プライムニュース 毎週月曜~金曜よる8:00~9:55(生放送)

テキストアーカイブ

2014年4月7日(月)
日韓歴史問題を再検証 慰安婦問題&河野談話

ゲスト

河村建夫
日韓議員連盟幹事長 自由民主党選挙対策委員長 衆議院議員
西岡力
東京基督教大学教授
金慶珠
東海大学准教授

日韓・慰安婦問題 河野談話の行方
島田キャスター
「首脳会談の2日前に韓国に行って、韓国の国会議員の方々と話をしたということですが、韓国の方々は日本政府の姿勢に対してどういう反応をしましたか?」
河村議員
「安倍総理は見直しをしないと国会で述べたことについては、評価をしておりました」
島田キャスター
「河野談話を検証はするが、そのことが見直しに及ぶことはありえないということですが」
金准教授
「一般世論は少なくともなかなか疑念を払拭できずにいる。日本国民の皆さんにも検証はするけど見直しをしないということが具体的に何をするのかが見えてこない。このような情報の一貫性の欠如というものが、外部から見れば日本内部の議論のプロセスはわからないわけですから、信頼を損ねる発言である。これ以外にも26日に確か下村博文文科大臣が首脳会談の終わったあとに、河野談話は政府の統一された見解ではないという主旨の発言をされた。こういったことが今後も繰り返されるだろうという意味で不信が募っている状況ですよね」
反町キャスター
「下村大臣の発言も訂正しましたよね」
金准教授
「訂正しました。国際社会への発信の部分と、国内の支持基盤へのメッセージと使い分けがあるだろうということはわかっていても、いずれにせよ、情報が発信されてしまうわけですから、それに対する反応も出てくるということです」
西岡教授
「検証をきちんとやってもらいたいです。検証をすれば様々なことがわかってくる。検証と見直しをどう区別するのかは難しいことではありますけれども、検証をすると言っているのですから、してほしいと思います。河野談話の中には今後も民間の研究を含めて関心を持っていくと書いてあるんですね。あのあとも様々な論争があったわけです。私は学者としてその論争に参加してきたわけですけれども、その間の論争についても事実関係の何が明らかになったか、河野談話で認めたことと、認めていないことがありました」
島田キャスター
「軍の関与、強制を認めたのがポイントでした。石原元官房副長官は、証言に対する裏づけ調査は行われなかったと。女性達が強制連行をされたという資料は見つからなかったという証言をしました。どう受け止めていますか?」
西岡教授
「このことは河野談話と別のことで、河野談話でも本人の意思に反する連行があった。それは民間の業者がやっていたことを認めているので、私もその通りと思いますし、河野談話を継承すべきだと思います」
金准教授
「石原さんの証言については、日本の中ではまるで証言にもとづいてのみ河野談話が出たかのような認識があるようにも感じるのですが、この河野談話が出てきた経緯というものがもうちょっとあるんです。ご存知のように1990年ぐらいから従軍慰安婦問題が出てきた。1991年あたりから日本政府も本格的に調査に乗り出すんです。その結果1992年に当時の加藤官房長官がまず談話を発表する。そこで認めたのが慰安所の存在。慰安婦の存在。その設置、運営における軍の関与。募集に関して間接的に軍が委託して民間業者が募集することを認めた。最後に問題になったのがそれでも強制性だと。そういったものがあったとしても、彼女達が自発的に行ったのか、あるいは日本軍によって本人の意思によらない形で従事させられたのか。そこを検証する資料、公式文書をいろいろ見たけれども、やはりそれは出てこなかった。そこで最後は本人の証言を聞こうじゃないかとなったわけです。なぜならば公式文書に本人の意思に反してでも連れて来いという決定ですとか、委託書の中に本人が拒んでも連れて来い、あるいは本人は賛同しなかったけれど、連れてきましたというような報告書は残っていないので、これ自体は不自然なことではないですね。なので、証言を聞いた結果、河野さんは本人達でなければ語り得ない経験を聞いたと。中には記憶違い、場所の違いもあるかもしれない。しかし、そこには女性の尊厳と人格、名誉を損なう行為があったということでお詫びという形での河野談話に至ったということですね。つまり、石原さんが言った聞き取り調査というのは、そもそもこれが始めて出てきたのでその内容を検証しましょうというよりは、様々な調査を得て、それでも最後判断を迷った強制性の部分にもとづいて行った出口の部分であったと。私は、河野談話は日本の国内では非常に評判が悪いようにも感じるのですが、ただ、これは日本政府としてこの問題に対して十分誠意のある対応だったと思います」

