかと思っても、南極しかないわけですから。ペンギンを開拓しても買ってくれないですから。この21世紀の初頭でより早く、より遠くというのは事実上、終わったと思う」
反町キャスター
「ニクソンショックとオイルショック、1971年と1973年以降、GDPの名目の成長率、ずっと低くなっちゃったんですけれど、この状態からの脱却。これはもう難しい?」
水野教授
「もう難しいと思いますね」
反町キャスター
「半永久的にゼロ、こういう状況も全世界的につながっていくだろうと。これは成長戦略というものを考えること自体意味がないということになるわけですね?」
水野教授
「意味がない」
反町キャスター
「ただ、そうした中、たとえば、世界を見るとG20が特にそうなのですが、円安誘導をするなよとか、いろんなことで経済問題ないしは、随分、経済政策や貿易政策を巡って、いろんな国同士で、先進国対途上国かもしれない、ないしは先進国同士かもしれない。いろいろ、鞘当てがあるではないですか。あれはどう見たらいいのですか?」
水野教授
「あれは少しでも自国の条件を有利にするためにやっているというので、隣の国をちょっと貧しくしてでも、自分達だけはちょっと豊かになりたいという、そのせめぎ合いをやっているのだと思いますね」
反町キャスター
「それは、つまり、パイはこれ以上大きくならない?」
水野教授
「大きくならないと思います」
反町キャスター
「大きくならないのに、ほんの1、2ミリの厚さを切り、削り取ろうという努力を今、先進国、ないしは他の国の間でやっている?」
水野教授
「TPPも、その1つだと思うんですね」
反町キャスター
「井手さん、いかがですか?現在の水野さんの見解。どう感じますか?」
井手教授
「僕は日本のことしかわからないので、世界的な動きというのは、なかなか言えないですけれども。ただ、日本がいつ変わったかと言われると、すごく難しいんだけど、明らかに3つあるわけですね。1つ目は今、水野さんがおっしゃった、ニクソンショック、オイルショックのあった1970年代ですけれど、実はもう1つショックがあって、カーターショックというのがあるんですね」
反町キャスター
「それはいつですか?」
井手教授
「これは1970年代の後半ですけれど、アメリカのカーター政権が世界の経済を日本とドイツで牽引しなさいという日独機関車論というのがあって、この圧力に負けて、1970年代の後半に内需拡大という名目で公共事業を劇的に増やしていくわけですね。ところが、その結果、1980年代になると巨大な債務が積み上がっていまっている。まずここからが1つの流れだったと思います。一方で、1985年、これは国際経済とも関係するんですけれど、プラザ合意です。要するに、1つの国ではもう経済をコントロールできないということを皆、認めたような瞬間だったと思うんですね。当時の流行り言葉で言うと、国際協調ですね。あるいは協調介入と言ったりもしましたが、皆でマーケットを協力して、コントロールしないともう無理だという局面がやってきた。これは先ほどの1970年代とは明らかに違っていて。日本だけで公共事業をやれば何とかなるよねという世界ではなくて、国際的な連携のもとで、モノを考えなければいけなくなったという局面だと思うんですね。その流れの中で1990年代に、たとえば、グローバルなレベルでいうとBIS規制の問題や国際会計基準の問題があって、わかり易く言えば、企業が人件費を削って、手元にお金を残していくしかないような状況に日本は追い込まれていく。かつバブル期のバランスシート不況という言い方をしますが、要は、これまでは銀行に担保は土地で預けていますよね。でも、土地の地価がドンドン下がってしまうものだから、担保の価値がドンドン落ちちゃって。そうすると、銀行は追い担保、追加の担保を求めてくる。これで企業はmou持たないと言って、銀行の借金をドンドン返して、自分の内部留保でもって、投資をしていきましょうと局面に変わっていく。これらが複合的にドカーンとやってきたのが1997年から1998年の時期で。この時期から企業は内部留保を増やしていく方向に、人件費を削る方向に、非正規雇用を増やしていく方向に明確に転換します。実はちょっと余談になっちゃうけれども、その時に自殺者の数も2万4000から3万3000に増えている。あれも結局は雇用の場を失った人達の悲鳴だったんだけれども、それも大きなグローバルの展開の中で起きている。だから、3つぐらい山があったんでしょうね。1997年、1998年の転換以降、いわゆるデフレ経済のもとで日本はずっと停滞の時期を過ごしていると。そういうことだと思います」
