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2014年8月7日(木)
曽野綾子×渡部昇一 幸福に老いる方法とは

ゲスト

曽野綾子
作家
渡部昇一
評論家 上智大学名誉教授

老いの生き方を問う
島田キャスター
「年齢と幸福度ですが、日本は高齢になればなるほど幸福度が下がる。曽野さん自身は幸せだと思いますか?」
曽野氏
「そうですね。まず国が平和であって、私は非常に素朴なのですが、食べられて、雨に濡れないところで寝られて、本などを買うことができる。大変幸せです。そうでない国を見すぎてきまして」
渡部氏
「幸福なんて客観的に測れないですから」
反町キャスター
「現在の高齢者が幸せか、幸せでないかを判断する物差しは何なのですか?」
渡部氏
「アメリカの(年齢を重ねて、幸福度が増す)曲線を見ましたら、負け惜しみで答えている人が多いのではないかなと。日本はむしろ逆で、日本ならもっと幸福なのではないかなと。不幸せな要素を探している人が多いのではないかなと思います。たとえば、年金が少ないとか、子供が親孝行しないとか、社会があまり面倒を見てくれないとか、何だかんだ余計なことを考えると不幸せな要素は限りなくありますよね」
曽野氏
「それは日本人の1つの特性でもあるんですよね。幸福型ではなくて不幸を常に追究するというのはある意味でいいことですよ。だから、伸びていくんです。甘ったるく私は幸せだからこれでいいやとなると発展がない。もしかすると日本の繁栄というのは、悲観的性格にあるのかもしれないですね。不幸の度合いは、お金ではなくて目標を失ったからだと思いますよ。生きる目標がないように思うんです、年をとると」
反町キャスター
「日本の若者が幸せだと思っていることについてはどう見ていますか?」
曽野氏
「錯覚だと思いますよ。甘いと思います。本当はこんなものではないと思いますよ」
渡部氏
「自分の希望に到達しそうだなと思っている若者はいると思うんです。そこを聞けば高いでしょうね」
島田キャスター
「なぜ日本の高齢者は目標を持てないのですか?」
曽野氏
「日本は非常に格差のひどい国とかおっしゃっている政治家の先生もいますが、貧しさをご覧になったことがない。私は50歳から足繁く通うようになったアフリカと毎年接していますから。人間が生きることが動物に近いと酷いことなのか、それに比べたら。ご存じないのです。だから、子供達も若い時に文化的生活ができると信じて、水はちゃんと飲めるし、病院も救急車がタダで連れて行ってくれますが、世界ではほとんど救急車は有料ですからね。お金がないと置いていきます。そういう教育がないから幸せでいられるのだと思います。知識がないです、知識があれば、現在のご老人でも幸福度が増すと思います」
反町キャスター
「それは感謝の気持ちなのですか?」
曽野氏
「私なんかは簡単ですよ。あなたがパンを持っていて、私も持っていて、どちらが大きいか。あなたがうんと大きいの持っていたら、チッと思うだけですよ。見たことがないですよ、小さいパンを。全部自分のパンが小さいと思いこんでいる」

