プライムニュース 毎週月曜~金曜よる8:00~9:55(生放送)

テキストアーカイブ

2014年10月14日(火)
小よく“世界”を制す YKK会長に聞く極意

ゲスト

吉田忠裕
YKK代表取締役会長CEO
大山泰
フジテレビ解説委員

YKK吉田会長に聞く グローバル企業経営の極意
秋元キャスター
「YKKのファスナーをいくつか用意したんですけれども、様々な種類、大きさがあるんですね。この大きいものが、私の手元にもあるんですけれども、かなり見たことのない大きさなのですが、これは何に使うのですか?」
吉田氏
「漁網用に使うファスナーです」
秋元キャスター
「どのようにして使うのですか?」
吉田氏
「引き網の最後の部分とか、結局、閉じたり開いたりというのを、ファスナーでやる方が、生産性が上がるということで、ファスナーが使われるようになりましたね」
反町キャスター
「網の一番おしりの部分にこれを付けておき、引き上げたところで開くと、獲れた魚がドンと落ちると」
吉田氏
「そうです」
秋元キャスター
「YKKが世界で展開をしている事業をちょっとまとめてみていきたいと思うのですが、ファスナーなどのファスニング事業、窓やドアなどのアーキテクチュアルプロダクツというAP事業というのがあるのですが、この2つが中核になっているわけですが、工機というのは何ですか?」
吉田氏
「これは、私どもの強みというのは原材料から完成品まですごく種類あるものを、サイズもいろいろあるものを、全部、私どもでつくる。つくるための、機械装置やらシステムやらあらゆるものを、材料を研究する部門も含めて、私どもが持っているのが強みだと思うんですね。たとえば、テープ。テープというのは糸を織ってテープにするわけですよね。そうすると、その糸を我々がつくっているんですけれども、それは糸屋に任せればいいではないかというのが、昔の通産省からのご指導であったわけで、任せると、できてくるのですが、我々は自動化したいので、つまり、できるだけ糸の長さを長くしたい。ボビンを大きくしたい。その中につなぎ目が1個もない糸をつくりたい。つなぎ目があるというのは結局止まるんですね、つなぎ目で。そうすると、止まった時に人が行って何かをしなければならない。止まらなければ、24時間、あるいはもっと長く、そのまま動くのではないかと」
反町キャスター
「糸から、ないしは鉄から、アルミからずっとファスナーのところまで技術、工作機械があり、ファスナーをつくったり、アルミサッシをつくったりするところまでがありますよね。ファスナーの話で言うんだったら、その先、服をつくってみませんか。YKKの技術をもってして、その糸を、ファスナーの技術で、裁断縫製まで、アパレルまで手を伸ばしていきませんかと。その先の流通までいきませんか。下からここまできたのだから、そこから上の話はないのですか?」
吉田氏
「お客様の利益を考えると、それはできないと。私は、お客様が何を考えているか、このお客様はこういうことを考えていらっしゃる、このお客はこういうことを考えている。お客様同志がコンペティターですから。だいたいがね。その先を考えるので、考えるから違う提案をそれぞれにできる。もちろん、その先をつくっちゃったら、うちが今度はコンペティターになりますから。それは避けて、お客様の利益にならないと」

海外でのファスニング事業
秋元キャスター
「YKKグループは現在、世界6極体制で事業展開をされているんですね。6つのブロックに分かれています。YKKの歴史ですが、ファスナーの海外進出が1959年のニュージーランドが最初で、その後アメリカ、台湾、香港、イギリス、オーストラリア、フランス、ドイツと広がっていきます。この中にない国も含めて、現在は70の国と地域でファスニング事業を展開しているということですけれども」
反町キャスター
「生産物、たとえば、つくった車を輸出して、向こうに持っていって、売りますよね。なぜ、生産拠点を海外につくるところから始めることになったのですか?」
吉田氏
