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2015年6月25日(木)
『違憲論』と安保法制 交錯する論点徹底整理

ゲスト

森本敏
元防衛大臣 拓殖大学特任教授
石川健治
東京大学法学部教授
河野勝
早稲田大学法政治経済学術院教授

憲法学・政治学・国際情勢 安保法制論議を多元検証
秋元キャスター
「2012年の春、自民党は憲法改正素案を発表。その年に行われた総選挙の公約にも憲法改正を掲げていました。その後、安倍総理の私的諮問機関であります安保法制の有識者会議懇談会からの意見などを受け、昨年5月から7月にかけて開かれた与党協議では、具体的な事例をあげて、集団的自衛権の行使が憲法上、どこまで認められるかの議論がされています。この中で、自民党の高村副総裁が集団的自衛権行使の要件を含む、新たな3要件を盛り込んだ、いわゆる高村私案を提示し、公明党もこれを受け入れ、与党は合意しました。昨年7月1日には憲法解釈の変更という形で、集団的自衛権の行使が一部、可能とする閣議決定を行いました。これを受けまして今年2月から与党協議が再開されます。3月には、安保法制の全体像について与党で最終合意し、その後、歯止めとなる国会承認手続きなどが議論されまして、法案化が進められました。5月には安保関連法案を閣議決定。国会審議が始まったという流れですけど、国会審議では当初、自衛官のリスクや、いわゆる巻き込まれ論などが論点だったのですが、6月4日に参考人として招かれた3人の憲法学者全員が、安保法案は違憲と発言したことで、安保法案は違憲か、合憲なのかという原点に議論が立ち返ったようにも思えるんですけれど、石川さんに聞きたいのですが、論点が迷走してしまって国民に非常にわかりづらいように見える国会論議、どう見ていますか?」
石川教授
「ホトトギスの卵の例えにあてはまる話ではないかと思うんです。ウグイスの巣に卵を産み落として、ウグイスの母親は、ホトトギスとは知らないで、ウグイスとして育ててしまうんですね、ところが、ホトトギスの卵が孵化するのが短いので、どんどん大きくなって、育って、やがてはウグイスの卵を全部落として、巣を乗っとってしまうと。そういう例えですけれども。昨年7月1日時点では、ウグイスの子であるかのように産みつけられたホトトギスの卵が1年間温められ、だんだん大きくなってきたということなのではないかと思います。それがホトトギスであるとようやく見えるようになってきたので、原点に戻った議論をするようになったのではないかと私は受け止めています」
反町キャスター
「何か化け物が孵化した。そんなイメージですか?」
石川教授
「結局、集団的自衛権だということだと思うんですね。個別的自衛権の範囲でしかないんだと。ウグイスの子として産んだのだという説明が、それはそれとして、一生懸命になされたんですけれども、しかし、結果としてホトトギスだったんだということが、明らかになってしまったのではないかと。それで時間を巻戻ってのやり直しだということになったと私は受け止めました」
反町キャスター
「卵を産んで、また1年経って戻ってしまったという、経緯を踏まえると、昨年7月1日の閣議決定以降の流れ、そのプロセス。どのように見ていますか?」
石川教授
「立法事実という言葉があるんですけれども、現実の法律というのは、実際の法律というのは、現実の社会や、あるいは現実の経済に投入されて、それがどういう効果を持つのであろうかということを、一応想定して送り出さなくてはいけないわけですね。だから、たとえば、この場合ですと安全保障という目的があって、そのためにこの手段が必要だということを現実の社会や経済、その他に投入した場合の効果というのを説明してもらわなければいけないわけですよ。そういう立法を支える事実ですね。これがまったく出てこないというのが、今回の議論の特徴のように思います」
反町キャスター
「出てこないというのはどういうことですか?」
石川教授