河野談話 石原元官房副長官証言
反町キャスター
「国会で敢えてこの時期にこの話をしたというのをどう感じていますか?」
河村議員
「未来志向で考えた時に、この問題を解決するのは非常に大事だという政府の判断だった。見直しを検証しますというのは、まさにどういう経緯でどうしてああいう形になったのか、私は検証したいと言ったんです。ただ、それは、総理は見直しはしないと言っているんだから、これは重いと思うんです。その結果、その時の政府はどういう判断をしたのかということが大事であって、未来志向に考えた時に、次に何をすればいいのかということを考えましょうと。歴代の内閣は、あの文書をずっと出してこなかったという事実がある。それを現在覆すという問題でもないし、軍の関与を認めた文書が出ていますから、そのうえに立って次は何をするか。良好な日韓関係を築くにはどうしたらいいかということを考えるべき時ではないかと私は思っています」
金准教授
「河野談話が出る以前の1991年~1993年の日韓の問題を巡る動きですけれども、相当な対立や葛藤という部分があったわけです。韓国側がそれを認めてほしいということと、日本側は認められない。あるいは調査は行うけれども、既に賠償は済んでいると。1993年8月に河野談話は最終的に出されるのですが、その時に、6か月前の3月に当時の金泳三大統領がもはやこの問題で日本政府に賠償を要求することはしないと。当時の用語では、確か道徳優位に立ってこの問題は韓国国内で賠償を直接行うということで慰安婦の皆さんに、賃貸住宅に優先的な入居権、それから僅かですけれども、生活支援金を出しています。その動きが出たあとに、日本としても何らかの形で区切りをつける必要があるということで出されたのが河野談話です。ですから、河野談話の文案をつくる過程でまるで韓国側がそれでも賠償と言ったのかというと、そういう経緯では必ずしもない」
西岡教授
「慰安婦問題が韓国で初めて出てきたのは1991年、1992年。私は、1992年に韓国に取材に行きました。国会議員の方ですとか、元国会議員の方とかあるいは大新聞の編集局長をやられた方とか。日本の統治時代に生きていた世代の人達は何を言っているんだと。当時朝鮮は貧しかったんだと。女性の人権は侵害されていたけれども、それは貧困のためであって日本の軍隊が直接乗り込んできて、今言われているようなことはなかった。何でこんなことが問題になるんだと何回も言われました。ところが、日本が調べもしないで謝っちゃったんですね。あの時、私は外務省に取材に行きました。北東アジア課の実務者に宮沢総理は8回謝ったけれども、これは何について謝ったのですかと。貧困の結果、慰安婦にさせられた人達に対して道義的に謝ったのですかと。そうではなくて権力による強制連行があったと認めて謝ったのですか。どちらですかと聞いたら、これから調べると言いました。これから調べることについて謝ってしまった。そのあと韓国社会の中で慰安婦の強制連行があったとする歴史ドラマみたいなのが出てきて、韓国の教科書に慰安婦のことが書かれるのはそのあとです」

慰安婦像&国際世論
反町キャスター
「政治的な評価としてはどうだったのかということですが」
河村議員
「石原さんも言っておられますけれども、1つの解決策としてこれで解決すると思ったと思います。河野談話以降、歴代総理が出しておられる文書でも軍の関与をちゃんと認めているわけですから、本来はあれでおしまいにならなければいけなかった。しかし、最高裁の判決が出て、世論がわいたというのは残念に思っているんです。しかし、蒸し返しても解決策はいつまで経っても出ませんから、いったん政府が高度な判断に立ちやってきたことですから、曲げないで次の手を考えていかないと、解決にはつながりませんね」
島田キャスター
「日韓の問題であるにもかかわらず、慰安婦と関係のない、たとえば、なぜアメリカで慰安婦像をつくり続けるのか。どう思いますか?」
金准教授
「日韓の間で結局、お互いある程度手打ちというような政府間の合意はあったもののなかなか世論がおさまらない中で様々な人権団体、市民団体が国連に舞台を移して訴え始めた。韓国国内では日韓の政府間の問題としてだけ捉えているわけではないんですね。女性に対する人権の問題であるというところから、活動が始まった。それが1990年代の半ば以降ですね。最近になっては明確に韓国はそのスタンスで、この問題を捉えている」
反町キャスター
「戦争における女性に対する犯罪行為として訴え続けているという理解でよろしいですか?」
金准教授
「そうですね」
河村議員
「私が気になったのは、慰安婦の問題は、日本にかねてからあった交渉制度と一緒にしないでくれ、軍の関与があったということが事実。このことが問題になっている、それで人権問題だと。この問題は人権問題ですよと長期化すればするほどそこへ話がいく。そこは気をつけなければいけないと思います」

