番組情報
情報・ドキュメンタリー

<BSフジサンデースペシャル>七回忌追善特別番組『勘三郎が遺した“平成中村座”』


次回の放送予定

2018年12月16日(日) 18:00~19:55


 2012年12月、十八代目中村勘三郎が急逝して今年で6年、七回忌を迎えた。
 この2018年は、遺された中村屋一門にとって非常に大きな2つの「平成中村座」が実現した。それは6月の「平成中村座スペイン公演」、そして勘三郎七回忌追善「平成中村座11月大歌舞伎」、あの浅草の地にまた“中村座”が立ち上がったのだ。

 2000年、勘三郎が“ライフワーク”として生み出した「平成中村座」は、江戸の芝居小屋を現代によみがえらせた仮設・歌舞伎専用劇場。この一大事業に生前、勘三郎が注いだ情熱は並々ならぬものだった。そして今、2人の息子・中村勘九郎と、七之助、さらに孫の勘太郎と長三郎が「平成中村座」の大舞台に立ち、勘三郎の遺志を受け継いでいる。

 番組では、その2018年の「平成中村座」2つの舞台の密着取材に加え、過去の「平成中村座」の貴重な映像を通して、勘三郎が「平成中村座」を通して遺そうとしたものは何か、紐解く。

□「平成中村座」とは?
江戸の芝居小屋を再現した「平成中村座」。その創設秘話を、勘三郎の生前のインタビューや関係者の証言から紐解く。一大事業のきっかけとなったのは、若き勘三郎が愛した劇作家・唐十郎のテント芝居、そして香川・琴平の現存する日本最古の芝居小屋「金丸座」の存在だった。

□「歌舞伎を海外へ」…勘三郎の夢
完成した「平成中村座」は、2000年11月の浅草から2002年には大阪へ、そしてついに2004年にアメリカ・NYへとわたる。マンハッタンのど真ん中に歌舞伎の小屋を出現させるという前代未聞の取り組み、その一部始終をカメラは記録していた。披露された演目は「夏祭浪花鑑」。大喝采に包まれた舞台、その成功秘話とは?
さらに「平成中村座」は、ドイツ・ベルリン、ルーマニアへと駆け巡る。そんな「平成中村座」のヒストリーを、懐かしい映像で振り返る。

□平成中村座スペイン公演 2018年6月
歌舞伎を海外へ…その父の悲願を叶えるため、2018年勘九郎と七之助はスペインへ。情熱の国に出現した江戸の芝居小屋は受け入れられるのか?5日間の公演に密着、オフショットを交え綴る。

□平成中村座ロングラン公演 2011~12年
2011年~12年の6カ月にわたり行われた「平成中村座・浅草公演」は勘三郎最後の「平成中村座」の舞台となった。3月には長男・勘九郎の襲名披露。そこで、勘三郎の息子へのある想いが初めて明かされていた。そして5月・最後の公演で演じられたのは「め組の喧嘩」。勘三郎が初役で臨んだこの舞台、その千穐楽が初孫・七緒八=中村勘太郎と“共演”した唯一の舞台となった。そのロングラン公演の舞台を通して、勘三郎の「平成中村座」への情熱と、そこに残そうとしたものを詳らかにする。

□勘三郎七回忌追善 平成中村座・浅草興行 2018年11月
勘九郎と七之助に引き継がれた「平成中村座」。今年は発祥の地・浅草に戻って勘三郎の追善興行として開催。そこでは孫・中村勘太郎と中村長三郎が歌舞伎俳優として初めて「平成中村座」の舞台に。兄・勘太郎が演じたのは「舞鶴五條橋」の牛若丸。7歳の凛々しい「小さな中村屋」が、平成中村座の檜舞台に舞った。
父から子へ。子から孫へと続く「平成中村座」。4人の奮闘を通し、受け継がれていく勘三郎の「平成中村座」への想いをお届けする。

出演者・スタッフ
<出演者>
ナレーション:吉崎 典子



<スタッフ>
構成:武田 浩 松木 創
協力:ファーンウッド/田中 亨 松竹株式会社
演出:幸田 理一郎
プロデューサー:坂口 和之進/後藤 博
チーフプロデューサー:西村 朗