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2016年5月24日(火)
兄弟姉妹はリスクか? 家族介護の負担と影響

ゲスト

平山亮
東京都健康長寿医療センター研究所
福祉と生活ケア研究チーム研究員
山田昌弘
中央大学文学部教授

日本の家族のあり方を考える 生涯未婚…老後の『きょうだいリスク』
秋元キャスター
「平山さんの本『きょうだいリスク』にあります、この『きょうだいリスク』とはどういう状況を表しているのでしょうか?」
平山氏
「1つは『共倒れ』リスクということで、ご兄弟の中に、たとえば、生活が不安定、仕事が見つからなかったとか、心と体の難しいことで仕事が続けられないという時に、1人では生活していけない兄弟がいたと。そのご兄弟を、いろいろな経済的なところも含めて、支えることによって、しかしそもそもご兄弟は、自分で生活ができないわけですから、ある意味、丸抱えになってしまうわけですよね。そういうことで、ケアをするというか、サポートする側が資源をその兄弟の方に向けて使ってしまうことによって、サポートをしていた兄弟の方も困窮してしまっている。それが1つの共倒れリスクですね。2つ目は、『心理的』リスクと書いたんですけれども、この場合は、必ずしも自分が丸抱えをするわけではなくて、そのご兄弟、たとえば、生活保護のような制度、福祉の制度の方につないでいって何とかしようとする。でも、一応、それはそれでご兄弟のことを考えてやったわけだけれども、自分がみなかったということで、負い目に感じてしまったりとか、そういうことで後ろめたさを感じて、兄弟との関係が疎遠になったりとか、悪くなったりということが1つあります。最後は、『関係性がこじれるリスク』と書いたのですが、これは主には親の介護とか、親が亡くなったあとの相続の問題で、誰がどれぐらいの負担をして、あるいは相続だったら誰がどれぐらい貰うのかということが、意思疎通がうまくいかないことによって、それまでそれほど波風立たなかった兄弟の関係というものが難しくなっていく。そういう意味で、関係性がこじれるリスク。こういうパターンがあるようなところではないかなと」
反町キャスター
「そういうところに至るまでの経過というか、経緯はどんなものが想定されるんですかね。モデルケースというのも変ですけれども」
平山氏
「引き金になるということで、1番多いのは親が倒れる場合ですね。最初に困窮している兄弟が丸抱えするリスクというお話をしたんですけれども、生活が不安定な兄弟というのを親がみているということが多いんですね。そうすると、だんだんと親が年をとって介護が必要なると。親自身もケア、サポートが必要になると。そうすると、子供の面倒をみることができなくなりますね。そうすると、親のケアと兄弟のケア、サポートというのが両方一気にいってしまうと。そこでどうしようかという問題が起きるので、1番トリガーというか、引き金になるのは親が倒れた時が多いですね」
反町キャスター
「『きょうだいリスク』が発生する背景というものは、それは兄弟の間の、経済的な関係性というか、社会的な地位の違いとか、そういう問題が出てくるのですか?」
平山氏
「そうですね。兄弟というのは必ずしも現在だけではないと思うんですけれども、兄弟の間に必ずしも同じ様な社会的、経済的地位があるとは限らないと」
反町キャスター
「金持ちの兄貴と貧しい弟、そういう意味ですか?」
平山氏
「そうですね。私のイメージの中では、格差が起こっているというイメージですね。しかも、ちょっと収入が違うくらいではなくて、片方はフルタイムで働いて、家庭があるんだけれども、片方は生活が不安定、仕事が見つからなくて、親元から出ていけないみたいな。ライフスタイルそのものが違うような兄弟が増えていると。しかも、兄弟の数自体が減っているので、たとえば、2人兄弟で、もしそのうちの片方がそのような不安定な兄弟だとしたら、そのうちの子供の半分が割合として半分が不安定になるということなので、インパクトというのは兄弟の数が多くて、たとえば、4人も5人もいて、1人だけが不安定な場合と、2人しかいなくて、その1人が不安定になった場合では、ちょっと違いますよね」
