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2015年4月8日(水)
石原慎太郎が緊急提言 イスラム過激派の元凶

ゲスト

石原慎太郎
作家 元東京都知事
西部邁
評論家

イスラム過激派テロの本質
秋元キャスター
「イスラム過激派によるテロの背景をどのように見ていますか?」
石原氏
「断っておきますけれども、私はイスラム系の過激派の非人道的なテロは絶対に許すものではありません。ただ、イスラム系の過激派がやっていることは歴史的な必然性、それを認めざるを得ないんですよ。たまたま私はワシントンにいたのですが、9.11のテロを起こしたビンラディンが、アメリカがアフガンの空爆を始める時に何を言っているかというと、我々は60年来の屈辱を必ず晴らすと言っているわけです。彼が指導して9.11を起こしたわけですが、これは中世という時代が非常に暗くて長い時代で、終わったあと、世界はどういう対応を示してきたかと言うと、明らかに白人が有色人種を一方的に支配、収奪してきたはずです。これは今や終わろうとしている。ヨーロッパはそのうち解体するでしょう、凋落していくでしょう。仕方ないと思いますね。私は、ビンラディンを是とするわけではないけれど、白人が有色人種をいかに収奪、支配してきたか、中世の歴史を振り返ってみると歴史的に必然性があるとしか言えない。たとえば、60年来の屈辱とは、60年前に何があったかと考えてみると、第一次世界大戦が終わったあと、主にイギリスが主導でイスラム圏を分割して勝手に支配してきたわけですよ。これに対する反発は当然起きるでしょうね」
反町キャスター
「現在、復讐劇が行われている、そういう理解でよろしいのでしょうか?」
石原氏
「そうでしょう」
反町キャスター
「それは、有色人種と白人との対立という構図で見た方がいいのか、イスラム教とキリスト教の対立という構図で見た方がいいのか?」
石原氏
「有色と白人でしょうね。それは同時に多くの部分がキリスト教とイスラム教の対立ですね。これは既に歴史を振り返ると2世紀から始まっている。キリスト教への非常に激しい戦闘を引き起こしている。その後、結局、十字軍は起こりますが。これが延々と続いてきたわけです。その間、中世が終わって近世近代が始まってからずっと現代に至るまで、日本が引き金を引いて、太平洋戦争によって刺激され、有色人種が皆独立しましたが、私は若い頃に初代エジプト大統領のナセルと、初代インドネシア大統領のスカルノに会った時、同じことを言われました。我々が第三次世界大戦に勝てたのは日本のおかげだと。どういうことですか、第三次世界大戦とはと聞いたら、独立戦争だと。日本人が有色人種で唯一あれだけの国をつくったと。私達が発奮して独立を果たしたと言っていましたね。これは象徴的な言葉だと思います」
西部氏
「反町さんは復讐とおっしゃった、それでもいいです。これだけ威厳、dignityを何百年にわたって傷つけられたら復讐、立ち上がる人も増えると思う。復讐と言うといかにも感情的だけれど、価値中立的に言えば、イスラミックステイトと言ったものですが、ステイトを簡単に国家、政府と訳していますが、もともとの意味は状態という意味ですね。歴史的にもたらされた状態ということです。歴史的にもたらされたイスラム社会の状態というものを強引にほとんどテロリステッィクに破壊したと。これはアメリカのみならず、イギリス、フランスがイスラムの世界を破壊したと。するともとの状態に復元はしませんけれど、状態を回復したいという欲望なり、行動があちこちで出るのは当たり前。だから、復讐だと表現するか、要するに、復元というのか、僕はむしろ後者の方が何百年も経っていますから、昔がそのまま復元されることもないけれども、歴史の流れにもう1度竿をさすように、イスラムを流れとして確保したいという、そういう運動だと見ておくことが、行為、感情とは別として、そう思います」
