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2016年5月20日(金)
駐日ロシア大使に聞く 日露首脳会談の舞台裏

ゲスト

エヴゲーニー・ウラジーミロヴィッチ・アファナシエフ
駐日ロシア連邦特命全権大使
東郷和彦
京都産業大学教授

駐日ロシア大使に聞く プーチン大統領の『訪日』
松村キャスター
「今夜はアファナシエフ駐日ロシア大使を迎えています。まず聞きたいのは、安倍首相が先日、プーチン大統領と会談した際に、総理の地元である山口県への非公式訪問を打診したと昨日一部で報じられましたが、プーチン大統領の山口県への訪問をどのように受け止めていますか?」
アファナシエフ大使
「安倍首相が招待してくださったということは、日本に、大統領が来るということ、ご招待いただいたわけですけれど、この訪問については確かに大統領と首相の間でお話がありました。このような訪問が実現するということで、それがどうなるかということ、細かいことについては、首脳間で決めて発表されることになります。もちろん、訪問の前にはきちんとした準備段階が必要です。一部の報道とおっしゃいましたが、これは憶測でしかありません。訪日については確かにお話がありました。この首脳間で、訪日については話しましたけれど、これについてはきちんとした決定がなされてから正式な発表があると思います。私どもの方から、先走って発表するようなことはいたしません」

安倍×プーチンの『相性』
松村キャスター
「首脳会談ですが、そのスケジュールを見てみますと、当日まずおよそ1時間25分の日露首脳会談がありました。その後、通訳のみ同席で、プーチン大統領と安倍総理の1対1の会談、これがおよそ35分。その後、ワーキングディナーがおよそ1時間25分。合計で3時間10分という時間でした。大使は1対1の会談以外で同席をしたということですが、今回の会談の成果をどのように評価されていますか?」
アファナシエフ大使
「2013年に、安倍首相がロシアを訪問してくれました。これは大変重要なことでした。ロシアと日本はパートナーシップをつくっていくという共通課題を持っているということがそこで確認されたわけです。経済、貿易、文化の面で日本とロシアが関係を深めていくこと。これが大変重要なことで、その時、2013年に2人の首脳が共同宣言にサインしたことは重要な意味を持っています。それ以来、両国の間で様々なことがありました。国際社会にもたくさんいろんなことがあって、その中で、日本はロシアに対してサンクション(制裁)という行動をとるという、その行動をとる場面もあるわけですけれども、そのようなことがあっても2国の関係をあらゆる面で発展させていくべきだと、私どもは信じています。ですから、そのことを両首相はソチで語り合ったのだと思います」
反町キャスター
「1対1の会談に入る前に安倍首相の方から、まず交渉停滞を打破しよう、2人で、プーチン大統領と安倍首相の2人で解決をしよう、未来志向に立って交渉を行う、新しいアプローチが必要ではないかと。この考えに大筋、プーチン大統領が賛同いただけるなら、是非2人きりで話しましょうと多人数会合の時にプーチン大統領に安倍首相が働きかけて、それに対し、たとえば、プーチン大統領の隣に座っていたラブロフ外務大臣が、現場にいた人達の話によると、よろしいのですか、2人で、1対1の対話の会談に応じてもよろしいのですか、というような問いかける雰囲気があったのだけれど、その後、プーチン大統領は左手でラブロフ外務大臣に構わないからと、退席してほしいという話をしたと僕らは聞いています。アファナシエフ大使もプーチン大統領が、ラブロフ外務大臣からの、よろしいのですか、いや、いいんだよ、出ていきなさいと。私は安倍と2人で話をしたいのだという意思をプーチン大統領に表明された場にいたはずですけれども、その時の雰囲気をどのように感じましたか?」
アファナシエフ大使
