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2015年8月4日(火)
韓国発売禁止なぜ 『帝国の慰安婦』著者

ゲスト

河村建夫
元官房長官 日韓議員連盟幹事長 自由民主党衆議院議員
朴裕河
世宗大学教授

『帝国の慰安婦』著者に聞く 執筆の背景と狙い
秋元キャスター
「『帝国の慰安婦』という本のタイトルに帝国という文字が入っているのですが、この帝国にはどんな意味を込められたのでしょうか?」
朴教授
「慰安婦問題で言えば、これまでずっと戦争犯罪として理解をされてきましたね。確かに、戦争犯罪ではありますけれども、それ以前に戦争をなぜやるのかというと、国家勢力を拡張したり、防御したりというのでやるわけで、国家勢力の拡張というある力が働いて、そういった過程の中で何が起こるのか。そういった過程の中で軍人も動員されますし、女性も動員される。個人が国家によって集められるような状況があるわけですよね。特に、軍人とか、こういった女性達もそうですけれども、国外に移動させられることが多くて、もともと誰が移動させるのかということにも関心があったので、そういう意味で、国家の動員の力、拡張したい欲望を、帝国と言いたかったということですね。戦争よりはむしろ帝国という単語を考えることで、これまで見えなかった問題が見えてくるという意味で書いてみました」
反町キャスター
「そうすると、じゃあ、いわゆる慰安婦というものを、帝国主義的な領土拡張政策。その中における、ひとつの出来事として捉えたかった。そういう理解でよろしいですか」
朴教授
「そういうことです」
秋元キャスター
「朴さんは、朝鮮人慰安婦について、このように書かれているんですね。朝鮮人慰安婦という存在をつくったのは、家父長制と国家主義と植民地主義である。その意味では、慰安婦となる民間人募集を発想した国家や帝国としての日本にその罪はあっても、法律を犯した犯罪性は、そのような構造をかため、その維持に加担し、協力した民間人にも問われるべきであろうと書かれて、この朝鮮人慰安婦という存在をつくったのは、家父長制と国家主義と植民地主義とあるのですが、朴さん、これはどういう意味なのですか?」
朴教授
「たとえば、同じ家に生まれても、男性にはちゃんと教育をさせるんだけれども、女性には教育を施さないとかということがありますね。そういう中で女性達にどうしても家のことをしてもらえなかったり、それがまた苦しくて家出したり、いろんな状況があるわけですね。どうしてもそういう危険な状況にさらされやすいという意味です」
反町キャスター
「国と国との問題でもありながらも、家庭の中における文化みたいな、そういうものも含めて、たとえば、日本がどうこう。帝国主義がどうこうというのもありながら、一方、家父長制が帝国主義をつくっているという意味では、そうなのかも知れませんが、それぞれの個別の家庭、ないしはそのコミュニティとか、そういう小さなところの問題でも、国と国との問題でもあり、様々なところに原因があると考えると、こういうことにもなりますか?」
朴教授
「空間を限定するということではなく、これはアジェンダの問題というか、男女の問題が深くかかわっているわけですけれども、家父長制というのは韓国だけではなくて、もちろん、日本でもありますし、日本の中でも女性が売られていったことはありますので、基本的なそういう問題ですね。2000年代以降になって、女性運動の中で、女性人権問題と謳われていて、それはその通りだけれども、実は、こういった家父長制の結果でもあるということを、まったく見えなくなったということ。見えないというか、気づかなかったと言ったらいいのでしょうか。こういった問題を、皆で考えるのは反復を防ぐためと私は思っているので、ならば、どうして、こういうことが起こるのかというのを細密にその構造を見るべきだと思うんです。なので、分析をした結果がこういった結論だったということです」
反町キャスター
「一方で、この部分、帝国の慰安婦の抜粋部分、後の方で、そのような構造を固め、その維持に加担し、協力した民間人にも問われるべきであろうというのがあります。これは、どういう意味ですか」