中韓連携
島田キャスター
「中国、韓国、北朝鮮の3か国が連携して、日本批判を強めていくのをどう見ていますか?」
河村議員
「加害者と被害者という話がありましたけれど、それが根底にあるんだと思います。ただ、基本的に北朝鮮は別としても、中国と韓国の関係は日本とアメリカ、日本と韓国の関係とは基本的な認識が違う、政府の在り方も。私は向こうでもその話をしましたけれども、記念碑をお願いしたら記念館になったというのは、韓国としては想定外のことだったということです。そういうことで中国が誘導しようとしています。これについては、韓国はもっと考えるべき」
反町キャスター
「河村さんの印象だと、対日歴史問題における対日批判においては韓国よりも中国の方が現在踏み込んできていて、韓国はやや中国の勢いに戸惑いながらも引きずられている、こんな見方ですか?」
河村議員
「そんな感じです。我々としてはそう受けましたよ」
金准教授
「韓国の中でそういった見方が一般的です。核サミットの時に中韓首脳会談が行われて、その際にこの安重根記念館の設立を私が直接指示したんだということを習近平さんから持ち出した。それに対して朴さんがそれは友好にとって良いことでしたと相槌を打ったということです。それ以降も、安重根記念館に韓国政府の代表者を派遣してほしいと依頼があって、それに対して韓国政府が相当時間を取って結果的に5月の始めにおくることになった。戸惑いながらもここ一連の動きを見ると歴史認識問題で中国と韓国がある程度の連携を強めているということが読み取れると思います。ただ、お互いの意図という意味では同床異夢の部分が大きいのですが、そういう動きは傾向としてあります」

日韓歴史認識問題 歴史教育の在り方
島田キャスター
「今回の教科書検定の結果をどのように受け止めていますか?」
金准教授
「結果そのものよりも、教科書検定、外交青書、防衛白書は毎年発表されますので、それに対する応酬というものが年中行事化している。今回、竹島を巡る記述が強化されたとはいえ、外交青書と教科書検定を同じ日に発表しているというところで、日本のある程度の配慮と言うとちょっと語弊がありますけれど、刺激を無駄に出していくということは控えたのではないのかという分析も韓国の中ではあります。韓国としてもこれを言わざるを得ない、日本としても書かざるを得ないというのであれば、私はこれに対しては取り上げるというか、これはこういうものだという、領土に対してお互いの言い分はどうしようもないことです。これより私が懸念しているのは今日のテーマでもあります小学校の教科書は2010年の検定以降、従軍慰安婦に対する記載が一切なくなったんですね。河野談話でも後世に伝えていく、記憶を伝えていく努力について言及しているので、歴史認識というのは、何を忘れるかということではなくて、何を記憶するのかということと向き合わなければならない。その意味で歴史共同研究というのがあって、日本側では相当な不評で、結果あまりいいものが出なかったのも事実です。2003年以降止まっているのですが、それも1つのプロセスとしてもう1回共有の記憶というものに向き合う努力をこの教科書問題を見るたびに思います」
西岡教授
「韓国で竹島問題に対する1つの誤解があるんですね。日本は1965年以降領土に関する主張を止めていたのに、日本の政府が受け入れ化をしたので領土に関する主張を始めた、これは全く誤解。日本はずっと領土に関する主張を落としていないんです。それなのに、そのことがあたかも日本の右傾化と一緒になったかのように言われて、トラブルが起きているのですが、日本の教科書に日本の領土の主張を書くのは当たり前のことで、我々は韓国の教科書に我々の主張を書いてくれとは言っていない。1965年の協定のあと、韓国人の学生の研究によると密約があった。竹島について韓国の実効支配を認めるけれど、しかし、韓国は新たな建造物はつくらないと。日本が領土主張をすることには韓国は反対しないという密約があったと、研究が出ていて、本にもなっています。それを破ったのが金泳三政権で、金泳三政権の時から中国と一緒になって日本の歴史を変えてやると言ったのですが、その時から日本がおかしくなったからと言っていますが、そうではなくて日本はずっと領土の主張は取り下げないけれども、日韓関係の他の問題にリンケージさせないという日韓友好を優先させる姿勢を貫いていて現在もそうですね。普通だったら領土問題があれば、基本条約は結ばないですよ。経済協力もしないです。日韓が大切だからやったんですよ。そこをわかってほしいですよね」
河村議員
「私も基本的に西岡さんがおっしゃったことでいいと思うんです。事実は事実として我々が主張するべきことは主張していかなければいけない。向こうに行った時に、ある偉い方が、かつて竹島問題は解決しないのが一番の解決だと。これできたはずなのにどうしてこうなったと言われるから。おたくの大統領が島に渡るからですよと言ったら、あれは解せなかったとはっきり言っていました。確かに我々もあれで引けたんですよね。どうしてああいうふうになっちゃったのか。尖閣諸島についても日本が盗み取ったという言い方をしていますから、これは事実は事実として教えておきませんと、世界に出た時に子供達は太刀打ちできません。領土問題はきちんとした記述が必要だと思います。本当に領土問題を解決しようと思ったら戦争になってしまう。そういうわけにいかないでしょう、こういうことですよね」
反町キャスター
「今回教科書に尖閣諸島の話とか、竹島の話とかを書き込むようになりました。慰安婦の表記が減っているのも間違いない。過去の反省を盛り込む、国に対する誇りを育まなくてはいけない。このバランスが大事だと思うのですが」
河村議員
「村山政権の時もありましたけれど、日本は一時期国策を誤って、世界の人達に迷惑をかけたと。その一環にこういう問題があるという意識を持っていきませんといけないと思いますね。少なくとも韓国に対し、軍が迷惑をかけたと歴代総理が文章で出していますから、それに則ったものは事実としてあるわけですし、そこのところは歴史の事実として背負っていきませんと、先で恥ずかしい思いをするのではないかという思いはありますね」