「外交官としての仕事というのはもともといろいろなフォーマットについて話し合って、合意されていたものについて、そのスケジュールに沿ってやるわけです。それがあったわけですけれども、そのあとに、確かに1対1の対話があった。通訳だけが出席し、それから、そのあとワーキングディナーがあったわけです。1対1の会談というのも、これは事前に合意されていたものではないかと思います。ですから、そのようなことで何も問題がなければびっくりするようなことでもない。おっしゃられたように、この1対1の対話があったということは素晴らしいことだと思います」
反町キャスター
「東郷さん、プーチン大統領がラブロフ外務大臣からの、サシでやるというのはちょっと待った方がいいかもしれませんねという主旨の、いわゆる注進を、いいから、ちょっと2人で話をさせてくれと言ったと、僕らは聞いているんですけれど、プーチン大統領のこの意思表示を普通に流していいものなのか、どう感じたらいいのか?」
東郷教授
「現在大使がはっきり言われたように、最初に皆で話をして。それから、1対1。それから、また皆と。それは事前に全て合意されていたというわけです。ですから、その時の、ラブロフ外務大臣の反応というのは、私はよくわかりませんけれど、しかし、事前に合意されていたというのが本当で。ですから、大筋の合意に従って、粛々と、しかし、中身の濃い議論をされたのではないのでしょうかね」
反町キャスター
「そこを確認したい。1対1の会談をやるというのは事前に決まっていたのですか?」
アファナシエフ大使
「もちろんです。1対1の時に通訳が、誰が入るかとか、その前に、誰がどこに座るか、全てプロトコールで決めていました」
反町キャスター
「僕らは、外交の場においてケミストリーが合うとか、合わないという言い方をするんですけれども、安倍総理とプーチン大統領のケミストリー、日本語で言うと馬が合うと言うのですけれども、そういう感触というのは、いろいろな首脳会談の場にも立ち会われたと思うんですけれども、プーチン大統領と安倍総理との波長をどう感じていますか?」
アファナシエフ大使
「どちらのリーダーをとっても大変に良い人格の人だと思います。また、それぞれの国益を背負っているわけです。プーチンはロシアの。安倍首相は日本の。そういう違う立場にありながら、2人は大変に心が通い、お互いを信頼していると思います。私はそれを何回も感じました。お互いを、晋三、ウラジーミルとファーストネームで呼び合っておられます。これは2人が深い信頼関係、信頼を持ってお互いの対話を築いているということだと思います」

北方領土『新しいアプローチ』
松村キャスター
「今回の首脳会談では、日露間の長年の懸案事項である北方領土問題についても話し合われました。その中でこれまでの発想にとらわれない『新しいアプローチ』で交渉を進めていくことで一致をしたということですが、大使、この新しいアプローチ、この意味をロシア側はどう捉えているのでしょうか?」
アファナシエフ大使
「新しいアプローチというのは、全ての面の関係というものを発展させるということだと思います。たとえば、中国ですけれども、中国とは40年以上も交渉を繰り返してきました。40年経って、初めて解決にたどり着いたわけです。新しいレベルに行きました。2001年に、友好、協力関係、協力条約というものを調印することができました。その後、3年経ったあと残っていた問題。国境問題ですけれども、大ウスリーなどの問題について解決するに至ったわけです。ですから、あっという間に解決するということはできないけれども、ですから、たとえば、木に登るならば、1番上に飛び乗ることはできないと。下からドンドン上がっていかなければいけないということです。おそらく東郷先生、どう考えていらっしゃるのか。木にはすぐ登れますか?」
東郷教授
「現在、大使がおっしゃられたように、関係を全面的に発展させる。まったく異論はないですね。ただ、どこに焦点をあてるか。それと、2012年にプーチン氏が大統領に返り咲く直前に記者会見をやったと。その時に、自分が大統領に返り咲いたらば、2つのことをやりたい。1つは経済関係を抜本的に据える。もう1つは領土問題を引き分けの原則のもとでしようと言ったわけですね。ですから、これから2年間の間に、日露関係を打開するのであれば、この2つの内容を考えないといけない」
反町キャスター