反町キャスター
「これから有色人種の反撃が起こるとすれば、日本人はポジショニングはどうとったらいいのですか?」
西部氏
「第一次世界大戦のあと国際連盟をつくると。その時、日本側の提案で人種差別はやめようと国際連盟の規約に入れようとしていた時、ヒューマニスト、世界平和を気取っていたウィルソンが巧みに議長をやりながら、それを抑圧して、議題から外してしまう。1919年、1920年になるのだけれども、そのあたりから明らかに日本は有色人種ですから、白人の奴隷とか、従僕になりたいのであれば別として、そうでなければプライドを持って威厳をもって生きようとしたら、そんなものには反対せざるを得ないけれど、それを欧米社会がひっくり返してきた。1つ付け加えれば、たとえば、日本が真珠湾攻撃をやった時に、どれだけルーズベルトが喜んだことか、議事録まで残っているわけです。つまり、あの時、既にアメリカはヨーロッパとの戦争を既にしていますから、反戦気分も、財政上の困難もあったのですが、あの時のアメリカ軍、政府も、とにかく日本を引きずり込みたい。アメリカ国民の支持を得るためには日本に先制攻撃をやらせたいと。先制攻撃をやらせれば、アメリカ人が興奮してリメンバーパールハーバーとくるだろうと、それがうまくいった時、皆で拍手喝采したと、そういう議事録が出て、しかも翻訳されて、日本語にもなっているのに日本人はそんなことはないと、日本人のそういうところは何なのでしょうね。日本人の奴隷根性は」

日本の進むべき道を問う
石原氏
「戦後70年経って、日本の行った戦争が云々されていますが、それに対する安倍談話なるものを強制して、歪めようとしているが、マッカーサーが日本の統治から解任されて、アメリカに戻って、アメリカの議会でやった演説があるんですよ。これは日本が行った戦争は自衛のための戦争だったとマッカーサーが認めて言っていると。日本人が他の有色人種のように奴隷に甘んじる平和というものを忌避したんだと思いますよ。私は先人に感謝しますね」
西部氏
「これは控えめかもしれないが、よく歴史認識を中国、韓国が言う、もちろん、歴史は認識した方がいいが、この戦争に関しては歴史認識と言うなら歴史はロングスパン、長いスパンで見なければいけないのであって、これは林房雄という人物が大東亜戦争肯定論で言ったことですが、幕末からの100年戦争というタームで見れば、僕の計算問題ですが、1915年のシナに対する21か条要求あたりからは、少しずつ日本が国家からの覇権という意思を持って、大陸の方面に軍事力を出し始めたということは、認めても構わないと思う。それをもしも侵略的と呼びたければ、侵略的と呼べばいいけれども、急に侵略が始まるわけでも、対シ21か条が始まるわけではない、それは歴史的プロセスがあるでしょう。それを考えた時に日本の100年戦争、幕末からの白人世界の欧米諸列強のアジア侵略に対する、日本だけが断固として立ち上がって、国力を充実させながら、それにどう対抗していくか、自衛していくかという、100年を超えるスパンの中でもちろん、自衛度もあれば、侵略度も両方、そう簡単になかなか100%侵略、100%自衛と言えなくても歴史認識として言えば、日本は明らかに自衛の戦いを対欧米社会とやってきたんだと。最終局面で言えば、対アメリカとの戦争で言えば、ABCD包囲陣、米英中蘭に包囲され、石油も金属も何もかもやられた時に、日本がほとんど、小さい声で言えば、負けを覚悟の戦いに立ちあがったということも、私は文学的に言えば、負けを覚悟の戦いを政治がやるというのは政治論も可能だろうけれど、気分的に言えば、日本人は当然進むべき道を幕末から百有余年ずっとやったんだということを、そろそろ歴史認識で決着をつけてもらわないと、やかましくてしょうがないということが、僕の思いです」
