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2015年2月5日(木)
若宮啓文・元朝日主筆 櫻井よしこが直接対論

ゲスト

櫻井よしこ
ジャーナリスト
若宮啓文
朝日新聞元主筆 日本国際交流センター・シニア・フェロー

櫻井よしこ×若宮朝日新聞元主筆 朝日新聞誤報問題の本質
秋元キャスター
「若宮さんの古巣の朝日新聞の誤報問題についてですが、この誤報問題を巡って主な動きを整理していきたいと思います。従軍慰安婦の問題についてなのですが、1982年9月2日の朝日新聞が吉田清治氏の、済州島で200人の若い朝鮮人女性を狩り出したとする強制連行の証言を初めて掲載しました。1997年3月31日に吉田証言の検証記事を掲載します。しかし、真偽は確認できないとしまして、記事の取り消しなどは行いませんでした。最初の記事から32年が経った昨年8月5日、吉田証言を虚偽と判断、記事を取り消しました。また、ジャーナリスト池上彰さんが朝日新聞で連載しているコラムで慰安婦報道を巡る朝日新聞の検証記事を取り上げようとしたところ、掲載を拒否しました。池上氏が連載打ち切りを申し入れたところ、朝日新聞は池上氏に謝罪。後日、池上氏のコラムを掲載したという経緯があるんですけれども、まずはこの朝日新聞の主筆をされた立場として一連の誤報問題をどう見ていますか?」
若宮氏
「大変お恥ずかしい話だと思いますし、朝日新聞自体が非常に反省し、社長まで辞めるという事態になったわけですが、この吉田清治氏に関して言うとポイントは3つです。まず何と言っても、吉田さんという人の虚言癖と言っていいのかわかりませんけれども、自分がやったことを懺悔した一言を鵜呑みにして報道をした。それも何度も報道したというのはプロのジャーナリズムとしてはもうちょっと慎重に真偽を見極めるのは難しいかもしれないけれども、もう少しやりようがなかったのかと。そのことを、これは間違いだという指摘がされ始めながら、ずるずると先延ばしして、1997年に検証記事を載せて、これは、全体として慰安婦問題という問題なのか、大変に悲惨な状況に置かれた女性達についての責任があるぞという、全体としては、私は、しっかりした企画だったと思いますが、その中で、問題の吉田証言を真偽が確認できないというふうに修正したんですね、ここで。それまでは正しい前提で伝えていたけれども、真偽は確認できないと修正したんだけれども、いかにも中途半端できちんとしたもう少し訂正なり、何かができなかったのかということですね。それがなかったために、実はここにいらっしゃる櫻井さんなどから、何度も、しっかり訂正をしないのかという質問状もいただいていたようです。私はよく知りませんでしたけれども、最近になって、第三者委員会を見るとそういうのが書いてありますね。だから、そういう時にもう少しきちんと対応していれば良かったというのが、朝日新聞の反省としてありますので、それを大変遅まきながらですけれども、これは私が辞めてからなので、後輩達にツケをまわしてしまったということで、忸怩たる思いもあるのですが、それをやっと吉田証言については虚偽だと判断して取り消したわけです。それは良かったんだけれども、取り消し方が潔くないと言いますか、しかも、お詫びがなかったと。取り消す時はお詫びして取り消しますというのが、常道のはずだけれども、それがなかったというようなことで。その3つですよね。それで、お詫びがなかったことなどを池上さんに指摘されたものだから、それの掲載を、結果として拒否の形になっちゃったと。やり取りはあったんだけれどもと言うことで、それが火に油を注ぐという結果になって、謝罪し、という流れですよね。非常に苦い、苦い、痛い、痛い、教訓を朝日新聞は得たということだろうと思います。社長はじめ、大きな処分もあり、新しくなろうとしているので、そこのところは是非ご理解いただきたいなと、卒業生としてそういう思いです」
櫻井氏