「北方領土問題の話を進める前に、はっきりさせなくてはいけないのは、日本側の姿勢。これは東郷さんがこれまでおそらく、日露交渉で、何百回とお話になったことかなと思って、一応まとめたのですが、間違っていたら教えてください。日本政府としての公式の見解はこのようになっています。1945年8月9日に、ソ連は日ソ中立条約に違反して対日参戦した。ポツダム宣言受諾後の8月28日から9月5日までの間に、ソ連は北方四島のすべてを占領した。当時四島にソ連人は1人も住んでおらず、日本人は約1万7000人が住んでいた。ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に編入し、1948年、昭和23年までに全ての日本人を強制退去させた。と言うのが、これが外務省のホームページに、書いてあるのですけれど、大使、この日本側の北方領土問題に関する基本的な立場。これは、大使としてはどのように感じますか?」
アファナシエフ大使
「ご存知のように、この点については、アプローチに関して、両国の間に大きな隔たりがあります。反対側からお互い1つの事実を見ているということです。でも、ただ、そこで重要なことは、にもかかわらず、交渉しているということです。第二次世界対戦の結果を受けて、そのあとの平和条約を結ぶための交渉をしているということです。どういう歴史があり、それが何で決裂してしまったのかということを、一緒に検討をしながら交渉をしていると。当然、第二次世界大戦の結果というのは、1つ、現実、厳然とある歴史的な事実であります。同時に、両国の政府にとって様々な、それぞれの政府はそれぞれ国の世論の影響を受け、様々な人達の考え方を取り入れていかなければいけないわけですね。と同時に、国と国との関係では、win-winの関係の結論を出すべきであると思うわけです。ですから、それが何なのかということを現在、私自身がここで言えるわけではないのですけれども」
反町キャスター
「大使、一応この4つの事実関係の中で、いくつか聞いておかないと次に進めないので、どうしても聞かせてください。たとえば、この2つ目の、ポツダム宣言受諾後の8月28日。日本では終戦記念日は8月の15日になっています。ここで8月28日から9月5日までの間に、ソ連は北方四島の全てを占領した。しかも、ソ連人が1人もいない島を、武力をもって占領した。終戦後に、武力をもって占領したという、この部分が、我々からすると、これはちょっとおかしいのではないか。還してもらわなければいけないのではないかという根拠の大きな部分になっているんですけれど、ロシア側から見ると正当な島の占領だったということでよろしいのですか?確認だけさせてください」
アファナシエフ大使
「そうですね。私達はそのように考えています。私どもはきちんとした正当な法律のもとに、これを所有していると思います。誰が誰に襲いかかった、どのような戦争であったのか。どのような国が同盟国であったのかというのは、既に歴史的な事実としてあるわけです。9月2日に調印された内容についてもどのような、1948年9月2日の条約についても、これは歴史的な事実なわけです。今年、実は私どもの国の間で非常に重要なもの。ソ連と日本との間の1956年10月19日の重要な文書の調印から60年を迎えようとしています。それをもとに、もちろん、そこにいろいろな条約があったと。いろいろなものがあったわけですけれども、この中でどのような解決に結びつけていくということをよく考えていかなければいけないと思います。このことについては学術研究者の間でも研究が進められています。日本でまず第1回会議が開かれ、第2回会議がモスクワで開かれます。学術的な面からも、このパラレルな歴史として、日露間のパラレルの歴史という意味でいろいろな面を考えている。日本がどう見ているのか、ロシアがどう見ているのかということを、これは並行して比較していくということが非常に重要な作業だと思います。これをよく考えていくというのが重要です。非常に日本の優秀な学術研究者が参加してくださっていまして、それについてもお礼を申し上げたいと思っています。是非この作業というのを進めていただきたいと思います。交渉は、今後も続けていかなければいけない。私どもが、ただ、そのままにしておいて、交渉が解決するわけではないわけです。中国とも40年かかりました。ですから、40年かかったけれど、ついには解決に辿り着いた。全ての問題は解決しています。ですから、これからは日露間で常に一緒に作業しなければいけないと思います」