反町キャスター
「井手さん、現在の話を聞いていると、先ほどの、たとえば、BISの話、プラザ合意というのは、いわゆるグローバリゼーションと言われる中で避けられないものだと、僕は少なくともそういうふうにいろんな人から言われている」
井手教授
「僕もそう思います」
反町キャスター
「それは避けられないものだと?」
井手教授
「もちろん、BIS規制であれ、国際会計基準であれ、アジェンダセッティングというんですけれども、もともとのフレームワークをつくる場に日本が真ん中に入って、自分達に有利な制度をつくれたら、また別だったと思います。でも、それだけの力がない中で、しょうがない。ですから、左派リベラルが内部留保を積み上げ過ぎだと怒るんだけれども、気持ちはわかる、確かにすごく積み上げていますから。ただ、一方で、要するに、やり過ぎということはやり過ぎですけれども、ただ、そういうふうにしなければいけないような、企業自身そういうところに追い込まれた側面がないわけではない。そこはちゃんと評価をしなければいけないと思います」
反町キャスター
「そうなると、やむを得ない?成長率の鈍化、ないしは、もしかしたら、格差と言ってもいいのかもしれないですけれども、そういった日本の社会が抱える様々な、そういう問題というのは、政府が積極的にその方向に持ってきたものというよりは、そのグローバルゼーションやら、アメリカとの関係においての比較優位な問題が崩れてきた中で、やむを得ない状況の積み重ねた結果こうなっていると感じますか?それとも、そこに政府の恣意的な、そちらに向けたドライブがあったのですか?」
井手教授
「僕自身はやむを得ないという方に近いですね。立場としては。それはなぜかと言うと、戦後、高度経済成長期以降、日本というのは2つ政策の柱を持っていたんですね、財政に関して。1つは減税。これは毎年ように所得減税をやっていくんです。もう1つが公共事業。面白いのが2つとも勤労という言葉がキーワードになっているんですね。要するに、勤労をした立派な人達に所得をお還ししますという、勤労所得税の減税。これは所得税のことですけれど、減税をする。もう1つは、人々に勤労の機会を提供する公共事業です。この2つが基礎にあるわけです。逆に言うと、勤労が前提で成り立つ社会は自分で働いて自分で貯金をしないとダメなんですよ。どういうことかと言うと、家を買う、あるいは子育てにも、あるいは老後の備えも、病気の備えも全部貯金をして自分で何とかしなさいという社会を僕達がつくってきているわけです。これを勤労国家と呼ぶんですけれども、その残滓というか、名残があるわけですよ。従って、1990年代に日本政府が何をやったかというと、所得税の歴史的な減税、もう1つが大規模な公共事業。実はこれが経済効果に十分ではなかったことはもう皆さんがご存知の通りです。1990年代にあれだけやったって、結局は借金だけが残ったのを皆、知っている。でも、それは別に彼らが愚かで、政治家が愚かで、そういうことを何となくやっちゃったというよりも歴史的な流れの中で、日本はそうやって生きてきたわけですよ。ですから、その中でこういう状況が生まれているとするならば、やむを得ないと言わざるを得ない側面が強いと思うんですね」

新たな成長モデルは? ポスト資本主義を探る
秋元キャスター
「アベノミクスによって成長軌道を描いていく可能性についてはどんな見通しを持っていますか?」
水野教授
「それは非常に難しいと思うんですね。そもそもまず円レートが円高の方向に向かっていますし、消費については内閣府のアンケート調査でこれから暮らし向きが良くなるのか、悪くなるのかという点については悪くなると思う人の方がパーセンテージで言えば15%ぐらい、良くなるより、常にずっと1990年代半ばから現在にかけて同じようにまったく変わらないです。家計がこれから良くなるなんて思っているわけでもないということですので、そうすると、円安と株高に支えられていたアベノミクスの実態が、実力がそのまま出てきて、潜在成長率のほうに向かって、ゼロの方に向かっていくのではないかと思います」