「若宮さんのお話を聞いていて、いくつかのことをちょっと思い出したのですが、まず昨年8月の慰安婦誤報問題の特集と言いますか、そのことから入りたいんですけれど、あれは、私達が現在、朝日(新聞)が吉田清治氏の証言を取り消したということで、朝日(新聞)が最初から、そのように反省して、自分達の報道を振り返ろうという感じで受け止めていますけれども、実は第三者委員会が出した報告書ですね。百十数ページありますけれども、この中に非常に気になることが書いてあるんですね。たとえば、2014年8月の検証記事について、なぜこのような記事が書かれたかということで、ちょっと読みますね、『安倍さんがもう1回、内閣総理大臣になって2014年を迎えた。2014年の2月中旬頃から、政府による河野談話の見直しが実際に行われることになった場合、あらためて朝日新聞の過去の報道姿勢も問われることになるという危機感が高まった』。慰安婦問題について本格的な検証を朝日も行わざるを得ないという考えが、経営幹部を含む社内において強まってきたというんですね。ですから、これは確かに、河野談話の見直しというようなことは、安倍さんが言い始めましたよね。自民党が始めましたよね。そうすると、当然これは朝日(新聞)批判になるだろう。そうすると、本当に自分達も慰安婦報道を検証しておかないといけないという危機感が高まったということを、第三者委員会が書いてあるんです。私はここにもう1つ、『朝日新聞』という文春新書から出たばかりの、朝日新聞の有志の記者達が何人かで書いた、朝日新聞の内部を知る人達の物語というか、その証言ですけれども、ここになぜ朝日新聞が昨年8月の慰安婦報道の検証を行ったのかということが、はっきり書いてある。取材班の目的は攻めというあれですけれど、ここで重要なのは今回の取材班の、取材班というのはどういう慰安婦報道をしたかという取材班ですね。取材班の当初の目的は、吉田証言の信憑性について結論を出すことではなかったと。吉田清治さんのことじゃなかったと言うんですね。あくまでも彼らの言葉、私はこういう言葉は使いませんけれども、あくまでも、『従軍慰安婦の強制性を検証し、これまでの朝日の報道が間違っていなかったことを証明するためのチームだった』と。むしろ攻めの姿勢で、安倍政権の朝日包囲網に立ち向かおうとしたのであると。これはもちろん、どういうお考えか知りませんがかなり現場を知って、その自分達も朝日の紙面で、慰安婦の記事を書いた人達の書いた本ですよ。私はこれを読むと、ああなるほどと思いまして、朝日(新聞)は自分達の慰安婦報道が間違っていたというところから出発したのでは必ずしもないのだなと、調べられてしまう。河野談話を検証されてしまう。そうしたら困っちゃうんだと。本を読むと、検証していくうちに、どうしても吉田清治の証言にぶち当たってしまう。これが虚偽であるということはもう避けて通れない。しょうがないから16本の記事。16本か、もっとあるのか、本当はわかりませんけれど、それを取り消したということなので、それが第一点。もう1つは、これは若宮さんも関係あって、私と若宮さんは考え方は違いますけれども、折に触れ、意見交換をしてきましたよね。その中でこの慰安婦問題というのは、私と若宮さんは随分、激しく対立してきたポイントの1つです。1997年に朝日(新聞)が検証記事を掲載しましたでしょう。真偽は確認できないといった時に、その時に、それまでの慰安婦の強制連行というのは、狭義の強制連行から、広い意味の広義の強制連行へと、朝日(新聞)が変えたんです。その時に、狭義、狭い意味というのは、日本軍がいて無理やり、吉田清治さんが言ったように、木刀で脅しということで連れて来ると。広い意味の広義の強制性というのは、女性が慰安婦になりたくない、女性の気持ちに反してならせたと変えて、広義の強制性ということを、当時の朝日(新聞)は1997年の検証記事で言っているんですね。私はその時に、若宮さんと交わした会話を覚えているんですよ。あなた覚えていらっしゃる?」
若宮氏
「いや、聞いてみないとわからない」
櫻井氏