『北方領土』と『平和条約』
松村キャスター
「北方領土を巡るこれまでの交渉の経緯をあらためて振り返ってみます。まず1956年、日ソ共同宣言では、平和条約締結後に歯舞群島、色丹島の二島を引き渡すと明記されていました。1997年、クラスノヤルスク合意では、2000年までに領土問題の解決を目指すことで一致。1998年、橋本総理は川奈で四島の北側に国境線を引いたうえで当面、ロシアの施政権を認めるとして、エリツィン大統領もこの提案に前向きな姿勢を示したと言われています。2001年、今日お越しの東郷さんも関わられた、イルクーツク声明では、日ソ共同宣言を交渉のプロセスの出発点と位置づけました。先ほど、話も出ていましたが、2012年のプーチン大統領による引き分け発言。勝ちとらなければならないのは、お互いに受け入れられる妥協だ。これはある意味引き分けのようなものと、このような発言がありました」
反町キャスター
「大使、この経緯を見ると、1997年のクラスノヤルクス合意とか、1998年の川奈提案というのは、グッと進んだかなという印象を僕らは受けていたのですけれど、その後、1回、エリツィン大統領からプーチンさんに代わったところで、あたかもそれまでの積み上げがなかったかのような印象を受けるんですけれども、政権が変わる時に、それ以前の日露間、ないしは日ソ間の交渉というものは次の大統領にはきちんと引き継がれるものなのですか。それとも、大統領が代わったら、もう1度スクラッチで、もう1度ゼロから築き上げなくてはいけないというのが、これが日本とロシアの領土問題だと思った方がよろしいのでしょうか?」
アファナシエフ大使
「プーチンさんと安倍さんが2013年4月に結んだ共同宣言、ここに両国がこれからどうやって話を進めていこうかということが書いてあるわけですね。もちろん、その前にエリツィンの時代、ゴルバチョフの時代、ブレジネフの時代、そのまた前、グロムイコという時もありましたね。そういうことで、その時代、時代にいろんなことが書いてあります。ただ現在、私達は2013年4月に両首脳が話をしたことをもとにして未来を考えたいと思います」
東郷教授
「先ほどの経緯の中で1つ重要な点が抜けていると思うんです。それは1991年から1992年にかけてソ連邦が崩壊しました。ロシア連邦になった。これはソ連とロシアにとっては人口で半分。それから、面積で4分の1がなくなった。本当につらい時期です。その時、1992年3月にコズレフ外務大臣が日本に来て、存在しないと言われる秘密提案というのを出しました。これは、大使は確認できないし、それから、外務省も確認できないと思うんですね。私もこれだけは墓場まで持って行かなくてはいけないかなと思っていた。ところが、ロシア側でこの提案の中身を外に喋っちゃった。しかも、ちょっと不正確だ。その秘密提案で1956年の共同宣言をまず確認して、それに関する、歯舞、色丹、引き渡し協定を結んで、それに倣った形で、国後、択捉の交渉をして、何らかの合意をして、平和条約を結びましょうと、手を打ちましょうというのがあったんですね。その提案を日本は受け入れなかった。日露関係はそこですごく後退するんですね。エリツィンの訪日がドタキャンになった。1992年です。そこから、橋本、エリツィン、本当に盛り返していった。橋本総理のクラスノヤルスク、川奈における提案が出たと。ところが、結局それをロシアが受け入れなかった。そこにプーチンさんが出てきたと。ですから、プーチンさんが出てきたので、ひっくり返したのではなく、残念だけれど、橋本総理の提案が動かなくなったところにプーチンさんが出てきて、そこで1956年宣言は有効ですという発言をしたんですね。その有効ですという発言は、先ほどの、秘密提案の流れに非常に沿った発言だった。それを私達が聞いて、これは、プーチン大統領は領土問題についてやる気があると思って、そこから7か月間、必死に交渉をして、イルクーツクです」
反町キャスター