井手教授
「僕は、1つ思うのが、だから、もうこういう議論をそろそろやめた方がいいのではないかという気がするわけですよ。この議論をやめた方がいいという理由は、成長、成長と言ったって、これからの日本経済はそういう状況になっていくのでしょうということです。だから、冒頭申し上げたようにアベノミクスぐらいがんばっても、結果がなかなか出ないという現実から目をそらしてはいけないと思うんです。ところが、成長をやめようと言って、本当に多くの有権者がそれに賛成するかと言うと相当難しいと思う。でも、大切なことは今たとえば、老後に皆さん、不安を感じますか、感じませんかと聞いた時に、回答者の9割が不安だって答える状況です。貯蓄をなぜやるのですかと聞くと、1つは老後の備え、1つは病気の備え、はっきりしていることがあって、人々が求めているのは将来不安をどう払いのけてくれるか、ここに尽きているわけですね。なぜ僕達がこんなに成長、成長と言うのか、それは所得が増えて、貯蓄すれば、将来の不安に自分達が備えることができるからですね。では、成長は本当に目的なのですか、僕はそう思わない。本当の目的は人々の将来不安をなくすことですよ。とするならば、将来の不安に怯えなくても、たとえば、介護が必要になっても、子育てで子供が生まれて、幼稚園に行かすにしても、それがちゃんとある程度保障されていくような社会になっていけば成長、成長と言う必要がなくなっていくはずです。成長は本来、成長して所得を増やすことによって人間らしく生きていける。だから、成長が必要ですよね。成長は手段ですよ。目的ではない。しかし、私達は今、成長を目的だと勘違いしていると思う。ところが、成長しないものだから、だから、常に裏切られては人々が政治に不信感を持っていくということの悪循環だと思うわけです」

どう描く?成長なき経済モデル 資本主義の先に広がる世界 水野和夫 法政大学法学部教授の対案:『脱・成長』
反町キャスター
「対案は何か。『脱・成長』というのは、どんな社会を目指していくべきだと考えていますか?」
水野教授
「成長社会というのは、より早く、より遠くですから、脱・成長というのは、その反対になりますから、より近く、よりゆっくりという、それをベースに。人間というのはあるシステム、依存していたシステムがダメになれば、その反対をするしかないですね。人間というのはこれまでユートピアのシステムを手にしたことが1度もないわけですから、ずっと昔から実験の繰り返しで、少しずつ良い社会になるんだろうと思って、現在のシステムに依存しているわけです。でも、結局それがダメということになれば、もう1つ、その前の、近代の前が中世ですけれども、中世がよりゆっくりと、より近くにという基盤で成り立っていた社会ですので、もう1度そこに戻るしかない。近代をつくった時もそれはいきなり近代というのは何かというのは当時わからなくて、古代ギリシャに習えと中世を否定して、古代ギリシャの人間復興という、それから、近代をつくったわけですから。とりあえず一歩前に戻らない限り、妄想で何もないところから、白地のキャンパスから新しいシステムを描き出すなんてことはできないと思うんですね。ですから、よりゆっくり、より近くというのをベースにしたあとは、どういう社会をつくっていくのかというのは、これは何世代もかけて考えていくしかないと思います」
反町キャスター
「ゼロ成長で行った場合、1000兆円の借金はどうなるのかなと、そこはどうなるのですか?」
水野教授
「借り換えさえちゃんとやれば。現在でも預金が、企業預金も入れれば、1000兆円を超えるんです。1000兆円というのは、翌日、月曜日の朝9時に全員が換金したいということはないではないですか。1000兆円の預金というのは常に引き出したい人もいれば、預金したい人がいて、グルグルと成り立っているわけですよね。預金の半分が国債に結びついていますから、そうすると、1000億円の国債は誰かが資金不足になった時には、必ず資金余剰の人がいるんですね。これは経常収支が均衡していないとダメですけれど。経常収支が赤字に定着すると、この議論は成り立たないですけれども。そうすれば、誰かの資金不足は、誰かの資金余剰ですから、国債も償還さえ、資金繰りさえつけば。ゼロ成長ということは金利もゼロになりますから、利払い費は必要ないという」