「現在、産業資材的に、いろいろなものにファスナーが使われるのですが、当時、イメージしていたのは衣服、婦人、子供、ファッションですよね。非常にはやいサイクルで、ファッションが移る。そこに要求されるファスナーというのは非常に短い納期で要求される。だいたい、原反という、洋服であれば生地が、先に調達され、それで縫い子さんが縫い始める。あるところまでいったなら、最後の仕上げの部品として、パーツとして、ファスナーを調達する。ファスナーの納期というのは非常に短いですね。その短い納期で、なおかつ価格の問題もある。それと、品質の問題もある。それらを全部クリアしていこうとすると、使っていただける方の傍にいて、提供をしていくということが、本来あるべき筋だろうと」
反町キャスター
「ナショナリズムみたいなものはないのですか?」
吉田氏
「あります。すごくあります」
反町キャスター
「そこは、たとえば、イタリアのブランド、アメリカのブランド。そういうところに、YKKはどうやって入っていったのですか?」
吉田氏
「私も実際、1973、1974年にヨーロッパに行って、ドイツのある会社に売り込みに行ったら、オーナーのお奥様が出て来て、吉田さん、ごめんなさいね、うちはドイツの、何々というブランドを昔から使っていて、今あなたが売りに来たからといって、あなたのものに変えるわけにはいかない。わかってねとおっしゃるから、わかりましたと。それで引き下がってくるのですが、もっと興味のある、魅力のあるものを提供したら、その時はテーブルにのっけてくださいと言い残して。引き下がるわけですよね。次の機会を待つと。あそこはこういうものを使っていて、それに対して、同等のものを提供してもダメだから、全く違うものを提供しようと言って出すわけですよね。同じことをいろいろな業界。それこそ、もう名前を出していいと思うけれど、ルイ・ヴィトンさんなんかもそうだし」
反町キャスター
「ヴィトンも最初は、その国のファスナーを使っていた?」
吉田氏
「そうですね。使っていたのだけれども、ヴィトンほどの鞄メーカーであれば、ファスナーも高級な良いものでなければいけないのではないか、それでそういうファスナーをつくったわけですよ。それは結構大変な思いをして。ファスナーって皮製品を、高級鞄ですと、非常に、銅合金で、シャイニーで、きれいなものが要求されるんですね」
反町キャスター
「それに女性は弱い?」
吉田氏
「女性かどうかはわかりませんが…男も弱いと思うんですよ。それで我々はどうしたかというと、銅の芯線のワイヤーをチョップし、機械の中で切り刻みながら、むし(糸)をつくりながら、自動的に植え付けていくわけです。でも、植え付けられたむしを見れば、それはカットされた部分がそのままになっていて、植え付けられているわけですね。あるところは表面処理をされているんですけれども、あるところはカットされたままで、生地がそのまま残って、これで光沢が違ってくるので、それでどうしたかというと先にカットして、それで1個、1個の小さなむしを全部表面処理して、それから、整列をして、植えていくんですね。これはお金かかりますよ、誰が考えても。不合理です。でも、それをやると実にきれいなファスナーになるわけですよ。それを先方にお見せしたら、これは良いと言ってくださって、採用になったと」
大山解説委員
「多様でスピードのある、必要なお客様へのニーズに対応するにはいかに現地で、近いところでやらなければいけないからという話。先代の吉田社長はずっと海外展開してきたように、必ず海外に行く社員なりに土地っ子になれと言ったと聞いています。その話も聞きたいのと、よくグローバル展開している企業だと、現地のニーズに機動的にきめ細かく合わせるのは、現地の経営陣は、全て現地、国の方なのか、民族の方なのか、そういう方が(経営を)するべきだという議論が、なかなかグローバル展開する、現在の日本の企業でいろいろな迷いがあるかと思うのですが、YKKの場合はいかがでしょうか?」
吉田氏