「昨年の5月ぐらい、5月15日でしたか、紙芝居みたいなパネルが出てきて、いろんな事例を説明されたことがありますけれども、それ以降、段々と事実が語られなくなったのではないかと。何の目的のために、どういう手段を使って、どういう効果が実際に発生するのか。本当に抑止力なんてものが発生するのかというのも含めて、安保法制を支える立法事実について、何1つ語ってくれないと。非常に抽象的で観念的な、たとえば、安全保障環境の劇的な悪化であるとか、そういう非常に観念的なことだけが、繰り返し、繰り返し、リピートされているわけで、何がどう変わってどうなのかという立法事実が示されていないというのが、この間の議論の著しい特徴のように思うんですね。もちろん、全て語れるわけではないかもしれないけれども、しかし、その立法事実を語らない、この立法過程というのは極めて不健全だと思います」
反町キャスター
「森本さん、とりあえず現在の立法事実。現在、国会の審議、安倍政権の昨年から今年にかけての安保法制を巡る議論の進め方をどう見ていますか?」
森本氏
「今回の安保法制全体で、現在11項目。実際に法案として2本を出してきたと。その背景と言いますか、どうして法律にしなければいけないのかというと、現在のご説明のように、昨年7月1日の閣議決定が閣議決定のままだったら自衛隊は実行できないわけですから。それと、閣議決定に基づいて行われた日米交渉の結果、4月27日にできた防衛協力、ガイドライン。この日米間の約束。これを実行するために法律がいるわけですね。つまり、立法の体系と言いますか、としては昨年7月の閣議決定、それから日米防衛協力、ガイドライン。この2つを実際に実施する、施行するために必要な法体系ですけれども、実は今のお話のように、閣議決定とガイドラインがなぜ出てきたのかということがきちんという説明がされていないですよね。現在の法律はこの2つから出てきたものです。でも、今時なぜガイドラインの変更だと。私が最初にアメリカ側に言い出した、研究しましょうと言い出した時には、国際環境、安全保障環境の変化があって、アメリカも研究をしようと言ったんですけれども、それだけではなくて、日本がやるべきことが変わっていないのであれば、実は根本的に見直す必要を感じないわけですよね。日米安保条約の持っている一種の片務性と言うのでしょうか、アメリカは日本を防衛する義務を負うが、日本が防衛する義務を負わないという、このイコールパートナーシップでない、この問題を安倍さんは第1期政権の時からずっと解消をしようと。できれば、少し改善できるようにしよう。つまり、日本が憲法改正したあと、まったく相対的な同盟条約ではないけれど、これまでできなかったことを、少しできるようにしようと思ったことは、この安保法制の根底に、僕はある」

“砂川事件”と安保法制 集団的自衛権の合憲性は?
秋元キャスター
「さて、安全保障関連法案の国会審議で最大の論点となっている集団的自衛権行使の一部容認ですけれども、政府が論拠としているのが1959年に出されて、当時の在日米軍立川基地の違憲性が問われました砂川事件の最高裁判決です。我が国が、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために、必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として、当然のことと言わなければならないと。さらに、この判決に際しまして、当時の最高裁の田中長官の補足意見では、一国の自衛は国際社会における道義的義務でもある。今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち他衛。他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従って、自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについての義務を負担しているものと認められるとの見解を示しているんですけれども」
石川教授
「砂川事件を裁く前に、とにかく第1審が、日米安保条約、違憲判決ですから、これを一刻もはやく破棄をしなければならないということで、条約上告という特殊な手続きを使って、いきなり最高裁に上がって。とにかく全員一致で破棄をしなければいけない。そのために必死で動いたのは田中長官です。だから、この砂川判決というのは意見がバラついていて、もう法廷内もまったく意見がまとまっていなかったということがわかるんですけれども、とりあえず第1審の違憲判決を破棄するという点では、全員一致だったと。それをとにかく取りつけたという判決です」
反町キャスター
