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2014年9月11日(木)
『吉田調書』公開と波紋 福島原発事故の真実は

ゲスト

福山哲郎
元内閣官房副長官 民主党参議院議員
門田隆将
ジャーナリスト
吉岡斉
元政府事故調査委員会委員
柴木友和
フジテレビ社会部原発担当

福島原発事故 あの時何が 吉田調書とは何か
島田キャスター
「あらためて今日公開された吉田調書とは何なのか。ここで説明をしていきたいと思います。吉田調書とは、福島第1原子力発電所の事故で、政府の事故調査・検証委員会が、当時の所長でありました吉田昌郎氏から当時の状況を聞いた聴取記録です。聴取時間は延べ29時間16分。計13回ですね。期間としては2011年7月22日から11月16日です。事務局に出向していた検事が聴取役を務めました。まず原発事故発生当時から、原発事故について取材を続けていた柴木記者に聞きます。吉田調書のポイントは何ですか」
柴木氏
「現場で陣頭指揮に当たっていた吉田所長ですけれど、事故が進展するに従って、何をすべきか。線量が上がる中で、作業員を現場に行かせるのかどうかという難しい判断を何度も迫られました。どのように判断をして、どのように感じたのかということを聴き取ったものをまとめた調書ですね。読んだ感想で、一番ほとんどの人が感じたと思うんですけれども、特に、官邸や東電本店。こういったものに対する不信感がかなり強いというのがあります。特に、菅総理をはじめとします関係者には厳しい批判、が多数あるのが一番の特徴です。こういった過激な発言があったのは、なぜかということですけれども、吉田さんのはっきりモノを言う人柄というのもあるのかもしれませんが、関係者の責任追及を目的としたものではないということもあります。もともと調書が非公開とされていたことも、こういった背景にあるのかと思っています」
島田キャスター
「門田さんはあらためて、読んでいると思うんですけれど、あらためて全文読まれてみてどんなことを感じられましたか?」
門田氏
「8月の頭に全文を読んだんです。新聞社が手に入れた段階で。私に、これを読んで感想を寄稿してくれと言われたんですけれど。その時に、これは400ページに及ぶものですから、すごい量で、本当に徹夜で読みましたけれども、背筋が寒くなりましたね。要するに、いかにすさまじい戦いだったのかということ。自分自身、吉田さんからお話を聞いて、本を書いたんですけれど、その時のことを思い出しながら、すごく怖くなりました。すさまじい現場の戦いですよね。その中で、さらに、様々な壁がいくつもできてくるわけだけれども、事故と戦いながら、実は東電本店とも戦っていたと。それから、官邸とも戦って、怒りをあらわにしているわけですね。私は自分の本の中で、現場が東電本店に対しても戦っていたという意味のことを、書いてあるのですが、そのことが、この調書にも良く出ていて、私は本当に震えながら読みました」
島田キャスター
「吉田さんご自身は、この公開を望んでいなかったということですが」
門田氏
「私に対しても、こう言っていたんです。門田さん、自分に昼夜がないわけです。免震重要棟の緊急時対策室だから、窓もないですから、それで、複数の号機が、こちらが良くなれば、こちらが(悪くなる)。そうすると、彼は寝ていないわけです。人間は一昼夜寝ていない場合、どうなるかと言ったら、太陽が黄色く見えるぐらいになるけれども、太陽が見えないところにいて、ずっとその状態が続いているわけです。それで、彼らはどう休みをとっていたかというと、何もなければ、たとえば、午前3時まで、1時間後まで何も呼びかけあわないようにしましょうと。それで、こういうふうに突っ伏して、寝るというか休むというぐらい。そういう過酷なものがずっと続いていって、3月15日に問題のところが来ているわけですから。吉田さんが時間の観念。これが2号機の時で、4号機になって、こうなってと言っているのが、どのくらい自分の記憶が正しいのか。関係者に当たってくれと。そして、1つ1つ、俺の話の裏をとってくれ。それで現場の話をきちんと後世に残してくれと、こう言われたんです。だから、彼自身は自分の発言が全てだと思っていないわけです。自分の記憶が不確かな部分とか、そういう時間が混沌としているから、それをきちんと精査して」
島田キャスター
「ある意味、時系列の部分は自信がないと」
門田氏
「うん。それをやってくれということを言って。だから、自分の言葉だけが独り歩きすることをすごく警戒していたというか、それは困るということを言っていて。それを上申書という形で、政府事故調に対しても、こういう会話をやめてくれ、これをきちんと検証してくれという意味の上申書を出しているわけですけれども、それを私に対しても同じことを言いましたので。よく彼の気持ちはわかりますね」
反町キャスター
「そうすると、今回の吉田調書にあわせて、何人か、政治家も含めて、調書が公開されているのですが、吉田さんの思いに沿うためには全てを公開した方がいいということになりますか」
門田氏
「そうですね。これは全て公開すると、七百何十になりますからね。ものすごいものですけれども、今回の場合は、公の方々ですので、福山さんも含めて、公の方、政府の関係の方。そういう方々はこれは大丈夫だろうということで、ご本人に1人1人、確認をとって、今回、公開したわけですけれど、1つ、吉田さんのものだけが公開されるよりも、私は広く他の方が、今回、公開されていますので、これは良かったなと考えています」