「先代が土地っ子になれと言ったのは、主にたぶん製造工場ですか、そこに技術者として行く。行くと日本人ですから、それも富山県ですから、富山を思い出しながら、何か仕事をする。非常に現地の人との融合とか、コミュニケーションとかに時間がかかるんですよね。1回、日本を忘れろと。そこで生まれたと思え、そこで生まれたと思えと言うんですね。もちろん、それは営業の人にもそうですけれども、管理の人もそうですけれども、とにかく技術者を、特に富山から行った技術者にはいつもそう言っていました。そうすると自分達だけで仕事をしているわけではないので、彼らも一体になって協力しながら、技術案を、いろんな案を出してくれる。変な話ですが、いろいろな社会的な問題が起こることもある。実際に、吉田忠雄はそういう経験をしているんですけれども、その時にその国の人が君をかばってくれるような、守ってくれるような関係に早くなっていないと、君は外国に行って、日本の話ばかりしたり、日本食を食べたり、そんなことばかりでは、それこそコミュニケーションできないし、愛情、信頼関係も培われないよという意味で言っていたと思うんですね。でも、その意味で、今度は誰に対してでも、会社の社員に対し、どこへ行こうが同じことを言うわけですよ。なかなか外国の人が違う国へ行って、仕事をしていただけるという状態は随分長い間、生まれませんでしたけれども、結局は、日本人が行ってやるということになりましたけれども、その日本人が、うちの場合は長くいるんですね。ある国に(行って)2、3年で帰ってくるとか、ローテーションで帰るということをしませんので」
反町キャスター
「何年ぐらい行かせるのですか?」
吉田氏
「私は、現在は20年いても長いとは言わないです。20年が1番長いと言わないです。長いのはもっと長い人がいます。実際、私、4、5日前イタリアから帰ってきましたが、イタリアのある工場で、現在定年を迎えようとしている男の人が『実は、私はYKKに入って37年。イタリアに36年いました。今年末に定年を迎えるのでリタイアするけれども、イタリアでこれからも生活します』と言っているんですよね。そういうふうになったら、その人はイタリア人なのか、日本人なのかと言ったら、もう半分以上イタリア人ですよ。イタリア人との間でかなりコミュニケーションができる。それは特殊ですけれども、10年、15年は最低必要でしょうね」
秋元キャスター
「結構、社員も覚悟が要りますよね」
吉田氏
「ええ、うちに来る人はだいたい覚悟してきていると思います」
大山フジテレビ解説委員
「そうすると、現在グループで71か国、地域。現地の経営陣というか、幹部は皆さん、ほぼ日本人ですか?現地の方はいらっしゃらない?」
吉田氏
「ということではないんですけれども、私は、日本人の数は現地人の数の5%以内にしてくれという指標を出しているんですね。だから、100人だったら5人以内というような指標を出していて。そうでないと日本人ばかりで、それも給料が高い日本人が、現地人の何十人分を食ってしまうというのはよくないと。それよりも、現地人を早く育てて、現地人化しようと現在やっているわけです。それが随分長い間やっていますから、だいぶローカルの人が成長しました。ローカルで、社長になっている人もかなり出てきました」

中国でのファスニング事業
秋元キャスター
「1992年に中国に進出しているのですが、年表を見ますと、中国に至るまで、かなり遅いというか、時間がかかっているのかなという印象です。なぜ1992年まで進出しなかったのですか?」
吉田氏
「私どもも、中国は非常に大きなマーケットとして成長しているし、早くから行きたいという気持ちを持っていたのですが、中国で生活し事業の体験を唯一持っている先代の吉田忠雄社長がまだ早いと。そうすると、現地での事業体験を持っている唯一の人ですから、我々がこう言ってもなかなか許していただけなくて、いつまで待てばいいんだという話になったら、ある状況が整ったらと。ある状況というのはどういうことかと。あとでわかるんですけれども、社会が安定して、我々が事業活動することがスムーズに認められるような社会になったらということだと思うんです。我々は最後のバスにとにかく乗ろうと。ただ、わからないんですよ。