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2015年3月4日(水)
なぜ売れる?どう売る ジャパネット高田明氏

ゲスト

髙田明
ジャパネットたかた前社長

カメラ店から通販へ進出
秋元キャスター
「ジャパネットたかたは、最初は町のカメラ屋という形だったと」
髙田氏
「そうですね。長崎県の平戸市という、現在は橋が架かっていますが、当時は橋がなくて、フェリーで渡らなければ行けない島でした。人口は2万5000人くらい。そこに兄がいて、弟がいて、妹がいて、写真屋をやっているんです。両親がやっていまして、僕はサラリーマンをやっていましたが、25歳に平戸に帰った時に、そこで手伝うようになり、そこから写真業界に入ったんです。5年間、平戸にいて、30歳で佐世保市に出てきました。30歳からの36年間は、平戸にいる時よりも長い状態で、佐世保で営業しているということです」
反町キャスター
「カメラから家電に?」
髙田氏
「プレハブで始め、とにかくフィルムを集めないと(いけない)。でも、フィルムが集まらないんですよ、なかなか。佐世保と有田町の境に、4000人ぐらいの町に三川内というところに、そこでフィルムをどのように集めようかと一生懸命考えて、3年~4年で500本くらい集まるようになったんです。1日500本です。カメラの展示も20台ぐらい。訪問販売もする。平成元年にパスポートサイズというビデオカメラが出ましたよね。カメラもムービーにシフトしてくるなと。カメラ店というのはフィルムを奥様が持ってきて、名前と電話番号を聞いて、写真を焼きますから、お子さんが写っていると。これはビデオを進めたらいいなと、ピンときたわけです。それから、アポイントをとって、訪問販売をする。やれることは何でもやりました。夜は近くのホテルに行って、観光客の団体写真を撮る。たとえば、老人会の方々が500人いるホテルに行って、宴会場の許可を得て、撮影するんです。それを持ち帰って焼いて、朝食6時までの間に全部並べて販売をする。昼はカメラ店と、夕方時間があれば訪問販売、何でもやりました」
反町キャスター
「夜の宴会の写真というのは売れるかどうかはわかりませんよね?」
髙田氏
「そこが現在のところにすごく勉強になっていると思います。1番売れるのはどこだと思いますか? 戦友会。戦友会の方は違った方の後ろ姿でも買っていかれるぐらい。戦友という絆が現れるんですね。公務員の方とかはあまり良くなかったです。あとは地区を勉強することができました。関西の方は最後にまとめて買うから半額にしてという特性。九州では熊本がいいとか、どこの県はちょっと弱いとか、中国地方だったら、広島はいいけれど、岡山は関西より厳しいとか。そういう全国の47都道府県の感覚を、十何年やっていましたから、自然にマーケティングと言うか、どういう目線で商品を買っていただけるんだろうということを学んだ気がしますね」
反町キャスター
「そこからカメラのショッピングに?」
髙田氏
「最初はカメラをやったんです、1万9800円で。当時は現在みたいにテンションは高くなかったのですが。もう少し優しい感じ、若かったですから。それでやりましたら、50本くらい売れたんですよ。小さい町でしょう、一軒一軒まわってもせいぜい5台、10台です。それが5分間のラジオで50本。面白いことがあるんだなと。電話がないから、NTTから電話のフリーダイヤルを2台借りて、受付は、女房とパートさんが1人、2人。それで、私が、ラジオカーが来て、ラジオカーとお店の中で原稿をつくって、やりとりをしながら放送したら、くるではありませんか」
反町キャスター
「1万9800円という値づけは他の店と比べて激安だったわけでもない?」
髙田氏
「そこですよね。現在は価格競争と言いますけれども、価格だけではないですね。結局、その商品の魅力をお客さんやリスナーの皆さんに伝えられるかどうかということだと思います。カメラを100台、200台とたくさん並べても、お客さんは見てもわからないですよね。その時には選んだ商品を5分間で目いっぱいわかりやすいように喋るわけですよ。当時はズームが2.5倍でも売れたんです。現在は50、80倍でしょう。あの当時2.5倍のズームがついたビデオカメラでも皆さんびっくりしていましたから。だって10メートル先のモノが2.5メートルに写るというだけでもすごいという時代ですから。ズームとは説明の時には言わないんですよ。遠くのものが同じ場所から大きくできるのがズームだとか、言うんです。ピントをあわせるとは言わないですよ。距離をあわせるとか。わかりやすく、商品というのは持っている魅力をどれだけ伝えられるかと、それによってお客さんというのは感じていただけると思います」