海水注入をめぐり何が
島田キャスター
「福島原発事故の経緯をおさらいしておきたいと思います」
柴木氏
「3月11日、2011年です、2時46分に震災が発生し、その後、午後3時37分に津波の第一波だと思いますが、到達し、電源を喪失します。さらに、そのあと、交流電源以外、直流電源も喪失して、全電源喪失の事故となって発展していき、さらに、原子炉の冷却もできない事態となり、原子力燃料もメルトダウンして、水素爆発が発生するという、シビアアクシデントに発生していきます。そういった中で吉田所長が特に作業で重視していたのは、ベント、そして、注水ですけれども、注水は吉田さんは調書の中でもとにかく水がほしいと何度も言っていたんですけれど。やがて淡水、普通の水が枯渇してしまって、海水注入を判断するということになっていきます」
島田キャスター
「海水注入に関する官邸、東京電力本社、本店からの指示について吉田元所長は『官邸では、まだ海水注入は了解していないと。だから、海水注入は停止しろという指示でした。雑音です。それを止めろだとか、何だかんだというのは、全部雑音です。私にとってはですね。ただ、私はもうこの時点で水をなくすなんていうこと、注水を停止するなんて毛頭考えていませんでしたから。担当者には、中止命令はするけれども、絶対中止してはダメだという指示をし、それで本店には中止したという報告をしたということです』と言っています。福山さん、ここでは官邸が停止を指示したとなっているのですが、証言として。事実関係として停止は指示したのですか?」
福山議員
「これは、官邸というか、官邸の東電から派遣された、(東電フェローの)武黒さんからの電話ということでした。我々は現在ご説明をいただいた、12日の午前中から、淡水がもうなくなる、どこかの時点で必ず枯渇するということを理解していたので、その時には海水注入しなければいけないことを、ずっと意識をしていました。現実に淡水がなくなるという状況の中で、5時55分、海江田経産大臣から海水注入の指示が出ました。私は、この時には枝野さんと、いわゆる水素爆発の記者会見をしている最中で、水素爆発が起こって、さらには水を入れるという、非常にこれも困難な状況になっていました。海水を入れる時、海水はいつから入るんだと言ったら、現在あそこは地震でガレキとかが、特に水素爆発が起こっていたので、ガレキとかがいっぱいあって、海水からだとそれなりの管とか、ポンプが要ると。その管が本当に生きているのかとか、ポンプが動くのかを確認をしなければいけないので、1時間半から2時間かかったら水が入りますという話だったので、海水を入れるということは塩水ですよね。だから、塩水を入れたら、腐食をしてまずいのではないかとか。再臨界が起こらないのかという確認は、安全委員会の方にお願いをしました。2時間ぐらいそれに準備がかかるからということだったので、お願いをしたのですが、我々からははやく水を入れてほしいと言っていたので、官邸の、いわゆる菅総理や枝野官房長官や私から海水の注水をやめろと指示をしたことは一度もありません」