若々しく生きるには
島田キャスター
「アフリカ諸国で医療支援を行っていますが、この活動はいつから?」
曽野氏
「50歳くらいからです。32年間くらい続いています」
島田キャスター
「50歳で、アフリカに行こうと思ったきっかけは?」
曽野氏
「50歳くらいから視力を得たんですね、病気をしていまして。見えなかったものが見えるようになって、それを利用して、サハラの縦断をしたんです、ラリーで。日本の対極にある非常に動物的な、日本と対極的な何もない空間に行こうと思っていたんです。異神教の発生したところは全部そういう荒野の端っこです。荒野の真っ只中と言いませんが、そこへ行きたかったんです。それから、不思議と後半生が開けてきたんです、予感があったのでしょうね。私は大変動物的ですから、鼻は良いんです、頭は悪いのですが」
島田キャスター
「目が悪かった時、失望されなかったのですか?」
曽野氏
「うつ病になっていましたね。私は鍼灸、マッサージができたんです、指に目がついているほどうまいんですよ。見えなくなったら、そちらに行こうと思っていました。その道で世の中のお役に立つと思っていました。自分に理屈で言い聞かせていました。私は小説を書きたかったから、それ以外の生活はあまりわからなかったですね。認めたくはなかったと思います」
島田キャスター
「うつ病を患ったまま、サハラに行ったのですか?」
曽野氏
「見えるようになったので。サハラでずっと運転していました。1日6時間くらい運転させられ、世にも美しい星…地平線の下までです。何もない日本と対極的。いい茶碗でコーヒー、お茶を飲んだりしたいんです。そうすると、それにあった長さのスプーンと、形も金とか、銀とかどんどん凝っていくんです。砂漠というのは何もないうえに完璧です。何もないから完璧だったんです。陰と陽の違いでしたね。要するに、紅茶茶碗に凝るでしょう、そうするとこれにあうティースプーンはこれだ。そうすると砂糖ケースもこうでありたいとなります。砂漠には何もないです。砂漠に慣れてきた人が言いました。私が食器も買いましょうと言ったら、曽野さん、マグだけ1つ自由に持たせてあげてください。あらゆることに知恵が出てくるんです、美しい知恵を学びました」
反町キャスター
「それが50歳以降の三十数年間の柱になっている?」
曽野氏
「強い柱になっています」
島田キャスター
「人間もだんだん体が言うことをきかなくなってくるのですが」
曽野氏
「私はいつもできるだけやっているんです。たとえば、前は20km歩いていたと、今度行ったら10kmにする、ああ10kmで良かったなと。私は引き算の人間ではないです。いつも足し算です。歩けない人から見たら10km歩けて良かったなと思うんです。引き算の方はたくさんいて、前はこれだけ収入があったのに、現在はこれだけになってしまったと。昔はあんなに女にもてたのに現在はもてない。私はそれと逆です。私はいつも足し算の人間で、ゼロから人生を考えますから」
反町キャスター
「自分への期待値が低いのかなと」
曽野氏
「そうです」
反町キャスター
「周りの人に対してはどうですか?」
曽野氏
「同じです。それは周りの人をバカにしているのではなくて、相手はわかりっこないと思っているんです。無限にわかる余地を残しているんですよ」

若々しく老いるには
島田キャスター
「アタマの老いを感じることはありますか?」
渡部氏
「頭が悪くなっていないだろうと思うのは昔わからないと思っていたことがよくわかる。だから、普通の体の細胞と脳の細胞の性質はだいぶ違うものなのではないかなと思うことがあります」
反町キャスター
「確かめることはありますか?」
渡部氏
「自分でやっているのは暗記ですよ。暗記できるかできないかは極めて簡単な話です。現在実行しているものを1つ紹介しますと、子供の頃、少年として日清戦争とか、日露戦争の本を読んで育ったわけです。その人達がやったことは何だと思うとかわいそうでしょうがないんですよ。満州に骨を埋めた人なんかね。何のためだったろうと考えると浮かばれないような気がするんです。そういう人を弔いたいと思うと、お経ができませんので歌でも歌ってあげようと、ちゃんと歌い始めた頃から、長い歌が苦労なくなりましたね。他のものも暗記するのが苦労しなくなりまして。昔は歌えませんでしたから、覚えるのが面倒で。ところが、現在は長い歌でも平気だし、ラテン語のことわざでも何でも意外に覚えるのが苦労なくなったんです。若い時ももっと鍛えるつもりで記憶力を使っていたらもっと褒められたと思うんです。現在ならうんと褒められると思いますよ。漢詩なんかも絶句までは簡単ですよ。律詩になると8行ですからなかなか難しい。覚える気にはならなかった。現在なら簡単ですよ」