反町キャスター
「負担を散らしようがないと。そういうことですか?」
平山氏
「それはありますね」

生涯未婚『きょうだいリスク』の背景
反町キャスター
「山田さんは『きょうだいリスク』が起きる背景にはどんなものがあると感じますか?」
山田教授
「平山さんがおっしゃったように、20、30年前の状況と、現在の状況は大きく違っていると思うんです。20、30年前は、たとえば、兄弟に格差があると言っても、兄が大企業に行ったけれど、弟が中小企業に行ったとか、そういう格差であるとか、もしくは嫁ぎ先が裕福な家に嫁いだか、自営業に嫁いだかとか、その程度の差で、別に生活に支障がある格差というわけではなかったと思うんです。ただ、現在は2つの意味で格差というのが拡大して、1つは未婚率の上昇ですね。現在の60代、70代の人はほぼ9割以上の人が結婚しているので、兄弟でも、つまり、結婚をしているわけです。かつ女性だったら、正社員の旦那さんがいるという家族がほとんどだったんですけれど、現在、そろそろ2015年のデータが出ると思うんですけれど、生涯未婚率がだいたい2010年の段階でも、男性は5人に1人、女性は10人に1人が生涯未婚の見通しであるということ。さらにこの確率がどんどん高くなっているわけですね」
反町キャスター
「明らかに独身の割合というのが、急速に現在、増えているわけですか?」
山田教授
「独身で、高齢を迎える人の割合が急速に増えています。現在の若い人だと、高齢を迎える時に独身である確率は3割から4割はいくと思います」
反町キャスター
「その人達が、いわば今日テーマになっている兄弟リスク予備軍の一翼を担っている?」
山田教授
「はい、それが現在増えているので、問題が起きているということですね。ただもちろん、家族の格差だけではなくて、雇用の格差も大きくなっています。非正規雇用者の割合ですけれども、1984年、現在から30年ぐらい前は、非正規雇用者は少なくて、ほとんどは正社員の夫にパートの主婦がだったんです。それが現在となっては37.5%。未婚の人も増えています。だから、20、30年前は独身女性であっても、独身であれば、正社員としてずっと勤めたという人が多かったんですけれども、現在は逆に独身であることと非正規であること、正社員になっていないということが逆にシンクロし始めたんです。昔は覚悟というか、独身でいるつもりだから正社員でいるということだったんですけれども、現在は逆に男性が非正規だから、なかなか結婚相手に恵まれず、女性はもともと非正規が多いということで、非正規かつ独身という人達が現在、急速に増えているんですね」
反町キャスター
「たとえば、非正規の人達がなぜ結婚ができないのかという話になった時に、政府の方針、今度の骨太の中にも入ってくる同一労働、同一賃金というのがあるではないですか。日本の非正規労働というのは、正規雇用者との差があり、6割ぐらいの賃金しかないのだけれど、それをせめて8割ぐらいまで上げようではないかと、こういう議論があるわけですよね。これを、たとえば非正規労働者の6割の賃金である非正規を8割とか、9割とかに上げていった時に、正規と非正規の雇用形態の違いはあるにしても賃金が上がっていけば、独身率、裏を返せば結婚をする率。ないしは『きょうだいリスク』にならない、なる率が下がる。そういう期待感というのはありますか?」
山田教授
「非正規と正規の格差が縮まればいいんですけれども、問題は賃金ではなくて安定性ですね。結婚をする時に、正社員と結婚していれば、保険とか、年金とか、ずっと安心なわけですよね。しかし、非正規雇用者と結婚したら、賃金は多少の生活ができても不安ですよね。だから、現在できている生活が当たり前にできて、将来も安定するかどうかとなると、正規、非正規と名前がついている。つまり、社会保障とか、そういうところで明らかな格差がついているということであれば、多少の賃金では解決できないと思っています。だから、社会保障や会社における待遇自身を近づけなければいけないですよね」