「言ったら思い出すと思うんですけれど、当時、私は慰安婦問題をかなり激しく、書いていた方ですね。朝日新聞が悪い、悪いということもしつこく書いたんです。こんな嘘を書いて、こんな間違いを書いてと。そうしたら若宮さんと電話で話をした時か、直接会って話した時なのか、そこは覚えていなんですけれども、櫻井さん達があまりにも朝日が虚偽のことを書いた。嘘を書いた。間違ったことを書いたというので朝日の若手の記者が動揺していると。動揺しているから、彼らをちゃんと納得させるために検証したんですと言ったんです、1997年の時に。その時、私は、若宮さんにずるいじゃないかと言ったんですよ。狭義の強制性で、あなた方は日本が悪いことをしたと言ったんでしょうと、慰安婦は、強制連行だからいけないと言ったんでしょうと。ところが、これは精神的なものとして、嫌なのに、無理やり引っ張っていった。広い意味での強制性ということになった。これは論点のすり替えだと言ったんです。その時、そう言って、あなたが何を答えたかは、私は覚えていないんだけれども、今回の第三者委員会の報告で、錚々たる人達、必ずしも厳しい論評をする人達じゃないけれども、知性のある人達が一応、書いたものの中に、1997年の検証記事では狭義から広義へと変わったと。これは論理のすり替えであるとちゃんと書いてある。ですから、若宮さん達が、あなたはあの時政治部長ですか、論説委員?政治部長ですか。政治部長としては若手の記者が動揺しているから、何とかしなければという気持ちはわかりますけれど、でも、それをごまかしでやったということについては、私は、言論人としてはあまり正直じゃないし、誠実じゃないと。これは、私は、若宮さんに真剣に言いたいですね」
反町キャスター
「今の件、いかがですか。狭義から広義へのすり替えだというご指摘」
若宮氏
「『朝日新聞』という本を出されたので申し上げるんだけれども、これは朝日新聞の有志という、記者有志で書いていて、名前がないものだから…」
櫻井氏
「1人だけ名前を出しています」
若宮氏
「それは内部にいた者だからかなり中にいなければわからないことが書いてあると思うけれど、でも、かなり一知半解の部分もあるわけですよ。社内にいるからといって、全部知っているわけではない。特に、出たから言うけれど、私がこの本に出てくるのですが、1ページ。まったく違う問題ですよ。慰安婦とか、そんな問題ではないんだけれど、私のことが書いてあるんだけれど、明らかに事実誤認で、名誉毀損ものの表現があるんですよ。だから、私は、文春新書に抗議をしているんだけれども、そのぐらいだから、全般に信憑性をあまり感じない部分が多いんです。だけど、ある程度は内部の人間がそう思っているということで、理解できる部分もあるでしょうけれどもね。その狭義と広義のというところでしょう。私も、実は1997年で、急に変えたんではないんですよ。1993年に河野談話が出るわけです、あとで。河野談話というのは、吉田清治の言っているように、無理やり引っ張っていったという前提でつくられていないわけですね。そうではないですね。無理やり連れていったということではないけども、いろいろ騙したり、様々な方法で強制性はあったと。それから、管理方法等の。そういう談話が出ていたわけですね。朝日新聞はその頃から、あっ、こういうことかと。吉田清治の問題は、朝日新聞は吉田清治だけに影響して、慰安婦問題を報じていたわけではないですよ。だから、吉田清治の言うように、強引に連れていった例もあっただろうけれども、そういう方法にかかわらず慰安婦さんが証言していることも紹介したりもしているし。いろんな中に、吉田清治のもあったということで。しかし、河野談話が出た時には必ずしもそうではなくて。しかし、河野談話も、強制的に引っ張っていったことがなかったとは書いていない。つまり、政府の証拠にそういうものがないんです。だから、強制的に引っ張っていった人が絶対にないとは言えないけれど、しかし、少なくとも全体に強制性があったということを、河野談話で出しているわけです。それの下敷きなった、いろんな資料もあった。