何が最後のバスかとか、どういう状況になったら、本当に最後のバスと言えるのかがわからなかったものですから、私どもからすれば、とにかくそういうことを合い言葉にしていました。天安門事件が起こったあとに、その前から中国に進出していらっしゃった会社もあるんだけれども、あれが起こったあとで、吉田忠雄は、これで中国が変わるなと感じたということですね。それで、いろいろ中国に対する、ある意味では考え方が少し柔軟になった。と同時に、当時、中国から入ってきた情報では、非常に偽物がさかんにつくられて売られていた、YKKのブランドが付いた偽者が。それで、私どもの特許というか、法務部の特許担当の人が調査に行ったら、帰ってきての一言目が、『中国はすごいです。全部YKKでした』と、こう言うんです。何を言っているんだという話になって、これは大変だというので中国へ出ようということに決めた」
反町キャスター
「偽物撲滅運動はどのように展開していったのですか?」
吉田氏
「その前に、記者会見を、初めて工場をつくりましたからやったんですね。新聞記者の方がたくさんいらっしゃって、手を挙げて質問をされて、YKKさんは有名ですからいいですねと。なぜならばたくさんYKKが付いていますからと。ちょっと待ってくださいと。これが最初の工場のオープニングなので、付いているわけがないんですと。だから、それは全部偽物ですと言ったら、記者の方がびっくりしていて、それから、新聞記者の人達にも偽物に対してどうするのかというのは関心を持っていただいたし、役所も大変だと。このままメディアに載っていってしまったら大変なことになると。すぐには動かなったんですけれども、役所がかなりしっかりと動いてくださって、偽物の捕り物をしょっちゅうやっていただいたと。ある場所に行き、YKKのファスナーができ上がったものを押収するとか、型を押収するとか、今回は100万本、今回は50万本みたいな単位でやっていただくと。それは感謝申し上げるんだけれども、結局それだけではダメで、そのあとに、私どもに馳名商標という特別な権利を与えていただいて、中国国内の。馳名商標という権利を与えていただいて、これをいただくと非常に取り締まりの方もしやすいし、それから、そういうことをやってはいけないということを、皆わかっていますので、すぐ捕まるということがわかりますので、だんだん減っていったと。(偽物の)YKKというブランドの付いたファスナーがだんだんなくなっていくのですが、似たような恰好のファスナーは、依然出ているんですね。出ているのですが、少なくとも、大きな進展であったと思うんですね。私どもは、あとはYKKの真正のファスナーをとにかく提供をすることが一番の、いわゆる偽物撲滅に効果的なので、真正YKKを提供する努力をするわけです。結局、彼らというのは、どういうところにYKKが使われているかというと、欧米の衣服に、欧米メーカーの加工、輸出のところに、YKKがもともと付いていたわけだから、そこにYKKがちゃんと付くということが一番うれしいと。ですから、我々の最初の狙いというのは、とにかく、どんどん提供して、その加工・輸出用にYKKのファスナーを買っていただくと。そのことも役所も大変好ましいことだと思うし、そういう状態を役所もわかっていたので、実は、私どもに独資、つまり、大きな戦略的な事業に対しては合弁というか…」
反町キャスター
「独資、単独資本ですね?」
吉田氏
「単独資本を許してくれて、我々は100%の会社をつくって、製造、販売を…」
反町キャスター
「それは極めて珍しいケースではないですか?」
吉田氏
「極めて珍しいです」
反町キャスター
「中国51、日本49とか、中国の合弁というのが前提条件だったですよね」
吉田氏