反町キャスター
「どう考えたらいいのですか?財政、借金について」
井手教授
「基本的には心配ないという立場です。たとえば、あまり話したくなかったんですけれども、反町さんが日本の将来、財政危険だぞとちょっと思っているわけでしょう。その時に、たとえば、GDP比200%の借金だからと、僕達はびびるわけですよね。GDPを知っています、何だか?付加価値の合計額でしょう。では、来年、全部借金を返そうと思っています?では、何で1年の付加価値を分母にするのですか。普通10年かけて、20年かけて、借金を返そうと思うのだったら、10年、20年の付加価値の合計額を分母にすればいいではないですか。20年をもし分母にしたら、対GDP比10%ですよ。次に、家計1人当たり800万円の借金があるとよく言われますよね。ところが、800万円の借金がある代わり、9割方が国内保有ですから720万円以上の資産があるはずですね。普通、住宅ローン組む時に、毎日破産する、破産すると怯えますか?資産があるからいいではないですか。そういう問題ですよね。あるいは肩車社会論と言われますけれど、たとえば、高齢者1.2人の若者が1人のお年寄りを支えるような時代がやってくると、よく言われますよね。こういうの聞いて僕達はびびるわけですよね。だけど、大切なことは65歳がそんな重要な数字ではないですよ。大切なのは働く人分の働かない人ですよね。同意していただけますか?この数字は2050年まで変わらないと言われています。先ほど、水野さんがおっしゃったのは、ちゃんと借り換えができればいいと。現在日本銀行が持っている国債があって、400兆円ぐらいあるのですかね、当然償還期限がきますね。その時にすぐに翌年、返しますという形で借り換えるわけです。これを、たとえば、30年、40年後に返しますという借り換えをやってしまえば、その判断だけで400兆円近くの借金が数十年後に先送りされてしまうわけです。これはドメスティックな、国内の債務だから、こういうことができちゃうわけではないですか、あるいは日本銀行が持っているからできるわけではないですか。でも、大事なことは、そういうことが与える市場へのインパクトは大きいですよ。これだけズバッとやってしまうと。だったら、ちゃんと財政再建のためのフレームを真面目に議論しましょうということをやるべきだと思います。従って、現在、自然増収と言って、景気が良くなったら、予想外の収入が入ってきますね。これをすぐにばら撒いてしまう。ここを、借金の返済とリンクさせたらどうだろうと。あるいは今後、何かの支出を新しく増やす時には必ず増税をセットでやろうねという議論をする。これは全然見当違いのことではなく、自然増収を借金の返済に結びつけようというのは、かつて日本はやっていました、あるいはアメリカやスウェーデンを見ると新規の支出には新規の財源をリンクさせなさいとやっているわけです。ですから、民主主義の改革、予算制度の改革を真面目に議論しながら、他方で債務の長期化をセットで利用していく。そうやって、これ以上は何とかなるから大丈夫よというメッセージをちゃんと政治が打ち出すべきですよ」

どう描く?成長なき経済モデル 資本主義の先に広がる世界 井手英策 慶應義塾大学経済学部教授の対案:『脱・成長 依存』
反町キャスター
「井手さんの『脱・成長 依存論』、これはどういうことなのでしょうか?」
井手教授
