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2015年3月2日(月)
朴大統領演説の波紋と日韓外交“迷路”出口

ゲスト

渡部昇一
評論家 上智大学名誉教授
小倉紀蔵
京都大学大学院教授

戦後70年 日韓国交正常化50年 どう見るか?朴大統領演説
秋元キャスター
「1919年に日本の植民地支配からの独立を求めた運動で、いわゆる3.1独立運動の記念式典が昨日開かれ、その中で、朴槿恵大統領は次のように述べています。『今年は韓国と日本の国交正常化50周年をむかえる意義深い年です。両国は自由民主主義と市場経済の価値を共有して、北東アジアの平和と繁栄を共に追求していく重要な隣国です。しかし、隣国にもかかわらず、過去の歴史をめぐる葛藤のため、残念なことに心の距離を狭められずにいます。私達は両国の未来を考えるうえで必ず解決していかなければならない歴史的課題である、『元従軍慰安婦』の人権問題を速やかに解決するよう促してきました。今年に入って、既に2人の被害者が心にできた傷を癒してもらえないまま亡くなりました。もう53人だけになった彼女達の平均年齢は90歳に近く、その方々の名誉を回復する時間もあまり残されていません。日本政府の教科書の歪曲が続いているのも隣国関係を傷つけることです。昔、独仏が葛藤と反目を乗り越えたように日本が勇気をもって、率直に歴史的真実を認めて、韓国と手を取りあい、今後50年のパートナーとして新しい歴史を共につくっていくことを願います』と述べているんですけれども」
反町キャスター
「朴大統領の演説の中で、日本と韓国を、ドイツとフランスが第二次世界大戦後に関係を修復した例になぞらえたこと、どのように見たらよろしいですか?」
渡部教授
「そう言っては悪いけれども、朴大統領の思い上がりです。ドイツとフランスは徹底的に戦ったんです。それでその関係を修復するというのはよくわかるんです。日本が韓国と戦ったというのはないです。豊臣秀吉は行ったけれども、戦ったのは明の軍隊であって、ほとんど韓国の軍隊は問題にならなかった。この前だって、韓国とは明治以来、1度も戦争をしていません。それを独仏と例えるというのは、そう言っては失礼だけど、韓国人の思い上がりというか、日本と正式に戦争したこともない国が独仏と例えるというのは思い上がりも甚だしいという気がします」
反町キャスター
「そうすると、渡部さんの目から見て、たとえば、2国間関係を置き換えるとしたら、日韓関係というのはどういう国に置き換えて考えたらいいかとか、具体的な例とか、サンプルありますか?」
渡部教授
「日本から言えば、非常に迷惑だった関係だったと思います。それは初めから、伊藤博文は統合する必要はないと言っていたんです。それでも向こうの王様が勝手なことをやるものだから、また戦争になるおそれもあるしということで、当時の政府が、強引に併合をしちゃったんです。案外言われていないことですけれども、明治天皇は、どうも喜ばれなかったらしいんです」
反町キャスター
「日韓併合を?」
渡部教授
「ええ。それは難しくなることは伊藤博文もわかったし、明治天皇もおわかりになっていたと思うんです」
秋元キャスター
「小倉さんは、朴槿恵大統領の演説内容をどう見ましたか?」
小倉教授
「かなり抑制的だと思います、私は。ちょっとその前に、渡部先生のお話で、独仏の関係は日韓の関係と違って、私ももちろん、同じ考えですけれども、3.1独立運動というのは、これは韓国人にとって重要な抗日の運動です。これは重要だということと、それから、もう1つは、日本の豊臣秀吉が侵略した時に、明だけではなくて、朝鮮の人達も戦いました。この2点だけ、ちょっと押さえておきたい。しかしながら私は朴槿恵さんが2年前に、加害者と被害者の立場は1000年経っても変わらないとおっしゃいましたね。これは酷かったです。要するに、1000年経っても変わらないのだから日本は努力する必要もないのではないかと多くの人が思ってしまいましたね。これに比べれば、今回はかなり抑制しています。慰安婦の問題が出ていることに対して、日本の中で何だかんだと言う人がいるかもしれないけれども、これは朴槿恵さんが言わなくてはならない部分ですから、あって然るべき、当然です。その他は、本当は、私は慰安婦の問題より、もっと重要なのはもっと重たい争点として徴用工の問題があるけれども、この問題は絶対出していませんし、韓国も、韓国政府として頭の痛い問題だから、そういうことを考えてみれば、かなり抑制的であると言えると思います」
反町キャスター
「確かに2年前に、朴大統領の3.1の演説というのは、加害者と被害者の立場は1000年経っても変わらないと言われて、僕らも本当に驚いたんですけど、2年経って、昨年の演説と比べてみるとだんだんトーンが落ちて来ている。これをどう見たらいいのですか?」
小倉教授
「韓国の大統領は、彼女だけではなくて、大統領になったら、大韓民国という国家を全部変えてやろうという意志でくるわけです。それは経済とか、政治システムだけではなくて、歴史を変えるという、そういう意志があるわけです。これまでの大統領は、歴史を変えられなかった。だから、私が変えるんだという意気込みでくるわけです。それももろに出してしまったのが2年前。これが失敗したわけです。韓国人は非常に成熟しているんです、現在。だから、中国人の白髪三千丈みたいな、そういうレトリックで、我々は生きているのではないと。もっとリアリズムでやってくださいという声はたくさんありました。だから、それに対する反省が昨年、今年ときているのだと思います」