「それは他でもなく、ファスナーというのは完成した製品の、商品の、アパレルの原価の数%のものだし、それで、たとえば、変な部品が付いていたということでミソをつけてはいけないという役所の思いもあって、欧米でつくっていた衣服を中国にシフトし、中国でつくるようになった。そこでもちゃんとYKKが付いているということが彼らの信用、中国で縫製する信用になったと。ところが、そこに偽物のYKKが付いていたということになると、それを政府が取り締まらずに放置しておくということになると、いろいろな問題が生じると。なので、私どもに対しては非常に協力的な、いろいろなことを逆に提案していただいて、我々はやっていったと。ですから、我々とすれば中国での縫製作業が、加工輸出ですけれども、輸出できるものに精一杯、真正YKKを提供することに、我々は責任を感じながら仕事をしていたと。だから、ちょっと他の進出したケースとは違うんだろうと思うんです」
反町キャスター
「もっとつくれと。たとえば、中国におけるYKKのシェアがどんどん増えていっても何も文句は言われないですか?」
吉田氏
「私は毎年、北京に行って、商務省のトップとか、あるいは女性で呉儀副総理がいらっしゃれば、必ずお会いしていて、お会いすると、必ず一番上の方は何%のシェアになったかと、中国国内で。我々は一応計算していますので、このぐらいだと思うと言ってお話をすると。それが、10%、12%、14%、現在でも15%程度だと思いますけれど、そのくらい。そのくらいというのは結局、トップ層の加工輸出の部分はYKKがちゃんと付いて出ていくという。それが、もし、何倍にもなったりすると話は違うだろうなと。中国にも、たくさんファスナーメーカーがあって、世界のたぶん3分の2近くの数量を、中国の中でつくっていますし、そことのバッティングも含めると、そこは内需を中心にやっていますから、加工輸出ではないですよね。そういうところがたぶんYKKの偽物をつくって、提供をしていたんだろうけれども、これをはやく真正YKKにしないと、その先々で大変な問題が起こる。それは単に一企業の訴訟問題ではなく、国の威信にかけてこのへんを変えないと大変だという話だと思うんですけれどね」

“窓”事業から見る日本の現状
秋元キャスター
「AP事業では、具体的に現在どういう窓をつくっているのでしょうか?」
吉田氏
「現在力を入れているのは樹脂のガラスで複層、もしくはトリプルの入った非常に断熱性、あるいは遮熱性の高い窓ですね」
秋元キャスター
「スカイツリーの展望台も?」
吉田氏
「あれはビル用の話になるのですが、住宅用ではなく。あれも私どもでやらせていただきました。あの仕事はシンガポールに超高層の特殊な建物に対応する会社を私どもで2008年につくりまして、そこがそういう建物をどんどん手がけているのですが、その中の1つにスカイツリーがあるんですよね。ただ、実際にはシンガポール本社のYKK APファサード社というところでやりましたけれど、設計と製造は日本と中国でやって、全体のまとめというか、受注から展開はシンガポールでやりました」
反町キャスター
「東京発ではなく、シンガポール発のものを持ってきていますが、もともとそういう狙いでシンガポールに立てたのですか?」
吉田氏
「そういう狙いをもってシンガポールに会社をつくったのです」
反町キャスター
「窓と言うと、フレームとガラスからなっていますよね?」
吉田氏
「フレームとガラスを足すと窓でしょうと言う人がいますが、窓というのはいろいろな機能、性能があります。それから、もちろんデザインもありますし、場所によって違うし、それから、窓というのは、B to Bの商売だと私は思っているので、最後はB to B to Cかもしれないですが、住宅に限っては。でも、B to Bの商売だと思っていますのでBの方とどう対応するか。このへんの話になるとファスナーの話と非常に似てくるんですね。我々はパーツ、コンポーネントビジネスだとファスナーを思っていて、窓もあるいはサッシも、カーテンウォールもビルのコンポーネントだと。我々はコンシューマーグッズをつくって売っているわけではない。あくまでもコンポーネントを誰かに売っている、Bの方に売っている。住宅の場合にもBの方に売って、それがCの方に届くわけです。そういう意味では、非常にファスナーと窓のAPの事業というのは、全く違う分野だけれども、私から見ると非常に似たビジネスの形態であることは間違いない」