「そういう混乱した裁判であったが故にこの最高裁判所長官の、しかも、補足意見である。それを根拠に集団的自衛権の裏づけとするのはあまりにも脆弱であると?」
石川教授
「あまりにも無理筋であるということです」
河野教授
「私は、砂川判決のことはよくわからないですけれども、政府の説明が、よくわからない最大の理由は何かと言いますと、たとえば、先ほどの安全保障環境が変わったということもありますし、あるいは今度の法制の中で、いろんな新しいコンセプトが出てきているわけですよね。存立危機事態であるとか。重要影響事態であるとか。つまり、一方において新しいことが起こっているんですよ、変わったんですよと言いたいにもかかわらず、もう一方においては、昔の法理に収まるんですよと。砂川判決。変わっていないんですということを言っている。この根本的な矛盾が国民にとってはわかりにくいのではないかなと思うんですよね。変わったのだから、新しいものでやりますと言うのだったら、わかりやすいんですけれども、変わったんだけれども、昔はそういうことがありましたというのは、どう考えてもあとから理屈をつけているのではないかなという感じはしないでもないですね」
反町キャスター
「森本さん、この砂川判決をどう見ていますか?」
森本氏
「砂川判決は、この必要な自衛のための措置をとり得ることは、国家固有の権能の行使として認められているという、ここに。はっきり言うと、これを論拠に行政解釈と言いますか、有権解釈と言うか、昭和47年の政府解釈というものができて、この第1項目が、まさに、これを一にする形になっているわけですね。しかしながら、2のところで、何でもできるのではない、必要な最小限度だと。個別的自衛権はいいけれども、集団的自衛権は憲法上許されないという。この砂川判決に照らして読むと、必要な自衛のための措置をというのはも、個別的とも、集団的とも、書いていないので、従って、個別自衛権と集団的自衛権と2つあったとしたら、集団的自衛権のフルセットは、国際法上も日本国憲法上から見ても読めないと、実施できないと。しかし、集団的自衛権の中で、我が国の自衛のために行われる武力の行使は、フルセットの集団的自衛権ではないけれども、まさに、必要な自衛のための措置に含まれた。これは個別自衛権ではありません。そこで読み込む以外に、つまり、解釈の方法がなかったと」
石川教授
「これは、砂川文脈はあくまで在日米軍というのは日本の戦力ではないということを論証している。そのプロセスであって、しかも、なぜ米軍をそこに置いているのかということを説明するために防衛力の不足を補う必要があるからだと。なぜ防衛力の不足なのかというと、9条2項で戦力不保持の原則があるからだと。そういう一連の議論をしている中で、戦力不保持なのに防衛力を持てるのはなぜかという、その文脈で、抜き出してくださった一文が出てくるわけです。だから、これはどう考えても個別的自衛権ですね。しかも、最高裁は、結論としては違憲とも合憲とも言わなかった。つまり、判断しないという、これは1番大事なことです。しかも、それには留保がついていて一見、極めて明白に違憲、無効でなければ、違憲とも、合憲とも判断しませんよという複雑なことを言っていると。そこで一見、極めて明白に違憲、無効かどうかのチェックだけをしている。その防衛政策の問題として、在日米軍の力を借りるというのは、1つの政策的な選択肢としてはあり得るので、極めて明白に違憲無効とは言えなかったという。それだけのチェックしかしていなくて、あとは違憲とも、合憲とも言っていないと。こういう話です。ですから、意見は分かれるかもしれないけれども、1つの成り立つ筋として、個別的自衛権による、防衛力の位置づけと、それから、それに対して9条2項によって、戦力を持てない日本が、足りない部分の力をアメリカに借りるということはない話ではないという議論をしているだけだということです。その文脈での議論を抜き出してくるというのは、まったく意味を持たない議論であるということが、まず1つです。現在、違憲論が湧き上がっているわけですけれども、これはどういう議論をしているかというと、一見、極めて明白に違憲だと主張しているわけです。いろんな議論を上げるけれども、ああいう議論もあるけれども、こういう議論もあって、自分はあちらをとると。そういう議論になって極めて明白に違憲だと大多数の人が言っているわけです。だから、最高裁に持っていけば一見、極めて明白に違憲だと言われるだろうと思われるような議論を出しているわけですので、それぞれ、いろんな議論の筋道というのが、非常に都合良く混ぜあわされているという印象です」