反町キャスター
「それは結婚の相手として男が見られる場合に、女性にしても非正規の人と結婚をすることによって…というリスクを負うぐらいだったら、私は両親のもとで、独身者で私自身は非正規かもしれないけれども、そこで生活をした方がいいと。それぞれが単身者の道を選んで進んで行くことになってしまう。そういう循環に現在入っているという理解でよろしいですか?」
山田教授
「短期的な目前のリスクを避けるために、調整するリスクをとってしまう、というのが現在の状況ですよね」

家族の面倒は家族がみるべきか
秋元キャスター
「『きょうだいリスク』にあります、困窮する兄弟の面倒をみられず、扶養を拒否し、生活保護申請をさせることなどの心的リスクというのがあるということですが、無職や独身の兄弟の面倒というのは、親がいなくなってしまった後は、兄弟が面倒をみなければいけない義務みたいなものがあるのですか?」
平山氏
「民法上は、実はそういうふうに定められてはいないです」
反町キャスター
「義務ではない?」
平山氏
「そうです。民法上で、ちょっと難しい言葉で、生活保持義務という、何としてでもその人の生活を支えないといけないというようなニュアンスでの義務というのは、一般的にはイメージするとわかると思うんですけれども、自分の未成年の子供にはあり得るんです。ただ、この『きょうだいリスク』で出てくるケースというのは、成人している兄弟ですので、この場合はそういう保持の義務というのは、実はないですね。ただ、ちょっとグレーというところが難しいですけれども、ないとは言ってはいない。義務がないとは言っていないのだけれども、余力があればやってくださいということで…」
反町キャスター
「余力があればやってくださいという希望がそこに謳ってあるのですか?」
平山氏
「そうですね。ただ、その余力というのを誰が判定をし、どういうふうにしたら余力があると言えるのかというのは、人によっていろいろだと思うんですね、主観的に。だから、この状況で家族というか、兄弟の面倒をみない自分というのは、本当にいいのだろうか、余力がないと言っていいのだろうかと病んでしまっているということはある」
反町キャスター
「日本人の何と言ったらいいか、義理固さというのか、家族制度に対する想いみたいなね。現在の制度的には断れるんですと、断ったってそこから何もペナルティがくるわけではないですよと言いながらも、断ったことに対する圧迫感というか、後ろめたさというのはどう見ていますか?」
山田教授
「家族では何でも助け合わなければいけないという規範がまだ強く残っているというよりも、心情的なものもありますからね。もちろん、世間体的に断ったということが知られたら周りから嫌な人と見られるという面もありますけれど、助けたいという気持ちはあるんですよね。だけれど、現実にはなかなかそれが無理なので、断わらざるを得ない。そういう心理的な葛藤が平山さんの本を読んでいてもつらかったですね」
反町キャスター
「それは山田さんから見ると、日本人の家族観というか、兄弟に対する想いというか、血縁に対する想いという部分というのは、善いか悪いかは別にして、根強く残っている証拠だと受け止めていますか?」
山田教授
「根強いというよりも、家族であれば面倒をみなくてはいけないと。兄弟は家族のような、家族ではないような、特に結婚をして別のところで生活をしている。日本人というのは一緒に生活をしている範囲は家族だから、何でも助け合わなければと思うわけで実際にそれをなされているわけですけれども、離れたところで生活を始めて、長く交流がないと、もう家族とは言えないのではないかと考える人が多いですね。だから、私が前に本を書いたように一緒に生活をしているペットは家族です。ペットは家族だから病気になったら何でもしてあげたいと思うのは一緒にずっと生活して情が移っているからですね。でも、学生にアンケートをした時にも、一緒に同居をしていない祖父母は家族ではないという意見が結構見られたので、それは最近また違ってきたのかなと思いますね」