ベントをめぐって何が
島田キャスター
「もう1点ですが、東電本店とのやりとりについて、海水注入の他にも、ベント、いわゆる原子炉建屋の圧力を下げるために空気を逃がすことを巡って、吉田調書では、このように触れています。『要するにベントなんて極端に言うと、バルブを開くだけなので、バルブを開けばできるじゃないのというような感じですよ。手動でどうなんだというと、線量が高いから入れないというような状況がここから入ってきて、そんなに大変なのかという認識がやっとできあがると、そのへんがまた本店なり、東京に連絡しても、そのへんが伝わらないから、ベントの大変さみたいなものは、この時点でははやくやれというだけの話です。それが本当の現場、中操という現場と、準現場の緊対室と、現場から遠く離れている本店と認識の差が歴然とできてしまっている』とのことです。柴木さん、これどういうことを言っているのですか?」
柴木氏
「事故以降、注水とか、ベントとか、そういった、たとえば、そのために弁を開ける必要があるんですけれど、そういった作業1つとっても、電源がないこと、建屋の中が真っ暗であること。さらに、線量が高いこと。こういったこと全てが、何か1つとってもとても難しいという状況になっているのですが、このことについて、吉田氏は、完璧なプラントでベントするようなイメージで話をされると、むかつくという言い方もしているんです。一方で、官邸や本店からは、現在のコメントにもありましたけれど、様々な指示や注文、問い合わせというのがあったということです」
門田氏
「ベントというのは、世界で初めてのことなので。どういう格好で原子炉建屋に突入するかというと、宇宙遊泳の格好と思ってもらえればいいと思います。タイベックを着て、消防レスキュー隊が炎の中に飛び込む時に耐火服を着ますよね、炎の中で。それを着て、それで、さらにエアマスクセット空気ボンベを背負って、簡単に言えば、宇宙遊泳の格好です。それで飛び込んでいくようなものです。これは命をかけてのもちろん、突入です」
反町キャスター
「吉田さんの調書の中で言っている苛立ちですが、現場のことを知らずに、やれやれと言ってくる。ここの部分は、吉田所長はどういう気持ちだったのか。ここは?」
門田氏
「ベントというものが世界で初めてなわけですね。それで、これはMO弁とAO弁という2つの、MO弁というのは、Mがモーターで電動弁なわけですけれども、それで、AO弁というのは、Aがエアーで空気弁ですが、この2つを開けて初めてベントが成功するんですけれども、真っ暗闇の巨大な原子炉建屋の中に、宇宙遊泳の格好で突入していって、放射能にやられる前に、そこへたどり着いて、MO弁ならば電動ですからそれを手動に切り替えて、要するに、ラッチを噛ませて、これを開度25度に開けないといけない。そういう作業があるわけです。そこにたどり着けるかどうかもわからない。その前に放射能にやられるかもしれないではないですか。それをやいのやいのと、はやくやれ、弁を開けるだけだろうということをどんどん言ってくるものですから、そんな簡単なものではないという意識がここに出ていると思いますね。これは相当な電話が来ていまして、私は、吉田さん本人に電話の口調も教えてもらいましたけれども『おい、吉田、俺だ、武黒だ。海水注入ストップしろ』と。こういう電話がくるわけだけれど、『何でですか』と言ったら、『うるせえ』と。『官邸がぐじゅぐじゅ言っているんだよ』と、すごいやりとりなわけです」