朴教授
「慰安婦問題を巡る1番の問題というのは、法的責任をとるかとらないかということになっているんですね。その法というのは日本国家、軍部が強制的に連れていったと。なので、国家犯罪だという議論になっているわけですね。それは、それでいいんだけれど、大事なのは経済的に利益を得ていたことですね。これもついでに申し上げますと慰安婦に関していろんなことが言われていて、中にはお金を稼いだとかというふうに言う人も多いんですけれど、実際ほとんどは業者がとっていたと。そういう気持ちと言いますか、それを強調したかったというのはありますね」
反町キャスター
「日本側にしても、韓国というか、当時の朝鮮側にしても、両方の民間人、ないしは業者の問題を指摘されたことが、たとえば、韓国において、そういうことを言おうとすると、日本政府の責任を糾弾したいと思っている人達からすると、責任の分散というか、ポイントがずれるのではないかと。こういう批判ですか?」
朴教授
「そうです。確かに、その通りです」
反町キャスター
「悪いのは日本だから、変なところに話を持っていくなという話ですか?」
朴教授
「1部ですけれど、そういう見方はあるわけで、日本国家の責任を免罪するということを1番言われましたね。でも、現在、話をしましたように、業者にしても現在、1番大きいのは、こういう構図をつくったり、動かしたりする権力を持っている人達なわけですから、1番大きな責任は国家だと私は思っています。しかし、その他のことを言うことが、あたかも免罪をすることになると考える人達もいたというだけの話です」
秋元キャスター
「河村さん、いかがですか?」
河村議員
「そういうことがあったということは、皆そういう想いでいるんでしょうけど、それを正面から問わないと。しかし、誰も、たとえば、日本にもあったでしょうと。どこにでもあったんですよという考え方は皆、持っていると思うんですね。だから、なぜ韓国だけが人権問題まで言うのかというのはあると思うんです。しかし、当時、植民地化したあと、そこに同じ日本人もいた、差別をしたのではないかということからきているのかなと思ったりしています」

慰安婦問題
秋元キャスター
「朴さん、本の中で様々な慰安婦の姿というのを掘り起こされていますけれども、当時の日本軍にとって、朝鮮人慰安婦というのはどういう存在、どのように見ていたのでしょうか?」
朴教授
「日本軍にとってですか?」
秋元キャスター
「はい」
朴教授
「いや、それも様々だと思いますけれども、まず話をしたいのは、軍人は結構、つらい立場ではないですか。位階があってそもそもつらい立場。誰にも憂さを晴らせないような立場だったという状況の中で、良くも悪くも1番そういう気持ちをぶつけることが可能な対象だったと思います。ある意味で、上司は皆、部下をすごく酷く扱ったりしますよね。そういったことが慰安婦を巡っても結構あるんですね。もちろん、中には良い関係をつくった人達もいるけれども、でも、全体としては1番、集められた軍隊の中で、1番下の人達だったという理解が必要だと思っています」
反町キャスター
「それはいわゆる兵隊のレベルでいうと、1番下、二等兵だとした場合に、二等兵よりも慰安婦の方が下に扱われる。そういう意味ですか?」
朴教授
「そうです。女性であったり、朝鮮の人であったり、しかも、そういう空間に行ったり、そういういろんなことがどうしても差別の対象になるということですね」
反町キャスター
「差別。それは、たとえば、慰安婦と言っても日本人の慰安婦もいれば、韓国人の慰安婦もいれば、他の国籍の慰安婦もいたと僕は聞いているんですけれど、慰安婦、全体どこでも同じだったのですか。それとも特に朝鮮人慰安婦に対してはということがあったのですか?」
朴教授