売れない時代のモノの売り方
反町キャスター
「ジャパネットたかたの魅力は、価格競争力なのか、アフターサービスがいいのか、何がウリなのか?」
髙田氏
「安いと言えば安いと思っています。でも、安いという言葉になったら、世界一安いとか、日本一安いという言葉に跳ね返るでしょう。世界一安い企業しか栄えなかったら1社しか栄えませんよ。お客さんというのは当然価格も見ますから、我々も価格は優先しなければいけません。サービスがあるところを選ぶお客さんもいますよね。それぞれのトータルの提案を見て、お客さんも情報社会の中で判断しているということですよ」
反町キャスター
「サービスは店舗があった方ができますよね。ジャパネットは他店よりも高ければ安くしますよというのもやっていないし、店舗もあるわけではないのだから、サービスマンがすぐに対応できるとは思えないのですが?」
髙田氏
「よそと比較してばかりだったらやっていけません。自分達が最善の努力をして、この価格は自社の中で最高の価格を出しているのだと信じて、お客さんにその商品の良さをもっと伝えていく、サービスはしっかりやっていく。トータルで判断をお願いします。○を描いて、十字を入れますよね。十字の1番右上は高くて良いものでも買われるんですね。十字の下の方は悪くても安いものを買うというお客さん。商品はお客さんの好みで4つに分かれるんですね。だから、どこを自分達がターゲットにしていくのか。その企業の理念をどこに置こうとしているのか。ですから、ディスカウント(ストア)というのは、安さをメインに打ち出していく。それはそれでとても価値のあることだと思います。お客さんの中には特に高齢化社会になってみれば、現在の売れない時代に時計を20万円とか、30万円、良い商品だったら、皆さんはちょっと安かったら買いますよね。そういう消費の傾向が現在あります。それは企業がどういう理念で、どこにターゲットを絞っていくかの違いだろうと私は思いますね。だから、全てをとろうと欲張っても、それは無理ではないでしょうかね」

企業経営の理念と戦略
反町キャスター
「ジャパネットたかたが目指したところはどこですか?」
髙田氏
「基本的には高くてもよりは、高いものをできるだけ安く、良いものを提案する。でも、ジャパネットで1番に提案するのは、私がテレビやラジオの前でMCとして実際に紹介しているでしょう、これは自分が良いと思った商品でないと言葉が出ないんですよ。お世辞が言えないです。私のテンションが上がるというのは、決して自分の戦略ではないんです。伝えたいという想いが強ければ強いほど言葉になって手が動くんですね。自分の思いを人に伝える時、子供に伝える時も一生懸命ご両親は伝えると思うのですが、それと一緒です、コミュニケーションというのは。基本的には商品を見て、惚れないとなかなかできません。現在、商品というのはお値段とか、機能とかに未だに走っている傾向があると思いますが、私は基本的にはその商品を買った方々に、どんな人生の変化が起こるかということを1番伝えたいと思っているんです。だから、たとえば、現在シューズにも力を入れています、タブレットにも力入れています。どういうことかと言いますと、シューズを履かないで歩く人はいませんね。ウォーキングシューズは現在の高齢化社会で健康寿命を伸ばしてほしい。私がテレビの前でシューズについて話している時、3300万人の65歳以上の方が日本中を歩いている姿を想像するんです。その瞬間に涙が出るくらいの自分の使命感、やらなきゃいけない、伝えなきゃいけない、歩くということがどれだけ大事か。私は昨年1年間、全然エレベーターに乗っていません。歩くと自分で決めましたから。勧めているシューズで現在も会社に通っています。今日も7階で会議があったのですが、皆にはいいよ、エレベーターでと言うんだけれども、歩いて行きますよね。だから、そんなふうに商品というのは、その人が楽になるとか、楽しくなるのとかの他に、現在の時代は健康寿命を伸ばしていくということ。タブレットというのは、若い方が使っていると言いますが、私は若い方のためだけにスマホやタブレットがあるのではないという。だから、どうしてもメーカーの販売戦略というのは若い方の戦略になっていると思います。でも、60代、70代、80代の方がタブレットを持ったら、劇的に人生が変わるんですよ。旅行はシニアの方が現在1番やってみたいことです。旅行にタブレット1つもっていけば、皆、音声ですから。土産店、温泉を調べる、具合が悪くなれば病院と話せば、すぐ出てきます、地図も出てきます。あのボード1つで簡単に使えて、人生が楽しくなるものはないです。一般的にはSNSとか、そういう話になりますが、その商品をどう使うかによっていろんな方の人生に関わっていくのが商品なのではないかと思います」