細野氏と現場とのやりとりは
島田キャスター
「吉田さん、官邸との関係について、当時、総理補佐官だった細野豪志さんから『うちの本店から官邸へ行っている人間経由で、何かあったらダイレクトに情報をくれということで、何かあったら向こうが電話する』と。細野さんが官邸に呼ばれている時があります。そういう時に向こうからかかってきて、『現場の状況はどうですかとか、何か異常があった時に、逆にこちらから今こういうことがありましたということを言ったりはしていました。いずれにしても、向こうからも電話がきますし、何かあったら連絡くださいという話があったので、とりあえずそれにのってやっただけです。ずっとおかしいと思っていました』と。これは細野さんと直接吉田さんがお話していたということですか?」
柴木氏
「事故の状況について話すこともあったんですけれども、また、菅さんに代わることもあって、これが4回ぐらいあったと説明しているんです」
島田キャスター
「細野さんの電話で、菅総理がいるからと」
柴木氏
「そうです。官邸側も電話を代わって菅さんが出たりするということもあったということですが、こういった電話についてはずっとおかしいと思っていたというコメントがある通り、信頼関係ができていたかというと、できていなかったと言えると思います」
島田キャスター
「このあたりの吉田さんの思いというのは、どういうことなのでしょうか?」
門田氏
「重要な時に電話が結構あったんです。それで吉田さんは皆に聞かれるとまずいということで、わざわざ廊下に出ていったり、いろいろと周りの耳というか、それを気にしながら、いろいろやったり。それから、菅さんが参与として呼ばれた、東工大のお友達の日比野(靖)さんでしたか、そういう方に電話を途中で代わったり、菅さんのあとで代わって、それで基本的な設計というか、こうやったらどうかということを言われたりとか。それを説明している時間がないんですよ」
島田キャスター
「現場でいろんなことが起きている時」
門田氏
「と言うことが、結構あったので、それで『ずっとおかしいと思っていました』というのは、そういう煩わしさというか、本来は本店が官邸とそれをやればいいのですが、それをダイレクトに対処しなければいけない現場の長の、まさに、その人が、それを全部やらなくてはいけないということになっていたので、これは本当に大変だったなと」
福山議員
「全くおっしゃる通りで、先ほどの話なんですけれども、ベントは2時間後にできると。本店から言われたので、我々は一刻もはやくやってくれと思っていましたから、なぜできていないんだということを言うわけですね。そういったことを繰り返します。そうすると、我々としては実は途中で、本店の方がダイレクトに吉田所長とやっていないのを我々が気づいて、結局、全部本店経由だということがわかったので、伝言ゲームになっているわけです。これでは本当にわからないので、結果としては、細野さんを通じて、直接吉田さんとやらせていただいた方がいいという判断を我々はしました。ただし、菅さんと吉田さんが話をしたのというのは、たぶん、私の記憶でいうと、2回しか見ていないですが、吉田さんは4回と言われていますが、それは1日、2日の4回ではなくて、本当に、結構、この数日間の4回です。吉田調書の中に、菅さんから直接こうしろと指示をもらったことはないですと書いています。細野さんからも指示はないですと書いてあるんです。つまり、武黒さんからとか、東電の中からというようなことが吉田さんの調書にはあるので、我々が本店と東電側に不信感を持っていて、吉田さんに対し非常に信頼感を持って、吉田さんしか頼りにできる人間がいないという思いの中で、吉田さんに逆にご負担をかけたというのはその通りだと思います」
反町キャスター
「東電本店と現場と官邸の間の情報のやりとり、リンクの歪さを、どう見たらいいのですか?」
吉岡氏
「中間組織が明らかに機能しなかったという」
反町キャスター
「それは東電本店ということですか?」
吉岡氏
「東電本店も現場の状況を把握していなかっただけではなく、もちろん、原子力安全保安院というのがあるわけですが、そこの幹部が皆原子力の専門の方ではないとか。あるいはオフサイトセンターという現地の状況を把握する組織そのものも全く動かないというような、そういう状況でつながるところは吉田さんしかないという。だから、菅さんにとっては吉田さんを信頼していたんだと思いますけれども、逆に、吉田さんは皆を信頼していなかったと。そういう本店も信頼していなかった。そういう非対称はあるんだけども、そういう関係の中で、菅さんが頼りすぎる傾向にあったかなということが第3者から見れば、そう見えます」
島田キャスター
「そうすると、結果的に、菅総理は本当に事故に対応している吉田さんを頼ってしまった。そのことで何か影響があったと、吉岡さんは見ますか?」
吉岡氏
「事故の進行は、そもそも厳しい状況だったので、事故を軽減できるとすれば、なるべくはやめのベントと消防車の注水。これをやっていれば、少なからず、軽くなっていたのではないだろうかと、政府事故調の内部でも議論されたりはしましたけれど、そういう基本的な作業に対して、菅さんの過剰な介入というのが影響を与えた、有為な影響を与えているようには見えないですね」
反町キャスター
「吉田所長が本店からの情報、本店からのリクエスト、官邸からの情報、官邸からのリクエスト。そういういろんなものに挟まれて、本人はどういう状況だったのか。どのように苦しんでいたのか。ないしはこの状況はしょうがないと思って諦めていたのか。そのへんのところについては、吉田所長はどのように話していましたか?」
門田氏
「それは全部、彼は受け止めているんですけれど、事故を収束する方に向かって突き進んでいるわけですから、先ほど吉岡さんがおっしゃった、官邸に対しても、東電に対しても、いま1つ信頼していないと。吉岡さんのおっしゃる通りで。一番それが表れるのは、海水注入のストップ命令を、武黒さんから官邸の議論の中で言ってきた。その次に、吉田さんはどうしたかというと、次は官邸から本店にその指示が飛んで、今度は本店からくるだろうと察知して、注水をやっている班長がいるわけです。部長だけれども、そこへ歩いていって、カメラを隠して、テレビ会議のカメラの右前にいる人が、その担当ですよ。カメラに写らないように、それこそ隠して、これからひょっとしたら、官邸にいる武黒さんからきたあとですから、これは本店から次は来るぞと、ひょっとしたら本店からくるかもしれない。だから、その時には本店の命令だから、それはそのまま復唱をして、お前に言うけれども、実際にはとめてはいかん。海水注入はぐんぐん入れろ、いいかと。これは全体の会議上の、音声上、それは言うけれど、海水はストップしないからな、わかっているなと言って、それ徹底しろと言って、それで、本店からきた命令に対して、はやく中止しろ、中断しろと言う」
反町キャスター
「海水注入停止と大声で指示する」
門田氏
「そう、指示する。指示するのだけれど、それは打ち合わせ通り中止にならないわけです」