「ちょっと、そのへんの関係を聞かれたので、ちょっと読んでいいですか。引用したものがありまして、村松剛さんという詩人、編集者だった人ですけれども、3行ぐらい読みます。『私は現在、目の前に1人の女を想定する。それは性的な対象と仮定する。彼女が朝鮮の婦人であれば、我々は容易にサディストとなり得るのである。もし、彼女が欧米の婦人であれば、我々は、容易に不能者に変わり得るのである。我々のエロスは、この2つの極の間を揺れ動くのである。性行為による主体の抹殺、消去が快楽の極みであるのと同じように、我々のロゴスの主体の抹殺を通して、ファシズムに容易に近づき得る性質だと思う』。ちょっと後半、ややこしいんですけれども、これが基本的には日本軍人と朝鮮人の女性の間の関係だったと理解をしていただきたいですね。とっても、これは本質をよく書いてある文章だと思います」
反町キャスター
「そういうケースもあっただろうとは私も理解はしますけれども、それが全ての朝鮮人慰安婦と全ての日本人兵士の間の関係であったかどうかというのは、そこはどうなのですか?」
朴教授
「それも様々です。様々ありますね。とても良い関係を築いた人達もいますし、本当に慰安婦のことを愛して結婚をした人もいるし、いろいろいるわけで、いろいろいる中で、何を見るかということですね。責任を否定したい人達はそういう良いことがあったということばかり見たり、その逆もいたりするわけですね」
反町キャスター
「朝鮮人慰安婦と日本人兵士との関係において良い関係もあったのですが、凄まじく酷い関係もあった。どちらに軸を置いて考えるかによって、ものの考え方が全然違ってくるぞという問題提起かなと。よろしいですよね?」
朴教授
「うん」
反町キャスター
「と思うんですけれども、どうですか。どう感じますか?」
河村議員
「どこに焦点を置くか。1番問われるのは、強制性があるかないか、まずは正面から捉えた。その強制性をどう捉えるかという問題もあるかと思いますね。一般的な業者が入って騙していたケースから、それは承知で行ったという人もいるだろうと。いろんなケースがありますが、しかし、こういうケースで考える場合には、本来は1番、受ける側においてちょっと厳しい条件の中で考えていくというのが本来。お互いですね。その中でも、どこをとっていくかということだろうと思いますけれど、現実に、いわゆる大変乱暴なやり方でどんどんさらっていくようなことはなかったということですけれども、しかし、そうかと言って、慰安婦の状況が人権を通して見た時、どうなのかということについては、それは人権問題として取り上げるなら、大きな問題だろうというのはわかります。しかし、現在の価値観と当時の価値観とは相当違いますので、そのまま引き直すと、そういうことになるんですよ。それを、どういうふうに贖罪していくかという問題だろうと思いますね」
秋元キャスター
「そうした中、朴さんは、本の中でこのようにも書かれているんですね。『性的に搾取されながらも、前線で死の恐怖と絶望にさらされていた兵士を、後方の人間を体表する女として慰安し、彼らの最期を疑似家族として見守る役割、それはもちろん、国家が勝手にあたえた役割だったが、そのような精神的慰安者としての役割を慰安婦達はしっかり果たしてもいた』と書かれているのですが」
朴教授
「戦争とは何かということなのですが、日常を離れることではないですか。それが1年となり、2年となったりすると軍人でも苦しいですよね。ある意味、これはいろんな資料からも出てくるんですけれども、最初は、たとえば、強姦を防ぐとか、そういう目的があって(慰安所を)つくったということはあるのですが、ちょっとあとになると、心を安定させるという役割が見えてくるわけですね、それなりに。それが疑似家族ということですけれども、本当は家族でも何でもないわけです。家族に会えないし、そういった中で、ある程度、心を許しあう関係というものがあり得たわけで、いろんな形の、いわゆる交流があるわけですけれども、そういう意味で、家族の役割を与えられた、別の言葉で言えば、疑似日常を軍部が、あるいは国家がつくってやったという構造と思います。そういう意味です、あれは」
反町キャスター
「たとえば、裁判、ないしは国家間の交渉の場において、植民地支配が悪いとか、帝国主義が悪いとか、そういう白黒を、非常にシンプルな議論にするわけではなくて、個別のケースを見ていくと、こういうケースもあるし、ああいうケースもあったよとやっていくと、おそらく、そういう様々な、本人の意思にかかわらず、そういう状況に置かれて、結果的に、その場において、自分の相手をする兵士に対して恋愛感情、ないしは愛情、ないしは家族のような情愛を持ってしまうこと自体が、大変な犯罪的なことであると、国家によるですよ。そういう理論というのは、たとえば、これまでになかったのですか?」