朝日新聞はその頃からだいたいその路線に従って書いていたんですよ。ただ、1997年にそういうことをもう1度しっかりと検証をしたものを出さないと、現在櫻井さんおっしゃったように嘘、でたらめを書いているみたいに攻撃をされたから。そうではないんだよと。河野談話にあるようにこういう実態があったんだということを、それは社内の動揺もあるかもしれないけれども、それは読者に向けて発信したわけですよ。その時に潔く、吉田さんの言っていたような極端な例は、少なくとも吉田証言についてはどうもこれが虚偽だったとしっかりと書いてあれば、良かったと思うんですよ」
反町キャスター
「やはり、そう感じますか?」
若宮氏
「そう思いますよ」
反町キャスター
「1997年の段階で、2014年の8月にやったところまで踏み込んでも良かった?要するに、吉田証言は虚偽であると判断して記事を取り消すところまで。新しい材料が特にないわけだから、同じ材料で踏み込めたのに踏み込めなかった。どうですか?」
若宮氏
「その時は、まだ吉田さんは生きていて、それで一部フィクションを認めていたけれども、全面否定していたわけではないですよ。本人は。全部嘘だとは言っていないんですよ。しかし、取材のアクセスも断られちゃって。だから、相当怪しいんだけれども、しかし…」
反町キャスター
「亡くなったからといって、判断できる。それはまた違う話ですよね?」
若宮氏
「いや、今回、だから、もうちょっと調査もしたんですよ、あの時よりも。もう一度重ねて。そのあとのいろんな証言もあるから、と言うことで。だから、私は1997年に、全面的に取り消すまでできたかどうかはわかりません。ただ、真偽が確認できないというのを記事の中にサラッと書いただけで済ませたのは、やはり良くなかったと。少なくとも、きちんと吉田清治の証言については取材の結果はこうだったというのを1つの原稿にして、訂正まで完全にできなければ、しかし、相当激しいということをもっとしっかり、秦郁彦さんの研究の中でもあったわけだから、そういうものを使ってやっていればよかったなと」
櫻井氏
「若宮さん、論説委員、政治部長まで務めた方が、今みたいに、OBですから、穏やかな言い方をしましたけれども、吉田さんがまだご存命だったという問題とまったく違って、幾百万という人達の名誉にかかわる。現在、生きている人達、これからの日本人の名誉にかかわることですね。ですから、そこは本当に真摯に間違っていましたということを言えなければ、メディアなんてやっている資格はないと思いますよ」
若宮氏
「いや、だから、とにかくそういうことも含めて、厳しく反省して、昨年夏以降、反省をしているわけで、第三者委員会の厳しい指摘も得て、そのことを皆、拳拳服膺してやろうということでしょう」
櫻井氏
「そこもここに書いてあるように『河野談話の見直しが、政府によって行われるようになった。僕達の、書いてきたことも検証しなければ危ないという発想から生まれている』と。ここ(第三者委員会の報告書)とここ(文春新書『朝日新聞』)が連動して同じことを言っているんです。これは朝日新聞が慰安婦を正当化しているということであったと」
若宮氏
「その意味はこういうことです。河野談話を検証しようという動きがずっとありましたよね。いまだに見直し、ありますよね。それがあたかも朝日新聞の報道によって、間違った談話ができたとおっしゃる方が多いんです。櫻井さんがそう言っているかどうかはわからないけど。そう言われるから、河野談話を検証する中で朝日新聞は何を主張してきたか。吉田清治の証言は虚偽であったというところを、きちんともう1度しておかないと、河野談話と関連づけて、議論されちゃっていると。吉田清治の問題を朝日新聞が報道したために、河野談話ができたみたいな大変な誤解が広がっているから、私は、河野談話はいろいろなことを考えた末、いろいろな調査もした末につくられた談話で、決して吉田清治の証言は採用していないですよ。そういうふうにつくられたものであるということを訴える義務がある」