80代の働き方と引き際
島田キャスター
「現在の老いをどう感じていますか?」
曽野氏
「小説家の場合は理想がないです。常に現状というものを世間様にご報告させていただいています。だから、老いがあるなら良いと思う。老いを書けばいいんです。死ぬ時にどうして死にますかと聞かれるのですが、私は中途半端で死ぬと言います。完成して死ぬことは、私はできないと思っている。だから、人間というものは志半ばで心を残して死ぬ、やりかけた仕事は中途半端で死ぬと思っていますから。現在やりたいことをやっているだけで、酔狂で、あとはそれを途中でやめることになったら、たとえば、竹かご編みの職人がいて、編みかけていて、ある日死ぬでしょう。当然編みかけなわけです。それが美しい光景だと思うんです。現在だけでいいんです、先まで決めることはないですというのが私の考えです」
反町キャスター
「それは30代、40代から同じですか?」
曽野氏
「やや同じですね、はっきりしてきましたけれど、この頃」
島田キャスター
「あの頃に戻りたいなと思うことはないですか?」
曽野氏
「全然ないですね。現在しかないです、私には。だってそういう無駄なことを考えても仕方ないです。あの頃は良かったなというのはないです。現在私は少し病気もあるんです。あって当然だと思っていますよ、私は。その病気にいかに影響されないかという生き方を考える。これは1つの芸術ですね。しいて強がりを言えば」
島田キャスター
「お仕事を楽しんでやっている印象ですが」
渡部氏
「我々は普通の人に教訓を語っちゃいけないんですよ」

どう生きる?日本の高齢者
島田キャスター
「60歳以降も働きたい理由では、お金のために働かなくてはいけないという方が多い」
曽野氏
「でも、貧乏もできるんですよ、私に言わせれば。高齢になったら、私はすごくうまいですよ、やりくりして生活するのは。貧乏で暮らすのはある程度は才覚がある人が私は多いと思いますね。何か人間というのは、動物がエサを蓄えておくように安心したい気持ちがあるのでしょうね。ですから、それも1つ、人間の生きる真剣な道楽だと、重大な意味だと思っています」
反町キャスター
「社会保障をもっと充実させれば、高齢者が余裕を持って生活ができるのではないかと言う政治家がいますよ。その考え方はいかがですか?」
曽野氏
「あまり賛成しませんね。だって、お金がないなりに楽しむ方法をわかるんです。年をとると。若い時にはわからなかったけれど。私は夫と2人で、80歳の老夫婦ですが、自動車のナンバーを見る趣味があるんですけれど、夫が。8888のナンバーがあるでしょう、そうするといい番号だなと言うんです。あの番号をもらうのは高いかもしれませんよと、私が言うと、夫がやめようと言うんです。どうしてかと聞くと、銀行強盗する時、都合が悪い、銀行強盗する時はできるだけ覚えられないような番号にしよう、なんて一文もかからない遊びをしているんですよ、たとえばですよ。そんなのがうちには無数にあるんです」
反町キャスター
「お金がなくても、精神的に豊かになった」
曽野氏
「そういう面がかなりできました」
渡部氏
「今おっしゃったような政治家がいたとすれば、その人は嘘つきです。だって、皆の生活が心配ないようにしてみせますと言う政府がいるんですよ。ソ連がそうではないですか、毛沢東がそうではないですか。彼らがつくった世界は庶民の地獄ですよ。そんなことはできるわけがないことを平気で言う政治家、嘘つきと言ってあげたい。それはサギ師の心理と同じですよ」
曽野氏
「若い人は信じてもいいんですよ。歳をとった人ならそれだけ生きてきたのですから、私はそんなに騙されちゃいけないと思っています」
渡部氏
「地上の中における平等だとかは、キリストさえも説かないんですよ。釈迦も説かない、そういうことを説く人がいたなら、これは悪魔ではないですかと思っていたら、スターリンも毛沢東も悪魔だったというのが私の結論です」
曽野氏
「私はとにかく安心して暮らせるという言葉が本当にここ数年嫌いでした。3.11以前からあれは嘘だったと。あれを言う人は嘘つきだと。嘘つきかサギ師です。だって、あり得ないんですから、この世で。安心して暮らせる生活だけはないんです」