韓国の反日教育とは
秋元キャスター
「渡部さん、朴大統領が反日を弱めていると、小倉さんはおっしゃっていましたけれども、歴史を巡る心の葛藤、心の距離を狭められずにいますと発言しているんですけれども、日韓が仲良くなるというのは難しいと思いますか?」
渡部教授
「急に歴史を変えようと言ったって、歴史は過去のものだから、変えるわけにはいかないんです。ただ、私が経験したことによりますと、60年前の経験ですけれども、私はドイツに留学したんです。そうしたら、隣の部屋が李さんという大学教授ですから、私よりも15歳か20歳年上です。
反町キャスター
「60年前というと、昭和29年、30年ですか。
渡部教授
「1950年代です。親しくしていた女医さんの家にも邱さんというソウル大学の教授でした。この方達とは非常に仲が良かったんですね。もう1人、日本人の留学生がいましたけれども、しょっちゅう4人で飲んだり、喋ったり。その人達が何かにつけて言うことは、非常に日本での学生生活が愉快だったということです。たとえば、当時の日本の高等学校にくるわけでしょう。当時の高等学校の生徒は足駄履くでしょ。そうすると、自分も足駄を履いて、国に帰って闊歩すると実に良い気持ちだったとか。それから、軽蔑とか、不愉快な思いはしたことがないと言うんです。そして、二言目には、韓国では当時は朝鮮でしたが、明治維新がなかったからと出てくるんですね。なるほど、韓国の人は、明治維新がなかったことは残念で、日本はあって良かったとねという感じで、むしろ明治維新の、我々は後輩ですけれども、羨むというか、祝福するような言葉で言ってくれたんです。ところが、2年後に若い韓国の神父さんが来たんです。神父さんが来て、この人は若いから、独立後の教育を受けて、李承晩教育を受けた人らしいんです。神父さんのくせに日本の悪口ばかり言っているんです」
反町キャスター
「李承晩教育と言いましたけれど、要は、僕らの現在、俗に言う、反日教育のことですか?」
渡部教授
「うん。だから、私は現在の韓国を見る時には、だいたい戦前の日本を知っていた方が死に絶えたあとの意見が多いと思う」
秋元キャスター
「小倉さん、韓国における反日教育の影響というのをどう見ていますか?」
小倉教授
「今のお話はすごく、示唆的ですね。教育をある世代に対して行うわけだから、世代によってガラッと日本観が違うというのはあるけれども、もう1つは、同じ時期に、朝鮮にいた、植民地にいた、その人達の日本体験はバラバラです。日本によって良い面をみた人、勉強ができても、これまで出世できなかったのが日本だったら出世できたとか。いろんな教育もちゃんと整ったとか。そういうことによって、暮らしが良くなった人達もいるし、そうではなくて、これはどうしても敵だと言って、一家でやりますから、韓国の場合は。独立運動も全部家族でやるわけです。親日も家族でやるわけです。だから、バラバラです。だから、その神父さんのどうしても反日的なところは直らないと。変わらない神父さんというのは教育かもしれないけれども、たった2年後でしょう。たった2年後ということは家の問題だったかもしれません。朴槿恵さんは、お父さんが、親日派だったということを突かれる。左側の人、野党の側の人から、そこのところを突かれるのを最も嫌っていますから、それは日本に対して譲歩するということが絶対できないわけです。この構図は、70年が経っても、韓国の中で日本体験がバラバラであるという、ここが重要だと思います」