「それでいくと川奈提案に関してはそうだというのはわかります。これは日本側が提案をしたということで、ロシア側がこれにイエスと言ったかどうか。これに関しては、僕らはわからないです。ただし、1997年のクラスノヤルスク合意に関しては、2000年までの解決を目指すことで、これは日露両方、一致していますよね?」
東郷教授
「はい、そうです」
反町キャスター
「それを、要するに、エリツィン・橋本で合意したことが、次の政権に引き継がれているのか、いないのか、そこです」
東郷教授
「十分に引き継がれていました」
反町キャスター
「プーチン大統領に?」
東郷教授
「もちろん、引き継がれていました。従って、2000年中までに何らかの合意点に達しようとして、到達したのがまさに現在のイルクーツクです。イルクーツクでやったことまでしかいかなかった。しかし、イルクーツクで到達したというのは、これから歯舞、色丹の引き渡しに関する交渉、それから、国後、択捉をどうするか。この2つを並行して議論しましょう。ソ連、ロシアがここまでおりてきたことは1度もないですね。まさに、その交渉を始めようとした時に日本側がなぜかその構想から引いてしまった」
反町キャスター
「何で引いたのですか?」
東郷教授
「それは反町さんもよくご存知の、あの時の、日本の政界の混乱です。それに日露関係というのが関係してしまった」
反町キャスター
「現在の東郷さんの話に何か付け加えるところはありますか?」
アファナシエフ大使
「私が言いたいことはもう既に申し上げました。つまり、昔の文書にこだわるのではなく、前進あるのみだと思います」
東郷教授
「私は2013年の7月、これはプーチン、安倍の日露交渉がすごく動き始めたという時ですね。その時に外務省で対露関係をやっていた時に一緒にやっていたパノフ大使と一緒に、パノフ、東郷の引き分け案というのを独立新聞に出したんですね。これは私の意見です。これは安倍総理の意見でもないし、プーチン大統領の意見でもない。パノフ、東郷の意見。それは2プラスαということで、2は1956年共同宣言に従って、歯舞、色丹。それで問題は国後、択捉で、国後、択捉については日露の共通の考えがこれまでなかったんですね。そこで、国民の皆さんにイメージとしてどういうものがあるかということで、国後、択捉についての共同立法を含む特別経済特区というのをつくったらどうか。と言うものの組み合わせを出したんです。これは歴史的に言うと、プーチン大統領が出てから、ロシアは1956年宣言を確認すると言いました。その前のエリツィン時代に小渕総理がモスクワに1998年の秋に行かれました。その時にロシアの方から四島について現在の特別立法を含む、経済特区をつくりましょうという提案があったんです。この2つをガッチャンコしたのがパノフ、東郷の2プラスα。難しい問題がいっぱい残っている。しかし、それは現役の皆さんによく考えていただく。でも、イメージとして引き分け、そういうようなのが1つあるのではないかなというのが私の意見でした」

GDP成長率『急落』
アファナシエフ大使
「ロシアの経済だけでしょうか、大変なのは。ヨーロッパ、アメリカ、中国、様々な状況を抱えています。現在ロシアは当然、石油の価格が大きく下がってきたので、それも急激な下がり方をしたのでこの1年で半分に価格が下がってしまいましたね。それでロシア経済は大変です。とは言いながらも現在その現実に直面しつつもロシアは新しく、だからこそ自分達の産業を多角化していくのだということでがんばってきました。それで現在、マイナス3.7%というところでとどまっているわけです。ヨーロッパは、ロシアの経済はマイナス8%を超えるだろうと言っていました。でも、そこまではいっていません。また、インフレ率にしても12%を超えるのではないかと言われていたのが、7%台でとどめています。来年はさらにインフレに歯止めがかかると思っています。従いまして、そういう中で、ロシアの資本のロシアからの流出に歯止めがかかっています。これまで大きく流出していたものが、それが半分ぐらいに減りました。そういう意味で、現在ロシアの経済の全体を、マクロ経済を見てみますと、ロシアの収益ですけれども、貿易の収支の60%がこれまで資源からの収益だったわけです。