朴教授
「犯罪的ですか?」
反町キャスター
「だって、もともとその人達に対し、いわゆる朝鮮人の慰安婦は、兵士に対しては愛情を持つ(ことは)、そこには何もなかったではないですか。持つように仕向けられたこと自体が国家的な犯罪行為という形にはなるのですか?」
朴教授
「いや、私はそうは書いていません。それは犯罪とは違う文脈で考えないといけない問題ですね。それは全体として、どのように、そもそも日本の名前をつけられますし、日本の服も着せられる状況です。しかも、田舎であまり教育を受けなかった人達も多いので、日本語をそんなに話せない人達も多いわけです。そうした中でどういうことかというと、日本人慣れという空間ですよ。しかも、戦争の場でしょう。むしろ後方よりも普通の日常以上に、日本人にならないと、その場にいられないわけです。そういった状況をどう考えるかというと、それは皆、それぞれ違うはずですけれども、最後までもちろん、順応できなかった人もたくさんいるはずですし、それを犯罪というふうには思いません」

慰安婦問題をめぐる日韓の対応
反町キャスター
「朝鮮人慰安婦がどういう気持ちで働かされていたのか、働いていたのかという話だったのですが、河村さんはどう感じましたか?」
河村議員
「日本の軍人の立場から見れば、あの時は日韓が併合していますから、日本の同じ国民ではないかという意識が働いたとしてもおかしくはないと思うんですね。男女の関係ですから、そういう関係になって大事な人間だという想いがあれば、相手に通じます。そういう場面がおそらく、書かれている中にはそういうこともあったであろうということは、私も理解をしますね。そういうことはそういう現場ではあり得たと思います。しかし、そのことと、そういう状況をつくっていたことと、それはまた別だと言われれば別です。しかし、人間は運命として受け止め、順応性がありますから、それにちゃんとしていった人と、そうではなかった人と(がいる)。先ほど、ちょっと話があったように、人間は違いますから、そうでなかった人達が、訴訟になったと、そういうことはあるだろうと思いますね」
反町キャスター
「疑似家族という言葉が出ましたけれども、疑似家族に至るほどの関係があったものもあるし、なかったものもあるという、その非常に詳細な個別の人間関係、いろいろあったんだよというところまで、これまで、たとえば、日韓議連の立場で韓国側と…」
河村議員
「話をしたことはないですね」
反町キャスター
「そういうところって、検証というものはしない?」
河村議員
「していないですね。これは日本人から言っても恥ずかしい、恥の部分であるという意識が働きますから、できるだけ表に出さないようにという想いもあって、正面切ってこういうことを避けてきたということも事実でしょう。だから、具体的に、こういう項目を直接、具体例を出して、どうするかという話まで、これまではしていませんよね」
朴教授
「ただ、私がこういうことを書いたのは、あまりにも日本軍に対してのイメージが1つしかなくて、少しは知ってもらった方が先ほども話をしましたように、最初は韓国向けに書きましたが、そうではない人もいるということを知ってもらいたかったわけですね。ただ、それを否定する動きもあるわけです。それがいけないと思う理由は、たとえば、それは例外だと。どれぐらいあったのか私達は知りませんよね。それは誰にもわからないわけですけれど、でも、そういうことがあり得る状況ではあった。この状況を考えることは、日本としては植民地支配の責任として考えてほしいと思うわけです。韓国としては、これを例外と考えてしまうことは、たとえば、圧倒的に、最初に話をしましたように差別される存在なわけですよ。抑圧していい存在になっているわけです。そうした中で、本当に愛情を感じたり、親切にしたりという人もいたとしたら、それは、当時の大きな流れに逆らうことではないですか、ある意味で。それはとっても重要だと思うんです。それこそが一般人、平凡な普通の人かもしれないけれど、そういったことこそが引き継ぐべき1つの精神だったと私は言いたいわけです。とても差別され、支配され、他の国民とちょっと違う関係を築いたというのは、たとえ、少数だったとしても、それは注目すべきだというのが私の考え方だと。同時に、また別の文脈でとっちゃうのは困ると」