河野談話についての見解
秋元キャスター
「昨日の3.1独立運動の記念式典でも朴大統領が重ねて、日本に求めていたのが、いわゆる従軍慰安婦問題の早期解決でした。従軍慰安婦問題について触れた、河野談話の内容を見ていきたいと思うのですが、『慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が、主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧によるなど、本人達の意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。政府はこの機会にいわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる』。これが河野談話ですけれども」
反町キャスター
「河野談話を出したタイミング。ちょうどあの頃というのは宮澤総理の訪韓を直前にして、日韓関係を、宮澤さんの訪韓に向けての地均しと環境整備的な意味もあって、こういう談話をまとめたというような政治的な背景もあるんですけれども」
渡部教授
「それはあの頃の日本の外交がとにかく謝って過ごせばいいと。ごめんなさいと。ごめんなさいをすれば許すと、向こうが言うわけです。ところが、向こうが、絶対に約束を守らないわけです。謝れば、次の時、また言い出す、また言い出すという、結局、従軍慰安婦の問題の前もあとも、いくら謝ったって図に乗ってくるだけですよ。だから、私は、宮澤さんが6回謝ったか、7回謝ったとか、言いますけれども、本当に、あの人は、日本を背負って、日本人の恥ということを考えたことがあるのかと。あの年で慰安婦問題の実情を知らなかったわけがないです。僕だって知っているのだから。宮澤さんは僕より年上ですよ」
反町キャスター
「小倉さん、河野談話、現在の日本においても、まだ政府はその内容を、ちゃんと大きな意味において引き継ぐと、総理も言っているんですけれども、どう受け止めていますか?」
小倉教授
「私は、河野談話というのは渡部先生と違って大変良い談話だったと思います。これが現在でも良い談話かというのは、ちょっとまた別ですね。その当時おっしゃるようにいろんな状況がありました。だけれど、日本は1990年代にいろんな謝罪のこと、和解の季節と言ってもいいと思いますけれど、1990年代に歴史をもう1度、東アジアとの間で再構築しようという意志があったわけです。ただ、ペコペコし、自負心のない男だったから謝ったというわけではないと思います。ちゃんとしたビジョンがあったと思うんです。そのビジョンの中の1つとして河野談話が出た。これはその当時の日本のやり方として、大変良かったと思います。なぜかというと、西洋でもこういうことがあったわけでしょう。軍による女性の性管理というのがあった。西洋でできないことを日本が率先して、これを解決するんだという意志があったわけです。そこのところは高く評価しなくちゃいけないと」