秋元キャスター
「学生などは家族が家族の面倒をみなければいけないという意識は強いのですか?」
山田教授
「そうですね。学生にアンケートをしまして、将来兄弟が貧困に陥った時に、どの程度助けますかという形で短い文章を書いてもらったのですが、大多数は心情的には助けたい。義理であっても同じですね。好きで結婚した人の兄弟だから、心情的には助けたいのだけれども、自分の家族の生活を犠牲にしてまでは助けられないというのがメジャーだったんですね。一時的だったら出すけれども、一生面倒みるのは無理だとか。ある人は貯金の3分の2までは出してもいいとか。月1万円から5万円まであるのですが、ある男子学生は月5万円、一時的なら100万円までと。中には一銭も出さないとか、助けない、自分が同じ立場だったら絶対に助けてもらおうとは思わないという意見も多かったですね」
反町キャスター
「学生は困った時に助けられる自分の余力がわからないという前提ですよね?余裕がある範囲だったらやろうという、一貫した雰囲気ですか?」
山田教授
「ある学生は住宅だったら諦める、住宅を自分で所有するのは諦める。だけど、自分の子供が大学に行けないとか、そういうことになったら困る。自分の配偶者と、自分の子供は何としてでも助けたい家族ですね」
平山氏
「すごく面白いなと思ったのは、順序があるということですよね。自分の子供の生活レベルを下げることまでして兄弟を助けることはしたくない。だとすると、たとえば、50代になると、子供が独立している家庭も結構ありますよね。そうすると、子供はもう出て行ってしまっていると。そういう意味では、自分が何としても守らなければいけない部分というのはカタがついてしまったと。そうすると、子供がまだ小さくて、面倒をみなければいけない時には、こちらを優先しなければいけないから私は無理だと言えるかもしれないですけれども、それがもう終わったあとだと、もしかしたらノーというか、自分はやれないと言い切ることが難しくなるのではないか」
山田教授
「なるほど。現在から何十年後のことですからね。ただ、現在からいろいろなことを想定しておいた方がいいということは確かですよね」

『きょうだい』の微妙な関係性
秋元キャスター
「親の介護を介してどういうふうに関係性がこじれるのですか?」
平山氏
「介護の責任をどう分担するのかはすごく難しい。どういうふうに状況を見て、この人の方は余裕があると判断するというはすごく難しいですよ。たとえば、物理的な距離というのは1つの介護のしやすさ、しにくさに関係すると思うんですね。親との距離がどのくらいかということ。たとえば、兄弟のうち1人の子供は親の家から20分の距離に住んでいたと。もう1人の子供は1時間の距離に住んでいたとすると。そうすると、距離には差がある。近い方がもしかしたらやりやすいのだから、こちらが見た方がいいのかなと思うかもしれないですけれど、それは何となくわかるではないですか。だけれど、この20分の差と1時間の差、この40分の差というのをどう見るのかは人によってすごく違いませんか。たとえば、こちらは1時間かかるけれど、こちらは20分で着くと思う人もいるかもしれないし、20分も、1時間も離れているのだから、離れていることには変わりないのだから、同じぐらい大変だろうと見る人もいるかもしれないし。だから、同じことでも人によって、見方によって、どれぐらい介護しやすいと思うかはちょっと変わってきたりするんです。そうすると、では誰がどれぐらいその負担をするのか。それぞれの生活状況とか、親の距離と考えた時に、こちらの方がこれくらいやった方が公平であるといえるのかというのは、すごく難しい問題になってくると。そうすると、見方によって違うわけだから、こちらの方が楽なのだからこちらがやればいい、自分も兄弟と同じぐらい大変なのに、距離的に大変なのに私ばかりちょっと近いからとたくさん面倒をみさせられていると思うということで、見方によってすごく分担状況というのは変わってくる」
反町キャスター