小売とメーカーの関係
秋元キャスター
「売り手とメーカーの関係をどのように考えていますか?」
髙田氏
「私が写真を始めた頃は、小さい写真屋さん、魚屋さんという世界からスーパーができて、百貨店ができて、家電業界では量販店が当時、私がカメラ店を佐世保でやっている時は、300億円、400億円の年間売上げが日本一ではなかったでしょうか。それが現在では2兆円近く1社で売るような会社が出てくる。1兆円企業、7000億円企業が出てきていますが、販売量が増えてきて、メーカーさんとしても売ってもらいたいから、立場上では逆転していると言われる部分もあるんでしょうね。特にネット世界が出てきて、今日はアメリカの家電の話もありましたけれど、amazonとか、どんどん出てくるでしょう。そういう戦いのまったく土壌が違ってきていますから、メーカーさんも難しいなと思って見ていますが、逆にメーカーさんは消費者の方をもっと向いていただいく。価格を決めるわけにはいきませんよね、法律で決まっていますから。メーカーさんはもっと自信を持ってもいいと私は思います」
反町キャスター
「ユーザーからの意見をメーカーにフィードバックし、オリジナル商品を販売するとか」
髙田氏
「そういう商品も現在はあります。皆さんの声を聞き、ここをもっと大きくしてほしいとか、それをオリジナルにしているものもたくさんあります。1つは、メーカーさんはどちらかと言えば、弱くなったというよりも、メーカーさんの常識をお客さんの常識として考え過ぎたのかなと思うんですよ。結局、業界の常識というのと、メーカーの常識、消費者の常識とはまったく違うんですよ。私はテレビの前でも、ラジオでも(喋って)25年が経っていますから、今日も全国の放送をしてきたんです。佐世保から飛行機で来たのですが、お客さんの変化というのは日々わかるんですね。わかると申し上げたら、立場上申し訳ないのですが、北海道で1週間に3回流したら、北海道の消費者の皆さんがどんな変化をしているか、本当にわかります。今日売れたものが明日売れるとは限りませんから。それくらいに現在の時代は変化が大きいんですよ。これはなかなか説明しづらいのですが、私は全国で、東京、大阪、北海道で放送していますから、逆にはやいです、変化を感じるのが。そこの部分を本当はメーカーさんと販売店がもっと協議するという仕組みがあればいいのかなと思うんです。メーカーさんの立場と販売店の立場がまだ分離しているような気がします」
反町キャスター
「売上げで客の温度をはかる?」
髙田氏
「売上げをあげる時、コミュニケーターは1000人くらいいますよね。全部がお客さんに説明をして、質問をして、その履歴は全部残ります。お客さんの声というのはありますから、その商品を説明する時には、こういうお客さんの声がきていますよとメーカーに話してみたり、テレビで変えてみたりということをしていくんですよ。だから、最終的にはお客さんの目線。最近、私は能の世阿弥の世界にすごくこだわっていて、『風姿花伝』というすごくいい本があって、近年稀に見る素晴らしい本だと思っています。10回くらい読ませてもらって、その中の1つに我見というのがあって、これは自分の方からだけ相手を見るということ。離見は向こうの立場から自分がどういう状況にあるか感じる力。これはメーカーさんも販売店も必ず言えることだと思います。私達がいいでしょうと言うだけでは買ってもらえません。本当にいいでしょうということを感じてもらえなければ、努力をし、お客さんの声を聞き続ける。この離見の見を極めていくということがどんな大企業でも、小さな企業でも同じだと思います。これを極めていったら、きっと消費者の方々に支持してもらえる。我々はまだそれが足りていないです。エンドレスでその戦いを続けていくんです。ですから、サービス会社というのを独自に東京につくりました。これは販売したあとのアフターケアまでしっかりすると。まだまだできていないものを、皆でやっていこうという。ですから、我見と離見がすごく大事なのではないかと思います」

