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2016年5月4日(水)
立憲主義と権力の解釈 首相が狙う改憲の真意

ゲスト

伊吹文明
自由民主党衆議院議員 元衆議院議員議長
小林節
慶應義塾大学名誉教授
石川健治
東京大学法学部教授

伊吹文明×憲法学者 安倍首相の『憲法観』
秋元キャスター
「まず安倍政権が目指す憲法改正とはどういったものなのか。そこから聞いていきたいと思うんですけれども、こちらが安倍総理の憲法改正に関するこれまでの主な発言です。まずは2014年2月、衆議院予算委員会では、3分の1の国会議員が反対をすれば、議論したり、国民投票で参加する機会をまったく奪ってしまうからこそ、96条を改正すべきと述べ、国会で3分の2の国民投票で過半数を得なければならないなどとしている憲法改正要件の緩和に言及しています。一昨年、憲法解釈の変更を閣議決定した際には、日本を取り巻く世界情勢は一層厳しさを増している、今回の憲法解釈変更の閣議決定により日本が戦争に巻き込まれる恐れは一層なくなっていくと会見で述べています。憲法記念日の昨日開催されました公開憲法フォーラムでは、安倍総理はビデオメッセージを寄せていて、憲法に指1本触れてはならない、議論すらしてはならないなどといった『思考停止』に陥ってはならないと、あらためて憲法改正に強い意欲を示しているわけですけど、まず小林さんに聞きたいのですが、これまでの安倍総理の言動を踏まえて安倍政権の憲法に対する姿勢をどのように見ていますか?」
小林名誉教授
「自分から改憲論議と言っておきながら、国会で質問をされると、それは国会の言うことだからと討論を逃げているでしょう。だって総理大臣として議案提出権があるのだから提案をしたのでしょう。だから、質疑に応じればいいじゃない。自分が議員なんだから。この憲法に指1本触れてはならない、議論すらしてはならないといった段階を僕らは超えているわけですね。議論しましょうよ。しない人にこういうことを言われると何かちょっと無理があるなと思います」
反町キャスター
「そうすると小林さんから見て安倍総理は議論をしろと言っていながら、議論から逃げているように見えるわけですか?」
小林名誉教授
「はい。あらゆる場面でそうです。昨年の、私の言う戦争法だって、丁寧に説明すると、何度も、何度も言って1度も説明されていないんですよ」
石川教授
「まず96条改正が、私個人にとっては危機感の源泉だったわけで、ある意味、これがきっかけだったということがありましたけれども、96条を改正するというのは、これは憲法全体を成り立たせている基本的なルールから壊すということですね。ですから、憲法の枠組みを壊して先へ進もうということになる。憲法を支えている1番大事な枠組みを壊すには何が必要かというと、これは革命が必要なわけです。ですから、事の重大さを自覚はされていなかったのかもしれませんけれども、96条改正から手をつけるというのは極めて危険な姿勢であるということであるわけです。そこから、基本的な姿勢が一貫しているのではないかと、私は受け止めていますので、そこで、先ほど紹介していただいたように慎重な姿勢をとることになっているわけです」
反町キャスター
「どこが危険だと石川さんは感じているのですか?」
石川教授
「憲法についてそれを議論したり、変えたりするという、いわば土俵になっているようなルールがあるわけです。そのうえに立って議論をするというのではなく、まず土俵を壊すというところからやる相手にまともな議論が成立しないのではないかとまず考えます」
反町キャスター
「伊吹さん、現在の2点、議論しようと言いながら議論には応じないということ。もう1つは、石川さんが言われた土俵を壊して話を進めようとしていないか。この2点、どう感じますか?」
伊吹議員
「憲法は両院の3分の2の発議をもって国民投票にかけて改正されるわけです。ですから、内閣の長である安倍さんが発議をするということはできないでしょう」
小林名誉教授
「もちろん、できません」
伊吹議員