反町キャスター
「免罪に使われるというのは、これはおかしい?」
朴教授
「ということです」
秋元キャスター
「慰安婦問題を巡る日韓の対応について聞いていきたいと思うのですが、まず慰安婦問題を巡る動きからおさらいしていきたいと思います。1990年に慰安婦問題の解決を目的とした市民団体、韓国挺身隊問題対策協議会、いわゆる挺対協が設立されます。1991年に韓国の元慰安婦らが日本政府に謝罪と補償を求めて東京地裁に提訴します。これに対して1993年に日本は、軍の関与を認め、公式に謝罪を表明した河野談話を発表します。1995年3月に、日本は国民の募金が入る『女性のためのアジア平和国民基金』、いわゆるアジア女性基金を設立します。しかし、元慰安婦の支援者達は、国家賠償を主張し、民間基金であるアジア女性基金に反対をします。国際的な動きで見てみますと、1996年には、支援者達の声を反映したクラワスマミ報告書が国連人権委員会で採択され、慰安婦問題が女性の人権問題へと発展していきます。2007年、アメリカ下院の本会議で日本政府に謝罪を求める決議が下され、2011年には、韓国政府が慰安婦問題解決のために、日本政府に働きかけないのは憲法違反という判決が韓国憲法裁判所で出されています。2012年、当時の野田総理が李明博大統領に謝罪と補償を打診したのですが、これは合意に至らなかったという流れです。慰安婦問題において日本側が具体的に対応したのがアジア女性基金の設立でした。このアジア女性基金というのは元従軍慰安婦に対しまして償い金を支給するための民間基金として設立されました。償い事業はフィリピンで211 人、韓国で61 人、台湾で13 人に対して実施されていて、インドネシアやオランダでは、高齢者社会福祉推進事業や生活状況の改善を支援するための事業を実施したということです。2007年3 月に解散をしています。朴さん、ここまでの日本側の対応をどう見ていましたか?」
朴教授
「これは本当に、この問題のみならず、いろんなことで言えるんですけれども、よく韓国の意図に対して、日本の方が不満に思うことがたくさんありまして、その半分以上はちゃんとした情報が伝わっていない結果です。たとえば、基金の話をしていますが、1990年代に日本がともかくも謝罪と補償をしたということは事実としてあるわけですね。でも、それはその当時、ほとんど伝わっていません」
反町キャスター
「それは日本の責任なのですか?」
朴教授
「それは当時の、日本に来ていた韓国の特派員のせいかも知れませんね。つまり、もうちょっと基金のことを取材し、伝えるべきだったと思うんですね。批判があるとしても、反対とかがあるとしても、もうちょっと具体的にそれぞれの関係者達に取材をし、調べる必要があったと思うのですが、そういった形跡はほとんどないですね。なので、結局、既に反対があって、それをそのまま受け止めての世論づくりと言いますか、報道だったので、それで国民からすれば、ほとんどこの問題の全体が見えてこなかったということだと、私は思います」
河村議員
「いやいや、我々も償い金とお見舞金と500万円を添え、4人の総理大臣が謝罪の文を入れたものを出していたと思います。割と最近ですよね。だから、韓国国民の7割は知らなかったという。これは日本的に言えば、負の部分であって、大っぴらに慰安婦の皆さんに対しても、やった、やったという話ではないだろうと。それはお互いにそういう想いでやっているんだからということでオープンにはあまりしなかった。それはかえって知らなかったと。ここまでやっているんですよということについては最近ですよね。外務省のホームページで明らかに。これはすごく最近のことですから。現在こうなってみて、もう1度蒸し返される形になるのであれば、あの時点でもっと情報を国民も一緒になって、あのお金には政府のお金も入っているわけですから、そういう説明をしてもっとやるべきだったと、現在ではそう思うんですよ。