反町キャスター
「嘘ばかり塗り固められたのではなくて…」
若宮氏
「それは、とんでもないですよ」
反町キャスター
「吉田清治証言の扱いに関しては、軽率な部分があるけれども、全体としては、全部が嘘で塗り固められたものでもない。もしかしたらですよ」
若宮氏
「もちろん、その部分で間違ったこととか、ちょっと早とちりしたとかはありますよ、それは。だけれども、総じて間違っていたとは思わないですよ」
櫻井氏
「今のお話を伺っていくつか感じるんですけれども、朝日の報道したことはほとんど間違っていなかったと。たとえば、1992年1月11日でしたか、軍関与の報道がありましたね。軍関与の報道をした人が、辰濃さんという実名を出した人でありますけれど。それはこれまで国会で政府が日本軍は関与していなくて、主に業者が連れ歩いていたんですという言い方をしたものですから、吉見義明さんという中央大学の教授が朝日新聞にこの材料を提供して、それを1991年の12月24日でしたか、本人によると吉見さんから手に入れたと。その検証とか、いろいろして、翌年1992年1月11日の紙面で、一面トップに書くわけです、軍関与と。覚えていますよ。すごく大きい見出しでですね。軍が関与したではないか、悪いではないかと言うんですけれども、軍の関与というのは、悪い業者がいて、女性を騙してはいけないとか、日本軍の名前を騙ってはいけないという意味の関与ですよ、よくよく読めば。しかし、その下にいわゆる慰安婦とはという解説みたいな、メモみたいなものがあって、そこに8万人から20万人が強制連行と、いろんなことが書いてあるわけですね」
若宮氏
「強制連行とはそこには書いてないでしょう。20万の…」
櫻井氏
「強制連行は8万人から20万人。ほとんどが朝鮮半島の女性だったと書いてある。これは全部間違いですよ。この辰濃さんという方も、そこのメモの部分が間違っていたと書いているのですが、これは印象操作です。軍が関与と一面トップですごく大きい見出し。おどろおどろしいくらい大きな。その下に8万人から20万人。ほとんどが朝鮮の女性と。強制連行云々かんぬんと書いてあるものですから、これは一体となって読者の心に響いてくるわけですね。朝日新聞が書いたことが皆に信用されて、それを直接、朝日(新聞)という名前で引用をしなくても、いろんなメディアが、そこからまた波及して書いていくということを考えると、私は、朝日(新聞)は大罪を犯したと思いますよ」

櫻井よしこ×若宮朝日新聞元主筆 従軍慰安婦問題の本質
秋元キャスター
「どこまで軍の関与があったのか。強制性があったのか?」
若宮氏
「人数については8万人から20万人というのは、別に朝日新聞が特定したわけではなく、いろんなところで専門家が書いている数字を書いたわけで、強制連行という表現はこれも広義や狭義もあるわけだから、あそこで吉田清治のように連れて行ったと書いたわけでもないんだよね。だから、ちょっと言葉遣いが丁寧ではなかったかもしれないし、行き過ぎはあったかもしれないけれど、しかし、軍が関与したと言ったようなことは櫻井さんが言ったようなことではなくて、あとの河野談話に出てくるように、様々な形で軍が関与したと。軍の依頼によって業者が集め始めているわけだから、それを否定することはできないと思うんです。ただ、この問題がここまでこじれちゃったのは、非常に両極端の主張が、たとえば、韓国の慰安婦さんを支援する団体などが少女の像を日本大使館の前に造ったのに象徴される、性奴隷というような言葉で国際的キャンペーンをやる。これは相当、極端なイメージですよ。そこらにいた、いたいけな少女を拉致して性奴隷のごとくしたと。それに近い証言をしている方もいるけれども、そこに依拠して、そればかりのイメージを強める。ところが、一方で日本の反対の方々は、いや、あれは自分達が勝手に行って商売をした女性だと、そんなに同情することはないと。この両極がすごく不幸にしたと思うんですよ。だから、セックススレイブキャンペーンをやればやるほど日本ではそうではないという声が強まる。