「安倍さんに法案提出権があるというような主旨のことをおっしゃったけれど、自民党案は既に、僕はあの案が必ずしも良い案だとは思いませんよ、ちょっとあとで議論をしますけれど、だけど、自民党案は国会へ出しているわけです。出しているわけだから、各党も堂々と自分達の案を出して、国会で国民の前で議論をすることによって3分の2の発議の要件を満たし得るかどうかというところへ持っていかないといけないのではないのですか。石川先生がおっしゃったことは、その通りだと思いますが、この3分の1の国会議員が反対すれば、96条改正するという、この土俵をつくるのは、現在の土俵の上で勝負をしなければできないでしょう。だから、土俵をまず壊しているということには、僕は、ならないと思いますよ」
石川教授
「それは、そうではないです。土俵を壊していることになると思います。と言いますのも、この96条に支えられた枠組みの中で憲法というのは成り立っていて、政治も成り立っているということなわけです。たとえば、もしここに憲法が改正手続きを持っていなかったらどうなっていたかというと、これはまさに憲法、それ自体を革命によって壊さなければいけないということになります。つまり、憲法によっては改正手続きを持っていない場合もある。もう変えないのだということでつくっちゃう憲法もあれば、たとえば、これぐらいの要件があれば変えるという憲法もあれば、もっと簡単な要件で変えるという憲法もあると。いろいろあるわけですけど、しかし、それぞれの改正ルールの位置というのを考えてもらう必要があるわけです。絶対に変えないのだというルールを持っているにせよ、簡単に変えていいというルールを持っている国であるにせよ、それぞれがそれぞれの国における前提になっているルールなわけですよね。だから、それぞれレベルが違うにしても前提になっているルールがあるわけです。これをどうするかというのは、これは、全部、要するに、同じレベルで考えていただくとわかると思うんですけれども、たとえば、96条を壊すのに96条の手続きにのらなければいけないかというと、既に革命的に壊すわけですから、実は96条にのらなくてもいいわけです。96条にのるというのは、いわば政治的にはおそらく穏当なやり方だろうと思いますけど、法的にはこれは96条によらないで壊すのと同じことです、という話だと思います」
小林名誉教授
「僕は、別の話をしているんですけれども、憲法というのは、政治権力を縛る法という前提からいけば2分の1で発議できるとなると、政治権力を持っている人達は当然、過半数を持っているわけです。その人達にとって簡単に改正発議が提案できるというのは、縛りとして弱くなる。だから、憲法というのは当然公正なものであると。そこに差があるのは、私はおかしいと思ったんです。先ほど、伊吹先生がお尋ねの点ですけど、釈迦に説法ですけれど、内閣総理大臣は法案だけではなくて、国会に対する議案提出権があるわけではないですか。そういう意味では、最大党の党首として国会に憲法改正発議をしなさいという議案提出権があるわけです。自民党総裁として公式な案を持っているではないですか。それについて時々いろんなところで改憲を進めたいとおっしゃっているではないですか。ですから、野党議員が特定の論点について疑問を向けたら、それは国会がなせることで、つまり、自分は内閣でなせることで、憲法審査会でやってくれと。昔からの知り合いですから、改憲が大好きな安倍総理としては、僕は逃げていると思ったんです」
伊吹議員
「そうですかね。自民党としては案を出して、国会の中のことはかなり知っていますけれども、ちょっと現在止まっているのですけれども、憲法審査会で、自民党の案はたたき台です。野党の案はないです。あとは自民党の案に対してケチをつける議論は行われています。私ども自民党の案が完全に良いという立場では必ずしもありません。野党時代につくったものですから当時政権を持っていた民主党に対する、いわばパワーゲーム的に、アンチテーゼ的な要素はかなりあるので、現実に少し直していかなくてはいけない。責任者であった船田さんが1度、自民党の案はバラバラにしてということをおっしゃったのは、僕はもっともなことだと思って聞いていたんです。それから、先ほどの石川先生のお話は、確かにこれを簡単に憲法を改正するという方向に持っていくということが良いかどうかは別ですが、憲法の前文、主権は国民にあって我々は政党に選ばれた国民の代表、国会における代表を通じて行動し、ということを書いていると。これは憲法の肝です。国民主権という。その手続きに沿って、国会3分の2で国民主権を付託された国権の最高機関である衆参の議員が、たとえば、2分の1にするとか、5分の3にするとかということを変えるということを否定してしまったら、これは国民主権というものを否定することになるのではないですか」