「どういう人が介護をやっているという傾向的なものはあるのですか?」
平山氏
「よく言われているのは男性より女性がやっているのが多いのと、長子がやることが多いと一般的には考えられているのですが、そうしたルールを乗り越えちゃう最強のルールみたいなものがあって、それは同居をしていることですね。これは『きょうだいリスク』の話につながってくるのですが、非正規とか自立が難しい兄弟というのは同居をしているわけなので、その人は自分に資源がないから親のところにいるにも関わらず、その人が親をみないといけないような、1番みやすい立場にあるとようになってしまって、そこに親の介護の役割というのができてしまうということはしばしばあります」
山田教授
「日本だと『何となく』というのは現状優先というか、現在ある状況を変えたくない、変えられないですよね。つまり、何かきっかけがないとそれこそ介護している人は自身が倒れてしまうと。それでやっと問題化するんですよね。私の『親同居未婚者』もそうですけれど、とりあえず現在はそれでやっているではないか、それで何か不満なのかと言われた時に、何も返せないというのはありますよね。現状固定化ですよね」
反町キャスター
「育てられた時の不公平感が心中にあるケースで、実際に介護に直面した時に、積年のとは言いませんけれど過去の不公平感に対する不満みたいなものがバネになって働くことは?」
山田教授
「ありますね」
反町キャスター
「現在の話をどう感じますか?」
平山氏
「その通りだと思います。大人の兄弟研究でも、過去に親に不公平に扱われた記憶みたいなのの効果は、大人になってからもすごく強いということは海外の研究ですけれども言われていて、それは別に時間が経ってからもあまり解消しないという。だから、それこそ介護の役割の押しつけみたいになる時に、だってあんたが1番かわいがられていたじゃんという…それも使われることはありますよ」
山田教授
「いろいろ聞いてみると、親としては平等に育てているつもりだと思うんですよね」

『きょうだい』をめぐる各国の事情
秋元キャスター
「海外では兄弟をどのように見ているのですか?」
山田教授
「海外と言ってもいろいろとあるので、たとえば、欧米だったら家族はずっと家族であると。ただ、家族であっても経済的自立が求められる、自己責任が求められるんですよね。だから、自分で生活を見ながら家族間の交流を盛んにしていくという。つまり、別居していても、仲の悪い兄弟もいますけれど、仲の良い兄弟はよく集まったりしますし、親子の交流も盛んですね。日本というのは別居してしまうところからだんだん疎遠になっていくというのは大きな違いだと思います。1回家族であったら、ずっと家族である。だから、ちょっとした手助けはしましょう、一緒に遊んだり集まったりしましょう。ただ、経済的に自分でやって、もしくは何か困ったことがあったら、ヨーロッパだったら、福祉に頼るということで、福祉に頼りながら兄弟間の関係を保っていきましょうという方向になっているんです」
反町キャスター
「日本と欧米の違いというのは宗教的な違いですか?」
山田教授
「宗教的なもの、キリスト教的なものが基盤にある。いわゆる神の前の平等で、神様に対するというのが基盤になっているとは言われています。でも、アジアとも日本は違っているんですよね。中国、漢民族で言えば、血縁が絶対なわけです。離れて暮らしていようが、祖父母であろうが、遠縁であろうが血が繋がっていればどんなことがあっても助けなければいけないという慣習が成立していますよね。ただ、留学生にアンケートをしましたら、中高年は兄弟が多いんですけれども、現在の若い人は皆一人っ子なので、そもそも兄弟がいないし、結婚相手に兄弟がいる可能性も少ない。だから、そういう心配はしないのだと言っていました。香港とか、台湾はまた別のことがあるかもしれません」
秋元キャスター
「兄弟に対する考え方というのは、歴史的な流れがかなりあると思うんですけれども、そういう流れがある中で、日本人、海外も含めて、その考えを変えるというのはできるのですか?」
山田教授