しかし、現実にそういうことがあったということは、これは事実ですから、だから、あの時点では、あれが途中で止まったということは、我々も残念に思っていますのでね。現在、言われているのは残りの方々の名誉をどういうふうにして回復するかということが問われていると思いますので、そこに向かって、その時のことを思いながら、次はどういう解決方法があるかというのは、この問題に限って言えば、考えていかなければいけないけれども、あの時のことを抜きにして、新しい何かをやれと言われても、なかなか難しいのではないかと思いますけどね」
反町キャスター
「それは河村さん、いわゆるスキーム、全体の構造としてきれいなままできたんだけれども、何らかの双方の政治的な意図、ないし日本側の様々な事情もあって、あまりきちんとした内容の告知というか、広報がなされていなかったと感じているということですか?」
河村議員
「そうだと思いますね。総理大臣の手紙をちゃんと付けて出していますから、これは日本政府の責任において、最高責任者がお詫びを入れているわけですから、十分、それで理解されると思った。ところが、金を受け取るなとか、あるいは本来の政府のあれではないとか、いろいろなことを言われたと思うんです。なのに、なかった人達も現れたと。現在、問われているのは残る方々だと。しかし、ご高齢だ、彼女達が生きているうちに解決をしてくれというのが議連の間でもそういう話が出るというのは、現在その問題に、かなり焦点があるなと思っているんですよ。しかし、そういう事実があったということを、もっと理解をしてもらう必要はあったんだなと思います」
反町キャスター
「朴さん、挺身隊問題対策協議会、いわゆる挺対協というお話。先ほど、ちょっと出たんですけれども、挺身隊問題対策協議会、挺対協という団体がその慰安婦、元従軍慰安婦と言われる方々に対する日本政府からの償い金の受け取りをやめるように働きかけたと、僕らは理解しています。それはまず事実なのか、間違いなのか。その背景にある考え方はどういう考え方だったのか。それを現在どう感じているのか?」
朴教授
「具体的にどういう働きかけをしたのかということを、私も聞き伝えているのは触れません。結果として、既にもらった人達を批判したという事実はあるわけです。それは当事者の気持ちをあまりちゃんと汲まなかったことだったと思いますね」
反町キャスター
「それは先ほど、日本政府側が償い金を出すまで、総理のお詫びの言葉を含めた償い金を渡す体制が整っていたのであれば、ちゃんと見えるよう、わかるようにやるべきだという話も議論の中でありました。日本側のやり方もちょっとおとなしすぎた部分。ないしは国家賠償をするということに対する日本の国内における抵抗感があったので、そこの部分、つじつまあわせのために、あまり大きなアナウンスメントをしなかったという事情、日本側の事情もあるかもしれません。では、韓国側としてはそういう日本側が、ややおとなしめなトーンで受け取っていただけませんかと、このお金を拒否する理由は何だったのですか?」
朴教授
「現在、挺対協の話ですけれど、本当は先ほども話をしましたように日本の支援団体ともつながっていると、連帯をしているので、それはどの段階で最初から基金の反対はありましたから、ある意味では、挺対協の1997年の段階で、基金ができる前から反対をしていましたから、何年か経った現在、1997年の最初の頃ですけれど、その時に反対するのがある意味で当たり前です、この流れからすれば。ですから、私は批判的に見ましたが、全体を見れば、むしろ当時の状況としてはそういう対応しかなかったなと思います」
反町キャスター
「たとえば、挺対協の人達が反対をしないで、これはもう受け入れざるを得ないというようなやり方というのはあったのですか?」
朴教授