憲法の理念と安全保障の現実
反町キャスター
「議論の前に9条の話をしなければならない」
秋元キャスター
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2つ目、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。これが憲法第9条ですけれど、まずこの2項目の部分から聞いていきたいと思うのですが、交戦権は認めないとしている部分。これは憲法上、自国を守る、つまり、個別的自衛権の権利というのは、これは認められているのでしょうか」
石川教授
「2項の後段と言いますけれども、交戦権については狭く解釈しても、広く解釈しても、2項の前段解釈如何で結論は変わらないんですよ。要は、その2項で、一切、戦力不保持だということになれば戦争はできないわけですので、従って、そもそも戦争するか、しないかという選択についての規定だと読む意味がない。他方で、戦争を起こさないわけですから、戦時国際法上の概念だというのは狭い解釈をとっても、これも意味を持たないわけですので、要は、その2項前段に、この議論のポテンシャルが全て集中していると」
反町キャスター
「そうすると、自衛隊はどうなるのですかという話になりますよね」
石川教授
「これを逃れるために理屈を考えるわけですよ。最初は、これも、森本先生も、よくご存知のことですけれど、近代戦争遂行能力がない。だから、戦力が到達していないということで、当初の警察予備隊を設立していたというわけですが、しかし、その自衛隊は明らかに近代戦争を遂行できますので、従って、新手の議論を持ってこようとするわけですね。それが自衛という論拠であるわけで、これは砂川事件の判決文でも言っていますけれども、その戦力保持を言っているけれども、しかし、もちろん、これにより我が国が、主権国として持つ固有の自衛権は何ら規定されたものではなく、我が憲法の平和主義は、決して無防備、無抵抗を定めたものではないのであるというふうに言って、その2項の、前段の戦力不保持の影響から逃れようとロジックを立てているわけです、原則、例外みたいな関係で。戦力は持ってはいけないんだけれども、しかし、自衛力は持てるのではないかという新手の議論をつくって、その範囲で自衛隊を維持してきたと」
反町キャスター
「過去の、たとえば、自衛隊を多くの憲法学者が反対。安保も反対。PKOも反対。でも、その前提に立って、現在の憲法学の皆さんの議論というのは、自衛隊も認める。安保も認める。PKOを認める。でも、集団的自衛権は認められない。でも、それも、もしかしたら、失礼な言い方かもしれないけれども、かつて自衛隊を反対と言っていた憲法学者の多くの皆さんと同じ、今回、反対の流れなのですか?それとも、今回は何が違うのか、そこはどうなのですか?」
石川教授
「要は、この9条2項が論理的に許容できるかどうかの問題だと思うんですよ。今回の安保法制というのは、論理的な限界を超えているという理解だと思います」
反町キャスター
「そこがわからない」
石川教授
「その論理的な限界の中で、いろんなチョイスがあって、どれが正しい解釈かという議論はあるわけですよ。だけれども、そもそも論理的に導けないものを、合憲だとは言えないわけです。そこのところですね」
反町キャスター
「言うわけにはいかないというのは、僕もお話を聞いています。ただ、たとえば、PKOの時にも憲法学者の皆さんは、これは限界を超えていると言っていました。今回はどうなのですか?本当の限界ですか。まだ、あるのですか?そこがわからない会話になってしまうんですよ。本当に終わりですか?まだあるのですか?という、こういう話です」
石川教授
「これで終わりでしょうね」
森本氏