反町キャスター
「サッシメーカーはいろいろありますが、そこに新規参入した形になるのですか?新たなマーケットをつくろうとしていったのですか?」
吉田氏
「日本のサッシメーカーは6、7社ありましたが、それにガラスメーカーが基本的には3社あって、窓をつくっている会社は国の中に3万、4万店。店のレベルでそれを組み立てて窓にしていた。そういうところに売る事業として、サッシメーカーがあり、ガラスメーカーがあったと。そこからどう進化するといったならば、窓を進化させようとすると、サッシとガラスを調達し、組み立てるだけではなかなか窓の性能が得られない。それだけ開口部に求められる要求が高まっていますし、他のところはあまり変更はできないのですが、開口部から熱エネルギーが出てしまう、入ってきてしまうと。だから、この開口部をどうコントロールするのか、エネルギー問題では大変重要な問題です。そういうことを考えると窓を高度化しなければいけない。ヨーロッパのドイツでフェンスター・バウ(窓と建築展)が2年に1回開かれるのですが、2年ごとに行っているんですけど、一昨年あたりから全て樹脂の窓になりました。それは性能を要求しようとすると、アルミというわけにいかない。木でも到達できない。それで、樹脂になってきた。見事に樹脂になってきたんですよ。日本はずっと加工しやすいアルミを使って、アルミでサッシをつくって提供していた、加工しやすいんです。ガラスも1枚ガラスでカットし寸法を合わせた。でも、今度は複層ガラスになると全部シールされているし、3層になると、とてもではないけれども、そんなことはしていられなくなるので、町のアセンブラーをしていた方達は大変ご苦労をされていると思います。それで我々はその方達をサポートする意味も含めて、我々が窓をつくりますよと。これまで供給していた皆さんにいろいろお話をしてサポートを始めるのですが、最初は本当に叱られ、おまえは俺達の仕事を取り上げるのかと散々言われましたし、それでも皆さんがつくれないものを我々がつくって提供しますから、皆さんもお使いくださいと。ただ、皆さんが必要な部材も、我々から色々な部材を提供しますからと言って、現在はYKK APの中に、サッシビジネスと、サッシビジネスと言うのは拡大すると、ガラスを売るビジネス、機能部品を売るビジネス、フレームを売るビジネス、これらを総称してサッシビジネスと言っているのですが、それと窓のビジネスという構成に現在なっています。やがては窓が主流になってくるだろうと思うんです」

独自の経営スタンス
秋元キャスター
「YKKは71の国と地域に事業を展開して、従業員数もおよそ4万人と大規模な会社でありながら、上場していないですね。この上場していない理由とは何なのでしょうか?」
吉田氏
「これは吉田忠雄(創業者・忠裕氏の父)が最初から考えていたことですけれど、上場したくない、する必要がない、それでも事業はできるはずだと。結局株式に対する考え方ですね。株というのは事業への参加証だと。だから、株を持つ人は良い時も、悪い時も、あるいは長期的に参加してもらいたいんだと。それなのに実は上場するということは、資金を集めたりするにはいいんですけれども、それは金融機関がいらっしゃって、ちゃんと成果の出る経営を行えば貸していただけるのだから、あとは利息を払うぐらいの甲斐性がないと事業は展開できないはずだから、利息を払えばいいではないか。それと上場とは違うのだと。だから、お金はいくらでも借りられるということをいつも言っているんですよ。そういう中で事業の参加証としての株を皆で持とう。持っても儲ったら、使ってしまうのではなく、再投資していこうと。最初は貯蓄をして、それを投資にまわそうというところからスタートしていますから、皆その苦労を知っていますので、上場ということをする必要はないと思っているんですね」
反町キャスター
「株式はどうなっているのですか?」
吉田氏
「元社員と、そのあとにつくった従業員持ち株会で持っています、ほとんど」
反町キャスター
「それで全部終わっているのですか?」
吉田氏