石川教授
「そこは、たとえば、国民主権が革命を起こすわけでしょう。たとえば、ある国において、仮定の話として、国民主権を前面に押し出して革命が起こったとするわけですが、その革命というのはその憲法に盛り込まれた改正手続きによってできたわけではないはずですよね」
反町キャスター
「96条ルールに則って、96条を改正することは?」
石川教授
「日本の場合、日本国憲法96条のような手続きでできた憲法ではありませんよね。最初につくる時の手続きと、それから、その憲法によってできた、ゲームのルールというのは、これは一応、別だというのはおわかりになりますよね。最初につくった時と、これから新しい憲法にしますよというゲームのルールとつくる時というのは話が違いますでしょう。そのゲームルールの中に96条があるという場合に」
反町キャスター
「でも、現在の憲法だって、昔の大日本帝国憲法の手続きに則って、進められたわけですから、次の憲法に改正する時も…」
石川教授
「それは、先ほども言いましたように、あくまでも政治的なゴールにあって、もちろん、旧憲法73条の手続きによって完璧に踏んでできた憲法ではあるわけですけれど、その憲法をつくる時のやり方と、それから、できた憲法に対する改正の手続きというのは次元が違うわけです。新しくつくられたゲームルールであると。そのゲームのルールを壊すということは、憲法、それ自体をもう1回やり直すことになるわけですよね」
反町キャスター
「壊すことになるんですね?」
石川教授
「そう。だから、同一性のある、日本国憲法という名前で始まった憲法を96条によって改正していくのであれば、ずっと続けることができるわけですけれども、96条を何らかの仕方で壊してしまうと、ここから、また新しい憲法が始まるという気がしない」
反町キャスター
「憲法の全条文の中で96条だけがアンタッチャブルと言いますか、これは触っちゃいけない条文だよという、そう聞こえます」
石川教授
「そういうことです。同じゲームで、たとえば、サッカーでも何でもいいですけれども、同じルールのゲームの中で、ゲームを続けている限りは触っちゃいけない公正的な、1番基本的なルールというのがある」
反町キャスター
「それが96条であると」
石川教授
「そういうことです」
反町キャスター
「伊吹さん、現在の指摘はいかがですか?96条、これだけは特別なんだと、ゲームのルールなんだと。これをいじるのはダメだと。この石川さんの指摘は」
伊吹議員
「小学校で教えてもらっている算数だと1+1=2、2×2=4だと。これが絶対的に、これが正しい答えがあるんですね。石川先生がおっしゃっても、私が言っても、小林先生がおっしゃっても。しかし、人間の解釈とか、所作というのは皆違うんですよ。1人、1人。特に政治の場に置かれているものは、異なる理念とか、異なる意見を調整して、1つの結論を出さなくてはいけない役割ですよ。失礼だけれども、学者の先生方は、自分達の信念、自分達の理念とか、考えに基づいた発言をされるわけですね。社説なんかも、自分の価値観に沿った主張をして、そうではないものを論断することはできます。だけれど、バラバラのことを言っていれば、国の意思決定はできません。だから、私達はたまたま多数決で決めようよとか、判決は不服だけど、従おうよとか、約束事をしているに過ぎないですよ。だから、現在、石川先生のおっしゃったことは、それを扱うものの、扱う姿勢というのか、矜持として皆が持っているべきものであって、法律論からすると現在の議論は、僕はちょっと無理だと思います」

『政治と憲法』あるべき関係
石川教授
「先ほど、ちょっと話題になりましたけれど、そのゲームルール。何のゲームかというと結局、立憲主義のゲームですよね。立憲主義のゲームを、我々が選んでいるということで、それをより良く突き詰めて考えていくと、立憲主義のゲームを支えているのはいったい何だろうかということになるわけです。そうすると、条文の中で結局、96条の1番の大元にあると。その大元というのを動かすためには、これは結局、革命が必要であるということになるわけなので」
反町キャスター
「この場合、革命というのは非常にネガティブな意味で使っていますよね?」
石川教授