2004年 顧客情報流出事件
秋元キャスター
「2004年に最大66万人の顧客情報が流出する不祥事が起こりましたが、47日間の営業活動を全て自粛すると決断しました。発覚してから2時間で決断したということですが」
反町キャスター
「そういう時に守らなければいけないものとは。たとえば、信頼とか、従業員の生活とか、こういう時に何を守ろうと思いましたか?」
髙田氏
「社員を守るし、お客様の信頼を少しでも失わないようにがんばるということ。それはさらけださないといけないのではないですか。自分達が起こしたことを隠すのではなく、その通りの事実を。私も残念でしたよ、かわいがった社員でしたから。でも、当時こんなことを思ったんですよね。たとえば、田舎の町ではお店の中を開けっぱなしにしていますよね。小さい子が来て、お菓子を食べたとしたら、その子に罪があるのかと言えば、ないと思うんです。そういう環境を私もトップとしてできていなかったと反省しなければいけない。会社として監視カメラをつけるということも全部やりましたし、社員にもそういう中で自分達はお客様を守っているんだよという意識を持って、やろうねと。現在あるジャパネットにとってはすごくありがたかったことだと思いますが、お客様にはご迷惑をかけていることなので、何年かけてでも、皆さんの信頼を勝ちとっていくということだと思っています」
反町キャスター
「以前は信頼していたけれど、事件以降は疑うようになった?」
髙田氏
「もともと人に対して、私は性善説に立っているのですが、性善説であっても、その環境をつくるということは、親の役目であるし、会社の役目、社会の役目だと思っています。その部分に気を配った体制にしていくことが大事だと思っています」

企業の危機管理のあり方
反町キャスター
「最近では大手のファストフード店チェーンで、食べ物に何かが入っていたよという事件が発覚してから社長が会見するまで1か月ぐらい時間がかかりました。ジャパネットたかたは2時間、このスピードは?」
髙田氏
「そのファストフード店は、どの会社にもそれぞれの事情があって、その背景については私らにはわかりませんから、どれがどうなってということは言えないと思います。もしかしたら本当に傷がなかったところもありますからね。でも、それを確認した時にはスピードをもって説明責任を果たすということを絶対に企業はやっていかないといけないと思います」