「私は、そうではなくて、今回かなり厳しい要件をいくつかつけて、その要件の中で、現在の憲法の下での解釈。憲法に対する解釈の中でギリギリ認められる限界。もうこれ以上入れると水が溢れるというところまできているのだろう。これ以上は無理だけど、今回は限界の範囲の中で認められると。ただし、よくいろんな人が言うんですけれども、個別的自衛権で解釈すればいいではないかという意見には100%賛成できないです。個別的自衛権というのは、これは現実問題としても、我が国が攻撃を受けていないわけですし、しかも、国際法上は、個別的自衛権を拡大解釈するということは厳に戒めないといけないので、いかなる場合であれ、個別的自衛権を広げて、個別的自衛権の中で解釈すればいいという安易な議論をやるということは、これは1番やってはいけないことです。かつて、そういうことをやって、個別自衛権を広げて外国に侵略した国もあるし、我々もそれに似たようなことをやってきたわけですから。これは絶対やってはいけないことです。だから、あくまでも集団的自衛権だけれども、ギリギリ認められる、最小限の国の自衛のために認められる国家固有の権能として、今回の一連の法制がある。ついでながら言うと、これで安保法制全体が違憲だと言われるのは、事実にちょっと解釈上、無理があると思うんです。たとえば、先ほど、僕が申し上げたように、11の法というのは、2つの法律に整理されているんですけれども、そのうちの、いわゆる存立危機事態に対する武力の行使。これは、皆さんが議論をやられてもいいと思いますが、それ以外の問題は、これは自衛権の行使でもないです。PKOの拡大は、自衛権の行使ではないです。重要影響事態も、国際協力支援法も、これは自衛権を行使する行為ではないです。だから、憲法解釈でひとまとめに全部違憲だというのは…法律をよく読んでいただきたい」
石川教授
「先ほど、ホトトギスの卵の例えをしたのは、こういう議論になる時のための準備だったんですけれども、要は、確かに、おっしゃるように、ウグイスの卵を育てて、ここまでやってきたかもしれませんけれども、何だかんだ言って、地球の果てまで、裏側まで行くという話になっちゃいますよ。何かというと、ホルムズ海峡の話になる、地球の裏側に行く、要は、ホトトギスだという議論です。だから、ホトトギスならホトトギスとして産まなければいけないにもかかわらずウグイスの巣に産みつける、法制とするというのはいかがなものかということですよね。もし本来ホトトギスとして育てたいのであれば、それは憲法改正をしなければできないことであって、その部分は、論理的な限界を超えているわけです。一見ウグイスのように見えるから、それは9条の解釈でできるんだと言うわけですが、結局ホトトギスなわけですから、それは改正論議をしなければできないことであるということがまず1つですね。それから、おそらくウグイスとして産んでしまったことによって、ウグイスの巣の中に産みつけてしまったことによって、当初予定されたというか、期待された、安全保障環境への影響というのは、期待できなくなっているのではないかというのが、私の感触です」
反町キャスター
「どういうことですか?」
石川教授
「はっきりと、決然と、日米同盟をこれからもやっていくというシグナルを送らなければ、おそらく抑止力というのは発生しないわけです」
反町キャスター
「ガイドラインというのは、そういうシグナルだったんですよね?」
石川教授
「ですから、外国向けにはホトトギスだと説明し、国内的にはウグイスと説明をしているわけです。そういう議論ですよ。我々はウグイスだと思わされているわけですけれども、ウグイスではないわけですよ。だったら、それはホトトギスの話にしましょうということ。だから、相対として違憲だとして出るわけですよ」
反町キャスター
「歯止めについてはどう感じていますか?」
森本氏
「歯止めは、ずっと最初から、内閣法制局と公明党がそもそも安保法制ができた時から、それとは別にずっとこの法制について議論が行われて、かなり幾つかの歯止め、たとえば、国際法上の根拠とか、あるいは自衛隊のリスクとか、あるいは立法府、つまり、国会の関与だとか、いろんな歯止めをずっとかけてこられて、現在の法体系ができているわけですよね。実際にこれはどのように歯止めが効くかどうかというのは、本当のところは国民に説明しようと思ったら、具体的なシナリオを説明して、そのシナリオに従って、この法律ができたら、自衛隊員が新たにどういう活動ができるのかということを、国民にわかりやすく説明して、初めて理解できる。抽象的な言葉ではなくて。しかし、それでも本当のところ、自衛隊の運用というのはやってみないとわからないところがあるんです。PKOだってそうだったんですね。