「必ずしもそうではないです。法学的に言って、革命であるというのは法秩序の断絶ですよ。革命というと、これはクーデターもそうですけれど、多くの人は実力行使とか、流血の惨事とか、そういうことを考えるわけですけれども、しかし、法学的な面で見ると、たとえば、警官が持っているピストル、それから、暴力団が持っているピストル。何が違うかというと結局、警官の方は警察官職務執行法によって武器の使用が認められているという根拠があって、行使される権力、権力の行使。暴力団の拳銃はただの暴力と。こういうことで実力においては変わりがないのに、何が権力であるものか、ないものかを分けるのかと考えると結局、法とか、憲法とかに戻って行かざるを得ないですよ」
反町キャスター
「ルールのチェンジということですよね?」
石川教授
「そうです。そのうえで見ると、実力を行使されたのか、されなかったのか。血が流れたか、流れなかったか。これは実は革命の定義にとって法学上は意味がないことだと。法学の目から見ると、法秩序が断絶をしてしまう。たとえば、日本国憲法が日本国憲法でなくなってしまう、ここが革命なわけです。その意味で言うと、96条を動かさないで憲法改正していけば、日本国憲法のままですけれども、しかし、96条を壊してしまったら、もう日本国憲法が壊れてしまう。その重大性に全然、気がついてくださらないので、問題提起をしたという話です」
反町キャスター
「伊吹さん、96条をいじったら日本国憲法が日本国憲法ではなくなってしまう。これはいかがですか?」
伊吹議員
「今日の題も、憲法改正になっているんだけれども、自民党の出したのは自民党の憲法草案です。だから、現在の憲法をところどころ直していくという体系にはなっていません、自民党の案は。全貌を新しくするということです。ただ、現実に行われているのはどの条項を少し直すとか、緊急事態条項を入れるとか、そういう話になっているから、先生がおっしゃったようなことになるのだと思います。だから、その時に、96条を直すかどうかは、憲法の精神とか、憲法のよって立つところの存在のようなものを為政者、国会議員でも、総理大臣でも、自民党総裁でも、民進党代表でもいいですが、どういうふうに自己抑制をしながら、矜持を持って動かしていくかという議論であって。法律論からするとたぶん96条を現在の、この憲法に定められている手続きに沿って、国民主権のもとで、憲法の精神に則り、主権を委ねられている唯一の国家機関である国会議員が国民の代わりに憲法の手続きに従って3分の2で発議して、国民投票にかけ、2分の1でOKになれば、私は変えられるものだと思います」
反町キャスター
「伊吹さん、現在の話で、安保法制の議論の時に高村副総裁はこういう発言をされているんです。『憲法の番人である最高裁判決でしめされた法理に従って、自衛のための必要な措置が何であるかについて考え抜く、これを行うのは、憲法学者でなく、我々のような政治家だ』と、こういうことを高村さんは発言しています。つまり、憲法が、それに照らしてその解釈であるとか、その運用であるとか、ということをやっていくのは、これは政治家であると高村さんは発言したと僕らは思っているんですけれど、ここの部分、法に基づいて解釈を決め、運用していくのは、高村さんが言うように政治家なのですか?それとも、たとえば、番人と呼ばれる内閣法制局の仕事なのでしょうか?」
伊吹議員
「それは国民でしょう。主権者である。我々は政治家、高村さんらしからざる傲慢な表現だと思うけれども、国民主権を預かっているものだということでしょう。我々のような政治家だという、敢えて言えば。それは憲法にそう書いてあるのだから」
小林名誉教授
「これは、例の文脈でいくと、憲法学者ではないぞと言われたら、僕らは別に参考意見を求められて呼ばれて、だから、逆説的に、私はこう思うと言ったんですね。そうしたら、決めるのは政治家だ。憲法学者ではないと言われてびっくり。決めてくれと言われた覚えはない。高村先生は怒り過ぎです」
伊吹議員
「それは、ごめんなさい。それは、敢えて言えば、憲法学者の皆さんのご意見も参考にさせてはいただくけれども、最後にいろいろな意見があるわけですから。先ほど言ったように算数の世界ではないのだから。1つの結論を出さないといけないです。それは多数決と。それから、それが間違っている場合に、最高裁の意見、判決、云々というのがあるので、法制局というのはそんなに私はかいかぶるべき存在ではないと思います、政府機関ですから」
反町キャスター