秋元キャスター
「戦後70年の日本とアメリカの関係をどのように評価していますか?」
石原氏
「日本は奴隷的な平和を70年間、満喫してきた。それを1番象徴するのは日本国憲法ですよ。誰がつくったのですか。ドイツは日本の同盟国だったが戦争に敗れた。その時、日本と違ったのは条件降伏をした。無条件降伏でなしに。ドイツがあげた条件は3つあって、1つは再生ドイツの新しい国家基本法の憲法は俺達がつくる、新しい教育史は自分達が決める、国軍を持つと。これを許容されなければ、自分達は徹底抗戦すると。連合国は飲むんですよ。日本は無条件降伏、全部アメリカ様の言いなりになったと。隷属としか言えないではないですか」

戦後70年の日米関係
反町キャスター
「他に選択肢があったのかどうか、ここは」
石原氏
「私は割と若い頃、世の中に出られたのですが、文壇を通じて吉田(茂)さんの側近の白洲次郎とゴルフをした。白洲次郎が私に言いました、吉田茂というのはなかなかの政治家だったと思うが、1つ大きな間違いをした。吉田は何であれをしなかったのだと。何ですか、それはと言ったら、自分もサンフランシスコ平和条約締結に随行して行きましたと。しかし、あの調印をした時に吉田はあの時点で日本は独立したので、要するに、日本の、アメリカのつくった憲法を廃棄すべきだ、吉田が一言言っていたらことが済んでいたのにそれを言わなかった、あれは彼が犯した大きな間違いだったと言っていました。私はその通りだと思います」
反町キャスター
「軽武装で、経済重視で日本はここまで発展しました、というのを否定するわけにはいかないのでは?」
石原氏
「それは高度成長の中で私達は贅沢をかなり享受してきました。これは否定できないことだと思います。人間というものは経済と切り離すことができないので。そういう点で同盟と言う言葉の綾に私達は気がつかなくてはいけないと思います」
反町キャスター
「その意味で、アメリカの国力が相対的に弱くなっているとするならば、現在こそ日本のとるべき立ち位置を検討するべき時期が来ているという理解でよろしいのですか?」
石原氏
「そうですね」
西部氏
「一昔前ならば、アメリカとソ連が、いわゆる冷戦をやっていて、日本はどちらにつくのかということを死活の重要性をもって軍事的、政治的テーマであると。あの時、アメリカにつくしかないということまではわかりますよ。ところが、四半世紀も前に冷戦構造は崩壊したわけです。ところが、そこに中国という恐ろしい国がいるなんて話を日本はしでかすけれども、恐ろしいかまでは私はよくわかりませんが、米にとって中国は最も重要な国であると、もちろん、アメリカと中国が手を結ぶとか、結託して日本をいじくりまわすとか、そんなところまで僕が知るところではないが、いずれにしても冷戦構造的な対決の構図というのは世界からなくなったわけですよ。日本は否応なく、少なくとも長期戦略として日本独自の道がどこにあるのかを第一に議論して、それは長期戦略ですから、明日、明後日実現されるわけではないから、アメリカとの戦後70年の歴史を踏まえ、どのように妥協するのか、お互い利用しあうか、そういう現実的な議論は当然あって然るべきですけれども、全てを日米同盟論から始めるというのは、世界史の構造に関するほとんど錯覚状態なのではないですか」
反町キャスター
「では、中国ですか?」
西部氏
「日本が独自の道を歩んだ時に、日本に手をかけた国が、アメリカであれ、中国であれ、相当深手を負いますよという体制をつくりさえすれば、当然日本と仲良くしようとか、日本に妥協しようとか、そういうバランス・オブ・パワー・ポリティクスを日本人はやらざるを得ないだけのことであって、それをどちらについたらどうなるだろうかという、人様の話を始めるからよくないです」

世界激動!底流に何が?