「そもそも私が思うに、戦後、日本に対しての理解自体があまりなかったです。当時は。本当、信じられないぐらいですけれども、2001年に教科書問題がありましたね。その時にすごく低い率で問題となった教科書が詳細になったということがありましたけども、その時、初めて韓国には、日本には、いわゆるこういう問題、こういう教科書を反対する、韓国では良心的という言葉を使うんですけれども、いわゆる良心的な知識人と市民がいると。リベラル側と対立をしているということが見えてきたんです。まだ15年なので、そういう意味で。そういうことがあるように、そもそも戦後70年、あの時は50年ですね。戦後50年の日本についてのことがあまり理解をされていなかったと思うんです。なので、植民地時代のことばかり頭にあって根本的な不信があるのが1つ。最初は強制連行というような理解の枠組みがあったわけですね。それは皆、当然、怒って当然のことです。こういったいろんなことがあっての不信だったという、事柄に対する怒りだったり、いろんなことがあってのことなので、もうちょっと日本のことを知って説明をしたりする、介添えする人達が必要だったと思うし、私自身も韓国で日本学をやるものとして、あの頃はまだ若かったんですけれど、そういう責任もあると思っているんです。それで、現在この時点で、この問題を話しあう時には、皆あの時、日本が悪かったとか、韓国が悪かったとか、支援団体が悪かったとか、ある程度は言えると思いますよ。でも、皆、自分の問題として、メディアの人だったらもうちょっと報道をして、取材をしていればとか。学者であれば、もうちょっと日本のことを知ってもらうようにするべきだったとか、という感じで考えて、初めて何らかの接点が出てくると私は考えています」
反町キャスター
「それは、つまり、その人に責任を被せるのではなく、まず自分が反省しなさいよということ、そういうことを韓国に対しても、日本に対しても言いたい?」
朴教授
「そうです。大きな国家もそうだけれども、個別の学者とか、メディアの人とか、皆そうだと思うんです。先ほど、日本の政府がもうちょっとちゃんと話せば良かったと言いましたけれども、ある意味で、これから日本が何らかのことをやるにしても、何を謝罪として受け止めるかという問題がまだ残っているんですね。中には、天皇の謝罪と考える人もいれば、いろんな形を考えるわけです」
反町キャスター
「それは韓国でですか?」
朴教授
「そうです。たとえば、ある意味で、謝罪とは何かとか。国家、先ほど、民間のものだからダメだという議論があったんですけれども、実はどうして、民間はダメなのかとか。本当はもうちょっと根本的な議論が必要な問題ですね、これは。ですから、あの時は国家賠償が1番いいと。国家責任を問えていない枠組みで語られていましたけれども、本当にそうなのか。たとえば、国家が何か一言を言って、それで終わらせればいいのかという問題も1度ぐらいは考えるべきだと思いますし、私が1990年代の危機を評価したのは、先ほど、話したように、別に首相とかが出なくても、ザクッとした、私から見て、日本人の全体、多くが過去の問題は悪かったというのは、肌で感じましたから、それも大事だと思うんですね。たとえば、これからもね」
反町キャスター
「それは1990年代にはなかったという感覚?日本人が悪かったと感じている部分というのは、この数年、急速に、日本側の中に?」
朴教授
「そうです。2000年代以降になって、そういう気持ちはかなり薄れてきたと思います」
反町キャスター
「薄れてきた?」
朴教授
「そうです。あの頃は募金をやりましたけど、現在、たとえば、何かをやったら応じる人はどれだけいるかという問題です。なので、どういう形なのかということの議論も必要だと思いますね」

朴裕河 世宗大学教授の提言:『お互い理解する努力をする』
朴教授
「相手に足りなかったことばかりをお互い言ってきたような気がします。相手国の歴史を深く考える、理解するようにするという努力なしにたぶんうまくいかないだろうということで、こういうことを書いてみました」

河村建夫 日韓議員連盟幹事長の提言:『未来互恵志向』
河村議員
「日韓関係は未来志向ということをよく言われてきたのですが、それはお互いの幸せにつながるようにという気持ちが大事だと。お互いの立場を考えながら、未来を見ていきましょう。しかし、過去は直視しなければいけませんよ。それを無視して次の幸せはありませんという気持ちですね。それが大事だと思います」