経営から身を引く真意
秋元キャスター
「ジャパネットの経常利益が2年連続で過去最高を更新する見通しが立った今年の1月に全役職から退き、長男で前副社長の旭人さんに経営を委ねました。なぜ経営が好調な現在、退かれたんでしょうか?」
髙田氏
「でも、考えてみたら、好調な時に退くのはいいのではないですか。悪くなって退くより。シンプルなお答えとしては。でも。それは成り行きでなったわけではなくて、想像を絶するテレビの売れなさなんですよね。その中で、我が社もごたぶんに漏れず、600億円近く、2年間で1759億円が1170億円まで下がったんですね。それは、私は危機感がなかったんです。だから、私自身の方針としては上場していないんです。自分達の信念で自分達の想いをお客さんと共有したいということで、上場企業がどうのこうのということではないですよ。まったくジャパネットとしての考えです。だから、それで(売上げが)もし下がった時、上場していたら、私はもう社長交代を言われたかもしれませんね。でも、そこは社員がまだやりましょうということで。その時まで目標を立てていなかったんですけれども、目標を立ててみようということで、利益を最高益にしてみようと思ったんです」
反町キャスター
「売上げではなくて?」
髙田氏
「はい、利益を。136億円ぐらいあった利益が73億円まで下がったんです」
反町キャスター
「2012年ですか?」
髙田氏
「はい。過去最高利益というのは、600億円の売上げが下がって、利益が半分以下に下がったものを戻すのは、大変なハードルですよね。じゃあやろうよと言ったら皆やります。でも、やりますとかけ声はするんだけれども、一緒に真剣にやろうよということで、私は突然に言うタイプで、いかなかったら社長辞めるという発表をしちゃったんですよ。そうしたらマスコミに取り上げられて、それからの1年間というのは皆僕に少し残ってほしいという想いも持ってもらったかもしれないし…」
反町キャスター
「社員は辞めてほしくないから、がんばったのですか?」
髙田氏
「それも少しはあったんでしょうけれども、会社としてもしっかりそこは守っていかなければいけない、コミットしているわけですから。そして、やりまして、過去最高益を達成しました。でも、その時、葛藤がありまして、1759億円売っている時に、テレビ関連は、テレビとか、ブルーレイとか、オーディオラックがありますよね。あれが1759億円のうちの960億円です。その比率は半分以上でしょう。しかし、不思議なことに、過去最高益を達成した時の売上げは、それを戻したのではないですよ。その時の売上げは1170億円から1430億円ぐらいに上がったんです。上げました。それで利益が73億円から154億円になったんです、2倍以上に。その時というのはテレビの売上げはいくらだと思いますか? 60億円です。最高にいっても900億円は売るものがないんですよ。だから、その時に東京に出そうと。逆に社員の士気を高める、前に進む、リストラはしない。号令かけて東京にスタジオつくりました、六本木の34階に」
反町キャスター
「辞めてほしくないという社員の人達に、辞めるよと言って、今度は代替わりされたわけですよね。普通は会長とか、相談役とか、代表権を持たない取締役とか、いろんなやり方があると思うんですけれども、今回は役職についていないんですよね?」
髙田氏
「完全にジャパネットに席がないのでね」
反町キャスター
「これはどういう判断なのですか?」
髙田氏
「これは私の場合にはちょっと違うと思ったんです。60歳を過ぎた頃からいかに人に譲渡する、バトンタッチをするかというのは、経営者は皆、思ってるんですよ。それはタイミングの問題です。私は66歳ですから、私があと10年やってもいいと思いますが、その時には体もわかりません。だったら66歳の元気なうちに、それをバトンタッチする人がいるんだったら、バトンタッチをして外から応援してあげたいと思ったんです。それと66歳でバトンタッチをして応援してあげたいという、これはすごく大変なことで、私はテレビとかに出ていますから、私がもし会長とかになったら、社長に任したのに会長の方ばかり向いている人がいたら、せっかく任せた人が動けないではないですか。だとしたらそこは覚悟ですよ。長男に譲ったのも。これ摂政と言われるけど摂政ではないです。摂政という言葉は私の中では否定的です。それは10年以上、息子と一緒にやってきて、戦ってきました、本当のビジネスで。それを見た時に、その子の35歳の覚悟と努力とというものを見て、私はそれを1番評価したんです。だったら託していいと。彼の言うようにやっていいと。そうしたらジャパネットたかたというのは基本的に預けたわけだから、山あり、谷あり、どうも新社長の考え方というのは意外と私以上にそんなに売上げを目指す人間ではなく、企業としての価値というものは何だろうということを私以上に考えてくれていると思うんですよ。お客さんの立場でビジネスをやっていて、お客さんとつながっていたいという想いが強い子のような気がします」
反町キャスター
「ビジネスモデルは息子が引き継ぐかどうか。変えてもいいのですか?」
髙田氏
「変えてもいいですよ。変えなければ、変わらないでしょう。私も29年、社長をやってきましたから、自分の経験値から、こうだというのはあるのだけれど、結構、人間は自分がしっかりしていると思っていても、弱いところがあるんですよ。私は、論理的に考える人間だけれど、人を組織にはめていくのが下手だった。この指とまれでやってきた人間というのは弱いところがあるんです。それは、新社長は強い。だから、いくらすごいと言われても弱いものを人間は持っている。私の弱いところをどんどん変えていけばいいと思いますよ。変えていって、変える過程で、下に下がったり、上に上がったり。それが覚悟と会社の方針ではないですか」
反町キャスター
「たとえば、新社長が、我々は通販ではなくて、店舗販売でいくんだと言ったら、どうしますか?」
高田氏
「構わないですよ。だって、私は別のことをやるんですから。そこをダメだと言うんだったら、社長を譲りませんよ。私は66歳で若い方かもしれません。親子の関係は仲がいい。私は。相談を受ければアドバイスをするよという立場で、残って1年間だけはテレビをちょっとやりたいというのが、ジャパネットの中心のテレビを少し進化させて、テレビのスタッフと一緒にプロの集団をもっとつくっていこうねと。100年残す企業の礎になればいいと思って、1年間。現在が1番忙しいですよ。29年間の社長時代よりも現在が1番忙しい。あと10か月くらいですけれども」