また、日本にあまり同情する余地がないかのごとき言論が伝わるから、それでまた向こうもなると。そんなに単純なものではなかったと思うんですよ。もちろん、最初は日本人だって、売春業を生業としていた人から集めたことは事実だし、それはそうでしょう。だけど、それで賄えないから、いろいろな人を連れて行くようになった。日本国内では到底賄えないから、朝鮮からたくさん動員していったと。先ほどの朝鮮が大半であるというのは、大半というのは言い過ぎかもしれないけれど、相当多くの女性が連れて行かれたのは間違いないですよ。そのことをまた戦後、国に帰ってから自分で語るわけにはいかないでしょう。これは二重の意味です。そういうことをされていたこと自体を語るのは非常に恥ずかしいことだし、もう1つ、あたかも日本軍に協力してほしいということになるから言えない。言えない中で鬱々と生きてきた人達が、時代が変わって歳もとり、若い頃には言えなかったけれども、このままでは死んでも死にきれないという思いがだんだん強まる。そういう時に言い出した。それを、朝日新聞だけではなく、そのことを拾い上げて、これは何とかしなければいけないという…そういう問題だったと思うんですよ。だから、河野談話は良く読めば、非常に良くできていて、いわゆる吉田清治のような強制連行を認めたわけではないけれども、総じてあの時代日本が圧倒的な支配をしていたわけだから、そういう力関係の中でそういう女性を集めていった。そういうことに従事させた。そのことについての深い反省とお詫びをしたということで、これを何かいい加減にするというのは、私は間違っているのではないかと。だから、吉田証言を取り消すことと、河野談話がしっかりしたものであることはちっとも矛盾しないことなので、むしろ朝日新聞がこれをハッキリさせたことによって、切り分けて、これから河野談話の路線でもう1度、韓国としっかり向きあう。韓国政府も相当いい加減だと私も思いますよ。河野談話も最初は歓迎していたんだから。ただ、ここまでこじれちゃったわけだし、国際社会の目もあるわけだから、もう1度、両国政府がきちんと話しあって、日韓条約50年でもあるし、戦後70年でもある。この年に解決しましょうというのが…櫻井さんのような方が音頭をとっていっていただくのが1番いいと思いますけれど」
櫻井氏
「河野談話のことについておっしゃいましたけれども、河野談話には確かに強制連行という言葉は入っていないですよ。しかし、河野談話を発表したあとに、河野さんが記者会見に臨んでいるんですね。そこでどこの社の記者か知りませんけれど、これは強制制を認めるということでいいんですね、強制連行があったということでいいんですね?と言ったら、はい、それで結構です、という答えをしているんです。そこが強制連行ということの根拠になっているのであって、河野談話そのものを見ると、私は随分これには変なこともたくさん書いてあると思いますが、確かに若宮さんがおっしゃったように強制連行ということはないです。しかし、河野談話のあとの記者会見も含め、河野さんが強制連行を認めたという印象ができてしまったし、またそのことをクエスチョンアンサーで認めてしまったということが1つですね。それから、若宮さんがおっしゃったように、私達日本人の側から強制連行ではなかったと言えば、韓国は数多反発して、お互いにその両極端の論になる。日本側には女性に対する同情心はないんだと言うんですけれど、それは間違いですよ。日本人のおよそ全てが、保守の人も含めてですけれど、本当に気の毒な状況の中に女性達はいたんだと。その女性達の大半、6割ぐらいは日本人ですね。本当にクソのような時代があったんだなと。こんなことは繰り返してはいけないということを万人が思っていると思います。だから、女性に対して反発を感じているということではないと思います。もし反発があるとしたら、謂れなき強制連行ということを言われているということだと思うんです。強制連行したでしょう。セックススレイブにしたでしょうと。でも、そんなことを言われれば、いや強制連行ではありませんと言わざるを得ない。セックススレイブでしょうと言われれば、いや、そうではありません、きちんとしたある種の契約があったんですよと言わざるを得ない。しかし、このことを言うということと、女性達が気の毒だと思わないということは同義ではないですよ」