「なかなか難しいですね。だから、結局日本というのは、兄弟格差という話をしましたけれども、兄弟男女間ですごく差をつける伝統文化がずっとあったわけですよね。長男か長男でないのかで。それは日本の大きな特徴ですよね」
反町キャスター
「必ずしも親の面倒を長男が見ているわけではないと」
山田教授
「昔の家制度というのはそれほど広くない田畑とか、商店を守るためには兄弟を分けてはいけないから長子に継がせて、もし結婚できないのだったら、長子がその家業の中で面倒を見ろというシステムだったんです。でも、現在は家業というものがほとんどなくなっちゃいましたから、昔の意識だけは残っている中で、生活実態だけは欧米と同じようにサラリーマン化して、自分の家族と自分の子供をよりよく育てることが大切となっている。そこの軋みというのは出ていますよね」

今の日本に必要な社会保障制度
秋元キャスター
「現在の社会保障制度に欠けている部分は?」
平山氏
「日本の社会保障の制度というのは、世帯単位でできていると。個人単位ではできていない。標準世帯で妻が103万円以下の収入、個人レベルで見たら、結構まずいですよね。もしこの人に夫が急にいなくなってしまったとしたら、一気に貧困になってしまうと。そうしたら、この人をサポートしないといけないということにもなるかもしれないんですけれども、世帯レベルで見ると、何とか生活できるようにということで終わりにしてしまうとか。だから、現在の社会保障制度に欠けている面というのは個人レベルで見ること。個人レベルでその人の生活状況がどうなっているのか、どんな支援が必要か、というのを考えることが根本的に欠けているのではないかなと」
山田教授
「標準世帯、つまり、夫は正社員で妻はパートか主婦という世帯。もしくは永続する自営業。自営業はずっと続くものだというのを前提に社会保障制度がつくられているんですけれども、そこからこぼれる人達がどんどん増えているんです。こぼれるからなかなか結婚できないし、なかなか子供も育てられない。だから、いろんな形でいわゆる一定の家族をとらなければ社会保障は受けられないということをなくしていくことが必要だと思っています。個人単位にするということは、別に個人主義、1人で暮らせということとは全然違うんですね。社会保障を個人単位にしている欧米であっても、ほとんどの人はカップルをつくって、子供も育てているわけです。それで、その中ではちゃんと負担してやっているわけです。だから、いろいろな形があってもいい。そうした中で公平な制度をつくっていくということを主眼にすればいいかと思います」

山田昌弘 中央大学文学部教授の提言:『家族の経済的負担を軽くして、情緒的交流を盛んにする』
山田教授
「私は結婚支援等をやっているんですけれども、結婚したいけれどもリスクがあるから結婚できない、家族をつくると経済的負担が重くて自分は耐えられないのではないかという思いが結婚をためらわせてるんです。さらに兄弟までリスクになるというと、ますます慎重になるかもしれない。そういう意味で、家族の経済負担を軽くして、情緒的な交流を盛んにすること。別居していても、施設に預けていても、いろんな意味で家族のつながりというのを盛んにする。それが現在、求められていることだと思っています」

平山亮 東京都健康長寿医療センター研究所福祉と生活ケア研究チーム研究員の提言:『家族に閉じ込めない』
平山氏
「たとえば兄弟のことでいうなら、不安定な生活をしている兄弟のサポートを自分だけ、あるいは家族だけでやろうとはしないとか、ケア、介護であったり、育児もそうですけれども、ケアの責任であったりも家族だけに閉じ込めないと。もちろん、そのやりたいと思う気持ちというのは大事というかあっていいことだと思うんですけれど、何もかも家族がということを前提として制度をつくるとか、それが強制されては難しくなってくる、重くなってくると思うんですよね。だから、何もかも家族に閉じ込めないという意識というか、方向性というものが家族をリスクにしないため、重くしないための基本的な方法なのではないかなと思っています」