それが現在はそうではなくなって、もっと別の分野からの収益が増えてきています。ロシア経済は、石油、ガスの輸出からの収入に頼るという、資源頼みの経済ではなく、もっと多角化した様々な産業分野を育成していく。そういう方向に切り替えることができたわけです。従って、もちろん、石油の価格が安いのは大変なことですけれども、それを今後のロシアの未来にとっていいものに切り替えていく。それが、私達が出す知恵だと思っています。従って、現在、私達は国内の産業を育成すること、もちろん、ヨーロッパを含め、日本との様々な産業分野での協力というものをしていきたいと思います。ロシアの経済が弱っているから困っているから日本の支援を求めているということではありません。そうではなくて、日本とロシアの経済協力は両方にとって面白味があるものであり、利益があるものでなくてはなりません」

日露関係と経済協力
松村キャスター
「安倍首相は8項目の経済協力を提案しました」
反町キャスター
「ロシアの極東、シベリアの地域というのは、日本だけではなく、中国とも、モンゴルとも、地域は重なっていないけれども、韓国などとの技術協力や資本強力の可能性は十分にある地域です。特に日本にここの部分をやってもらいたい。ここは日本が必要だという理由は何かあるのですか?」
アファナシエフ大使
「まず私どもの経済の良いところと、皆さんの、日本の経済の良いところをつなげる。皆さんの持っている環境のいろいろなプロジェクト、それから、食物、農業についてもクリーンなものをつくる。一方で、ロシアには天然資源がたくさんある、それから、広大な領土がある、使えるものもいっぱいあります。ですから、お互い持っている利益を活かし合う、それを活かし合うために、私どもは隣国ですから非常にやりやすいわけです。たとえば、おっしゃる通り中国との関係は非常にいろいろな関係がありますけれど、中国との関係を見た時に、たとえば、日本との貿易というものはまだまだ広げていくということがあります。それから、ヨーロッパとの関係というのも見た時も、日本との関係はもっとポテンシャルがあると思います。貿易高を上げ、通商関係のレベルを上げ、質を上げるというのは重要です。特に農業分野などについて、たとえば農業作物、いろいろな製品についてロシアでつくって、日本に出すということもできる。日本にある素晴らしい医療技術、設備というものをロシアに持って行く。モスクワには、たとえば、がんセンターのようなものがありますけれども、がんのいろいろな治療設備など日本には素晴らしいものがあります。現在、ロシアでは人口が拡大しています。これは今年初めて人口がプラス傾向になりました。人口はこれまで削減していたわけですけれども、今年、それが増えてきたと。その増えてきた人達の生活のレベルをどうやって上げるか、人口を増やすというのは日本にとって非常に関心のある分野だと思います。ですから、そういう意味で、お互いの共通の関心というものがありますので、これを見つけ、たとえば、人と人との間の交流を拡大するためにはビザ制度の改良というものが必要だと思います。たとえば、タイですけれども、ロシアとタイの間でビザを簡易化させました。これによって、ロシアからの、タイからの旅行者の数というのが劇的に増えました。ロシア人の観光客達が現在タイに押しかけています。おそらく現在交渉中ということですけれども、日本側ではそのような肯定的な態度が少しずつ見えてきていると思います。現在、いろいろな分野でポテンシャルがありながら、両国間にはまだまだこれが実現されていないと思います。アイデアはあるけれど、まだ実現に向かっていない、実現化していくことが重要です」

今後の日露首脳外交
松村キャスター
「安倍首相とプーチン大統領、この2人がトップでいる間に日露両政府が目指す目標というのは?」
アファナシエフ大使