「その意味で言うと、まず国民であり、国民から信託を受けた国会議員であり、その決めたことに関して、最高裁が、いわばチェック機能を果たす。ここの部分においてという意味?」
伊吹議員
「そうそう」
反町キャスター
「現在の石川さん、伊吹さんの話をどのように感じますか?」
石川教授
「いろいろ今日は理屈っぽい話をしましたけれども、まず先ほどから、ずっと主権、主権とおっしゃるのですけれども、主権は果たして、押し通していいのかというのがまず根本問題としてあるわけです。つまり、主権というのは、これは一般にはそう理解されていないかも知れませんけれども、本来の意味としては、これは絶対的な、あるいは至高の存在の形容ですよ。だから、主権者というのは、いかなる上位の法や権威によっても阻まれる理由を持たないわけです。だから、革命を起こせるんです、主権者というのは。しかし、主権者を野放しにしていていいのだろうかということで、憲法をつくるわけです。それで、憲法の箱をつくっているわけ。それを支えているのが96条だという話をしたわけですけれども。だから、主権者はと、書いてはあるけれども、憲法をつくっちゃった以上は文字通りの主権者ではなくて、絶対的ではないというのが憲法の前提です」
反町キャスター
「憲法というのは、国民を制御する、押さえ込むツールでもあるんですか?」
石川教授
「国民のゲームを、つくっているわけですね。やりたい放題ではなく、ルールに基づいたゲームにしようということでやっていると。そのゲームの箱を支えているのが96条で、そのことでいくつかポイントになる、今日、話題になっている9条も含めた重要な条文があるわけですね。たとえば、9条に違反するということになれば、これは違憲だということになります。しかし、先ほど、国会の議員の矜持ということをおっしゃいました。これは立憲主義の精神の問題であると。これは戦前の言い方ですと、立憲、非立憲という言い方で言われたんです。違憲か合憲かで言えば、合憲かもしれないけれど、合憲だから何をやってもいいのだということを言うために、戦前の政治家や、あるいは学者は、違憲、合憲ではなくて、立憲、非立憲という言い方を使ったんです。その意味では、まさに合憲であれば、何でもいいというわけではなく、さらに矜持がなければいけない。まさに先生がおっしゃった通りですね。そういう段階構造になっていまして、どこを現在、議論していて、どこを壊そうと、あるいはどこを変えようとしているのかということを整理しないといけない」
反町キャスター
「96条をいじることは、石川さんの立場からすると矜持を壊そうとしているということですか?」
石川教授
「また、前提にあるルールです。これから、このルールでいこうという、そのルールを壊してしまう。ルールに反しなければ、それでいいかというと、そうではないというのが、先ほどおっしゃった矜持の問題ですよ。だから、ルールを破っちゃダメだと。ルールの枠組みを破っちゃダメだと。しかし、ルールに従っていればいいのかというと、そうでもない。それだけではないというのを、先ほど、伊吹先生がおっしゃったわけです。だから、96条があって、違憲、合憲の根拠になる9条をはじめ、いくつかの条文があって、さらに、違憲、合憲とは言えないかもしれないけれども、矜持の側面で、立憲的な政治家はこういうことをやってはいけないよねというのは立憲、非立憲と。そういう段階構造になっていまして、だから、先ほど、1番外側の枠組みこだわった、外側の枠組みと、中身の議論というのは、これはレベルが違って、中身をいろいろ議論をするためには、外側を壊しちゃいかんと」

『9条』と『自衛隊』
秋元キャスター
「安倍総理は、改憲派が行った会合にビデオメッセージを寄せまして、その中で憲法9条について、このように述べています。『今の憲法には自衛隊という言葉はない。自衛隊が違憲かもしれないと思われているままでよいのかということは国民的議論に値する』と。現在の憲法で自衛隊の存在というのは合憲であると考えていますか?」
伊吹議員