戦後70年  日本の姿勢と選択
若宮氏
「河野さんが、河野談話を発表したあとの記者会見で、強制連行ということですかという質問に対して、そう捉えていただいて結構です、と言ったというのが問題だと。そこだけを捉えれば、ちょっと誤解を招く。ただ、河野さんはそのあとの質疑で、いや、強制連行というのは物理的な強制と精神的な強制と2つあるんだということを言っているんです。だから、つまり、狭義、広義がちょうどぶつかるんだけれど、甘言を弄したとか、事実上脅しがあって、それで連れて行ったようなもの。行かざるを得なくて…」
反町キャスター
「地元業者がやったのではないかという話もありましたよね?」
若宮氏
「そうです。それは、私も、韓国もそこのところはもうちょっと真摯にみた方がいいと思うんです。ただ、そういう大きな植民地時代、総督府があって、その中で集めろという中で集めているわけだから、そういう構図で総じて日本の責任は免れないだろうと。法的という意味ではないですよ。精神的な強制性」
反町キャスター
「慰安婦問題において、日本が負うべき責任というのは何ですか?時代背景の話ですか?」
若宮氏
「時代背景、それはそうですよ。日本が日本人として…」
反町キャスター
「それは植民地支配というものに対する反省の1つの柱みたいな理解でよろしいですか?」
若宮氏
「そうでしょうね。櫻井さんは、女性の問題にすり替えていると言うけれども、すり替えてはいないと思いますよ。私が全部責任を持っているわけではないけれど、すり替えているわけではなくて、加わっているんであって、当時の植民地時代下の状況で本人の意に反して、行かざるを得なかったということを問題にしているので、もちろん、女性の問題でもありますけれども、国際的には女性の人権として捉えられているから、それは加味しているかもしれないけれど、すり替えているというのはおかしいと思いました」
櫻井氏
「少し時間を遡って、朝日新聞がどのような報道をしたかということを全体像で見るという必要があると思うんですね。1992年、宮沢さんが訪韓する前、1週間程前に、先ほどの軍関与というのがおどろおどろしく出ました。その中で8万人から20万人のほとんどが朝鮮半島の人で、強制的に連れて行ったということが書かれていました。その時に、外政審議室がどういう反応をしたのか。これは蜂の巣を突ついたかのような騒ぎになっているんですね。その日の夕刊でも、続報を出して朝刊でバーン、夕刊でバーンと出して、日本政府を追いつめていっているわけですよ。私が追いつめていっていると言っているのではなくて、朝日新聞100年史の振り返りのところがあるんですけれども、その中で我々は政府を動かしたと書いてあるわけですね。つまり、朝日新聞は極めて、これは政治的な意図を持って宮沢政権にこれを謝らせる…。1週間後に韓国を訪問した宮沢総理は8回も謝っているんですよ、首脳会談の中でですけれど、それで8回も謝らせるようなことをして、それが1992年です。1993年、宮沢政権退陣ですよね。退陣の前の日に、最後の最後のところで河野さんが談話を出して、あの記者会見をした。本当に、最後に後ろ足で砂をかけるような形で、あの談話を出された(という)印象を持たれても仕方ないような状況の中で出したんですね」
若宮氏
「それは後ろ足に砂を、ではないでしょう。自分達の責任の最後だから、決着をつけてね」
櫻井氏