「ソチから政治、通商その他の関係が新しいステージを迎えているわけです。おっしゃったように、首脳の間では現在定期的に接触が続いています。首脳達が接触すれば、ビジネス界のレベルでも接触が大きくなる。今後、たとえば、国際会議等で、フォーラム等でまだまだ首脳間の対話というものを繰り返していくということは日本とロシアのビジネス界に対して非常にいいシグナルだと思います。ですから、このような関係というのは是非もっと拡大していっていただきたいと思います。これが頻繁に行われていることを是非維持していってほしいと思います。この2年は非常に活発です。このスピードを落とさないでほしいと思います。これはロシアの中でも非常に期待があります。学術研究者の間というのはこれまでも協力してきましたけれど、現在その関係もドンドンもっともっと活発化していきます。学者達が現在、オープンに、いろいろと対話をしています。それから、6月にはロシア文化フェスティバルというものが日本で開幕します。既に11年目を迎えているものです。バレエ団、ボリショイ劇場、それから、バイオリニスト等が日本にやってくるわけですけど。下院議長が定期的にいらしていますし、日本からは河野さんがいらしていますし、そういうようないろいろなレベルでの交流が続いています。ロシアでは日本の春、日本の秋というフェスティバルがあります。実は私の娘から電話がありまして、能の公演がモスクワであるんだけれど、どうしても切符が取れないと。パパ、悪いけれど、日本でどうにかして取ってくれないと言ってきました。非常に人気ですね。ですから、私はすぐ電話をして、この切符を取りました。どこでも非常に関心が高い、お互いの国に関心を持っているんです。実は在日ロシア大使館員の95%は全て日本語が非常に堪能です。5%にあたるのは、実は私ですけれども、私だけが日本語を喋らないです。と言うわけで、お互いにロシア語を喋る若い人達も増えていますので、このような若い人達を増やすということは友好関係の基盤になるものです。文化がわかり、言葉がわかり、お互いの気持ちがわかる人達を育てていくのは重要なことです。それから、大学の学長会議というものもあります。現在ロシアの20の大学、日本の大学の学長さんが集まって、定期的に会議を開いています。これも素晴らしいことです」

エヴゲーニー・ウラジーミロヴィッチ・アファナシエフ 駐日ロシア連邦特命全権大使の提言:『隣国同士の親しい関係とパートナーシップ』
アファナシエフ大使
「昔のことばかりにこだわっているという、このあり方を何とか変えなければいけないと思います。未来志向でいくべきだと思います。もちろん、冷戦時代がありましたから、その時お互いの関係は良くなかったです。お互いに対する誤解もありました。ロシアに対しての見方も良くなかったですね。ロシアの方がたぶん日本を好きだと思いますね。ロシア人は日本のことがとても好きです。世論というのも、お互いの国に対して良いイメージを持ち合うということも大事だと思うんです。私達の国の諺があるんですけれども、遠くの親戚よりも近くの隣人だと。日本にもそういうのがあったと思うんですね。私達は隣同士ですからね。それで、サハリンと北海道で道がつながったら本当に行き来が簡単にできるようになります。だから、良い隣人でありたいと。善隣関係を持ちたい。パートナーでありたい。必要な時にお互いが力を合わせていけるパートナーでありたい。現在のところ、まだ完全にそうなっているかというと、そうではないですね。でも、日本とロシアが協力できることはたくさんあります。それは2国間関係だけでなく、たとえば、世界の国際情勢を見ても、テロとの戦いにしても、それから、シリア問題にしても、また、朝鮮半島の問題にしても、様々なところで同じ立場を持っている2国間、ロシアと日本ですから、協力ができることはいっぱいあるわけです。それで善隣関係とパートナーシップと書かせていただきました」

東郷和彦 京都産業大学教授の提言:『国益の調和』
東郷教授
「これはやる気になったら必ずできる、問題はタイミングですね。もう戦争が終わってから70年が経ちました。北方四島、日本が正当に占拠してから90年です。あと20年経ったらロシア人が長くなるんですね。しかも、どんどん、ロシア化が進んでいます。日本は不法占拠だから日本人はあそこに行くなという政策ですから。日本人にあんな近い島が日本にとって1番遠い島になっているんです。何か知恵を出してやる時期がきていると思いますね。プーチン大統領がやろうと言っている時に国益の調和はできると思います」