「先ほども言ったように、ちょっと水野さんとの違いを出しておかないといけないので、1つぐらい違うよというところを見せようと思ったんですけれど、脱・成長は、僕も長期的には賛成です。ただ、現在の人々の生活、特に中間層の生活は劇的に水準が落ちていっています。その中で脱成長ということを打ち出して、本当に人々が納得するかというと僕はすごく難しいと思う。重要なことは先ほど言ったように成長が手段であるということをもし認めていただけるのであれば、老後の不安、あるいは老後でなくてもいい。将来の不安をちゃんと払拭できる様な政策をとるべきだと僕は思います。その中で、たとえば、何で日本はこんなに成長に依存するのかというと、成長しないと人間らしく生きていけない社会をつくったからですね。つまり、成長して所得が増える、貯蓄をする。実は戦争に敗れた国、日本、ドイツ、イタリアは皆、高貯蓄率ですね。それは貧しい中から立ち上がる時にとにかく貯蓄をして、自分で何とかしようとしたわけですけれど、ところが、成長が止まった瞬間に貯蓄ができなくなる。現在も家計貯蓄率は落ち込んでいます。そうすると、どうなるかと言うと、病気の備えもできない、子育ても心配、子供を塾に行かせられない、老後の備えもない、介護になったらどうしようと、あらゆる事が一気に、つまり、成長の危機が、経済の危機が、生活の危機にダイレクトに結びついちゃうような社会を僕達がつくったわけです。成長神話と言いますけれど、神話ではないですよ。成長してくれないと人間らしく生きていけない社会を僕らはつくったと。そうすると、誰もが成長を信じたくなるし、僕達は成長に依存しないと人間らしく生きていけない社会を生きている。とするならば、僕達は脱成長という前に、将来は大事だけれども、その前に、成長に依存しないと生きていけない社会を変えるべきなんですね」
反町キャスター
「成長以外で将来不安を解消する方法があるということですか?」
井手教授
「日本人はこれまで自分で貯蓄して、全部備えてきたわけですね。自己責任とよく言いますが、日本ほど自己責任社会はないです。全部自分で貯金してやってきた社会。特に現役世代の受益、政府からもらうサービスは、先進国の中で最低水準です。そうなっていくと、結局のところは、自分で貯金をするのではなくて、社会全体で貯金するイメージになればいい。そうすると、何が起きるかと言うと、たとえば、大学がタダになるとか、あるいは介護や育児・保育、医療費の負担が軽くなる。そうしたら、別に所得が減ったって、とりあえず人間らしく生きていけるではないですか。重要なポイントが1つあって、自分で貯蓄しようとすると、いつ死ぬかが自分ではわからないではないですか。過剰貯蓄になってしまう。だから、消費が落ち込んでしまう。でも、政府にプールしておいて、このお金が全部生活のために使われれば、僕らは残ったお金を消費にまわしていいわけです。2つ目に、子育ては非常に重要だけれど、幼稚園をタダにしましょうと、保育士の給料を5万円上げるとかをやっていますね。あんなのは全然おかしくて、幼稚園や保育園の教育の水準をどうやって高めるかということが決定的に重要です。そうすると、子供達は優秀な労働者になっていき、しかも、才能ある女性が働きにいけるようになりますね、子供を預けられるから。しかも、納税者になっていくと。実は、日本の経済成長にすごく貢献をする。これはOECD(経済協力開発機構)やIMF(国際通貨基金)のレポートを見ると必ず書いてあることです」

水野和夫 法政大学法学部教授の提言:『競争から協力へ』
水野教授
「この競争というのは成長戦略そのものだと思いますね。技術競争とか、あるいは海外でのマーケットシェアを競争で高めるというのが成長戦略だと思うんですけれど、もうそんなことをしていても成長するわけではないと思いますので、むしろ競争というのはストレスを生むだけ、ストレスを生む社会になっていくと思いますので、それより競争から協力へ、これは井手先生が先ほどおっしゃった市場経済と、財政の役割ですね。財政のところでより負担能力のある人はちゃんと負担してくださいという、そういう意味を込めて協力ということです」

井手英策 慶應義塾大学経済学部教授の提言:『税と負担のベストミックス』
井手教授
「僕、今日、皆さん話が上手だから財政再建に反対しているような人間だと思われているのではないかと思うんですけれども、大切なことはこれまでのように無駄を探せと言って、歳出を削減したからといって、歴史が証明していることは、財政は再建されなかったということです。大事なことは人々が何を欲しているかをちゃんと考え、そのために増税をする。出すものを出して、取るものを取るというパッケージの中で、初めて財政は再建されていく、そういう打ち出し方が大事だと思います」