「私が先ほどのような失礼な言い方を使った理由を申し上げますと、河野談話の元になったと言われた16人の女性達、韓国の慰安婦だったという人達の証言があるんです。それを見ると、慰安所がなかったところで働いていたと書いている人達も何人かいたとか、突き詰めて言うと、本当にどれだけきちんとした証言かわかりません。中には辛い思いをした方もいて私は本当にそれは気の毒だと思いますけれども、16人の証言を聞いた石原信雄さんも言っていますよね。我々はこれを検証することは許されなかったんだと。本当はこれを聞かなければいけなかったんだと。あの時、政府は16人の証言にもとづいて、河野さんも言っていましたし、いろんな女性の証言がありますとおっしゃっていますよね。でも、現在になって調べてみると、16人の方の聞き取りというのは、ほんの付け足しの形だった。その前にほとんど決まっていたわけです、日本と韓国政府の間で」
若宮氏
「これは、私も内情を聞いているけれども、形をつけたと言うと言い過ぎだけども、本人達の証言を聞こうという。それをしなければ済まない。その前に結論が出ていたというのは政府が持っている資料、あるいは外国、アメリカが押さえている資料、そういうものを検討した結果つくったということですよ。逆に言えば、お婆さん達の証言は感情的なものもあるだろうし、記憶が曖昧なものもあるだろうから。だから、それを談話に反映していないですよ、実は。だけど、本人から聞くことは大事だから、それは聞きましょうと。だから、使える部分はもちろん…日本の残っているものと、証言してもおかしくない部分はもちろん、使っているけれども、はみ出す部分は使っていないですよ、まったく。だから、そのことをもって予めできていたから、けしからんと言うのはおかしいと思うんです」
櫻井氏
「政府は全面的に情報公開をすべきだと思うんですよ、慰安婦の人達の証言も。名前は伏せてもいいですよ。それと、もう1つは、この問題について朝日新聞が、自分達がどういう役割を果たしたかということを、今の話を伺っても、過小評価していると言いますか、リーディングペーパーとしてどれだけの報道をして、どれだけの意図を持って、政府を動かしたというようになったのかということを、メディアとしてきちんと自ら検証していただかないと、朝日(新聞)はまたおそらく同じような問題を起こすと思いますよ。日本についての評判を意図的かどうかわかりませんけれど、落とすことになると思いますよ」
若宮氏
「河野談話の路線で日本が毅然としていれば諸外国は、潔い国だと認めるんですよ。この河野談話を今更やめようとか、書き変えようという声がいっぱい出てくるから、あれ?日本はおかしいということになるので、だから、確かに、オーバーに言われていることはありますよ、その部分は反論すればいいんですよ。反論すればいいけれども、河野談話を書き変える必要はない。政府が検証して、間違いないとお墨付きも出たのだから、これに依拠して、これにはみだす部分について、明らかに違うところはどんどん反論していけばいいことで、河野談話を揺るがします、と言った途端に、諸外国は日本を信用しなくなるんですよ」

ジャーナリスト 櫻井よしこ氏の提言:『活発なメディアの相互批判を』
櫻井氏
「これまでも読売新聞が朝日新聞を批判したりしたことがありましたけれども、あまりにもお互いに遠慮し過ぎて、言わないことが間違いをそのまま許してしまうということに現実につながってきていますから、もっと活発にお互いに批判をして、いいところはフォローアップするとか、メディアは絶対なものではありませんから、そこを自覚してきちんと批判しあうことが大事かなと思いますね」

若宮啓文 朝日新聞元主筆 日本国際交流センター・シニア・フェローの提言:『柔の国』
若宮氏
「今日、実は慰安婦問題だけではなくて靖国であるとか、安倍談話どうするかということをやるつもりで来たので、こういう提言を用意したんですけれど、日本はソフトパワーをうんと活かす。軟弱だと言って責められる、軟弱はいけないかもしれないけれど、柔軟ではないといけないですよ。頭を柔らかくして、ソフトパワーを使って、中国などはいかに強大な国になっても日本に敵わないのはソフトパワーですから。そういう意味で、自衛隊もソフトパワーの一貫として位置づければいいのではないか。柔の国でありたいと思います」
櫻井氏
「朝日(新聞)も柔軟であってほしいですね」