福島原発事故“吉田調書”公表 菅氏の行動は
島田キャスター
「菅総理が(視察から)帰っていく時に、ベントを行うのは良くないと遅らせたのではないかという指摘もあるが、吉田さんは『全くないです。それは総理大臣が飛んでいようが、何をしようが、炉の安全を考えれば、はやくしたいというのが、現場としてはそうです』と」
福山議員
「今回の吉田調書が明らかになったので、私は初めてわかったのですが、我々は3時の時点でベントが始まると思っていました。5時になってもベントが始まっていないので、当時の武黒さんや渡辺委員長に聞くと、線量が高くなって、なおかつ停電で真っ暗だから作業ができない、遅れていると言われました。先ほどの門田さんの説明と同じで、その通りですね。リスクが高いということで我々は10km圏内の避難のお願いをしました。つまり、我々は総理が視察に行って、ベントの作業の邪魔に本当になるのだとしたら視察には行っていないです。我々は原発について正直に申し上げて素人です。現在はいろんなことを学びましたから、あの時こうできたかもしれないという感じになりますが、当時は全くわかりません。そういう中でいかに住民の皆さんの大量被曝を避けるか。炉がメルトダウンして爆発をしないようにするかということが第一でした。それを頼るのは、当時は安全委員会の渡辺委員長と正直申し上げて吉田所長しかいなくて…」
島田キャスター
「すごくシリアスな事故対応をしている時に、総理が行かれて、そこで時間をとらせたということ。そこの点はいかがでしょうか?」
福山議員
「それは逆に言うと東電からの情報が全くわからなかったわけです。吉田調書で、総理が視察に来ると聞いて驚いたとおっしゃっている。総理の視察というのは、ヘリの準備もありますから、行くにしろ、行かないにしろ準備しなくてはいけないわけですね。実際に行くかどうかは最後まで、正直言って決めていなかったのですが、その時点で東電にも連絡がいっているわけですから、なぜそれが(現場に)下りていないのか、現場に、総理を受け入れる状況ではないと言っていただければ、我々も一考の余地は十分にあったはずです」

