地方分権の必要性
小林編集長は、“地方分権”を鵜飼に例えて説明する。
「国を飼い主、地方を鵜として、飼い主は鵜を束ねて育てています。この束ねている糸を切って、鵜を自由にして、それぞれの判断に任せるのがいわゆる地方分権ではないでしょうか」
これを受けて中田市長は、「安心してほしいのは、糸が切れたからといって、勝手な方向に行ってしまう、というわけではありません。戦後の日本で衣食住が足りていない時代には、親である国が、食料やお金をどうやって回るかを考えて、子である地方を育てるのでいいと思うんですけど、戦後60年経っても、自分で考えさせないというのは、親の子育てとしては大失敗ですよ。地方はしっかりと自分達の優先順位を考えてやっていきますから、地方分権は必要です」と話した。
首長連合が目指す「道州制」
“道州制”・・・現在の都道府県を廃止し、より広い区域を管轄する「道州」を新たな地方自治体として設置。外交・防衛・司法など「国」でないとできない仕事以外は「道州」と「市町村」が担っていくというもの。
中田市長は、「交通や通信が発達し、我々の行動範囲が広がった今、広域自治体を作っていかなくてはならない。すなわち、都道府県は廃止をして、四国なら四国、九州なら九州というところで一つの広域自治体を作り、その中に市、あるいは町村という基礎自治体を置いていく、というのが“道州制”の考え方です」と説明した。
これに露木町長は、「広い土俵を作るのが地方分権の考え方なんです。それを整理した形でわかりやすく展開するには“道州”という単位を作って、その中で考えていった方が、日本全体が整理統合とれた形で地方分権が進められるのではないでしょうか」と付け加えた。
中田市長の“横浜改革”に立ちはだかった障壁とは?
中田市長の主な横浜市改革
・職員数を15.6%削減
・特殊勤務手当ての廃止
・退職金引き下げで人件費193億円縮小
・市の直営病院、学校などを民営化
・ごみの減量で1100億円を節減 など
「国は、焼却工場には補助金を出します。でもリサイクルには補助金を出しません。どっちの方が市民が幸せかと考えたところ、焼却工場をたくさん作って、その分コストの高い行政をやるのが、豊かな社会とはまったく思いません。自分の後始末を、市民が自分の生活の中でしながら、資源化をし、地球環境を守っていく、そのことに対して私たちは補助金は付かないけどやりました。そういうお金を自治体にまかせてくれれば自分達で使っていけます。これはさっきの分権議論にもつながる話です」
若手抜擢人事 露木町長“改革の鍵”
「私はふるさとを離れて20年ぶりくらいで町長になったのですが、そのときには、開成町では非常にまともな政治が行われていました。これは正直に言って最初の計画の立て方が優れていてぶれていないというのを強く感じました。この素晴らしさをどうやったらさらに発展できるのかということを考えました。まずは景観を美しく、きれいな環境から整ってきたので、あそこなら住んでみよう、研究所の誘致にはいいんじゃないか、ということで引っ張りこめたわけです」
「よい国つくろう!」日本国民会議設立の目的は…
中田市長は日本国民会議の目的を説明する。
「これは、日本の国の形そのものを問うていこうとしています。それぞれ国民が自分の足で立って、自分自身が自立する国にするんですか、それとも国が面倒を見る国にしますか、というところで、我々は自立を目指す国にすることを考えます。国の形という理念がなければ、政策議論というのは、損か得か、有利か不利か、好きか嫌いかだけになるんですよ。その政治に私たちはある意味で、本物の政治をやりたい、というのが“よい国構想”です」
中田宏 横浜市長の提言 : 『参加』
「『地方自治は民主主義の学校だ』という言葉があるんですね。我々はホテルじゃありません。高い料金を払ってくれた、すなわち高い税金を払ってくれた人には良いサービスを、払ってない人には簡素なサービスをというわけにはいかないんです。公共全体のインフラをやっているわけであって、その満足度を高めるのは“参加”しかないんですよ。そういう意味では、まずは地方自治に参加する、そして今回は選挙に参加する。我々はステートメントを出しますから、ぜひそれを皆さんにも見て参考にしてもらって、その上で投票に参加してもらいたいと思います」
露木順一 神奈川県開成町長の提言 : 『遷都』
「地方分権改革というだけではなく、明治以来の日本の国のありかたを直す終極の目標とすると、政治・経済・文化、全てが東京に一極集中の構図を変えなくてはなりません。政治・経済を変えるのは、今の状況ではなかなか難しいことですので、文化を変えてもらいたい。文化とは何かを考えると、要するに天皇陛下が明治維新のときに京都から東京に来た、今度は、天皇陛下が京都に戻られて京都を日本の文化の発信拠点にしてもらい、それを新しい時代の日本のシンボルにできないか、というのが私の『遷都』の意味です」