老いの生き方・人生の終い方
島田キャスター
「人生の終い方についてどのように考えていますか?」
曾野氏
「死と、死の直前までは別に考えないといけないと思うんです。直前までというのは寝たきりになるのは別ですけれども、私の母のように寝間着の他に着物が1枚。これは病院に行く用です。草履一足しか残していなかった人もいるんです、ちゃんと。私は、母の死後30分で済んじゃった、部屋の片付けが。6畳一間にいました。ですけど、死そのものについて私は考えない。なぜかと言うと選ぶことができないから。だから、よく若い人に言うのですが、あなた達、よくお金持ちになる方法とか、有名人になる方法とかを考えるかもしれない。それはいろいろあるかもしれないけれども、死ぬことだけは1つだけ確実に成功する方法があると。それは自分を殺さず、人を殺さないこと。その2つを全うできれば、人生の成功者です」
反町キャスター
「その人が人生で亡くなる時にわかる話ですよね?」
曽野氏
「そうですね。間違いなく、人生の成功者は、自分を殺さなかった人と、人を殺さなかった人です」
渡部氏
「原因から結果はわからないです。たとえば、100年前、オーストリアの皇太子を殺して第一次大戦が起こってしまった、石油の時代が始まった。飛行機の時代が始まった。全部そんなのわからないんですよ。ところが、結果から見ると、原因は非常によくわかるんです。我々80歳ぐらいになると自分の人生の結果にいますから、原因が実によくわかるんです。そうすると、1つは、圧倒的な感情はいやらしいのですが、感謝です」
反町キャスター
「誰に対する?何に対する感謝?」
渡部氏
「自分のあることに対する原因が皆わかるんです、現在ある原因。それに対する結果です。たとえば、私はコーヒーを飲む時には、砂糖をスティックで3つ入れるんです。しかし、私は糖尿ではないんです。これは体質ですよ、ですから、親がありがたいですね。それから、学生時代、すごく貧乏だったんですね。洋服もないし、制服も着ないし、戦争中の配給のモノを着ていたんです。靴が壊れれば、紐で縛ったりした。遊びに行くお金がないものですから勉強はした。成績は良かったんですよ、そうすると、当時のうちの大学ではアメリカから留学生の割当てがくるんです。それは成績の良い人が行くんです。当然私は行くはずだったんです。ところが、アメリカ人の先生達が反対して行けなかった。彼はソーシャビリティ(社交性)がないと。そうすると、学生寮ですから、成績が良くても行けないのは、学校としてはどういうことかと、私は言わなかったけれど、いろんな学生が文句を言ったんです。私はお金がなかったから、映画館にも一度も行ったことがなかったんです、そんなの見ていたらダメだったわけです。そうすると、寮の学生達が、アメリカ人のニカッソンと言う人でしたが、質問したわけです。成績が良くてもダメなのか?と。そうしたらその先生がスタディよりも重要なものがあると。American way of life、つまり、アメリカ式生き方が重要だと。そして、私は行けなかった。その時に行った人は皆服装が良かった。1人は高校の校長さんの息子、1人は呉服屋さんか布団屋さんの息子。この選択は間違っていなかったんですね。1人は30代で大企業の日本支社長になりましたし、もう1人は上智(大学)の教授になりました。しかし、私は外されたわけです。外されたことを考えると、これが幸せだったんです。若い人に特に言っておきたいのは、不幸というのが化けて幸福がきているんです。仮想した幸福というのがあるんですよ。私はアメリカから憚られたものですから、戦前からいた外国人の先生達、あるいは日本人の先生達が、同情してくれて昭和20年代にドイツとイギリスと留学できたんですよ。もしアメリカに行っていたらアメリカの留学生だった人間がヨーロッパの何百年の伝統もある大陸とイギリスの大学に留学するということは可能性としては考えられない。まさに貧乏だけのおかげで、ヨーロッパ留学を昭和20年代の後半にできたわけです。あとアメリカに行く機会は何度もあったわけです。と言うことを考えると感謝ですよね」
島田キャスター
「延命治療に対する考え方で、自然にまかせてほしいという人が一番多いのですが」
曽野氏
「だいぶこの線に近づいていると思うんですよ。周囲や配偶者に言っておけば、何もしない。そしてある時期、これはわかりません。神とは言いませんけれど。我々は皆去らないといけない。その去るべき時は、自分以外の人が決めてくれるだろうと。だから、それが一番良いと思いますね」
渡部氏
「老化は治らない病気ですよ。ですから、私はどんな病気になって死ぬのかは知りませんけれど、痛み止めだけやってもらえば結構です。それより心配なのは、私は子供が3人いるのですが、もし私が最初に死んだら家内がどうなるかということは心配です。それでいろいろと考えて調べましたら、相続は必ず子供にいくのですが、遺産の配分権がありますね。あれは放棄することはできるんですね。だから、私の子供達にそのことを言ったら非常に喜んで、是非そうしてくれ、と言うわけで私が死んだら私のモノは100%家内にいきます」
曽野氏
「それを、ゼロ円を相続すると言うんです。私はゼロ円を相続したんです。相続を放棄しましたから」
島田キャスター
「治療はどうするかという意味では」
渡部氏
「普通の健康であるような生活をして、病気になって死ぬ時に、痛み止めだけはやってもらいたい。痛みながら死ぬのは嫌だ」
曾野氏
「91%の方(自然にまかせてほしい)ですね?」
渡部氏
「そうですね。管をいっぱいつけて無理矢理半月、半年を伸ばすのは意味がないと思っていますね」