菅氏と官邸 吉田所長は
島田キャスター
「菅首相らが東電本店を訪問しましたが、退避するとか、しないとか、それを受けてですが吉田所長は『何をバカなことを騒いでいるんだと。本店だとか、官邸だとかでくだらない議論をしているか知らないですけれども、現場は逃げたのか、逃げてないだろう。菅首相が言っているんですけれども、何だバカ野郎というのが基本的な私のポジションで、注水だとか最低限の人間は置いておく。私も残るつもりでした』と言っています。立腹している様子ですね」
柴木氏
「吉田所長自身は撤退するつもりはなかった。全面撤退するつもりはなかったということは国会の事故調とかでも認定されています。そういう中で、菅さんが来られて、演説をされたことに対して不信感を強めたんだと思います」
島田キャスター
「どういう演説ですか?」
柴木氏
「撤退などはあり得ないという主旨の発言をした」
門田氏
「逃げたら東電は100%潰れるとか、逃げてみたって逃げ切れないぞという。そういう発言が出た。この段階でもし全員撤退だということを仮に海江田さんなり、枝野さんなりがもし言われたとしたら、大変なことです。日本が終わるということですから、格納容器が爆発することになりますから、そうしたら全員撤退なのですかということで、やりとりがないといけないですね。詰めていかれるわけだけれど、これは全員撤退だと大臣の方が思うわけです。思ってしまって、それが菅さんに伝わるわけですが、菅さんはお休みになっているわけです。午前3時に仮眠をとっていた菅さんが起こされまして、全員撤退と言っていますということで、菅さんは驚きますよ。そうすると、菅さんに報告した人がきちんとこの事情、要するに、一部を除いて、現場で戦う、後にフクシマフィフティーズと呼ばれる人達以外が、ホワイトカラー、女性職員を含めて、その人達が退避するんですよということがわかっていたら、何も問題はないわけです」
島田キャスター
「つまり、大臣がそこを詰めずに慌てていたと?」
門田氏
「ではないかと、類推されます」
福山議員
「慌てていないです。私は現場にいるわけですから。極端な話、慌てるどころか、保安院の方とか、斑目委員長も含めて、東電から撤退と言ってきているけれど、どうしようと、海江田大臣のところにはおそらく2度くらい電話が入っています」
反町キャスター
「それは全面撤退ですか?」
福山議員
「それはその時の状況だから、650人とか、全面、一時退避という言葉は使っていないですよ。政治家は皆、東電が撤退すると言ってきているよと」
反町キャスター
「そこで騒いだことに対する問題はないのですか?」
福山議員
「騒いでいないですよ。社長から大臣に直接、撤退させてくださいと」
門田氏
「福山さんのおっしゃる通りだとすると、撤退しか言ってきていないのに、それが全面撤退と思い込んだということですか?」
福山議員
「思い込んだのが問題だとしたら、我々政治家に責任がありますが」
反町キャスター
「責任はあるんですね」

退避問題
反町キャスター
「撤退と言った時に、どういう撤退かどうか確認をしたか。なぜ確認をしなかったのか?撤退と言われた時に、なぜ全面撤退だと思ったのか?」
福山議員
「当時は、ずっと炉が不安定の状況で、いつこのオペレーションが、水が入りにくくなって、水が入ったというのを、逐一連絡を受けて、1つ間違えればメルトダウンが起こるという状況です。我々の中には作業員の方の命も守らなければなりません。当時、10km圏内は避難をお願いしています。20km圏内もお願いをしています。その中で初めて東電の社長から海江田大臣に電話が2度ほど入った。枝野さんのところにも入っている、細野さんのところにも入っているけれど、自分はそんな重たい電話を受ける立場ではないからと細野さんは電話に出られなかった。そのぐらい頻繁に電話が入っていた。状況的に言うと、東電のテレビ会議の中に、当時14日7時55分に、武藤さん、全員のサイトからの退避は何時頃になるのですかねという議論まで残っています。これは、私達の知らない話です。その状況で我々は、保安院や安全委員会や東電の方とも撤退とはどういうことだと言ったら、その中のやり取りで撤退というのはなかなか作業ができなくなることですという話の中で、それは総理に伝えるべきですねと言って、総理に伝えたわけですね」
門田氏
「今のでわかるのは撤退という言葉に過剰反応してしまったということが、今の福山さんのお話でわかると思うんですけれど…」
福山議員
「過剰反応はしていない」
門田氏
「細野さんに何度も話しているところが吉田調書に出てくるわけですよね。自分は残るし、必要な人間は残ると言っています。そうすると、そこで撤退と言ったら、その人達を除いて撤退ということが普通ならわかるんだけれど、それを全員撤退と格上げして感じてしまった大臣がいらっしゃったことで、この問題が起こっているわけですよ」
吉岡氏
「政府事故調でも撤退という言葉をどういう意味で使ったかについて東電サイドと官邸サイドに認識のズレが若干あって、ズレの存在ということは検証しましたけれども、肝心なのは東電の中で撤退ということについてどういう組織的な議論が行われたか、肝心なものが見えない。それが見えて初めて全体像が明らかになるので、検証作業を続けないといけない」