西部氏
「最初の議題であった文明の問題についてちょっと戻ってしまうようでアレなのだけれども、現在アメリカがかざしている、簡単に言うと、資本主義ですけれども、自由競争的なそういう資本主義、キャピタリズム。それから、アメリカが世界にかざしているデモクラシー、民主主義。その両方とも、簡単に言えば、化けの皮が剥がれたというか、つまり、資本主義というのは簡単に資本主義と言うけれども、確かに資本の私的所有を認めるという意味では社会主義よりかは優れていますけれど、現在アメリカがやろうとしているのは、日本においてもそうなのだけれども、資本の利用方法、できるだけ規制撤廃、勝手気ままにさせるという意味になった時に、資本主義イズムがついて、キャピタリズムとなると思うんだけれども。それはくどくど言わないけれども、結局リーマンショックに見られるようにほとんど証券詐欺みたいなものまで含みながら暴走していくという、その資本主義が世界に吹き荒れて、一種世界の経済状態というものが砂漠化していくと。民主主義だって然りであって、そう言えば、昔びっくりしたことがあったんだけれども、80年代かな、ジョン・ダワーという人が書いた『敗北を抱きしめて』という本が翻訳されて、大流行で、皆買っているから僕は買わなかったんです。それでただ『敗北を抱きしめて』というタイトルはなかなか悪くないなと思っていた。敗北感を抱きしめて、いずれ来たら復讐でもするという、そういう本かなと思ったらまったく逆で、よくぞ日本人は敗北を抱きしめて、先進国アメリカ様のアメリカンフリーダムとアメリカンデモクラシーのお勉強をしました。なかなか上出来な子供達という本ですね。あれを十何年遅れで読んだ時に、クソと思いましたけれども、結局、日本人はそれをやってきたのだけれど、現在全世界的にアラブの問題とも関係ありますが、アメリンキャピタリズムもアメリカンデモクラシーもほとんど精神の砂漠状態と化していると。それどころか、我々はアメリカ、アメリカと言っていますけれども、実際上はですよ、本当にアメリカという国がどう動いているかを考えたら、もちろん、僕は一握りのキャピタリストが金の力で何もかも陰謀組んでいるということまで言う気はないけれどもね、かつて我々がアメリカンデモクラシーで想像したようなそれなりの常識があり、それなりの議論があり、それなりの決定の積み重ねがある。そんな話ではなくて、本当にその時の金とその時の気分でもってウワッと、アメリカ国内でまた砂嵐が吹くような形で戦争をやったり、やめたり、証券資本主義の暴走をさせたり、パニック起こしたりという、本当にアメリカ人自身がアメリカという国にはうんざりしていると」
反町キャスター
「石原さんのアメリカ感、見方、どういう国だと見ていますか?」
石原氏
「私は、アメリカでどんどん拡大しつつある、その経済格差、貧富の格差というのはとっても暗示的でね、私アメリカの社会というのはこれから崩壊していくのではないかという気がします。とにかくこの間も、あるテレビ番組で見ましたけれど、金持ちだけが集まってカウンティをつくるんですよ。カウンティとは軍ですね。そこだけ囲いをしてしまって外部のものは入れない。しかも、そこだけセキュリティがあって、消防とか、警察とか、抱えて持っていて、非常に排他性が強い、そういうカウンティを金持ち達が勝手につくるようになっちゃったと。これはとても暗示的で、ああいうものはどんどん普遍化していくとアメリカの社会というのは内側から崩壊していくと思いますな。非常に、悪い傾向にあると思う、アメリカは」
反町キャスター
「アメリカとの距離感をどのように感じますか?」
石原氏
「アメリカの軍事力は侮れないものがありますね。日本を基地にして、第七艦隊みたいなタスクフォース、機動部隊は世界でも1つしかなくなっちゃっている。機動部隊なりに能力は持っているけれど、たとえば、潜水艦に対する、対潜能力というのは、第七艦隊は非常に欠落している。結局日本の海上自衛隊に頼まざるを得なくなっている。こういった相互関係は暗示的だと思います。日本は持っている力を誇示したらいいので、相手に恩を着せていけばよろしいですよ。それが対等の関係だと思いますね」
反町キャスター