日本は豊かになったのか
島田キャスター
「現在、日本で様々な解決しなければならない課題、問題山積ですよね。そういうことを思っても日本は総合的には良い国である?」
渡部氏
「2000年間続いて、今後も2000年間続くのではないかという希望を私は持っています。と言うのは、あまり理由はないんだけれども、2000年間も滅びなかったんだから他の大帝国でも200~300年です。日本という国は独特の残り方をするのではないかという期待、希望を持って死にます」
曽野氏
「一番難しいのは、社会でも人間でもなんですけれど、頂点に立った時の身の処し方が非常に難しいんです。登るのはわりと楽です。下りるのもある意味で、没落するのは楽かもしれない。でも、頂点を保つというのは難しい。そこに必要なのは英知です。あと謙虚さです。いつまでもこういうことが続くのではない。その時に、やっぱり自分の利益ももちろん、得たいけれども、やや人に捧げるという姿勢が皆にいると思うんです。私がこの頃しきりに言っているのは、桃太郎の初めのところでお爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川に洗濯に…あれを毎日やるんですよ。それをやれ、働けと言うんですよ、老人は最後まで。このような素朴な姿勢を歳老いても死ぬ日まで続けるべきです。安逸を望んではいけないと思います。私はそれに近いことをやっているんです。よく働くんです、家で。原稿ではなくて、くだらないことですが。つまり、頂点を保つというには、そういう謙虚さがいると思います」

作家 曽野綾子氏の提言:『この世には神もいない 悪魔もいない ほどほどの 心温かい人ばかり』
曽野氏
「神がいないというわけではないです。この世に神という実在するものがいない。悪魔もいない、ほどほどです皆。だから、理想を余計に持ってもいけない。しかし、心の温かい人ばかりでした、私の体験。英語で言うと現在完了形と言うんですね。過去もそうだったし現在もそう。そういうのが人生です。だから、こういうふうに世の中を見ていると割と幸せという感じが致します」

評論家 渡部昇一氏の提言:『物に接するには宜しく厚に従うべし』
渡部氏
「学生の頃、私はガサツだったもので、自分のために言われたような言葉ですね。要するに、カバンを置く時もそっと置きなさいという感じだし、モノを言う時も同じ言葉なのに柔らかな言い方をしなさいとか。何でも手厚くという感じですね。それを心がけているという話で、実行しているかどうかはわかりません」
島田キャスター
「視聴者からですが、『配偶者と仲良くするのが全てですね。曽野さんの老後の話を聞いていますと、朱門さんがいればこその達人です。ナンバープレートのやりとりなどは朱門さんがいないと楽しめないことです。妻を亡くした僕はそう思いました。羨ましいし、とても楽しかったです』とのことですが、配偶者を亡くされた方もいます」
曽野氏
「温かい思い出をもらったというだけで偉大なことですよね。亡くなっていようとね。ですから、その感謝を周りの人、すぐ近くの人にはお与えになってください、誰でもいいではないですか。毎日誰かが隣にいるのだから。その人に優しさや一瞬の慰めとか、気晴らしとか、何でもいいんですよ。それを与えて毎日お仕事なされると」