実際、歯止めをいっぱいかけたつもりで、行ってみたら少し予想外のものというのが起きて、22年間の実績を踏まえて、今回PKOの法改正した理由は、歯止めについても当初予想しなかったことがいっぱい起きて、今回PKO法の改正に到ったわけですよね。もともとわからなかったんです。だから、今回だって実際やってみて、確かに先生がおっしゃるように、確かに地球の果てまで行きそうなという感じが、全然しないですけれど、やってみたら、何だこういうことなのかと、これは全然リスクでも何でもないではないかと。国民に理解と支持が広がるという可能性だって、僕はあると思いますし、本当にリスクが出るということだってあり得るので、人間の住んでいる世界のことというのは、1年後、5年後、10年後はわからないです。だから、その都度、検証し、法律の中身にずっと手を入れていくという、検証のシステムがなければいけないと思うんです。1回法律つくったら、それでずっと皆永久に十分やっていけるなんていうふうには考えていません」
河野教授
「歯止めには2つの種類がありまして、1 つは、政策的な歯止めと言いますか、サブスタンス、中身で、たとえば、地球の裏側まで行ってはいけません、日本国、日本の周辺に収まるとか、そういうのはサブスタンスな歯止めのかけ方なわけです。武器を輸出してはいけませんとか、そういうのもそうです。もう1つの歯止めのかけ方は、プロセスの歯止めのかけ方で、たとえば、国会の承認を得なければダメですよと、これはプロセスに対する歯止めのかけ方。今回の歯止めのかけ方というのは3要件の歯止めがあるというのが政府の言い分だと思うんですけれど。新3要件がサブスタンスな歯止めになっているのか、中身の歯止めなのかという、そのへんについてはなかなか中身が見えてこないので、何でも、それはプロセスなしにできてしまうのではないかという、本当はサブスタンスな歯止めをかけるつもりで出した新3要件が、批判する側からすると、プロセスがまったくないではないかという批判になっているというのが、私の理解ですね」
反町キャスター
「この3要件が歯止めになると思いますか?」
河野教授
「ならないと思います。なるかもしれないですけれど、現在の政府の説明ではならないですね。それは、どういうふうにそれを国会なり、我々国民が判断していいのかという評価の基準をまったく出してきてくれていないので、ならないと思います」
森本氏
「一言だけ。基準を示していないという、必ずしもそうではない。抽象的だけど、たとえば、実際に起こった対応だとか、目的だとか、様相だとか、あるいは規模だとか、相手の意図だとかで、いろんな判断の基準は示してはいるんです。ただ、それがいったい何を意味するのか、実際、たとえば、ある具体的なシナリオを上げた時の対応とか、目的だって何のことなのかということまで説明しないとわからないですね。基準は示しているんだけれど、その判断のクライテリア(基準)の持つ意味あいが説明できていないからわからないというだけの話です。日本の制度というのは制度設計がきちんとしていないが故に、たとえば、自衛隊を海外に出す時に、いろんな安全を必要以上に考えないといけない。もっとはっきり言いましょう、何を僕は言っているかというと、たとえば、米軍がイラク戦争、アフガン戦争で、アフガンだったら2800人の犠牲者が出ています。でも、何人死んでも、乱暴な言い方をすると、国防長官を罷免させろという議論はないです。これは制度設計がきちんとしているからですよね。過去の歴史の中で、たとえば、米兵が亡くなったから、国防長官や大統領は辞任しろというようなそういう議論が米国議会で起こったことはないですよ。きちんと責任は何処にあって、制度設計がどうなっているかということが明らかです。日本でもしも同様のことが起きたら、そうはならないですよね。必ず立法で法律をつくって、その法律に基づいて出た自衛隊がリスクを負って、危険な目にあった時の責任は立法が責任を負うのではなく、行政府が責任を負うということですよね。こういう制度設計というのを、もう少し円熟したものにしないとダメですよね」
石川教授