戦後70年談話についての見解
秋元キャスター
「先週水曜日、安倍総理が夏に発表する戦後70年談話の内容について検討する21世紀構想懇談会の初会合で、次の5項目についての検討を要請しました。20世紀の経験から汲むべき教訓。戦後の日本の平和主義、経済発展、国際貢献の評価。欧米諸国、中国、韓国をはじめとするアジア各国との和解の道の歩み方や、21世紀のアジアと世界のビジョンの展望、日本の貢献策。戦後70周年にあたって日本がとるべき具体的な施策と。この5つの項目ですけれども」
反町キャスター
「この70年談話の検討項目って5つ挙げられている中で、僕らが見た時に、気になったのは3つ目の部分で、中国、韓国をはじめとするアジア諸国との和解の道の歩み方はどうだったのかという、この過去形の文章になって検討項目に入っているんです。70年談話はたぶん過去を振り返ったうえで、現在の日本国の現状を説明したうえで、これからの前向きな話をしていこうという談話だと思うんですけれど、このスタンスで70年談話を取りまとめていく限りにおいて、日韓関係にどういう影響を及ぼすのか。これはプラスに働くのか、懸念があるのかどうか。そこはどう感じていますか?」
小倉教授
「私は、韓国側もそうなんだけれども、日本側もこの問題に対しては、自信を持つ必要があると思うわけです。自信を持つというのはどういうことかというと日韓関係は50年間すごいものを構築してきました。いわゆる65年体制。1965年、日韓基本条約を結んだあとに日韓の緊密な関係というのを構築してきたわけです。そのことを忘れてはいけないのであって、私は朴槿恵さんに対して批判的なのは、慰安婦も重要だけれども、もしかしたら、もっと重要なところがいっぱいあるにも関わらず、そのところをほとんど言わない。これはフェアではありません。日本と韓国は、私は日韓モデルと言っているんだけれども、かつて植民地支配をした側とされた側。渡部先生、植民地支配ではなくて、アネクゼーションだとおっしゃるけど」
反町キャスター
「アネクゼーションはどういう意味ですか?」
小倉教授
「併合。同じものになっちゃうということ」
反町キャスター
「植民地支配ということではなくて、同じ国になる?」
小倉教授
「そうです。同じ。合併ですから。厳密に言えば合併だけれども、植民地支配をした側とされた側、合併をした側とされた側が、これは歴史を和解しようと。歴史和解のために努力を繰り返してきたわけです。蓄積があるんです。これは世界のモデルとなる。日韓モデルと私は言ってもいいと思うんです。これからですよ、欧米がやるのは。欧米はまだやっていないわけですから。植民地支配をした側がされた側に和解をほとんどやっていないわけです。日本と韓国は、まだプロセスですけれども、この50年間のプロセスというものを、世界に公にして、日本も言いたいことがたくさんあります。韓国の側の歴史観が間違っていますから。言いたいことがたくさんあるにも関わらず、精一杯の誠意を出してやってきた。韓国側も言いたいこと、たくさんあるんです。もっと本当は日本に強く出たいと。だけど、経済的な弱みがあるから出せなかったということがあります。だから、お互いに言いたいことはあったけれども、しかし、接点を求めて50年間やってきたんだという、このモデルが成功モデルだということをちゃんと言わないと。失敗だとか、あるいは暗いところ、お互いの批判的なところばかりを打ち出してはいけないと思うんです」
渡部教授
「それはアネクゼーションという言葉を重視したいと思うんです。と言うのは、当時のイギリスの文献を見ますと、コロナイゼーションコリアなんてどこにもないです。アネクゼーションです」
反町キャスター
「併合とか、合併とか、そういう意味で使っているわけですね?」
渡部教授
「それでアネクゼーションがどういうところで使われているのか調べてみますと、スコットランドとイングランドの間の関係がアネクゼーションです」
反町キャスター
「スコットランド?北部?」
渡部教授
「そうです。元来は違った国ですけれども。イングランドとスコットランドの土地問題とか、いろいろある、その時にアネクゼーションと言う言葉が出たと。だから、イギリス人から見ますと、日韓併合は、日韓関係はコロナイゼーションではないんです。イギリス人から見たコロナイゼーションというのは、自分の国が儲けなければ、コロナイゼーションではないです。ところが、イギリスから見れば、どう見たって、日本は損して、持ち出しでやっていると。全部持ち出しでやっていると。これは、イギリス人の感覚ではコロナイゼーションという言葉は使いません。アネクゼーションです」
反町キャスター
「要するに、植民地だったら収奪だけれども、それに当時の日本政府は、韓国に対して持ち出しもあったという、この視点はいかがですか?」
小倉教授
「私は、3つの視点があると思うんです。それは植民地、1つは植民地収奪論です。朝鮮から完全に収奪してしまって、朝鮮人の生活が塗炭の苦しみに喘いだ。これはそうではありません。それと植民地近代化論というのがあります。植民地が近代化したということです。日本が技術、資本を投入することによって…。これも部分です。つまり、真実は、収奪もしたし、近代化をしたし、持ち出しもあったし、上がりもあったと。そういうことです。だから、歴史は複雑であることを、韓国の人も理解をしていただかないと困るし、その複雑性を見る勇気がありますかと、そういうところです。歴史をあまりにも単純化して、軽いものにしてはいけない。歴史は複雑だから重いんです。いろいろな人のいろいろな多様性はそこに関わっているから。そこのところを、あまりにも単純化して、やらなくてはいけないというのはなぜかというと、韓国は、北朝鮮との体制の競合、体制の正当性というもので恐怖心を抱いているからです。あまりにも容易に、日本に妥協してしまうと今度は北朝鮮から『あんたらは、本質は親日政権である』ということを糾弾されてしまう。容易に日本とは妥協できないということです。逆に言えば、日本は、北朝鮮とも何らかの、日朝モデルというのもつくらなくてはいけないと思います」