「中国も暴走するし、アメリカも暴走する。この2つの大国の中で日本はどういうポジションをとればいいのですか?」
石原氏
「それは彼らが持っていないもので、日本が持っているものはたくさんあるわけです。そういうものをちゃんと踏まえて、私はアメリカに対する中国に対する恩を着せていったらいいと思う。それは1つの政治の、外交力というか、見識の問題だと思います。つまり、自己分析をちゃんとしたうえで、相対的に相手を捉えるという、そういう事態の正確な把握は、日本人はしにくい。たとえば、先ほど名前が出た小泉君の時代に竹中平蔵という、私の後輩で、言いたくないんだけれど、こういうやつが、要するに、あまり経済に詳しくない小泉君に余計なことを吹き込んで、株式至上主義みたいなことを言った。その時に、私はテレビ見たんですけれども、アメリカの、要するに株屋の若造が、日本で非常にそのブランド力の強いダイヤモンドを使ってモノを削る優秀な技術を持っている会社の株を公開しろと言う。その会社の人は絶対に嫌だと。それで、俺達は限られた株主で結構だと。それで、この会社の株を、その株主さん達の株を公開する必要はまったくないと。帰れと。お前の言っていることはまったく間違っている。俺達の考えとは違うんだと言って追っ払う。相手はすごすご帰っていく。私はとても痛快にそれを見ましたね。そういう日本人の独自の見識と価値観というものは、日本人独特の情操を踏まえて、持っている価値観というものは、キチッと相手を捉えて相対的に物事を認識して、日本のこれから取るべき道を正確に見ていく大事な要素だと思いますよ」
反町キャスター
「日本がやろうとしている、コーポレートガバナンスとか、様々な社会のルールについてアメリカのものを導入して、いわゆるグローバルスタンダードと呼ばれているものに、あわせようとしているようにみえるのですが、この風潮は良くないのですか?」
石原氏
「よくないと思います」
西部氏
「150%よくないと思う」

70年談話と歴史認識
秋元キャスター
「安倍総理が70年談話を出すことについてはどう考えますか?」
石原氏
「出すなということもないけれど、周りが要求したら出したらいいじゃないですか。ただ、先ほどから言ってきたみたいな人間の歴史というのを大掴みに捉え、その中でも日本の立ち位置というものをキチッと把握したうえでモノを言って貰いたい。いたずらな自己否定というのはマゾヒスティックなものでね、相手からは美しく見えるけれども、そんなものは絶対民族にとっても、国家の将来にとっても好ましくないですよ。私はあの戦争の意味合いはいろんな複雑な意味を持っていると思うけれど、いいところはいいところで捉えて、北岡某が言っている、馬鹿みたいに、ただの侵略戦争と捉えてモノ言う事は絶対にやめてもらいたいね。あの戦争で犠牲になった人に申し訳ないですよ」
西部氏
「僕も石原先生と同じだな。何かアジアの、情勢から言えば出した方がいいような感じだから、出せばいいけれども、ちゃんとした石原先生でも、どなたでもいいけれど、ちゃんと文章家が裏について、そこで書くべきことは別に林房雄さんを使わなくてもいいけれど、19世紀、20世紀という、100年を超えるそういう歴史の流れの中で起こった戦争であり、日本がですよ、アジアに武力を出したとしたって既にそこに何がいたかといったら、フィリピンにはアメリカがいて、たとえば、ビルマその他にイギリスがいて、インドネシアにはフランスがいた。どうしてここにこういう人達がいたんだということになって、日本はそれとぶつかっていたわけでしょう。そんなこと誰がどう考えたって、19世紀から始まった白人、諸列強の、アジアの植民地支配の、それに対して日本がうかうかしていると、日本もまたそれに呑み込まれると。必死に立ち上がったのが明治維新であって、それから始まった一連の運動の中で、北岡某が言うように、ある一コマをとればアグレッシブな侵略行動だと言える局面、それはそんなものはあるでしょう、探せばいくつもあるかもしれない。でも、そんなことは、それこそ大掴みな歴史認識としておかしいのであって、そうしたら日本人は何もあの戦争のことについて、頭を垂れる必要は何もないし、世界各国がやったように、いろいろとジグザグの中で、現在から考えれば行き過ぎもあっただろうが、しかしながら、行き過ぎだって、その歴史的状況に自分達がいたかと考えれば、それは戦後に生まれ育った人間達が偉そうに、あれは行き過ぎだったとか、やり過ぎだったと、コメントしてはいけないことですよ。