「まず歯止めに関する議論ですけれども、歯止めがなぜ必要なのかということは、憲法改正なしにできることに限界があるから。論理的限界があるからです。歯止めになっているかどうかという点で、新3要件を見ると、歯止めになっていないですね。と言うのは、それぞれ歯止めをかけようという意思は感じられるけれども、それぞれの要件が極めて状況依存的で、どうにでもなるという。そういう定義ばかりです。概念ばかりですね。典型的に状況依存的な言い方を使っていると。だから、歯止めが必要なら、これでは歯止めになっていない。そもそもなぜ歯止めが必要なのか、大元のところを議論しないと結局、問題解決にならないということなのではないかと思います。何で歯止めが必要なのかというと、森本先生がおっしゃったのは、安全保障、安全という目的のためにどういう手段が必要かという議論ですけれども、しかし、憲法の枠なり、憲法解釈が気にしなければいけないのは、それをやり過ぎることによって国民の自由が失われないか。この点に最大の考慮を払うわけですよね」
反町キャスター
「安全と自由のバーターみたいになっている?」
石川教授
「そういうことですね。つまり、こう権力が暴走していくことによって、自由が失われたという歴史を我々は持っているわけですから、その自由を確保するためにいろいろな歯止めを用意し、切れ目をつくって、つまり、シームレスにやられては困るので、別に安全保障を否定しているわけではなくて、憲法ももちろん、安全保障を想定しているわけです。国家というのは、安全を供給しないといけないわけですから。ただ、それに歯止めをかけるという発想になっているわけです。それはなぜかというと、それは安全だけではなくて自由を守らなければいけないということがあるからだということです。先ほど議論の中、法的安定性とか、整合性の議論ばかりやっていると言うんですけれども、これも安全のためではなく自由のためにやっているわけです。だから、安全と自由をまったく次元の違う話を両立させるための議論をしているわけなのでその点はよく考えていただく必要があると思うんですね。ベンジャミン・フランクリンという人がいますけれど、アメリカの、彼の有名な言葉に『安全を得ようとして自由を放棄するものはどちらも得ることはできないし、どちらにも値しない』という言い方がある。つまり、安全がなければどうにもならないではないか。たとえば、中国が攻めてきたならどうなる、尖閣がどうなるという、そういうタイプの議論が暴走してしまいますと、実は自由も安全も両方失うんだというのがこのベンジャミン・フランクリンの格言ですけれども、両方の議論をしなければいけない。そうすると、安全保障の議論が独走していけば、専らそれは法的安定性とか、整合性の議論になるし、最後は結局、憲法の話になる。これ当然のことだと思うんですよね。だから、憲法学者が安全保障のこと考えていないとか、そういう話でなく、多層的な議論を捉えてもらいたいということだと思います。だから、どうしてもブレーキをかけるということになってしまいますよね」

森本敏 元防衛大臣の提言:『総合的見地から現実を踏まえた論議を』
森本氏
「憲法論議は重要ですけれども、現実の政治を見ると、この法制全体を総合的にもう少し現実的な場面を想定しながら、具体的に議論をして、国民がもう少し理解できるように、支持が広がるようにしていただきたいなと。そうでないと、この法案は満足な形で成立しないというように思って、その意味では大変大きな危機感を持っています」

石川健治 東京大学法学部教授の提言:『理・対・無理』
石川教授
「憲法論議は決着がついていると思います。安保法制に関しては違憲論が圧倒的に優勢で、圧倒的に優勢ということは、たとえば、社会党や共産党を応援しているような憲法のセンスだけではなくて、むしろ日本の伊藤博文とか、吉田茂とか、そのラインの人達が違憲論の側に入っているということですよ。そのことを重く見て頂きたいと思います。つまり、保守本流も含めて、むしろこちらが理だと。これを突破されるということは無理が通るということです。だから、現在無理を通すしかなくなっている。無理は通さないでもらいたいと。こういうことを強調しておきたいと思います」

河野勝 早稲田大学法政治経済学術院教授の提言:『知は国力』
河野教授
「私の尊敬するアメリカの第4代大統領のジェームズ・マディスンという方がアメリカの連邦憲法をつくりました。彼は実務家でもあり、かつ憲法学者でもありました。そういう方がアメリカの基礎を築いたということはどういうことなのかと言うと、実務的な判断だけでもダメ。それから、学者的な判断だけでもダメ。その2つを両方とも兼ね備えた議論ができないとダメということです」