佐世保にこだわる理由
秋元キャスター
「本社を長崎県佐世保市に置く地方企業です。なぜ佐世保にこだわるのでしょうか?」
髙田氏
「なぜ佐世保にこだわったらダメなのでしょうか。よく格差とか言われますよね。地方との格差って。私は格差を感じたことがないですよ。だって、現在から50年前でしたら、たとえば、物流にしても、決済にしても大変な時代でした。コンピュータもない時代という。でも、現在はどこにいても世界中、世界中とは言えませんけれども、日本のどこにいてもインフラが整っているんですよ。だから、それは気持ちの持ち方の問題で、なぜ東京、大阪にこだわる必要があるのかなと。佐世保から全てのことができるんですよ」

佐世保本社と東京オフィス
反町キャスター
「東京にもオフィスを開きましたよね。この狙いは?」
髙田氏
「東京に置いたのは、バイヤーという商品開発、本社は動く必要はないですけど、それまでメーカーが佐世保に来て、私達は用事があって東京に出てくると。どんどん商品の数が増えてくれば、東京はいつも展示会をやっていますね、情報のスピード(がはやい)。そこに(オフィスを)置いておけば常に情報を集めて、商談も。とにかくスピードが大事だと。そういう環境でバイヤーを東京に持ってくる。スタジオをつくったのは、2つぐらい狙いがあったのですが、佐世保だけでなく、ジャパネットは動いていくんだということを皆さんにわかってもらうという意味では六本木の34階につくった。佐世保とは違ったお客さんの楽しみ方があるのではないかと。常にお客さんにエキサイティングなショッピングを届けるということが狙いでしたから。それと、社内もこれだけ売上げをいただくことになってから、仲良しになるんですね。仲良しだけではダメです。ライバルになると。仲良しと競争を融合していかないと、社員の成長はとまってしまう。私ががんばれば、東京に行ったテレビスタッフとかががんばるんですよ。社内競争です。そういう環境をつくることによって、前向きに人も採用する。投資もしていくということによって、社員の意識がどんどん変わっていく。そういうことで東京に出しているんです。佐世保は、食べ物はおいしいし、知った方がいる中で、少しでも地域の雇用に貢献しているのだったら、地方発でできることは地方でやる方がいい。シンプルにそれだけです」

髙田明 ジャパネットたかた前社長の提言:『自助力 夢持ち続け 日々精進』
髙田氏
「これは自助力というのは、現在支援という言葉がありますけれど、地方を活性化するとか、何の問題でも、自らそれを受けながら、自らがやろうと思わなかったら絶対に変わっていかないと思っているんですよ。ケネディ大統領が言いました、障害を持っている方に、あなた達に援助するのではなくて、あなた達が働いて税金を納められる社会にしたい、と言った言葉に私はすごく感動しているんです。だから、支援をするという中でも本人ががんばろうと思う、自助力が全てを解決すると思います。可能になると思います。それと夢を持ち続けて、とにかく続けることが大事。持つだけではダメ。毎日努力を続け、エンドレスで人生が終わるまでやり続けるという、これがなければいけない。この中には継続するという大事なことがあって、夢は30歳で持ったけれど、40歳では持っていないというのはダメだと思います。100歳になっても110歳になっても夢を持ち続ける。やり続ける。どこかのお坊さんが100歳で英語を勉強すると。これはまさしく日々精進を続けていらっしゃる姿だと思いますね。ですから、自助力、夢を持ち続け、日々精進。ちょっと下手な字で書かせていただきました」
反町キャスター
「髙田さんの夢とは何ですか?」
髙田氏
「現在はこの会社を若い世代に譲って、しっかり100年続く企業にしてほしいという、それを夢の中で見続ける夢でしょうね」
反町キャスター
「自身はこのあとどうされるのですか?」
髙田氏
「私はあまり先を考えないでこれまでやってきた人生で、現在でもそうなんですよ。テレビに立っている時はテレビのことしか考えていないので、販売している時は万歩計のことしか考えない。ただ目の前のことをやり続けるだけですから。私は現在夢を語るよりも、あと10か月足らずをがんばったあとに、でも、伝えるということに、少しそこに関連するような仕事はしてみたいなと。何かを伝えられるような。エーアンドアライブという2、3人の会社をつくりましたから。そんなことを思っています」