「これは算数の世界ではないのだから合憲であれば正しいとか、違憲であれば正しいとか、答えはないです。先ほど、先生がおっしゃったように、どこまで憲法の精神を持って、心の中に置きながら、矜持を持って運用していくかということであって、私は現在の国際情勢の中で、自衛隊というものは合憲だと思いますよ。これをつくる時、最初に日本側から幣原さんがこれを提案したとかという話もあるし、その時マッカーサーがOKと言ったという。『昭和天皇実録』を読んでみると微妙な表現がありますね。前項の目的を達成するためという言葉を挿入していると。だから、これも解釈によって前項の目的を達するためと書いてあるから、自衛のための軍事力を持つということは違憲ではないということも歴代の政府として、この解釈であると。憲法学者の方の中には、それは違憲であるという意見もたくさんあると。それはあったって当然のことです。だから、お互いの意見を尊重しながら、現実の日本が生きていくために、トランプのような議論が出てきた時に日本はいったいどうなるのかというようなことをいろいろと考えながら、現実を政治は預かっているわけですから、国民の生命と財産を守っていかなければいけませんね。だから、敢えて言えば、この前の安保法制は戦争法案だという解釈もある、主張もある。戦争阻止するための法案であるという主張もある。どちらも各々の、先ほどの石川さんのお話で言えば、その土俵の中ではそれはそれで正しいです。だから、お互いの意見を聞きながら、最後は多数決で決めていきましょうというルールを使っているにすぎない。私は合憲だと思いますよ。それで、時代の流れとともに変わるんですよ。この憲法が最初にできた時は、東西冷戦が激しくて、共産党がおりてきて、日本を支配するかもわからないという期待を日本共産党は持っていたわけですね。だから、唯一、現在、憲法を守れと言っている、1番古い政党である日本共産党が唯一、この憲法制定の時に自衛権がないのはおかしいと反対をしているんですよ。それが時代の流れとともにまったく逆転しちゃっている。だから、時代にあうよう運用していかなくてはしょうがないので、それがもやもやとなるのなら、大多数が9条を変えるということに賛同されないとおかしいでしょう」
小林名誉教授
「まさにおっしゃるように歴史の中で動いてきたわけです。敗戦で米軍にがっちり占領されてきた時は日本をソ連から守る必要がなかったのに、日本自身が。その時にはまったく無防備に見えるわけです。だけれど、朝鮮動乱で米軍が出て行かなければならなくなったら、ソ連軍が入ってきたらどうしようということになるわけです。そこで、外に出ていく時には軍隊ではなければ出て行けないけれども、うちを守るのは警察の仕事ですよと。でっかい暴力団が入ってきたようなものです、ソ連軍は。警察のマターです。だから、警察法の一環として警察予備隊がつくられて、だから、これと矛盾しないです」
反町キャスター
「現在に至ってもそのままで大丈夫なのですか?」
小林名誉教授
「海外へ派兵する、今回の法律ができるまではね。だって、六法全書を見たって、警察法体系に入っているわけではないですか」
反町キャスター
「もやもや感は?」
小林名誉教授
「専守防衛に徹する限り自衛隊は、この憲法にアクセプダブル、受け入れ可能だと私は思います」
反町キャスター
「そうすると、今回の安保法制は9条の理念を超えているという話?」
小林名誉教授
「海外へ出て行くのであれば、軍隊でなければいけないし、交戦権を行使しなければいけないではないですか。これは憲法に禁じられているから無理ではないですか。かつて安倍総理に言ったことがあるけど、行きたいのであれば、改正して行きなさいと。改正しないでいくのは無理ですよね」
石川教授
「論理的に許されないことと、その範囲でいろんな議論ができることを分けて議論しなければいけない。たとえば、9条には9条の論理的な限界がある。その中で、たとえば、自衛隊違憲論があれば、合憲論もある。9条の論理的な限界というのがあるわけです。限界を超えてしまうと、9条を壊してしまうということになる。9条を壊すにはどうしたらいいかというと、96条にいわなければいけないということになるわけです。だから、小林先生が言った安保法制に関して言えば、9条が持つ論理的な限界を超えていると。9条を壊してしまう。だったら、96条を使わなければいけないわけで、それを飛ばしているのは、破壊的な行為であると、こういうことになる」
反町キャスター
「参議院選挙にしても野党の皆さんは、安保法制で足並みが揃っているかどうか?」
小林名誉教授
「私も疑問です」
反町キャスター
「安保法制のことが国民の間に、小林さんが持っているような疑念が、ちゃんと伝わっているのか。それが投票行動に…」
小林名誉教授