これは冗談で言うんだけど、石原先生、僕もそうだけれども、人間は生きてりゃいろいろと行き過ぎはあるものです、個人においても。国家においても然りですよ。でも、それはどういう流れの中で、何を目指して、どうだったかということを、それを談話の中であまり露骨にやると中国大陸と朝鮮半島でギャンギャン騒ぎになるから、それはどなたかがうまく文章化して、ほんの一例言うと、これはアジア問題ではないけれども、僕はクリミア問題の時に結論をあっさり言いますけど、クリミアなんてもともとロシアのものですよ。しかしながら、こんな状態でアメリカがロシア批判に入って日本がアメリカに味方しなければいけないのならば、それはしても構わないですよ。でも、その文言を発する時は、文書の中で何ほどかですよ。要するに、北方スラブとしてのロシア人がクリミアあたりのことについてこだわるということは、しかも、ましてやウクライナにアメリカのCIAが手を出していろんなことやっている状況の中で、ロシアがそれに反発するということも、それなりに理解できるという巧みな文書を入れたうえで、当座アメリカと一応手を組むという、外交ですから。そういうずるさ、巧みさがなければいけないと思う。それをどちらにつくか、アメリカにつくか、ロシアにつくのかといった調子で、反省するのか、居直るのかといった調子の、そういう議論はそろそろやめにしてもらいたい。と言うことは、外務省か何省か知らないけれど、ちゃんとした文章表現力を持った人間達が政治家の周りにもしいるならば、堂々と談話を出してもらいたいが、覗き見るところ、そういうちゃんとした文章表現をできた、談話の、文章表現できる役人も、取り巻きもいなさそうだから、それならばいっそのこと黙っていた方がええのかなという気持ちになりますね」
反町キャスター
「その意味で言うと、明治維新以降の日本を振り返るとか、長い目で物事を見た文章にしないと、今言った意味は全部入らないのではないですか?」
西部氏
「そうですよ」
反町キャスター
「戦後70年という区切りの仕方がそもそも文書の出し方としてもともとおかしいと?」
石原氏
「おかしいね。歴史というのはいろいろなスポットがあって、クリミアの問題にしたって、非常に複合的な意味合いがあるわけですよ、それを単一的にものを括って表現するというのは、大きな禍根を残すと私は思いますね」
反町キャスター
「村山談話、小泉談話みたいなものだったら、出さない方がいい?」
石原氏
「そう思うね。小泉だとか、村山だとか関心がない。覚えてもいない」
西部氏
「先生が言うのが正しいと思う。迎合しているわけではなくて、その文章自体がほとんど、中学1年生、2年生の適当な宿題の回答みたいなものであって、こんな文章が何を意味するとか、出すべきかどうかを議論していること自体が、マッカーサーではないが、日本人の精神年齢が13歳でしたっけ、それから何も進歩していないということなら、談話なんか出さなくて、もうちょっと大人っぽく構えていた方がいいのかもしれません」
石原氏
「総理大臣に自己否定してほしくないね。日本人に自信を持たせるような、そういう談話にしてもらいたいですね」

評論家 西部邁氏の提言:『人間、生き延びるには一度、死なねばならぬ』
西部氏
「小林秀雄という文芸家の言葉で、どこの言葉だったかも、先ほど思い出そうとして忘れたんですけれど、人間、生き延びるには一度、死んで見せなければならぬという、つまり、死んだ気になるということですけど、戦後70年で言えば、これだけぐじゃぐじゃの70年をやっていたら、この70年はもう要するに死んだものというふうに思って。そう思うことによって初めて日本人として生き延びられるという、いつまでもグダグダ、これまでの尾ヒレをつけて、かっこつけようとして、談話をどうしよう、こうしようと言っていると、ますます死に体になるのではありませんかということですね」

作家 石原慎太郎氏の提言:『自立・自活』
石原氏
「自分の足でしゃんと立って、胸を張って、堂々と歩いて行くということ。憲法を含めてですよ」