村山・小泉談話の踏襲は?
秋元キャスター
「村山談話、小泉談話を安倍総理はどこまで踏襲するべきだと思いますか?」
渡部教授
「私は村山談話、小泉談話は大変嫌いなんですよ。なぜかと言うと、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えたというんですね。では、アジア諸国とはどこなのですかということです。当時の独立国は、中国と…韓国はこの場合の戦争には入らないわけですよね。そうすると中国だけですよ。中国は日本を裁くための東京裁判でも、この前の戦争の時に中国に対する開戦責任は日本にはなかったとしているんですよ。だから、日本が戦争をしかけたのではないんだから、中国にそんなに謝る必要はないです。それから、他のアジア諸国には独立国がない、日本が行かなければ独立なんかしませんよ。それで昭和18年には大東亜会議があったではないですか。あれはアジア諸国による最初のサミットです。インドネシアは形がまとまっていなかったものですから、オブザーバーみたいでスカルノが来たわけです。その時、スカルノに対しても昭和天皇は直接お会いになって握手されたそうです。それでスカルノは非常に感激して帰ったわけですが、他の人達は一国の首相としてきたわけです。フィリピンでも、タイ国でも、それからビルマでも、インドの独立したチャンドラ・ボース、それから満州国の張景恵、中国の訪問。皆、独立国としてやったんです。多大な損害を被ったのは、日本であって原住民に日本が大量虐殺をするわけがないですから、独立国に比べれば問題視をするべきでないと思いたいぐらいですね。ですから、あらめてアジアの諸国の人々に謝るというのは、誰のアイディアですか?そもそも僕はこれを最初に考えた人の頭の中を疑いたい。安倍さんはやりたくないと思うんですよ、こんなことは踏襲したくない。安倍さんは第一次政権で、戦後レジームからの脱却、ところが、あれはアメリカの癇に障ったんですね。それで第二次安倍内閣は非常に慎重にやっています。これは、韓国に対する遠慮でもなく、中国に対する遠慮でもなく、アジア諸国に対しての遠慮でもない。アメリカを意識しているのではないのかなと思うんです。それを放って置いたのは外務省の怠慢だと思います」
秋元キャスター
「韓国はどのような談話を期待していると思いますか?」
小倉教授
「韓国は新しいものは期待していません。新しいものを出せと言っていません。つまり、村山談話と河野談話を踏襲してくれと…。私は渡辺先生のおっしゃることに若干賛成なんですけれども、私は、村山談話、小泉談話は良いと思うんです、枠組みとしてはね。良いと思うんだけど、若干、東アジア側というか、中国、韓国側の歴史観にあわせてしまっている。つまり、歴史を単純に見ていますね。単純に歴史を見ないというのが日本の良さなんです。右の人もいれば、左の人もいる、誰でも自由なことを言えるというのは日本の良さなのに、ここにないのは戦前における日本の振る舞いというものの複雑さで、単純に、それが善だとか、悪だとか言えない複雑さですね。ここのところはもうちょっと出さなくてはいけなかったかなと思います。だけど、全体的にはこれはいいんです、私の考えではね」

戦後70年談話と日韓関係
反町キャスター
「歴史は勝者によってつくられるとよく言いますね。日本は太平洋戦争で負けた、その結果を受け、ある意味、歴史観とか、価値観とか、ものの判断基準というのを戦勝国にあわせなくてはいけないという議論があります、これについてどう考えますか?」
小倉教授
「日本の良さというのは多様性だと思います。いろいろな意見があって、その意見を単純に1つにまとめない。こういう意見もある、ああいう意見もあるということを自由に言えるのが日本の良さであって、これを談話にする時には、ある程度収斂しなくてはいけないけれども、その中でも多様性があって然るべきでしょう。それを韓国みたいに、歴史を一面的に見て相手の国に押しつけてくるというやり方をするのは、私は日本の韓国化だと思うんですよ。もし保守側の人が、歴史を単純に見たいと言うんだったら、それは私も日本人だから保守の人の歴史観を聞けばスカッとしますよ。だけれど、もうちょっと心の痛んでいる人もいるし、あちらでは騒いでいる人もいる、叫んでいる人もいる。こういうのも全部包摂して、芸術作品として、歴史和解をしましょうという、そういう意志が日本にあったわけですから、そういうものを踏襲しなくてはいけないと思うんですね」