「それは、だって、政権側はいっぱい発信できるし、いつの間にか反対論客達は不公平と言って、論壇から消されているではないですか。本来、異論が嫌だったら、不公平と追い出すのではなく、反論にくればいいんですよ。現実に情報統制みたいなことも行われているし。全体として憲法が侵されていることを、きちんと野党がキャンペーンできていないと、それこそ野党の非力ですよ」
反町キャスター
「選挙に対する期待感は持っていますか?」
石川教授
「政策論と、先ほどから言っている理屈の議論は分けなければいけないというのは、研究者としては当然の主張だと思うんですよね。理屈が破られたなら、そのことに納得してくれれば、これは同じ戦列に並べられるはずなわけですよね。だけれど、それが政策論の違いだと考えている人が多いので、小林先生がおっしゃったように、野党共闘の戦列が見られるということになっているではないかというのが1つあると思います。現在選挙のことをおっしゃいましたけれども、たとえば、政策課題にも重いもの、軽いものと、いろいろあるわけですよね。9条であるとか、その手のことというのは、どういう文明を生きるかという、いわば文明論的選択で、非常に重たい選択で、それについて私は発言するつもりはないです。それは結局、国民投票によって決める以外にないということであって、たとえば、仮に反原発の条文ができてしまった場合、だったらしょうがないから、その枠内でできる限りのエネルギー政策をやっていくということになるはずですね。同じように9条についても、これをとったのであれば、その範囲でできる限りの安全保障政策をとっていくということになる。その枠組の中でどういう政策がいいのかという、まず議会で議論して、有権者に問うべき問題だと。いろんなレベルの違いを区別してやっていかなければいけないだろうと。安保法制に関する議論というのはいろいろある政策論のうちの1つというふうに考えるのか。それとも超えてはいけない問題なのだと考えるかで、ここは問題だと思います。私は、論理的限界を超えた話で、政策論云々の話ではないから、とにかくこれについては一致できなければおかしいんだと申し上げているわけです」
伊吹議員
「石川先生は学者としてはスジの通ったご意見だと思います。しかし、現実に預かっている国民の生命と財産を担保しなければいけない政治という立場の人間からすると、3分の2は現実にはないわけでしょう、9条を変えようという。憲法改正という漠然としたことでなくて、9条ということになれば、3分の2はもっと難しいと思いますよ。と言うことになると、発議ができませんね。その間に、現在おっしゃったことが現実に起こった場合にどうするんだという責任は政治にあるんですよ。研究室にはないです、これは。高村さんが、政治家が決めるんだと言ったことはそういうことだと思いますね」

石川健治 東京大学法学部教授の提言:『憲政逆転』
石川教授
「これはちょうど101年前にある立憲主義者が述べた言い方ですけれど、当時の大正政変の時期の政治は多数者の専制だと批判したんです。ポピュリスティックな政治状況に対して、これは多数者の専制だと、多数者の専制は、君主の専制よりもタチの悪い専制だと。しかも、多数者の専制は政党の少数者によって、最終的には特定の人の独裁につながっていくのだと。だから、これは憲政の逆転、立憲主義の逆転であると批判したんですね。まず第1は、先ほど小林先生が、護憲的改憲論だと言ったわけですけれど、護憲的改憲論というのは、立憲主義的改憲ということですね。しかし、立憲主義の土俵が成り立たない場合、護憲的改憲も議論できないですね。それはまさに憲政が逆転して、多数者が専制になっている状況においてであるわけです。だから、現状は多数者の専制なのではないか、その危機感を持って議論していただきたい。それから、もう1点、こういう状況の中でなかなか生産的な憲法改正論議ができないわけです。ですから、改憲論議を阻んでいるのは改憲派なのだということをここで強調しておきたいです」

小林節 慶應義塾大学名誉教授の提言:『政治家はまず今ある憲法を守ること。ここから始めよ』
小林名誉教授
「政治家はまず今ある憲法を守ること。ここから始めよ。単純明快。これ以外、何も説明はありません」

伊吹文明 自由民主党衆議院議員の提言:『憲法の 精神(こころ)たしかに 若葉かぜ』
伊吹議員
「石川先生がおっしゃったような、ポピュリズム的多数の専制にならないように、お互いに自己抑制というのか、矜持を持って、衝にあたるということによって、いい憲法ができるということでしょうね」