「もちろん、金融機関の方達や、昔から関係があっていろいろサポートしていただいた方達。基本的にはそれで全部ですよ」
反町キャスター
「社員持ち株会に対しては配当するのですか?」
吉田氏
「もちろん、しますよ。社員持ち株会に対しては、昔、吉田忠雄の時代はずっと(配当性向は)18%。額面1万円とすると1800円の配当。これは誰から見ても魅力的ですよね。ただし、その株をどうやって買うのかというと、会社の中で働いて、貯めて、給料やら、ボーナスやら、そういうものから捻出してしか買えないです。家に金があるから、持ってきて買いたいと言ってもそれは認めない。全員フェアじゃないと。何年か経ったら置いていってくれと、次の人に」
反町キャスター
「退社する時に?」
吉田氏
「その時も1万円。そうすると、キャピタルゲインがないですよね。近年の人はキャピタルゲインがないのはおかしいと言い始めてね。いつかやがて上場するのではないかと思っている」
大山解説委員
「現在、非上場ですけれども、1時間30分、この番組を見て、吉田会長の話を聞いたら、これだけ技術力があって、グローバル展開で現地対応でも成功して、発展している会社が一気に上場したら、お金も集まるし、企業価値も高まる、もちろん、創業家の資産はすごく、今週も大きい上場があるみたいですけれども、従業員も一気に資産も増えてますますやる気になるのではないかという考えを持った方もいらっしゃると思うんです。これだけグローバル展開をして、シェアもかなりある。ファスナーの需要は世界的にほぼ永久的にある中で、上場した資金でいろんな世界中の同業を買収して、もっと発展しようというような考えをちょっとぐらいは持ったりしないのでしょうか?」
吉田氏
「ないですね。少なくとも吉田忠雄と一緒に働いてきた人達は、そういう発想にはなれないですよね。自分達でつくり上げようとして、つくってきているので、技術者は技術者として、営業は営業として、皆このシステムの中で展開しているので、これを我々は善の循環のシステムと言っているんですけれども、そうなると、なかなか…誰かがポンと高く売るのか、株をと。それこそ創業家が高く売るのかと。それは言っていることと、やっていることが違ってきて、我々は株で儲けようとしていないですよね。株は事業への参加証だと思って、その中で一緒に利益を生み出して再投資していこうということをしているので、そう言う意味では、昔よく吉田忠雄が言っていたんですけれども、上場したら、私はすごく儲ると。だけど、あとの人達はどうなるんだと。事業に参加している人達は。だから、それはやはり永遠に続くような仕組みを考えてくれと言うので、従業員持株会をつくって、株がどんどん循環するように。従業員持株会が筆頭株主ですから。そこで取締役を選び、大きな決定に参加していく」
反町キャスター
「日本型経営というのはいかがですか?終身雇用とか、年功賃金とか」
吉田氏
「私は嫌だと言ってやめているんです。年功はいらない。終身はあってもいいと、結果として終身はあってもいい。年功序列とか、そういうのはいらない。だから、定年制も廃止してくれと言っているんですけれども、これを怒る人がいるんだけれども、我が社の人事部はなかなかすぐには廃止にできませんと言うので、ずっと我慢してきましたが、近年だんだんそういう傾向が社会(的に)も強まってきたので定年制は廃止しようという方向に現在、向かっています。全員が働くのが、何が悪いんだと、元気ならば。誰かが働かないのに搾取するという方が嫌ですよね」

吉田忠裕 YKK代表取締役会長CEOの提言:『Technology Oriental Value Creation』
吉田氏
「つまり、Value Creationというのは、最近、私どもも企業価値とか、商品価値とか、いろんな価値を高めようと言っていますけれど、Technology OrientalというところがYKKらしいところであって、Technology でValue Creationをしていこうと。これは、永遠にどこにいてもYKKグループのメンバーであれば、どの事業に従事していても、それが重要だと」