今後の日韓関係のあり方
秋元キャスター
「これからの日韓関係はどのようにあるべきだと思いますか?」
小倉教授
「私は渡部先生の話を聞いていて、もっともだと思うんですよ。だけれども、問題は中国、韓国、北朝鮮が隣にいて、それをまったく認めない、見ようとしない。そういう国家があるわけではないですか。何とかして、関係をつくらなくてはいけないということをずっとやってきたわけですよね。苦しかったけれども、やってきた。これの蓄積は無にしてはいけないわけです。私は現在、中国や北朝鮮は無理だけれども、韓国でできることは渡辺先生みたいな考えの方が、渡辺先生ご自身が行かれるのもいいと思うけれども、韓国に行って、そういうことをおっしゃることですよ。それは韓国人も聞く耳を持ちます、現在の韓国人は。私も昨年、韓国のナショナリズムの中心地であるソウル大学に行って、日本の嫌韓派が何を考えているのか喋ってくれと言われ、喋ったんです。嫌韓派が悪いという話ではないですよ。嫌韓派というのは、こういう理屈があって、その理屈というのは筋が通っているんだという話をしたんですよ。そうしたら何と韓国人は皆本当に謙虚に聞いてくれて、聴衆から日本人が韓国を嫌うというのがなぜなのか理解できないとか、そういうことまで出てくるような、そういう成熟しかかった社会ですよ。そこに期待をかけるしかない。だけども、政権になると、1つのまとまった歴史観というものをボンと打ち出してくるだろうけれども、そこは、私達は市民の力で、もっと違う多様な見方があるんだと、日本の保守の見方というのはこうだとどんどん言っていけば、最初は反発するだろうけれども、だんだんそうなんだ、歴史というものは多様に見なくてはいけないんだというのがわかってきますよ。我々はそのプロセスにまだいるということで、ここで決着をするということはしなくていいし、しちゃいけない。長くかかりますよ、日韓モデルの和解のプロセスというのはね。お隣にいるわけですから、何とかして関係を構築しなくてはいけない。渡部先生もそういうお考えですよね? 強硬なことをおっしゃるけれど」
渡部教授
「日本の立場はそうだということですよ。だから、韓国の人が勝手に独立記念日を決めようが、何をしようが、こちらの知ったことではないです。僕の知識から言えば、終戦の時に日本の韓国の司令官だった人に独立しなさいと言って呼び寄せたんです、韓国の代表者を。誰も引き受けなかったと。それでアメリカ軍が全部占領したわけでしょう。それでアメリカから独立したわけですよ、韓国は。しかし、韓国人はそうは思っていないらしいんですよ。だから、そう思えとは言いませんよ。私は歴史的な事実から、そう思う。あなた方はそう思いたくなく、3.1何とかかんとか独立記念日だったら、それは勝手ですよと」

渡部昇一 上智大学名誉教授の提言:『淡々と水の如く 政・経関係は希薄に』
渡部教授
「君子の交わりは淡々として水の如く、小人の交わりは甘きこと醴の如しと。小人の方は喧嘩するけれど、君子の方は仲良く付きあうと言うんです。だから、韓国と付きあう時には君子の交わりにするべきであると。淡々として水の如く、政治とか、経済の関係はできる限り少なくし、ゼロにするぐらいにしてもらいたい。その1つとして最近わかったのは、スワップ協定がなくなった。あの線でいって、日韓関係で儲けている人、儲けている企業もあると思いますけれど、それはGNPから見ればネグリジブルですからね。私は淡々として本当に経済とか、政治の関係のない学問とか、芸術だとか、文学だとか、そういうものの君子の交わりに限って多いにやって、政治、経済はゼロぐらいにしたら喧嘩の種はなくなるのではないかなと思っています」

小倉紀蔵 京都大学大学院教授の提言:『真ん中の軸』
小倉教授
「依存関係が強すぎると思うんですよね。依存し過ぎている。特に、韓国側が日本に依存している。だから、歴史観もあわせてくれということなのでしょうけれども、真ん中の軸ということは、日本の良さは右も左もあって、いろんな意見があるというのは、いいんだけれど、国家の方針を決める時にはあまりに右に偏ったり、左に偏ったりしないで、右と左を全部包摂するような形で真ん中の軸をつくる、そこは揺るぎないものにする。真ん中の軸というのは何なのかと言うと、日本がいかに世界に貢献してきたかということ。これから貢献するかということ。それから、日本に対する批判がありますから、過去に対して。過去のことに対しては真摯に反省すると。反省と貢献。こういう2つのものが合体したものが真ん中の軸で、その真ん中のところから、右も左も全部包摂していくという大きな構えで、この巨大な国家を動かしていただきたいと思います」