河村建夫 自由民主党 衆議院議員の提言:『真摯・率直・対話』
河村議員
「今日の状況を見た時に、日韓政治家同士、官僚もそうですけれども、真摯で率直な対話が必要だと思いますね。その先には首脳会談が必要で、首脳同士が率直に話をする環境をつくらないといけない。我々はそう思っていますし、韓国側の議員団も必要だと言っています。そのためにはもっと突っ込んで、我々が疑問だと思っていることは率直にぶつける、向こうからもあるでしょう。それは相当激論になってもいいと思うんです。やり合ったうえで、じゃあどうするんですかというところまでいかないと世代が交代していますから、未来志向のためには真摯で率直な対話だと感じていまして、これからもその方向に持っていきたいと思っています。日韓関係がいかに大事かという視点に立ってやるべきだと思いますね」

西岡力 東京基督教大学教授の提言:『最悪と言わず不一致で一致』
西岡教授
「日韓関係は最悪ではないと思っているんです。認識の一致を韓国側が求めているから、認識のレベルだけ激しい対立がある。安全保障の関係、経済の関係、国民同士の交流、何も悪くないですね。最悪だという言葉をまず使うのは止めた方がいい。認識の一致を求めないほうがいい。一致できないんですよ、国が違えば。それなのに、朴大統領が海外に行って一致を求めるような言動をされているように我々には見えている。それはダメですよと。国が違えば一致できないということで一致しましょうと。全体からすれば、現在の大韓民国が目指す価値観と我々が目指す価値観は同じですから、自ずと道は開けると思います」

金慶珠 東海大学准教授の提言:『記憶の合意』
金准教授
「麻生副総理が朴さんの就任祝いに韓国を訪問されて、現在の西岡さんと同じような話をされたんです。アメリカは南北戦争をやったけれども認識が違うと。ただ、私は、アメリカの南北の間でも最低限の合意はあったと思うんです。少なくとも奴隷制度は間違っていると。人権的に問題がある制度だということで南北は合意し、今日のアメリカをつくってきている。日本にいると何かを水に流すことで和解をするというのが日本的な考え方で非常に自然なのですが、水に流して未来志向的な関係を築くためにも、不一致のところを放っておくのではなく最小限の記憶の合意。何を我々が記憶しつつ未来を築いていくのかという観点での率直な対話を続けていくしかないと思いますね」