吉田調書から見える真実
島田キャスター
「吉田所長は、最悪の事態の恐怖の言葉も残しています。『2号機はこのまま水が入らないでメルトして、そうすると、その分の放射能が全部外にまき散らされる最悪の事故ですから。チェルノブイリ級ではなく、チャイナシンドロームではないですが、ああいう状況になってしまう。プルトニウムであれ、何であれ、今のセシウムどころの話ではないわけですよ。放射性物質が全部出て、まき散らしてしまうわけですから、我々のイメージでは東日本壊滅ですよ』と言っていますが」
門田氏
「これは私自身が吉田さんに聞いた表現ではチェルノブイリの10倍と言いました。私は、文科系の人間で理系ではないので、原子炉のことはわかりませんけれども、最初にチェルノブイリの10倍と言われた時はちょっとビックリしました。それが福島第1の6基、福島第2の4基であわせて10基なわけです。そうすると、これはオールオアナッシングの戦いで、格納容器が1つ爆発してしまったら、制御する人が近づけませんから次々と…原子力の恐いところはそこです。そうしたら10km南の福島第2の4基も制御できる人もいなくなるからアウトになっていく。これはチェルノブイリの10倍になるか、ならないか。そのオールオアナッシングの戦いだったとしみじみ言ってくれた。それはとても印象に残っていますね」
島田キャスター
「こうした認識は当時の官邸にあったのでしょうか?」
福山議員
「思いっきりありました。あったから、総理の東電での演説の中でも日本全体が成り立たなくなると。なぜかと言うと、あれだけ集中的に敷地の中に燃料プールや1号基から4号基が隣接しているわけですから。門田さんがおっしゃったように1つ間違えて、どこかで格納容器の爆発があれば作業すらできなくなる。そのことを回避するために吉田所長に一生懸命がんばっていただいたというのは我々も本当に頭が下がる思いで、まさに同じ問題意識だったからこそ、撤退ということ関して我々は、それは何とか作業を続けてください、注水だけは続けてくださいと申し上げたのが当時の状況です」
反町キャスター
「東日本壊滅という言葉を所長が言っていましたが、その前提まで検討しましたか?」
福山議員
「それは11日前後ではなくて、27日に最悪の事態の時には首都圏まで放射能がくるということについては想定しました」
反町キャスター
「首都機能移転まで検討しましたか?」
福山議員
「政治としては、そのことに対してまず回避するのがもっとも重要なことです。機能移転と言っても…」
反町キャスター
「1200万都民の避難ですよ」
福山議員
「そういう状況をとにかく回避することが重要なことだったので、そういったことに対応していた」
吉岡氏
「私は別に、そういう具体的な情報は出ていなかったですけれども、10基が大破してチェルノブイリの一ケタ上の放射能が出て、東日本が相当ダメになるだろうなということが、私は3月16日ぐらいに、いろんなメーリングリストで書いているんです。だから、官邸だけではなくて、私は理系の人間ではありますけれども、原子力の基礎知識があれば誰でもわかることだった。それをかなり後になって近藤駿介さんが計算したことにすぎないので、あれはわかる人には常識になっていたと。それで逃げろとか、指示を出した、親しい人もいます。ですから、こういう状況は当然共有されていたと思います」

福山哲郎 元内閣官房副長官の提言:『事実が最も重要! 証言を検証し糧に!』
福山議員
「あまり一部の言葉とか、一部分を取り出してああだこうだと決めつけるのは非常に危険だと思いますので、全体像をどう事実で積み上げていくかが大切だと思います」

ジャーナリスト 門田隆将氏の提言:『日本人の現場力』
門田氏
「私は今回、非常に日本人の現場力が日本国家を救ったということは非常にこの調書でわかりましたので、事故と戦っただけでなく、官邸とも、東電本店とも戦った結果、現在ぐらいで収まっていますので、どんな苦難があっても、現場の人達は諦めることなく戦うんだということを吉田さんはこの調書の中で語っていると思うので、日本人の現場力。その誇りを日本人全員に持ってほしいと思います」

吉岡斉 元政府事故調査委員会委員の提言:『証言の公開促進の突破口としたい。※行間を読みたい』
吉岡氏
「せっかく吉田さんはじめ、18人の証言が出てきたわけですし、これをどんどん公開を拡大し、かつ調査をまた継続的に行って、証言資料を積み重ねていく努力が必要だと思います。最初に行間を読めと書きましたけれど、どうも吉田さんは本当に部下思いで、全部1人で立ち向かったと、責任は全部自分にあるんだというように書かれているのですが、実態はどうだったか、最初から私は疑いを持っていまして、あそこでの組織的な対応というのがどうだったのか、どういう人間関係があったのか、そういうことも検証すべきだと思います」